転移聖女の事務魔法 ―聖魔法(オフィススキル)で騎士団を救うことにしました―
「団長、第1部隊、食料が足りません。どうしましょうか?」 「団長、第3部隊、弓矢がまだ届いていません!」 「団長!」「団長!」
大規模遠征を目前に控えた騎士団は、蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。 冷静沈着、クールな指揮官として定評のある騎士団長カイルも、今日ばかりは余裕がない。 「……っ、調整中だ!」 叫ぶものの、手元の書類はぐちゃぐちゃ。あまりのパニックに、カイルの視界には「いるはずのない人物」が幻のように映し出された。
「……団長、大丈夫ですか?」
ポニーテールを揺らし、カイルの隣に歩み寄る女性。 「……ひかり? どうしてここに」 聖女ひかりは真っ直ぐカイルを見つめると、一瞬考えるそぶりをしてから、人差し指を彼の眉間にそっと当てた。
「オーガナイズ・シチュエーション(状況整理)」
その瞬間、カイルの頭上に青白く光る板――現代のExcelシートのような画面が浮かび上がった。
『第1部隊:食料手配数量ミス』 『第3部隊:弓矢配送遅延』 『第4部隊:……』
トラブルが次々と可視化され、処理しきれずモヤがかかっていたカイルの頭の中が、一気に晴れていく。
「団長。これ、すべて期限は『今日中』ですよね?」
ひかりの冷ややかな声に、屈強な騎士団長がビクッと肩を揺らした。 「い、いや、これから、なるべく早く……」 「『なるべく』で納期は守れません。――私がやります」
普段の垂れ目がちな癒やし系の瞳をキッとつり上げ、ひかりは空中に現れた半透明の「キーボード」を一心不乱に叩き始めた。その指の動きは、王国最速と謳われるカイルの剣捌きよりも……速い。
「第1部隊の食料は発注ミスです。納期優先で単価は上がりますが、B店で手配済み。3時間以内に到着します」 「第3部隊の武器は関所で足止めです。付近に魔物が出たようですが、脅威度は低め。第3部隊から2名、至急引き取りに向かわせて」
次々と紡がれる的確な指示。 隊員たちは、団長に対するのと同等――いや、それ以上の敬意を込めて「はい!」「ありがとうございます!」と応じていく。
堀ひかり(29)。現代日本からの転移者。元・某メーカー営業事務歴7年。 現在は、聖魔法(事務スキル)でトラブルを華麗に捌く「聖女」である。
「……これで良し」
額の汗を拭い、満足げに呟いたひかり。彼女が差し出した数枚の書類を、カイルはおそるおそる受け取った。
「印鑑お願いします、団長」 「……ああ。ありがとう」
カイルの返事は、どこか胃を痛めた中間管理職のように力なく響いた。
その後、静まり返った騎士団長室にて。
「……すまない、助かった」 カイルが普段は見せないような、柔らかく、深い声でひかりに告げた。
「いえ、仕事ですから。……あ! 違う、違います!」 それまでの堂々とした態度はどこへやら。ひかりは急に顔を真っ赤にして慌て出した。 「あーでもない、こーでもない」と室内をくるくると歩き回り、唸り声を上げる。 やがて決心したようにカイルの前に立つと、ポケットから何かを取り出し、彼の手の中にぎゅっと押し込んだ。
「これは……?」 「……ハンカチ、です」 「……いや、それは見ればわかるが」
カイルの困惑したような視線に、ひかりは言葉を詰まらせる。 大きく、ゆっくりと息を吐き出し、彼女は消え入りそうな声で続けた。
「……王女様に教えていただいたんです。あなたの無事をずっと祈っているから、元気に帰ってきてね、って」
カイルが手の中のハンカチに目を落とす。そこには、戦場での無事を願う、不器用ながらも心のこもった刺繍が施されていた。 カイルはそれをもう一度強く握りしめ、先ほどよりもずっと、誰も聞いたことがないほど甘い声で囁いた。
「ありがとう。……大事にするよ」
同時刻、王城にて。
物思いに耽る少女が一人。 「ひかり、団長に無事渡せたかしら。……ふふ、あんなに真っ赤になって。……ええ、あの二人なら心配するほどでもないわね」 そう呟きながらも、彼女は自分の胸にそっと手を当てる。
「でも、なぜかしら。心が、少しだけ揺ら揺らするの」
まだ誰も、その微かな「痛み」の正体を知る由もなかった。
(完)
応援ありがとうございます!
まだ仕組みに不慣れなもので、整理のため長編は一度取り下げました。 しばらくは、こちらの短編の方でエピソードを更新していこうと思います!
手探りですが、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。




