第二十七話 悲劇の幕開け
「ミノリ!返事をして!ミノリ!!」
その日の午後、レイヴンズクロフト家にシャドーレの叫び声が響き渡った。
いつもの冷静な彼女らしくない取り乱しようだった。
「ミノリ…!お願い、目を開けて…!!」
その日の朝。
「ミノリ。私は雷系統魔術のことはよく分かりませんが、本質は黒魔術と同じ。使い方次第ではとても危険なものになってしまいますわ」
シャドーレは母から聞いた言葉をミノリに伝える。
「発動する時は慎重に。絶対に焦ってはいけませんわ。それと、次に進む時は必ず私を呼びなさい。ゆっくりと着実に習得して参りましょう。…良いですわね?」
「はい!畏まりました、シャドーレ様」
予想以上に書庫の整理に手間取ったシャドーレも、あと半日あれば終わるというところまで来ていた。
「けれど、書庫の作業は今日中に終えなくてはならないというわけではありませんのよ?」
「大丈夫でございます、シャドーレ様。十分に気を付けますし、いざという時の為の『シールド』も教えて頂きましたから」
本当はずっと魔術訓練室でミノリを見守っていたかったのだが、だいぶ初級魔術に慣れてきたミノリは、忙しいシャドーレを気遣って、今日は一人でも大丈夫だと言ったのだ。
「シャドーレ様は書庫の整理に専念なさって下さいませ」
ミノリにそう言われ、シャドーレは頷いた。
「無理は禁物ですわよ、ミノリ。きちんと休憩時間を取りなさい。それから…」
「はい。何かあった場合は必ずシャドーレ様に報告致します!」
…というわけで、ミノリを魔術訓練室に置いて、シャドーレは書庫に向かった。
そして、その日の午後早くに作業は完了した。
「これで、ようやく終わりましたわ。…後のお掃除はここのメイドに任せるとしましょうか」
自分の邸に置く本は今日までに全て持ち帰っていた為、残されたのは新しい書庫に移す本と王立図書館に寄付する本だけだった。
「…にしても、ここが改築されるのは少し寂しいですわね…」
幼い頃、母に黒魔術を教えて欲しいとせがんだ書庫。キャサリンがメアリーの為に書いた新しい魔術書を置く定位置になっていた机。
「…お世話になりました」
大人になったメアリーはそっと書庫に別れを告げると、本家のメイドを呼びに戻るのだった。
「出来れば直接報告したかったけれど…叔母様はいらっしゃらないのね」
「はっ。本日は夜まで戻られないと伺っております」
「それなら仕方ありませんわね。叔母様が帰っていらしたら、書庫の整理が終わったと伝えてもらえるかしら」
「畏まりました、シャドーレ様」
本家のメイドは恭しく頭を下げる。
「私はこれから魔術訓練室に参ります。貴女は書庫のお掃除をお願いしますわ」
「はっ。畏まりました。何かございましたら、いつでもお申し付け下さいませ」
そう言ってメイドが頭を下げた。その時だった。
物凄い爆発音。急激な魔力の放出。
「何事でしょうか…!?」
「ミノリ…!!」
音がした方向に急ぐメイドを追い越して、シャドーレは一目散に魔術訓練室に駆け込んだ。
「ミノリ!大丈夫ですの!?」
そこには、ひどい怪我を負って倒れているミノリの姿があった。魔力爆発を起こしたのか、顔から腕にかけて雷に焼かれたような傷が広がっている。
「ミノリ!返事をして!ミノリ!!」
周囲に光が残っているのを見て、シャドーレは素早くミノリを抱き上げ、その場から離れる。
「っ…魔術の残滓が…!」
身体に痺れるような感覚が走るのを感じ、シャドーレはすぐに『魔法無効化』を発動する。
「痺れは消えた…。でも…!」
依然としてミノリは意識を失ったままだ。
「白魔術師を!白魔術師を呼んで頂戴!!」
シャドーレは遅れてやってきたメイドにそう命じ、自分は魔術訓練室からミノリを安全な部屋まで運んだ。こういう日に限って、夫人は出かけている。
シャドーレは祈るような気持ちでミノリを呼ぶ。
「ミノリ…!お願い、目を開けて…!!」
あと少し魔術実験室に行くのが早かったらこんなことにはならなかったかもしれない。
もし自分が回復魔法を使えたらすぐにでもミノリを助けられるのに…。
意識不明のミノリを前に、シャドーレは己の無力さを噛み締めるばかりでした。




