-1-
朝っ!
清々しい朝っ!
カーテンを勢いよく引き、まぶしく差し込む朝日を一身に浴びる。
うん、今日もいい天気っ!
カーテンを開けたわたしの目に飛び込んできたのは、まず青空。
そして家、家、家。
正面だけではなく下にも上にも、多くの家々が建ち並ぶ。
そう、上にも下にも。
歴史の教科書なんかだと、地上だけに狭苦しく家が並んでいるような町並みしか見られないから、昔の人たちには信じられない光景なのかもしれないけど。
でも、わたしたちにとっては、ごく見慣れた光景。
窓から身を乗り出して十メートルくらいは下にある道を見回すと、見慣れた光景の中に見慣れたふたりの人影を見つける。
「うわっ、来ちゃったよっ! ふえぇ、もうこんな時間だったんだっ!」
慌ただしく窓から離れ、すぐにパジャマから制服に着替える。
あっ、せめて髪くらいとかさないとっ!
だけどあんまり時間もないし、とりあえず大急ぎでセットするしかないわっ!
慌てながらカバンをつかんで部屋を飛び出すと、一気に階段を駆け下りる。
玄関にカバンを置き、そのまま洗面所へと駆け込んだわたしは、鏡の前に立って素早く髪にクシを通していく。
こんなもんかな……。うん、よしっ! 大丈夫っ!
起きるのがいつもギリギリなわたし。
朝ごはんを食べる時間がほとんどないのは、ごく日常的なことだった。
それがわかっているお母さんは、素早く食べられる軽い朝ごはんを用意してくれる。
朝ごはんを食べないと頭が働かないから、なるべく食べていきなさいと、お母さんから毎朝のように言われている。
もちろん、もっとゆっくり食べる余裕を持って起きるようにしなさいよと、お小言も頂戴しながら。
わたしはサンドイッチを頬ばり、ホットミルクをすすってのどに流し込む。
いくら急いでいても、パンをくわえながら家を飛び出したりはしない。お行儀悪いもんね。
……大急ぎでパンを流し込む今のわたしも、決してお行儀がいいとは言えないだろうけど。
ともかく、しっかりと全部飲み込んでから、わたしは席を立った。
「ごちそうさまっ! 行ってきますっ!」
「もう、朝っぱらから忙しい子ねぇ。はいはい、行ってらっしゃい」
文句の言葉を背に受けながら、わたしは玄関へと向かう。
そのまま玄関のエレベーターに乗り込み、地表へと下りていく。
エレベーターから降りると、目の前には、さっき部屋の窓から見えていたあのふたりが並んで待っていた。
「ごめ~ん、お待たせっ!」
「ほんと待ったわよ! 毎朝毎朝、どうしてこう人を待たせるかな、この子は!」
「ま、いいんじゃない? 待つ時間も楽しめば」
両手を合わせて謝るわたしに、ふたりは対照的な言葉を向けてくる。
多少のいらつきを含んだ声を投げかけてきた女の子は、時蒔ほゆるちゃん。
小学校五年生からのつき合いだから、今年で四年目の友人だ。
ほゆるちゃんは、クラスメイトとしても同じく四年目になる。
思ったことを素直にぶつけてくれるのも心地よく感じる、気心の知れた大切なお友達。
場合によってはちょっと、厳しいっていうか、悲しいっていうか、泣かされちゃうこともあるのだけど……。
そんなほゆるちゃんとは違って、穏やかな口調で語りかけてくれたのは、水玉現くん。
現くんは、ほゆるちゃんの隣の家に住んでいる。いわゆる幼馴染みってやつね。
小五からほゆるちゃんと仲よしのわたしは、自然と現くんとも仲よくさせてもらっている。
おとなしい、というより無気力と表現したほうがいい印象のある現くんは、背が低いのを少しだけ気にしている。
確かにほゆるちゃんと比べると、十センチ近く低いのだけど。
べつにいいじゃん。わたしよりは高いわけだし。
そりゃあわたしも、かなり小さい部類に入るんだけどさ……。
それはともかく、待つ時間も楽しめばいいなんて、現くんはやっぱり優しいなっ!
思わず、にへら~っと緩みきった顔をしていたのだろう、ほゆるちゃんがジト目でツッコミを入れてきた。
「またそんな、ボケボケ顔しちゃって。あんたってば、ほんとに成長しないわよね!」
そう言い放ったほゆるちゃんの視線はゆっくりと下がり、わたしの胸の辺りで止まる。
「この辺も……」
「う……うるさぁ~いっ! まだ発展途上だもんっ! お母さんみたいに控えめなところで止まったりしないんだもんっ!」
「あ~……。おばさん、確かに小さいよね。なんだ、止まっちゃうのが目に見えてるじゃないの」
「失礼な~! 目に見えてないもんっ!」
「ふたりとも、充分失礼だよ、おばさんに……」
わたしとほゆるちゃんの言い争いに、現くんは落ち着いた声を挟んでくる。
さらに、
「ま、とにかくさ、そろそろ学校に向かわない?」
と続けた。
「あ……」
「ぎゃ~す! もうこんな時間じゃない! また遅刻しちゃうわ! ……ったく、現はどうしてこう天然かな!」
「ほゆるに言われるとは思わなかったな」
「っていうか、走らないとっ!」
「く~っ! 早く自分のホウキが欲しいわ!」
朝。
清々しい朝。
騒がしい三人組が慌ただしく足音を響かせるこんな光景も、ご近所ではすっかりお馴染みとなっていた。
どうでもいいけど、ぎゃ~すって叫び方はどうかと思うな、ほゆるちゃん……。