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配達する手紙も倍増した今日、急がないと配達しきれなくなってしまう。
わたしとほゆるちゃんがいることで遅れてしまうのは、ある程度仕方がないのかもしれないけど。
主にわたしのせいで、思ったよりも時間がかかってしまっていた。
頑張ってはいるものの、息が上がってしまい、どうしようもない。
桜華さんからの叱責の声に答えることもできず、ただ必死に食らいついていくだけ。
もう優雅さのカケラもない状態だった。
自分の体力のなさを実感する。
魔道部で何本も「走り込み」をする意味が、やっとわかったような気がした。
と、そんなわたしの様子を見るに見かねたのだろう、今まで黙っていたほゆるちゃんが、桜華さんに抗議の言葉をぶつける。
「ちょっと、桜華さん! 夢愛はもう限界です! 急がなきゃいけないのはわかりますけど、少し休憩させてください!」
ほゆるちゃんのほうも汗が溢れ出してきている状態ではあったけど、それでもまだ飛び続けられそうに見えた。
つまり彼女は、わたしのためにそう言ってくれたのだ。
気持ちは嬉しいけど、わたしのためにこれ以上遅れてしまうのは、とっても心苦しい。
――いいよ、ほゆるちゃん。わたし、頑張るからっ。
そう伝えたかったのだけど、意思に反してわたしの口からはどんな言葉もこぼれ出すことはなかった。
疲れのせいで声にすらならなかったのだ。
わたしの気持ちはわかってくれているはずだけど……。
ほゆるちゃんは桜華さんへの抗議をやめはしなかった。
「こんな状態で飛び続けたりしたら、倒れてしまって余計に時間をロスすることになりますよ!? 五分でも十分でもいいですから、休ませてやってください!」
必死の説得。
今までの桜華さんの様子から考えると、ピシャリと訴えを退けて、仕事を続けようとするだろう。
わたしはそう思っていた。
でも――。
「……わかった。ちょうど下に公園があるようだし、あそこで休むとするか」
意外にも素直に、ほゆるちゃんの提案は受け入れられた。
☆☆☆☆☆
わたしたちが降り立った公園。
そこは、昨日も立ち寄った、いつもわたしたちが足を運んでいる公園だった。
いつもとはメンバーが違っていて、現くんの代わりに桜華さんがいるわけだけど。
公園は普段と変わらず、わたしたちを温かく迎え入れてくれているように思えた。
「あ……あの……、すみません、わたしの、せいで……」
ベンチに座ったわたしは、まだ少し息を切らしたままの声を伴って頭を下げる。
「……倒れられても困る。それだけだ」
桜華さんはそう答えると、ベンチから立ち上がる。
「仕方がないから、飲みものくらいおごってやる。汗をかいてるからな、スポーツドリンクにするぞ。いいな?」
「あ……はいっ!」
口調は今までと変わらないけど、初めて触れる桜華さんの優しさを感じ、わたしは疲れなんて吹き飛んでしまうように思えた。
やがて三本のペットボトルを持って戻ってきた桜華さんは、わたしたちに一本ずつそれを手渡す。
もちろん桜華さんも、残った一本のスポーツドリンクを飲み始めた。
「いただきますっ」
お礼を述べて、わたしもスポーツドリンクをのどに流し込んだ。
冷たさが、のどを伝って全身に広がっていく。
高鳴っていた鼓動が落ち着いてきても、日陰になっている場所ですら高い真夏の気温のせいで、汗は止め処なく流れ続けている。
ともあれ、ほんの一瞬の清涼感に、これ以上ないほどの心地よさをプレゼントされたような気がした。
☆☆☆☆☆
「あっ、ゆうびん屋さんのお姉ちゃんだ!」
不意に、明るい声が響き渡る。
五歳くらいだろうか、可愛いらしい女の子が、顔を上げたわたしたちの目の前に立っていた。
女の子はひまわりのような笑顔を咲かせながら、キラキラ輝く瞳をこちらに向けている。
「わたしね、大きくなったら、ゆうびん屋さんになるの! だってだって、おようふくが、とってもかわいいんだもん!」
女の子は元気いっぱいに、自分の夢を語る。
そんな無邪気な夢を壊しちゃいけないとは思ったのだけど。
ただわたしは、ウソをつくものいけないかな、と考えて素直に答えていた。
「うん、可愛いよね、この制服っ! でもね、わたしとこっちのほゆるちゃんは、お手伝いしてるだけで、今はまだ郵便屋さんじゃないの。がっかりさせちゃって、ごめんなさいね」
そう言いながらも、やっぱり余計なことだったかなと、ちょっと後悔の念が湧き上がる。
わたしの言葉を聞いて、女の子は一瞬キョトンとした表情になったけど。
すぐに満面の笑顔に戻る。
「お手伝いさんでも、ゆうびん屋さんだよ! だって、まだ、ってことは、そのうちなるんでしょ~? それにさっき、ホウキでとんできたの、わたし見てたの! カッコよかったよ~! わたしも早くゆうびん屋さんになって、お空をとびたいの~!」
元気で素直で、まっすぐな瞳。
そんな様子を見ていると、見ず知らずのこの子の夢のためにも、わたしは頑張って一人前の郵便配達員にならなきゃ、って気持ちになってくる。
「大丈夫、あなたなら絶対になれるよっ! お空を飛べるようになるっ! そしたらわたしと一緒に、お空を飛ぼうねっ!」
「うんっ!」
わたしが笑顔を向けて女の子の頭を撫でると、彼女はよりいっそう輝いた笑顔で応えてくれた。
☆☆☆☆☆
「……まだ実習を受けている身分で、随分と偉そうなことをほざいてたもんだな。ま、せいぜい頑張れよ」
女の子と別れ、休憩も終えたわたしたちが空に戻ったあと、桜華さんからは嫌味な言葉をぶつけられることになってしまった。
だけど、わたしは負けない。
小さい頃、わたしもさっきの女の子みたいに、純粋な瞳で郵便配達員に憧れていたんだもん。
だからわたしだって、「ゆうびん屋さん」になれる。
そして将来は、あの子と一緒に大空を飛び回るんだ。
新たな決意を胸に空を飛ぶ今のわたしには、弱音や気の迷いなんて、ひとカケラたりとも残ってはいなかった。