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追放された聖女は辺境でスローライフを送ることにした。 ~領主様に溺愛されているので、今さら戻れと言われても困ります!~  作者: 葦ノ冬夏


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第八話 新鮮な野菜


 コールドランドの景色は常に単調な白の世界。この地に住むなら新鮮な野菜を食べることは不可能だ。保存食の塩漬け肉、硬く焼いたライ麦パン、そして乾燥させた豆のスープ。それらが食卓のすべてを占める。アリシアが館の食堂で供される食事を見つめながら、小さく溜息をついたのは、そんなある冬の日のことだった。


「……やっぱり、野菜が恋しいわね」


 目の前には、茶色いスープと、塩気が強すぎて舌が痺れるような肉の塊。王都にいた頃は毎日、神殿の広大な菜園から届けられる新鮮な野菜を食べていた。それは彼女が無意識に魔力を大地へ注いでいたことの賜物だったのだが、当時のアリシアはその価値に気づいていなかった。

 ふと視線を上げると、配膳を終えたメイドの少女が、栄養不足のせいか少しだけ顔色を悪くしているのが見えた。騎士たちも、連日の魔獣討伐で体力を削られ、口内炎や肌荒れに悩まされているという話を耳にする。


「固い肉やパンだけじゃ、栄養バランスが崩れるわ……よし、決めた! みんなが野菜を食べれるようにするわ!」


 アリシアはスプーンを置くと、すぐに行動を開始した。


* * *


 彼女が向かったのは、小屋から少し離れた場所にある、深い雪に埋もれた廃れた庭園だった。過去に、誰かが野菜の栽培を試みた跡がある。アリシアはまず、スコップで雪を端に寄せると、むき出しになった凍土にそっと触れた。


「きっとこの土も、役に立ちたいと思っているはずよ」


 アリシアが魔力を流し込むと、ガチガチに固まっていた土が、まるで春の目覚めを告げるように柔らかく解け始めた。今回試みるのは、王都の守護結界を応用した『選択透過型結界』だ。王宮にいたころの彼女は、エルフレイム全体を覆う巨大な結界を一人で維持していた。それは外部からの攻撃を防ぐだけでなく、内部の温度や湿度を一定に保つという高度な技術を含んでいた。


「わずかな太陽の光を増大させ、冷たい風と雪を遮断する。そして内部の魔力を循環させて、常に温かさ維持する空間……」


 指先で空中に幾何学的な紋様を描くと、庭園を包み込むように、半球状の透明な膜が形成された。一見すると、ただの空気の揺らぎのようにしか見えないが、その内側は瞬時に外気から遮断された。さらに、前に作った床暖房の技術を応用し、土壌の下に微弱な熱魔石を等間隔で埋め込んでいく。アリシアは、持ってきた袋から種を取り出した。王都を去る際、なけなしの私物として持ち出した、様々な野菜の種だ。


「さあ、みんな。ここで私の魔力を好きなだけ吸って、のんびり元気に育ってね」


 アリシアが黄金の魔力を大地にあてると、種たちはそれに応えるように一斉に活動を始めた。雪の世界の中に、ぽっかりと浮かび上がった野菜庭園。そこでは、瑞々しいリーフレタスが葉を広げ、真っ赤なラディッシュが土の中で丸く膨らみ、柔らかな香りを放つパセリやルッコラが競うように芽を伸ばしていた。


* * *


 数日後。


「なんだ、これは」


 館の厨房で、料理長の老人が目の前に置かれたカゴを、震える手で持ち上げた。カゴの中には、今しがた摘み取られたばかりの、朝露に濡れた緑鮮やかな野菜たちが溢れんばかりに詰まっていた。


「アリシア様が、庭園で育てたものだそうです。今夜のサラダに使ってほしいと……!」


 カゴを運び込んできた若いメイドが、興奮を隠しきれない様子で報告する。料理長はレタスの葉を一枚掴み、恐る恐る口に運んだ。シャキ、という小気味よい音が厨房に響く。溢れ出す瑞々しい水分と、野菜本来の力強い甘み、体に染み渡るような清涼感。


「……信じられん。これは、正真正銘の野菜だ。……もう死ぬまで食べることは叶わないと思っていたというのに」



 その日の夕食。食堂に集まった騎士や使用人の前に、大きな皿にのったサラダが並んだ。味付けは、シンプルな塩と少しの油だけ。だがそれが運ばれた瞬間、食堂の空気は一変した。


「嘘だろ?! このコールドランドで、生の野菜が食べられるなんて!」

「おい、このレタス、噛むと音がするぞ! 感動で泣きそうだ!」

「見てくれよこの赤いトマト。くそ美味いっ」


 無骨な騎士たちが大騒ぎしながら、慎重にフォークを動かしている。一口食べるごとに、重労働で荒んでいた彼らの胃と心が癒やされていく。無機質な食事への失望でどんよりと濁っていた瞳に、目に見えて活力が戻り始めた。

 ゼノスもまた、自室に運ばれたサラダを見つめていた。彼は、アリシアがここ最近何を作っていたかを知っていた。だが、実際に目の前に出された野菜の出来は、想像を遥かに超えていた。


(……この地を、食から変えようというのか)


 フォークでルッコラの葉を口に運ぶと。ピリッとした心地よい辛味と、爽やかな香りが鼻に抜ける。彼がどれほど政務に必死になっても、館で働く人々の心の飢えまでは救えなかった。しかしアリシアはコールドランドの住人たちに喜びと感動を与え続けている。

 ゼノスは窓から野菜庭園に視線を向けた。暗闇の中に、アリシアの結界が淡い黄金色の光を放って佇んでいる。


「……セバスチャン」

「はっ、ここに」

「アリシアに伝えろ。館の付近には他にも荒れた庭園がある、好きに使っていい。……領民たちにも、野菜を分け与えてやってくれ」

「かしこまりました。ですが、まずはゼノス様直々にお礼をおっしゃるのがよろしいかと。その方がアリシア様も喜ばれるでしょう」

「……善処する」


 不器用に視線を逸らすゼノス。その口元はサラダの余韻か、それとも別の理由か、微かに緩んでいた。


* * *


 王都エルフレイム。そこでは真逆の光景が広がっていた。


「サラダがない……? どういうことだ! 王家の食卓に、なぜ干し草のような煮物しか並ばないのだ!」


 エドワードは豪華な食卓を叩き、激昂していた。王宮の食事を支えていた大農園の野菜が、次々と原因不明の立ち枯れを起こしていた。アリシアが土壌に遺していた魔力が底をつき、ミラの前借りの魔法が土地を完全に死滅させた結果だった。


「エ、エドワード様……。これもおそらく、アリシアの呪いの影響で……」

「また呪いか! あの女、どこまで我々を苦しめるつもりだ! ふざけるな!」


 貧相な料理が盛り付けられた皿を、エドワードは床に叩きつけた。彼はまだ知らない、アリシアが今この瞬間、極寒の地で贅沢なサラダを領民たちと分かち合っていることを。


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