No6.激震の走る欧州
シャルルロワの敗報がヨーロッパ中を駆け巡った頃、イギリス遠征軍司令部にも重い空気が漂っていた。
「そうか……フランス軍は完膚なきまでに叩きのめされたか。」
フレンチ元帥は地図の上に手を置いたまま、しばらく動かなかった。 幕僚が恐る恐る口を開く。
「元帥閣下。我々の役目はシャルルロワ会戦の支援でしたが……フランス軍が敗れた今、どう動きましょうか?」
「ギーズへ上陸し、第五軍の援護に回る。だが――」
元帥は小さく息を吐いた。
「政府から撤退指示が来る可能性もある。」
「……講和を模索する、と?」
「恐らくな。フランスは近いうちに降伏する。そうなれば、我が政府も講和を望むだろう。」
幕僚たちは互いに顔を見合わせた。 戦争が、終わるかもしれない空気が漂い始めていた。
同じ頃、パリ。
「第五軍が敗れただと?」
「はっ。残存兵力は十万ほどとの報告です。」
ポアンカレ大統領は机を叩いた。
「くそっ……! ドイツ政府に降伏を伝えよ!」
「よろしいのですか?」
「やむを得ん! 徹底抗戦すればフランスは地図から消える! 苦渋の決断だ……!」
部屋の空気が一気に冷えた。
ベルリン、皇帝の執務室。
「流石はシュリーフェンだ! 見事フランス軍を叩き潰した!」
侍従が電報を差し出す。
「陛下、フランスが降伏を求めております。いかがいたしますか?」
「受け入れろ。我らにはロシアとの戦いが残っている。」
「講和条件は?」
「シュリーフェンに伝えよ。 “フランスが受け入れられる範囲で、二度と敵対できぬ条件にせよ”。それ以外は一任すると。」
「ははっ。」
東部戦線の地図を前にしていたシュリーフェンは、べルリンからの電報を受け取ると、淡々と頷いた。
「了解したと返報せよ。 諸君、フランスへの講和条件をまとめるぞ。」
「ははっ!」
ギーズへ向かう第五軍司令部。
「……何だと?政府が降伏した?」
「はい。ポアンカレ大統領は不服ながらも、 “これ以上は国が持たない”と判断されたようです。また、デュバイユ参謀長は予備役編入。デスプレ将軍は閑職へ異動とのことです。」
デスプレは拳を震わせた。
「我々の処遇などどうでも良い!ここで降伏すれば、ベルギー軍をはじめとする我々の奮闘は何だったのだ!」
「しかし大統領は、これ以上抗えばフランスは焦土になると……」
「くそっ……忌々しいドイツ野郎め!」
幕僚が静かに告げた。
「第五軍は早急にパリへ帰還し、会戦の報告を行えとの命令です。」
「……了解したと伝えろ。」
デスプレは、敗軍の将として馬車に乗り込んだ。 ギーズの空は、どこまでも灰色だった。
こうしてフランスはドイツに降伏を申し入れ、 イギリス政府も講和を模索し始めた。
この時の決断が、その後の世界をどのように変えていくのか――。まだ誰も知らなかった。




