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第二話 マヤリィ

「ジェイ様、マヤリィ様のお部屋に行く前に、少しよろしいでしょうか?」

部屋を出る前にシャドーレは言った。

「実はこの家にはもう一人住人がおりますの。メイドとしてここで働いている娘なのですが、先に紹介させて頂きますわ」

その時、部屋の外から声がした。

「失礼致します、シャドーレ様。お呼びでしょうか?」

「入りなさい」

「はい。失礼致します」

いつどんな方法で呼び出したのかジェイには分からなかったが、その娘はタイミング良く現れた。

そして、ジェイの顔を見て嬉しそうな顔をする。

「お目覚めになられたのですね…!お身体のお具合はいかがですか?」

「この通り、全然大丈夫だよ。メイド…ってことは君にも随分お世話になったみたいだね」

「とんでもないことにございます。お元気そうで何よりです」

彼女は嬉しそうに笑った後、

「申し遅れました。わたくしはミノリ・アルバと申します。シャドーレ様のご厚意でこちらのお邸に住み込みで働かせて頂いております」

そう名乗って深々と頭を下げた。

小柄で女性らしい身体つき。色白の肌と長い黒髪が印象的な可愛らしい娘だ。

(ミノリ!?いや、違う違う…)

流転の國にもミノリという名の人物がいるので、ジェイは一瞬混乱した。

しかし、髪型や背格好が似ているだけで流転の國のミノリとは別人だ。

「僕はジェイ。よろしくね、ミノリさん。…でいいのかな?」

「はい!よろしくお願い致します、ジェイ様」

桜色の都のミノリはまだ若そうだ。

「ミノリ、これから私はジェイ様をお隣にお連れすることになっているの。その間に部屋を整えておいて頂戴」

「畏まりました、シャドーレ様」

ミノリは恭しく頭を下げる。

(こっちのミノリはどんな境遇でここに来たんだろう…)

そんなことを考えていると、シャドーレがドアを開けてジェイを導いた。

「こちらにございますわ、ジェイ様」

「あ、ありがとう…」

廊下に出ると、隣の部屋とは少し距離があった。

シャドーレと話していた時は意識していなかったが、自分がいた部屋も広かった気がするし、伯爵家の別宅ともなればかなり立派なお邸なのかもしれない。ジェイはそう思った。

そして、シャドーレがドアをノックする。

「ちょっと待って」

「いかがなさいましたか、ジェイ様?」

反射的にストップをかけるジェイを不思議そうに見るシャドーレ。

「シャドーレ、さっき君は言ってたよね?覚悟するように、って。あれはどういう意味なの?」

『「先に申し上げておきます。ジェイ様、覚悟なさって下さいね」』…。その言葉の重さがどの程度なのか確認しておきたかった。

「ああ、それでしたら…」

シャドーレは答える前にドアを開ける。

「実際にご覧になられた方が早いかと思いますわ…」

「っ…!姫!?」

大きなベッドで眠るマヤリィの姿を見つけたジェイは、シャドーレと話していたのも忘れて素早く傍に駆け寄る。

「姫…!僕です、ジェイです!目を開けて下さい…!」

しかし、マヤリィは死んだように眠っている。

「僕は目覚めたのに、どうして姫は…。…って、あれ?」

ジェイはよくよくマヤリィの姿を見る。

「姫…髪の毛伸びましたね。って、当たり前か…」

「ジェイ様、申し訳ありません。大変おつらいこととは存じ上げておりますが、勝手にマヤリィ様の御髪をお切りするわけにもいかなくて…」

いつの間にか傍に来ていたシャドーレが悲しそうに言う。

「マヤリィ様はご自分のロングヘアが嫌いだとおっしゃっていました。絶対に髪を伸ばさないという勢いでベリーショートを維持なさっていたのに…」

「…まぁ、確かにそうだけど…」

マヤリィが昔ロングヘアだったことをジェイは知っている。しかし、それは本人の意思ではなく切ることを禁じられていたからで、マヤリィ自身はずっと切りたかったらしい。…どんな境遇だったんですか?マヤリィ様。

「ですが、今のマヤリィ様の御髪は…」

「うん、随分伸びたね。ショートヘアじゃない姫なんて久しぶりに見るよ」

悲壮感満載でマヤリィを見るシャドーレに対し、ジェイはあっけらかんと答える。

「この長さは初めて見るかも…。姫ったら、ロングからいきなりベリーショートにしちゃったからさ」

そう言って、肩下まで伸びたマヤリィの髪に触れるジェイ。細く柔らかくサラサラとした感触は変わらない。マヤリィには言えないけど、本当に綺麗な髪だ。

「ジェイ様は…おつらくないのですか?マヤリィ様の意思に背いてしまったというのに…」

どうやらシャドーレの悲しそうな表情はこれが原因だったらしい。

「大丈夫だよ、シャドーレ。姫は長い髪の自分が好きじゃないみたいだけど、僕はどんな髪型の姫でも好きだからさ」

「ジェイ様…!」

「心配しないで。姫が目を覚まして切りたいと言ったらすぐに切ってあげるから。もしかしたら、君のようにベリーショートへの拘りがなくなっているかもしれないし」

ジェイが微笑むと、シャドーレはようやく落ち着いて頷いた。

「ありがとうございます、ジェイ様。貴方様がそうおっしゃるなら安心ですわ」

「こちらこそ、ありがとう。姫が長い髪を嫌ってたこと、ずっと気にしてくれてたんだね」

「それは…私も同じでしたので…」

「そうか、君も流転の國にいた頃はいつもベリーショートだったね…」

ジェイは流転の國のことを思い出す。

「流転の國の主であるマヤリィ様が追放されるってどんな状況だったんだろう…」

皆の顔も名前も覚えているのに、肝心な日の記憶が全くない。

「僕はいまだに追放された時のことを思い出せないんだけど、君はさっき『記憶の記録』を発動出来るって言ってたよね?」

「はい。あの日、私達を玉座の間に呼んだのは『宙色の魔力』を持ったルーリでした。…ジェイ様、今から私の『記憶』をご覧になりますか?」

シャドーレが真面目な顔で問う。本当に覚悟して見なければならないのは彼女の『記憶』の方だとジェイは思った。

「…うん。頼むよ、シャドーレ。流転の國で何が起きたかを知らないことには、この先どうしたらいいか分からないからさ。それに…僕は何としてでも姫を助けたい」

全く目覚める様子のないマヤリィを見て、ジェイは言う。

「私とて、気持ちは同じですわ」

シャドーレはそう言うと、魔術書を取り出す。

「…では、始めさせて頂きますわね。…『記憶の記録』発動。我が記憶を辿り、在りし日の記録を映し給え」

魔法陣とともに『記憶』の幻が現れる。

シャドーレが悲痛な面持ちで見守る中、ジェイはあの日の出来事に釘付けになった。

ミノリ・アルバ嬢を見た時にジェイが思い浮かべた流転の國のミノリは次回登場します。


そして、シャドーレが『記憶の記録』を発動する際に用いた魔術書は、元は流転の國のミノリが持っていた物でした。

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