その八
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子供と一緒にスーパーに買い物に行きましたが、子供がお菓子コーナーにへばり付いて中々動きません。何かしら虫歯になりにくいもの、安いものを買うのですが、値段を見て驚きます。キャラクターもののお菓子の高い事。それに子供向けの御菓子だけではなく大人向けのそれもかなりな値段になっています。百円でろくろく買えません。二百円でもまだ安い方なのです。これは堪らんと思いました。勿論私の子供時代と比較する事は出来ませんが、百円以下で買えるのは本当に昔ながらのクラッカーやビスケットのみです。板チョコも私の知っている昔からある商品など、百円前後のものは二まわりもサイズが小さくなっている様に見えます。そして少し離れたコーナーには如何にも高級そうなチョコレートが、ふざけているのかと思う様な値段で並べられています。誰が五百円も出して板チョコ一枚買うのかと訝ります。
うっかりお菓子も買えませんね。何か、意地になってお菓子を食べたくない気持ちになります。そういう誓いでも立てたくなります。安心とは反対の方向に、世の中は常に流れて行くのですね。改めて実感します。
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「私の講演をお聴きなさい。屹度役に立ちますから。この先の見えない時代に必要な知識です。損はさせません。新聞もテレビも言わない事を、私は隠さずに遠慮なく口にします」
両腕を組んで、半身に此方を見て、少しだけ笑って、投資や経済関係の『講師』が写真に写っています。世の中にはそんなものを聴きたいと思う人間が、本当に居るのですね。そうやって宣伝広告を打っておけば、その広報費用を補って余りある収益を上げる事が出来るのでしょう。だからやるのです。
馬鹿ではないのでしょうか。話す講演者も聴きに行く聴衆も。本当に儲かる投資なら何処の誰がそんな方法を伝授する為にわざわざ講演などするものですか。必死に資金を集め、誰にも知られない様に自分一人でその方法に注ぎ込むでしょう。そんな当たり前過ぎる子供騙しな嘘を言う方も言う方ですが、騙される方も騙される方です。両者共揃って金に目が眩んでいて最早冷静ではないのです。普通の人間の感受性を失っているのです。
馬鹿になってはいけません。お金はこつこつ働いて、そしてチャップリンの映画の主人公其処退けに貧相な暮らしをして支出を抑制し、そうやって貯めるのが一番貯まるのです。日本経済が沈滞する程お金をつかわないのです。そしてそうやって僅かずつではありますが次第に貯まってくるお金を、今度は如何に値打のある事につかうか、それを考えて下さい。そのお金を一番『活かす』道とは何か。そのお金が一番自分を『成長』させてくれる方途とは何か、を。
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我が家でも新聞を取っているのですが、或る日驚く広告が入っていました。奥さんが教えてくれました。
『年金支給日割引セール! XX商店は皆様の味方!』
最初、何の事なのか判りませんでした。しかし程無く気付きました。偶数月の十五日である国民年金の支給日に合わせて、町の商店が商品の割引セールをしているという訳です。年金支給日の午前九時前には、お年寄りが郵便局前に列を作って並びます。それは知っていました。支給日当日に受け取らなければ困る老人が如何に多いのかを物語る悲しい現実です。しかしその外出を当て込んで、店の方では割引セールをしようというのです。支給日に年金を貰ったらそれが減らない間に一ヵ月分の食料を少しでも割安に買い込んで仕舞おうという、実に涙ぐましい需要に応える作戦なのでしょう。本当に涙が出て来ますね。もう戦前並に貧富の差は拡大しています。
この先、確実に『暮らしにくい』では済まない、本当に道端に仆れて亡くなっている老人や子供が珍しくない時代が来るかも知れません。『もう二度と飢えた子供の顔は見たくない』、『このままでは七十年前の犠牲者たちへ、顔向け出来ない』と野坂昭如が言った、そんな許せない時代が。自分に出来る事はある筈です。智慧と力を尽くして備え、人間らしく生きましょう。
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誤魔化していても、それはやって決ます。見ない様にしていても、それはやって来ます。自分の人生の総決算。それが誰にも知られずに、音も無く近付いて来て、いきなりあなたの顔を直視します。それこそ借金取りの様な厳しさで見詰めます。そして言います。
「もう、自分で分かっているな。お前の思っている通りだ」
そう、人生の総決算の言う事はいつもこれです。その堪え難い借金取りが来る前から、総決算の内容は既に自分が知っているのです。だからこそ誤魔化しまた見まいと努めてきたのです。しかし、その努力は終に虚しい。後は、まあ、運が良ければベッドの上で、死ぬまで独り呻き続けるという事ですか。『斯んな筈ではなかった』、と。
それが怖いから、私は殆ど自分の良心に脅迫的に脅されながら、何かしら自分が納得出来る事をしようと思って暮らしているのです。この感覚、私が斯ういう風に圧迫を感じる時、その予感は外れません。私が阿呆な暮らしをしていたら、その途方もなく容赦の無い借金取りは絶対にやって来るでしょう。それも本当にやって来る何十年も前から、まるで故意に私を脅かそうとして、その不気味な影を伸ばして。私に出来る事はただ一つ、毎日自分が納得出来る事だけをするという事です。この上にまだ後悔する話を吾身の上に積まぬという事です。
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