表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された聖女は辺境でスローライフを送ることにした。 ~領主様に溺愛されているので、今さら戻れと言われても困ります!~  作者: 葦ノ冬夏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/23

第四話 安眠枕の効果


 翌朝。時刻は午前七時。いつもなら、ゼノスはすでに執務室に入り、殺気を放ちながら書類の山と格闘している時間だ。

 だが、この日は全く違った。


「……おはよう」


 廊下ですれ違った老執事セバスチャンは、主人のその声を聞いた瞬間、持っていた銀盆を危うく床に落としかけた。


「……ゼ、ゼノス様!? お、おはようございますっ!」


 セバスチャンは目を擦り、二度、三度と主人の顔を見直した。そこには、昨夜まで彼を苦しめていたはずの、鉛のような隈が消え失せていた。不眠によって荒れていた肌には艶が戻り、何より、人を寄せ付けなかったあの刺々しい魔力の揺らぎが、信じられないほど穏やかになっている。


「セバスチャン、私の顔に何かついているか」

「い、いいえ。失礼いたしました。あまりに顔色が……その、健やかでいらっしゃるので。昨夜は、よくお休みになられたのですか?」

「……ああ。自分でも驚いている」


 ゼノスは、自室の寝台に置かれたあの枕を思い出した。昨夜、半信半疑でそれに頭を乗せた瞬間だった。まるで、温かな陽光に包まれた泉の中に沈んでいくような、圧倒的な幸福感が全身に広がったのだ。今まで彼を苛んでいた不快な雑音も、血管を焼くような魔力の火照りも、すべてが霧散した。

 気付いた時には、朝陽がカーテンの隙間から差し込んでいた。悪夢一つ見ない、完全な無の状態。数年ぶりに味わう深い眠りに、ゼノスはしばらく呆然としていた。


「……あのアリシアという女、一体何をした」


 ゼノスは、自らの内に満ちるかつてない活力を感じながら、足早に館を出て離れへと向かった。

 離れの前に到着したゼノスは、再び足を止めた。そこには、昨日までの厳しい雪景色の面影はなかった。離れの周囲の土が露出している部分から、あり得ないことに、青々とした若芽が顔を出していたのだ。

 極寒のコールドランドで、春の訪れを告げるかのようなその光景に、ゼノスの心臓がわずかに速く鼓動した。


「——あ、おはようございます、ゼノス様!」


 元気な声がした。

 離れの裏にある小さな家庭菜園の予定地で、アリシアが膝をつき、土をいじっていた。彼女が土に触れるたび、そこから小さな命が芽吹き、朝露を浴びて輝いている。

 

「貴様、朝から何を……。いや、それよりもだ」


 ゼノスはアリシアに歩み寄り、彼女の前に立った。

 身長差のある彼に見下ろされれば、普通の女性なら恐怖で縮こまるだろう。だが、アリシアは土を払って立ち上がると、花が咲くような笑顔を彼に向けた。


「昨夜はよく眠れましたか? 顔色が良くなっていますよ」


 真っ直ぐに自分を肯定する言葉。

 ゼノスは僅かに視線を逸らし、ぶっきらぼうに言葉を返した。


「……礼を言いに来た。あの枕の素材……ただの綿ではなかろう。貴様、何か細工をしたな」

「細工だなんて。魔綿に私の魔力を少しだけ分けてあげただけです」


 アリシアは楽しそうに、自らの掌を見つめた。

 

「ゼノス様のお疲れがとれて、本当によかったです。あなたがこの地を守るために、どれだけ無理を重ねてきたか……そのやつれた姿を見て、放っておけなかったんです」


 ゼノスは絶句した。

 自分を一人の人間として、その苦労ごと『放っておけない』と言った者は、これまで一人もいなかった。皆、彼を『死神』と呼び恐れ、誰もゼノス自身に興味を持たなかった。


「……アリシア。貴様は、王太子から偽聖女として追放されたと言っていたな」

「ええ。エドワード様は、役立たずの聖女はいらない、と」

「そうか……」

「でも私、ほかにも色々やりたいことがあります! ゼノス様だけでなく、このコールドランドに住むすべての人々のために、私の力を使わせていただけないでしょうか? たとえば、癒しの石鹸とか、極寒をしのぐ暖房とか……」


 アリシアが興奮気味に、次々とアイデアを話し始める。

 ゼノスはそれを聞きながら、不器用に口角を上げた。

 

「……あ。ゼノス様、今、笑いましたね?」

「笑っていない……。気のせいだ。」

「いいえ、絶対に笑いました! もっと笑ったほうがいいですよ、そのほうがずっと格好いいですから!」


 アリシアの屈託のない言葉に、ゼノスは再び視線を逸らす。

 彼の頬がほんのわずかに赤くなっているのを、アリシアは見逃さなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ