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「はぁ……」
何度目のため息だろう。
ソフトクリームもなかなか口に運べず、コーンを伝って溶けた冷たいクリームがわたしの手を濡らしていた。
「ああ、もう。あんたはほんとに……」
呆れ顔を浮かべながら、ほゆるちゃんがハンカチでわたしの手を拭いてくれる。
「あ……ありがとう……」
お礼の言葉を述べたわたしの顔は、やっぱり曇ったままだったのだろう、見つめ返してくれたほゆるちゃんの顔も晴れることはなかった。
わたしたちは郵便局からの帰り道、いつもの公園へと向かった。
そしていつもどおりベンチに座ってからも、ほとんど口を開くことのないまま、わたしは何度も何度もため息をこぼしていた。
「夢愛……。気持ちはわかるけど、このあいだの元気はどこに行っちゃったの?」
「だって……」
ほゆるちゃんにそう言われたわたしは、口ごもることしかできない。
彼女だってさっき、はっきりわかったと言っていた。
桜華さんが、ダメな人だって。
このあいだ、ここでふたりに力説してから、ほゆるちゃんもずっと堪えて頑張っていたはずだ。
きっと心の中では、わたしと同じように戸惑いと憤りと悲しみと、いろんな思いが入りまじってぐちゃぐちゃになっているに違いない。
それでも目の前のわたしに、優しく語りかけてくれている。
やっぱりほゆるちゃんは、わたしと違って落ち着いてるな……。
そんなわたしとほゆるちゃんを、現くんも優しい瞳で見守ってくれている。
三人で一緒に、スカウト実習に参加できているのに。
頑張って郵便配達員になろうって誓ったのに。
わたしはほんとに、このまま実習を続けていていいのだろうか?
小さい頃からずっと憧れていた郵便配達員なのに、その憧れの気持ちさえも時間をさかのぼって揺らいでしまいそうだった。
「確かに、あの桜華って人、ひどいと思うわ。あたしだって投げ出したいくらいよ。でも、夢愛と一緒に頑張るって決めてるから」
「ほゆるちゃん……」
彼女は、おそらく激しい気持ちを胸の奥にしまい込みながら、落ち着いた声で話しかけてくれている。
そして――。
「だけど……、あんたがつらいなら、一緒に辞退するわよ? スカウト実習はあくまでもお願いされて参加してるだけなんだから。途中で辞めるなんて前例のないことだけど、どうにかなるわ。進学して、それから改めて配達員を目指してもいいんだし」
優しく語り続けるほゆるちゃんの瞳を、わたしは黙って見つめ返す。
「……それに、他の夢に向かう道だって――」
ほゆるちゃんはためらいながらも、そんなことをつぶやいた。
とても、苦しそうな声で――。
小学校五年生で友達になって、それから三年半くらい。
ずっと一緒に郵便配達員になろうって夢を語り合ってきた。
そんなほゆるちゃんの口から、こんな言葉が飛び出してくるなんて。
でもそれは、ほゆるちゃんが夢を諦めたからではないだろう。
わたしのために、そう言ってくれているのだ。
自分の夢よりも、友達のわたしのことを優先して考えてくれているのだ。
「……ほゆるちゃん、わたし、もうちょっと頑張るよっ! 実習はたった二週間だもん。まだ一週間以上残ってるけど、それくらい、すぐに過ぎちゃう。そのあとどうするかは、実習が終わってから考えればいいんだよ。そもそも、実習の評価でスカウトされるかどうかも決まるんだから、途中で辞めちゃったら絶対にアウトだよねっ!」
たぶん表情は曇ったままだったに違いない。
だけどわたしは一生懸命、思いを言葉にする。
「……そうね。一緒に、頑張ろう」
「うんっ!」
穏やかな表情でわたしを包み込んでくれるほゆるちゃんは、実際にわたしの頭を抱きしめて、優しく包み込んでくれた。
☆☆☆☆☆
「……ところで、現のほうはどうなの?」
わたしが落ち着いたのを見計らって、ほゆるちゃんは現くんに尋ねた。
「ん? このあいだと変わらないよ。撫子さんから優しく丁寧に教えてもらいながら、ずっと彼女の手伝いなんかをやってる」
「なによそれ! こんな思いをしてるのは、やっぱりあたしたちだけってこと!? なんか不条理だわ!」
現くんの答えを聞いて、ほゆるちゃんは怒りをあらわにする。
それ自体が不条理な気もするけど、ほゆるちゃんとしては、心の奥に溜め込んだ怒りのはけ口にしたかっただけなのかもしれない。
「ははは……。ま、でも、こっちもこっちで、なんか思ってたのと違うんだよね。重要な書類を見せるわけにもいかないだろうから、あまり仕事の手伝いも指示されないし。お茶を淹れたり肩をもんだりとか、そんなのが多いかな……」
「現くんは現くんで、結構悩んだりしてるんだ……」
わたしは少し驚いていた。
だって、現くんっていつもおとなしくて無関心っぽい感じだけど、基本的には微かに笑顔を浮かべてるから、悩んだりすることなんて、ないものだと思っていた。
「……それならもうちょっと、表に出しなさいよ! まったく現はいつも、のほほんとしてるんだから! そんなんじゃ、伝えたいことも伝わらないわよ!?」
「……うん、そうだね……」
ほゆるちゃんから、やっぱりちょっと不条理かもしれない怒鳴り声をぶつけられて、現くんはさすがに沈んだ声で答える。
「まったくもう、似た者同士なんだから……」
ポツリと、ほゆるちゃんはなにやらつぶやいていた。
「ま、とにかく、現のほうも微妙な感じよね。なんていうか、あたしたちって、いいように使われてるだけなんじゃない?」
「う……」
続けて放たれたほゆるちゃんの意見に、わたしは返す言葉が見つからなかった。
確かに、そうなのかも……。
考えてみたら撫子さんは最初から、お給料を払わずに仕事を手伝ってもらえて助かるとか、そんなことを言っていたわけだし。
なんだか、また揺らぎそうになる気持ちを、わたしは懸命に抑える。
「でもっ! きっと身にはなるよっ! 頑張ろうっ!」
「そうだね」
「ええ。ファイトあるのみよ!」
『お~~~っ!』
わたしたち三人は、自然と右手を重ねて気合いの声を響かせるのだった。