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「だからエリンケス公爵! 君じゃ話にならないと言っている!」
応接室の扉の前に近付いて、聞こえて来た大声に私とギュスターヴ様は顔を見合わせた。
前触れ無しに来た礼儀知らずな客人は、ヤニック・フルーリーだと聞いていたのに、聞こえて来た声は彼のものでは無かったのだ。
「ギュスターヴ様、あの声は」
「うん、第二王子殿下だね。でも変だな、少し声がおかしい気がする」
ヤニック・フルーリーとは挨拶をしただけだし、第二王子殿下も同じ。
私は第二王子殿下が寒気が出る程嫌い、というか呪いの件を知った今軽蔑していると言ってもいいからお話なんて和やかにしたくもないというのに、大声を出して何をやっているのだろう。
本当に彼は、王家で唯一尊敬出来ない人だ。
「ギュスターヴを出せと言っているのが分からないのかっ! シュテフイーナに会わせろ!」
なぜ私が第二王子殿下と会わなければならないのだろう? その理由が分からない。
個人的に会話したことなど一度も無いのに、第二王子殿下はなぜ私の名前を呼ぶのだろう。
「シュテフイーナは我がエリンケス公爵家に嫁いだ者です、気軽に名前を呼ばないで頂きたい」
扉が閉まっているのにお義父様の、そう大きくない声が外に聞こえて来るのが不思議だとよくよく扉をみればほんの少し開いていた。
「嫁いだ? 私は二人の結婚を認めていない」
「第二王子殿下に認めて頂く必要はございません。陛下には婚姻の許可を頂いておりますし、神殿で夫婦の誓いも立てております。二人は正式に陛下と神に認められた夫婦でございます」
二人の会話を聞いて疑問を覚える、なぜ第二王子殿下に私達の結婚を認められないといけないのだろう? 彼にそんな権利はないというのに。
「ギュスターヴ様、第二王子殿下という方はご自分が陛下よりも上だと誤解されている方なのでしょうか」
「いや、そんなことは無いと思う。かなり自分に都合よく考える方ではあるけれど……さすがにここまで勝手な話をされるのは初めてだ。呪いの件だって謝罪してくれたし、解呪の方法を必ず探すと約束してくれて、私のことを心配して下さっていたし」
「心配?」
「その……呪われた体で君と結婚するのは……あなたが私を嫌うのではないか心配だと」
それは、初夜のことを言っているのだろうか。だから、ギュスターヴ様は猫に変化する呪いのことを私に話せなかったのだろうか。
「うるさい、うるさいっ! シュテフイーナは私のものになる筈だったのに、ギュスターヴが横から奪ったんだ! シュテフイーナの結婚に私の許可が必要なのは当然だ」
「どういうことですか、シュテフイーナが殿下のもの?」
お義父様の戸惑った声を上げるけれど、私の混乱はそれ以上だ。
どうして私が第二王子殿下のものになる? どうしてギュスターヴ様が奪ったなんて言われるのか分からない。
でも、このままでは困ったことになりそうだ、私がまるで殿下と付き合いがあったようにお義父様達に思われかねない。
「ギュスターヴ様、私を抱き上げて部屋に入って頂けますか?」
「シュテフイーナ?」
「私はギュスターヴ様の妻です、私にやましいところはありません。三年の間ずっとギュスターヴ様を思い続けて来たのです」
誰に疑われてもなんとも思わないけれど、ギュスターヴ様に疑われたくない。
「あなたを疑ったりしないよ、もしシュテフイーナの心のどこかに殿下がいたら呪われた私を受け入れたり出来ないよね。私を受け入れてくれたあなたを信じるよ」
「ありがとうございます。ギュスターヴ様の信頼を裏切ることはありません」
「じゃあ、少し恥ずかしいかもしれないけれど、動けないということでいい? あなたとちゃんと夫婦になったのだと言葉だけでなく、この姿で見せつけたい」
「はい。一緒に恥ずかしい思いをしてくださいませ」
お義母様がゆっくり用意していいと言ったのも、きっと私達が問題なく結ばれたと殿下に知らしめるためだと思うから少し恥ずかしい事になるけれど、これは許しは出ているのと同じだ。
私を笑顔で抱き上げるギュスターヴ様に、私も笑顔で体を預けたくましい胸に頬を寄せると家令が扉を開いた。
「第二王子殿下、この様な姿でご挨拶が出来ず申し訳ありません。……殿下? どちらに? ヤニック、殿下はどちらにおられるんだ?」
ギュスターヴ様の戸惑いの声にそっと頭を動かして部屋の様子を窺うけれど、一つのソファーに並んで座っている義両親の背中とその正面のソファーに座るヤニック・フルーリーしか見えない。
「殿下はこちらに」
「……籠? 冗談はよしてくれ。どうやってそんな小さな籠に入ることが出来るというんだ」
「ギュスターヴ! お前私の忠告を無視してシュテフイーナと寝たのか! なんて言う奴だ!!」
第二王子殿下の声に私は思わず体を起こし、声がした方に顔を向けるけれど、そこに姿は見えない。
見えたのは蓋つきの籠の中から顔を出している、汚らしい毛並みの猫だった。
「猫?」
「え、猫?」
汚らしいという表現がぴったり過ぎる、ぼさぼさの長毛は灰を被ったのかと思うほど薄汚れていて、元の毛並みも灰色と茶色と黒の毛が混ざった様な見たことも無い毛色の猫だった。
私は猫は嫌いではないし、むしろ好きな方だと思うけれど、絶対に触れたくない見た目をしている。これは見た目の問題では無いのではないだろうか、そうだ神殿で浄化の練習に使っていたものに気配が似ているのだ。
浄化の魔法は、魔法を掛けたところを綺麗にするだけの魔法だけれど。汚れには色々なものがあって、物理的な汚れの他に人の恨みを吸い込んでついた汚れというものもあった。
人の恨みというのは、集まると瘴気というものに変わるらしい。それを恨みの内に浄化の魔法で綺麗にするのだ。
神殿に長く仕える神官の浄化魔法なら瘴気も綺麗に出来るそうだけど、私はまだそこまでの域には達していない。
「猫と言うなっ!! 私は王子だぞっ」
猫がそう叫んだ。
第二王子殿下の声で、叫んだのだ。




