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そのあとも、わたしたちは桜華さんからの厳しい言葉を受けながら、配達のお手伝いを続けた。
三十ヶ所以上の配達場所を回り、さすがにクタクタになっていたわたしたちに、桜華さんからの労いの言葉なんて、もちろんあるはずもなかった。
「今日の実習はこれで終わりだ。明日は飛行訓練なしで、すぐに配達へと向かうぞ。遅刻なんてもってのほかだからな」
一方的に言い残すと、桜華さんは郵便局の建物内へと戻っていった。
庭に取り残されたわたしたちのもとへ、着替え終えた現くんが駆け寄ってくる。
現くんのほうは、わたしたちより早めに実習が終わっていたようだ。
「ふぅ……。それじゃ、あたしたちもさっさと着替えて、帰りましょうか」
ほゆるちゃんの疲れきった声に、わたしは黙って頷いた。
☆☆☆☆☆
「ほんっと、なんなのよ、あの人!」
真っ先に怒りの声を発したのは、ほゆるちゃんだった。
着替えを終え、ホウキも返したわたしたちは、郵便局を出て帰路へと就いた。
もしホウキを持っていたとしても、免許がないわたしたちには、勝手に乗ることは許されない。
だから歩いて帰る以外に手段はなかった。
もっとも、自分のホウキなんて学生の身分で持てるはずもないのだけど。
歩いて帰るには結構な距離があったけど、わたしたちは黙ったまま歩き続けていた。
その途中で、ふと思い立ったわたしたちは、学校帰りによく寄っているこの公園へと足を運んだ。
いつものベンチに座り、ほっとひと息ついたところで、ほゆるちゃんの怒りを含んだ言葉が吐き出されたのだ。
ずっと心の中でくすぶり続けていたのだろう、ほゆるちゃんは頭から湯気を立ち昇らさんばかりの勢いだった。
その気持ちもよくわかるけど。
でも、わたしはもうちょっとだけ冷静に考えていた。
配達中の様子まで知っているはずはないけど、冷静なのは現くんも同じだったようで、
「まぁまぁ、落ち着いて、ほゆる。そんなに、ひどかったの?」
穏やかな口調で、ほゆるちゃんに声をかけた。
「そうなのよ! 聞いてよ、現! あの桜華って人ったらね――」
現くんから促され、配達中の出来事を詳しく話して聞かせる、ほゆるちゃん。
わたしもそれを黙って聞く。
怒りで勢いに任せた感じだったから、事実をねじ曲げて伝えたりしたらいけないと、わたしはそう考えながら聞いていたのだけど。
ほゆるちゃんは怒っていても、しっかりとした状況説明ができていた。
さすがだな。わたしも見習わないと。
それにほゆるちゃんは、桜華さんの冷たい態度なんかにも怒ってはいたけど、話を聞いていると、どうもわたしに対して厳しい言葉をぶつけてきたのを怒っているみたいに思えた。
実際のところ、飛行技術でもほゆるちゃんより遥かに劣るわたしだから、桜華さんからの怒鳴り声を食らう回数も多かったってだけなのだけど。
ほゆるちゃんは、桜華さんがおとなしくて組み敷きやすいわたしにばっかりキツく当たっていると考えて、憤慨しているようだった。
友達として、わたしを心配してくれているのだ。
そう思うと心の中が温かくなってくる。
「だいたい夢愛は、あまり強く言い過ぎると沈みまくって大変なことになるんだから! 立ち直らせるために苦労するこっちの身にもなれってのよ!」
……あれ? なんだかちょっと、心配の方向性が間違ってきてない?
「あ~、確かにそうだよね」
うわっ、現くんまでっ!
そりゃあわたしは確かに、嫌なことなんかがあるとしばらく気持ちが沈んだままになっちゃって、ふたりにも迷惑かけたことが今までにも何度かはあったけど。
そのたびに、この公園に来て沈んでいるわたしを、ほゆるちゃんと現くんが慰めてくれたのも、一度や二度じゃないけど。
……なるほど、考えてみたらわたしは、ふたりにずっと助けられて生きてきたんだな……。
「それはほんとに感謝してるけどっ!」
突然叫び出したわたしに、ふたりは目を丸くする。
あ……。
わたしの頭の中では話がつながっていたけど、実際にはちょっとずれた方向に進んでいたわけだから、驚かれるのも無理はないよね。
それでもふたりとも、すぐにわたしの考えを汲み取ってくれたらしい。
「……うん、いいのよ。……それで? 続けていいわよ」
ほゆるちゃんは優しく笑顔を向けてくれる。
反対側からわたしの顔をのぞき込んでいた現くんも同じように微笑みを浮かべながら、話を聞いてくれる体勢になっていた。
「あ……うん。あのね、確かにちょっと、ひどい言われ方とかもしてたけど、でもそれって、わたしたちのためを思って言ってくれてるんだよっ!」
素直に思っていることを口にするわたしの声に、ふたりとも黙って耳を傾けてくれた。
「指導する立場にあるからこそ、甘やかしてはダメだって考えて、あえてキツく当たってるんだと思うの。きっと桜華さんだって、そんな嫌われ役みたいなこと、やりたくないはずだよっ!」
「うん」
ほゆるちゃんが軽く相づちを打つ。
「だからね、桜華さんのこと、そんなに悪く言っちゃダメだと思うのっ!」
「はい、よく言えました!」
言いたいことを喋り終えるやいなや、ほゆるちゃんはわしゃわしゃとわたしの頭を撫で回しながら、小さな子供を褒める母親のような言葉を放つ。
「わわわっ!」
頭を撫でる力が強すぎて、わたしは首がぐるんぐるん回って、焦った声を漏らしてしまったけど。
……っていうかほゆるちゃん、わたしのことバカにしてない!?
なんて考えは、当然ながら間違いだった。
「あなたの言いたいことはわかった。そうね、きっとそうだと思うわ。反発する心も原動力になったりするかもしれないけど、それよりもちゃんと信頼することのほうが大事よね」
ほゆるちゃんの言葉に、現くんも小さく頷く。
ただ、
「うん、ぼくもそう思うよ。……ま、こっちは撫子さんの手伝いって感じで、優しく丁寧にいろいろと教えてもらえたけど」
続けられたそんな言葉に、ほゆるちゃんは、
「な……なんでそっちは厳しい実習じゃないのよ!? なんか、不公平だわ!」
なにやら違った方向に食いついて、またもや怒鳴り声を上げ始めた。
うん、ほゆるちゃんはやっぱり、こうじゃないとねっ!
ちょっと失礼かもしれない感想を抱きながら、わたしは明日からも続くスカウト実習を一生懸命頑張ろうと心に誓うのだった。