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その九

6608

 私の子供時代であっても、いつも楽しかった訳ではありません。苦しい悩みもありました。けれども今その時代を回顧して、限りなく慕わしいと思うのです。それはいつも楽しかったのではないけれども、いつも慰めがあったからです。大きな慰めです。それは決して私の隣を離れませんでした。ずっと居てくれました。

 私を生かすのは『嫌な事が無い事』ではありません。慰めが在る事です。絶対に動かない確固たる慰めが。


6609

 例えば、歩道を歩いていて道路上の出っ張りに手押し車の車輪がとられて動きにくい様子のお年寄りが居たとします。そのお年寄りを援ける。或いは小さな子供が独り路上で半泣きになっている。『どうしたの』と声を掛けて、必要なら家まで一緒に帰ってあげる。家も判らないなら近くの交番に連れて行って、警察に保護を頼む。買い物をしたは良いが買ったその荷物が重過ぎて自転車に載せられない、更には自転車置き場が猛烈にいっぱいで自転車を取り出せない。そんな女性が居たら、両手手ぶらの自分が自転車を引き出した上荷物を前籠か荷台に載せるのを手伝ってあげる。

 私はそういう事で十分に喜びに出来ます。交わす言葉は僅かでも、それは間違い無く人間同士の交流です。二つの物体が互いに接触しただけなのではありません。心が働いているからです。此方(こちら)側に意志があるからです。そしてその意志が行動となって他者に伝わり、相手からもその応答がある。すなわち交流です。直ちに『経験』です。二つの物体がぶつかって何が生まれるというのですか。何の心も働かずして何の『経験』ぞと私は思います。そんなものからは何も生まれません。何かが生まれる、自分の経験たり得る行動をとり、誰かと交流しましょう。


6610

 道を歩きます。わざと狭い路地に入り込みます。あまり褒めた話ではありませんが、でも何となく、いや、強い興味を覚えます。だからそのまま進みます。軒先の家の窓から顔を出したおばさんに不審そうに見詰められます。でもこれだけではまだ犯罪ではないので、そのまま無視して進みます。小さな子供が猛烈に狭い道、それも日陰の場所で三輪車に乗っています。私と目が合うと不思議そうに私を見詰めます。私は愛想たっぷりににっこり笑って挨拶します。その子を通り過ぎて振り向き、手を振ると、その子も小さく手を振ってくれます。更に行くと廃屋があります。建物はまだ崩れてはいませんが、それでも家の前の雑草の生え方が尋常ではありません。気が付くと軒の一部が垂れ下がっている個所があります。垂木(たるき)が折れているのです。何ともいえない雰囲気ですが、その家で(かつ)て営まれたであろう家族の暮らしを想像します。そして廃屋に一礼してまた先を歩きます。程無く普通の舗装道路に出ます。もうその場所では前後からやって来る車やバイク、自転車に気を付けなければなりません。

 さて、私は何をしたいのでしょう。何に出逢いたいのでしょう。自分でも言葉に出来ません。けれども私は自分が悪いもの善くないものを求めているとは(つゆ)思いません。そういう事をしているという自覚が私の中に湧いてこないのです。却って、私は善い事をしているのです。()ういう訳か自分でも解らないのですが、それでも善い事をしているのです。私の出逢いたいと願っているものは善いものであり。そういう善いものを探す行動も()た善い事なのです。その自信だけが私の中にしっかりと見えています。私には自分が尊い守りの中に生きているとしか思えません。


6611

「若しかしたらこれでも、結構良い人なのかも知れない」

 そう思って交友を断たないでいると、そのうち結局はただの利己主義者に過ぎない事が露見する。一番大事にするのは矢張自分、自分に損はさせない、そういう雲行きになって来たらそれだけで逃げる、義侠というものから最も遠い、そんな性質が(あら)わになってくる。

 私はそんな人間を数知れず体験してきました。しかしずるずるとずっとそういう人間との交友を維持してこなかった事は良かったと思っています。そういう事実が分かったならば、私はその人間を切り捨てる事を勧めます。友人、付き合う隣人、そういう関係も、自分という人間その信念を主張する舞台ではありませんか。人間の品位を(おとし)める如き(やから)との関係は、竹を割った様にすっぱりと断ち切るのが一番だと思います。自分の周囲に気味の悪い、妖怪の様に影の薄い、何がその人の主張なのかいつまで経っても明らかにならない者を近付けぬ事。私は大切な事だと思うのですが。

 ブログには他の手紙も掲載しています。(毎日更新)

https://gaho.hatenadiary.com/

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