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追放された聖女は辺境でスローライフを送ることにした。 ~領主様に溺愛されているので、今さら戻れと言われても困ります!~  作者: 葦ノ冬夏


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第十三話 崩壊の始まり


 王都エルフレイム。かつて『神に愛された都』と称えられたその場所では今、数々の異変が起きていた。


「水が死んでいるわ! これじゃあ飲み水どころか、洗濯もできない!」


 王都の広場にある共同井戸。一人の婦人が引き上げた桶の中身を見て、悲鳴を上げた。かつては水晶のように澄んでいたはずの水が、どす黒く濁り、鼻を突くような腐敗臭を放っていたのだ。騒ぎは広場だけではなかった。王宮内の貴族たちが使う上水道、噴水、そして街を流れる美しい運河に至るまで、すべての水が急速に澱み始めていた。人々はまだ知らない。王都の全ての水脈は、アリシアが五年間流し続けていた浄化の魔力によって清浄を保っていたことを。


 真の悲劇は王立騎士団病院で起きた。


「ぎあああああああああ! 腕が、俺の腕が!」

「熱い、焼けるように痛いんだ! 助けてくれ!」


 深夜の病棟に、地獄の底から響くような叫び声がこだました。一年前の国境紛争で負傷し、アリシアの治癒魔法によって完治したはずの兵士たちが、一斉に悶え苦しみ始めたのだ。彼女の広域結界には、継続的なヒーリング効果も含まれていた。それは重傷者の細胞を活性化させ、本来なら残るはずの後遺症や痛みを、優しく抑え込み続けるものだった。


 アリシアの魔法が完全に解けた今。ふさがっていたはずの傷口が、不自然な音を立てて再び開き始める。


「先生! 第三病棟の患者たちが全員、高熱で意識不明です!」

「こっちもだ! 切断部から黒い膿が噴き出している! 一体何が起きているんだ!?」


 医師たちは狼狽し、必死に手当を施すが、効果は一時的なものに過ぎなかった。


* * * 


 王宮の謁見の間。王太子エドワードは、次々と舞い込む報告書を床に叩きつけた。


「水が濁る? 負傷兵の傷が再発する? ふざけるな! 衛生管理を徹底しろと言ったはずだ! ミラはどうした! 聖女の力でなんとかさせろ!」


 呼び出されたミラは、高級ドレスの裾を震わせ、ひきつった笑みを浮かべていた。彼女の肌は、連日の無理な魔力抽出のせいで驚くほど荒れ、厚化粧でも隠しきれないほどにくすんでいる。


「エ、エドワード様……。これはやはり、あの女……アリシアの呪いですわ。あの方が王都の結界に、自分がいなくなったらすべてが壊れるような、卑劣な呪いを仕込んでいったのです!」


「やはりそうか! 忌々しい女め……。ミラ、お前の力でその呪いを解け!」


「も、もちろんですわ! でも、そのためには……もう少しだけ、時間をいただかないと……」


 ミラは内心、恐怖に震えていた。彼女がどれほど派手な魔法を放っても、それは表面的な修復に過ぎない。アリシアのように、根源から人々を癒し、救うことなど到底不可能だった。彼女にできるのは、周囲の活力を奪い、一時的に綺麗に見せることだけ。ミラが魔法を使えば使うほど、全て壊れていくのだ。


* * * 


 数日後。ついに王都全域で疫病の兆しが見え始めると、エドワードの苛立ちは頂点に達した。


「使えない役立たずどもめっ! アリシア……あの女だ。あの女がいれば、こんなことには……」


 エドワードの脳裏に、かつてどんな無理難題を押し付けても、静かに微笑んですべてを解決していたアリシアの姿がよぎる。彼はまだ、自分の非を認めたわけではない。エドワードにとってアリシアは、この状況を解決するための都合の良い道具に過ぎない。


「ミラ、決めたぞ。アリシアを連れ戻す!」


「えっ……!? あんな呪い使いを?!」


「黙れ! 連れ戻して、この呪いを解かせ、再び奴隷のように働かせてやるのだ。あの偽聖女がコールドランドのような地獄で生きていけるはずがない。今頃、寒さに震え、泣きながら僕の助けを待っているに違いない」


 エドワードの唇が、歪んだ笑みを形作る。彼はすぐに従者を呼び出し、命じた。


「適任者をコールドランドへ向かわせろ。そして領主ゼノスに伝えよ。『王太子殿下の慈悲により、偽聖女アリシアの追放を解いてやる。直ちにこちらへ引き渡せ』とな」


 無能な王太子は確信していた。『死神』と恐れられるゼノスが、アリシアのような女を歓迎するはずがない。むしろ、厄介払いができて喜ぶだろう、と。


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