第十四話 『長距離念話』
《こちらミノリ。シャドーレ、ジェイ、使い魔は無事に到着したわ。聞こえたら応答して》
ミノリは書庫から『念話』を送った。
使い魔が差し出したマジックアイテムを見た彼女はすぐにこれが『念話』を発動する為の物だと理解したのである。
ミノリは少し待ってもう一度呼びかけるつもりでいた。それでも返事がなければ時間を置こうと思っていた。
しかし、その必要はなかった。
《こちらシャドーレ。ミノリ…!貴女が使い魔に気付いてくれてよかった…。本当に久しぶりですわね…!》
《本当ね!久しぶりにシャドーレの声が聞けて嬉しいわ。…でも、使い魔を最初に見つけたのはミノリじゃないの》
《えっ?まさかネクロ様にバレた…?》
《違うわ。ネクロに見つかったらただじゃ済まないもの。…クラヴィスが見つけて連れてきてくれたのよ》
《っ…どうしてクラヴィスが…!?》
《ミノリも驚いたわ。だけど、もっと驚くべきことに彼は桜色の都に関わることなら協力すると言ってくれたの》
《なぜ…?》
《よく分からないけど、国王陛下の心配をしてるって言ってたわ》
《ヒカル様のことを…?あっ、クラヴィスは以前、桜色の都の危機を救ったことがありましたわね。貴女も一緒だったでしょう、ミノリ?》
《ええ。ってことは、やっぱりそういうことなの?ルーリのせいで今は桜色の都と行き来出来ないけど、クラヴィスはまた国王陛下に会いたいと思ってるってこと?》
《…そうかもしれませんわね。でも、危険すぎますわ。いくら仲間とはいえ、クラヴィスの本心を知ったらルーリが黙っていないのでは…?》
《ううん。ルーリは何もしてなくても殺すわ》
《えっ…?》
《ランジュが…殺されたのよ。ネクロマンサーの実験の為に…『流転の閃光』で……》
《何ですって!?》
シャドーレは驚きのあまり、それからしばらく何も言えなかった。
流転の國を離れてからずっと中で何が起きているか知らなかったし、今の今まで全く連絡が取れなかったのだ。ミノリにとっては結構前の話だが、シャドーレにとっては初めて知った残酷な事実。受け止めるまでには時間がかかる。
《シャドーレ?大丈夫?…シャドーレ!!》
ミノリの声で我に返る。
《ごめんなさい、ルーリがそこまでするなんて信じられなくて…》
《今のルーリは昔のルーリとは違う。ご主…マヤリィ様に愛されたことさえ思い出せない残酷な悪魔なのよ》
(…ミノリは今でもマヤリィ様をご主人様だと思っていますのね)
ミノリが言い直したのを聞いてシャドーレは思った。
《…それで、一番大切なことを聞いてなかったけど、マヤリィ様は…まだ目を覚まされていないみたいね?》
《ええ。あの日からずっとよ。御身の安全は確保しているけれど、まだお目覚めにならなくて…》
《分かった。…ジェイは?》
《僕なら大丈夫だよ、ミノリ》
二人の会話に割って入るジェイ。
《ジェイ…!?何これ、同時に話せるの…?っていうか、今更だけどこれって『長距離念話』ね…!?》
《ええ。このマジックアイテムはジェイ様が作って下さったの》
《ジェイが…!?見直したわ…》
ミノリは感心する。今までジェイのことをどんな風に見ていたのだろう。
《まぁ、成功したのはミノリの魔術書のお陰でもあるんだけどね。…どうしても連絡を取りたかったんだ》
《ジェイ…。ありがとう。貴方が無事でよかったわ…》
そう言うとミノリは急に涙が出てきた。
《ミノリは大丈夫?ルーリに虐められてない?》
《大丈夫よ。時々呼び出されて書庫にいる時間が長すぎると言われるけど、ミノリは今も書庫にいるの。調べることがあったら聞いておくけど、何かある?》
《『能力強奪』魔術について詳しく教えて》
すかさずシャドーレが言う。
感傷的になっているミノリに対し、シャドーレは物凄く冷静だった。
《今うちにいるメイドが雷系統魔術の適性を持っていますの。閃光の大魔術師を倒す為には必要だと思わない?》
《ちょっと待って、シャドーレ。『能力強奪』魔術がどんなものか分かって言ってるのよね?禁術をそのメイドに対して発動すると言うの?発動された側がどうなるか…知らないわけじゃないでしょう?》
《ええ、勿論知っていますわ。二度とその能力を使えなくなる、でしたわね》
《っ…!なんでそんなに冷静に話せるのよ、シャドーレ!!》
ミノリは動揺していた。計画を聞かされたあの夜のジェイと同じように。
《全てはマヤリィ様の御為。私はあの御方の為なら何だってしますわよ》
そう言われてはミノリも黙るしかない。
《私の黒魔術に雷系統が加わればルーリだって倒せるかもしれない。ルーリから『宙色の耳飾り』を取り返して再びマヤリィ様に『宙色の魔力』を使って頂くのよ…!》
(シャドーレ、前に話した時より過激になってないか?)
ジェイは話を聞きながらそう思った。
いつの間にかルーリに対抗する→倒すに変わってるし。
《待ってよ、シャドーレ。本気でルーリと戦うつもりなの…?》
《私は本気ですわよ、ミノリ。貴女から話を聞いて分かりました。一刻も早くマヤリィ様に目覚めて頂かなくては皆が危ないですわ。今こうして危ない橋を渡っている最中に言うのもなんですけれど、私は貴女を守りたい。流転の國を残酷な支配者に任せておくわけにはいきません》
その時、シャドーレは戦場に立っている時と同じ顔をしていた。
…そう。かつて魔術師達を率いて戦場を駆け抜けた日と同じ、命を賭けて主を守ろうとする戦士の顔だ。
《シャドーレ、今日はここまでにしよう》
黙り込むミノリを心配しつつ、ジェイは『長距離念話』の終了を促した。
《…そうですわね。また改めて連絡しますわ》
シャドーレは素直に頷くと、
《では、ミノリ。禁術の件、よろしく頼みますわよ。お願い出来るのは貴女しかいませんから》
とてもお願いしているとは思えない口調でミノリに念を押した。
《…分かったわ、シャドーレ。調べておくから待ってて》
ミノリはそう言うと魔術具を外した。
(シャドーレ…貴女まで悪魔になってしまうの…?)
『能力強奪』をかけられれば特殊能力や魔術適性を失うだけでなく、下手をすれば命を落とす危険性もある。
以前マヤリィは流転の國を侵略しようとした者に対してそれを使ったが、無事に終わったのは『宙色の魔力』のお陰である。
シャドーレがどんなに優れた魔術師でも、触れてはいけない禁術がある。
しかし、ミノリは言えなかった。
代わりに、考える。
「何か…他に手段はないの…?本当に、雷系統魔術が必要なの…?ミノリは…どうしたらいい?」
書物の魔術師ミノリは使い魔に話しかけるが、答えは返ってこなかった。
ルーリは本当に変わってしまった…。
悪魔のような所業を知ったシャドーレは、ミノリの声を聞けたことを喜んだのも束の間、例の『能力強奪』魔術について訊ねるのでした。
しかし、それは非常に難易度が高く、かつ残酷な禁術です。