第百八十八話
偶然という名の奇跡によって、第一番勝負『旗護り』はアドリアン率いる同盟軍の勝利に終わった。
だが、大キトゥラ・シャゼイはまだ始まったばかり。
続く第二試合は──力自慢の大部族同士による、誇りを懸けた激突である。
「へへっ……相手にとって不足なし!六大部族タウロスが相手か……腕が鳴るってもんさね!」
「アネキィ!ここで我らリノケロスの真の力、大草原の全部族に見せつけてやりましょうぜ!」
対峙する一方に陣取るのは、巨体と突進力で知られるサイの大部族リノケロス。
女族長イルデラに率いられた彼らは、生粋の重装歩兵集団である。生まれ持った頑強な肉体は、並の弓や剣では傷一つ付けることすら叶わない。
そして、リノケロスの猛者たちと対峙するのは──六大部族が一つ、牛の大部族タウロス。
彼らもまた、大草原において力自慢として知られる屈強なる戦士の一族である。
リノケロスが個々の頑強さで敵を粉砕する重装歩兵ならば、タウロスは統率の取れた陣形と決して崩れぬ団結力で敵を蹂躙する重装戦列だ。
「ふん、サイの連中も中々いい目をしているじゃねぇか」
先頭に立つのは族長オルオーン。歳は若いが巨躯から放たれる覇気は、イルデラにも決して引けを取らない。
肩に担がれた巨大な戦斧と天を衝くかのようにそびえ立つ猛々しい二本の角は、彼がタウロスの頂点に立つにふさわしい最強の戦士であることを雄弁に物語っていた。
オルオーンは、リノケロスの闘気を真正面から受け止めながら不敵な笑みを浮かべた。
彼の背後に控えるタウロスの戦士たちもまた、オルオーンと同じく一切の怯懦を見せることなく、闘志を瞳に宿していた。
大キトゥラ・シャゼイ第二試合。競技名は『大地の押し合い』。
ルールは単純明快。両軍の中央に置かれた巨大な一枚岩を押し、先に相手の陣地へと押し込んだ軍の勝利となる。
戦士たちの前にそびえ立つのは、天を穿つかのような巨岩。
両陣営の猛者たちは、その圧倒的な質量を前に、しかし臆することなく不敵な笑みを浮かべていた。
「とんでもなくでけぇ岩だな。一体、どこからこんなもんを……?」
「なんでも、エルフの娘っ子が一人で運んできたって話だぜ」
「はっはっは、馬鹿言え!あんな豆粒みてぇな娘に、こんな岩が運べるか!俺たちだって無理だっつーの!」
リノケロスの戦士たちが、そんな軽口を叩き合っている。
その傍らで両軍の長、イルデラとオルオーンは腕を組んだままゆっくりと距離を詰め互いを睨みつけていた。
「テメェがイルデラか。噂は聞いてるぜ。リノケロスを率いる、女傑の噂をな……」
オルオーンは、自らよりも一回りは大きいであろう女族長を前に臆することなく言い放った 。
だが、イルデラはにやりと獰猛な笑みを浮かべて言い返す。
「そうかい?悪いけどアタイはアンタの噂は、聞いたこともないけどねぇ」
その言葉に、若き猛牛の額にビキリと青筋が浮かび上がった。
「言ってくれるじゃねぇか、女の癖して」
「聞こえないね。アタイは面の皮が分厚いらしくてねぇ、悪口なんざ蚊が刺したほどにも感じないのさ」
「俺の角はどんな分厚い皮だろうが、鉄だろうが貫ける。テメェのツラ、穴だらけにしてやるぜ……!」
「へっ!アタイの突進を喰らったら、アンタの細い角なんざ、へし折ってやらぁ!」
売り言葉に買い言葉。
大部族の長同士の威厳ある対峙は、瞬く間にただの子供の喧嘩へと成り下がっていく……。
「うるせぇ!俺の方が、昨日食った肉の量が多い!だから俺の方が強い!」
「はぁ?アタイの方が、今朝のウンコがでかかったね!だからアタイの勝ちさ!」
それまで威勢よく吠えていた両軍の猛者たちが、あまりにレベルの低い族長同士の罵り合いにぴたりと動きを止める。
そして困惑した表情で顔を見合わせながら、自分たちの長の稚拙な言い争いを恥ずかしいと言わんばかりに顔を俯かせていた。
そんなシュールな光景を前に、アドリアンが隣に立つレオニスへと囁いた。
「おっと、これはまずいよレオニス!このままだと『大地の押し合い』が、ただの舌戦大会で終わっちゃう!せっかくあの二人がぶつかるんだ、みんな口よりも、自慢の筋肉がぶつかり合うところが見たいと思うんだけど……どう思う?」
「……ふっ。そうだな、口を動かすだけというのは、神聖な儀式には相応しくないな」
アドリアンの軽口に、レオニスは穏やかな笑みを浮かべた。
そして一歩前へ出ると、肺いっぱいに空気を吸い込み、叫んだ。
「──タウロス、そしてリノケロスよ!これより試合を始める!『大地の押し合い』の開始である!位置につけぃ!」
レオニスの号令に、それまで幼稚な罵り合いを繰り広げていたオルオーンとイルデラが、はっと我に返る。
二人は互いを鋭く睨みつけると、踵を返し各々が自軍の陣地から巨岩を押すための最適な位置へと着いた。
そして──。
「始めよ!その力、存分に見せてみろッ!!」
「「「うぉぉぉぉぉぉーーー!!!!」」」
獅子王の号令が響き渡ると同時、タウロスとリノケロスの両軍から大地を揺るがす雄叫びが上がる 。
屈強な戦士たちが、一斉に巨岩へとその肩をぶつけた。凄まじい熱気に観戦していた数万の獣人たちからも割れんばかりの大歓声が送られた。
数多の戦士たちの、ありったけの力が込められた巨岩……やがて大地が鳴動する。
岩は軋みを上げながら、しかし確実に動いていた。
「お、おい、動いてるぞ……!岩が!」
「馬鹿な……山が動いているようにしか見えん……!」
「すげぇ……これがリノケロスとタウロスの力か……!」
観戦する獣人たちから信じがたいものを見るかのような、驚愕の声が次々と上がる。
巨岩を挟んで押し合う両軍の戦士たちの顔は、凄まじい形相で歪み全身の筋肉が極限まで隆起していた。
「ぐ……おおおおおっ!押せ!押せぇぇぇっ!」
「ここで負けるな!タウロスの誇りを見せてやれ!」
「我らリノケロスの突進が最強だと、奴らに思い出させてやれぇ!」
そして、その最前線では──。
イルデラが誰よりも大きな雄叫びを上げながら、山のような巨体で真正面から岩を支えていた 。
「おりゃあああ!もっと力を込めろ!牛なんぞに、このアタイたちが負けてたまるかい!」
「合点だアネキィ!」
対するオルオーンもまた、一歩も引いてはいない。
「何やってんだテメェら!腹から声を出せ!力を出せ!こんな所で負けたら、六大部族の名が泣くぜ!」
「へい!」
その壮絶なまでの力と誇りのぶつかり合いを、アドリアンとレオニスは丘の上から見下ろしていた。
アドリアンは、うんうんと満足げに頷いている。
「やっぱり、獣人はこうでなくっちゃね。単純明快な力のぶつかり合いは、見ていて清々しいよな。……レオニス、君はどう思う?こういう、小細工なしの力比べってやつは」
不意に投げかけられた問いに、レオニスは静かに目を伏せた。
「……俺は、好かん。ただ力に任せて物事を推し進めるやり方は」
「へぇ?意外だな。キミみたいな誰よりも強い獅子が、力を否定するのかい?」
「力だけでは何も守れん。真に大草原を守ることが出来るのは、理性と揺るぎない秩序だ」
アドリアンは、にやりと笑った。
「面白いことを言うね。……でも、理性や秩序とやらは圧倒的な力があるからこそ、初めて意味を持つんじゃないのか?」
その言葉にレオニスははっと息を呑み、大きく目を見開いた。
(……その言葉は。かつて俺が誰かに……)
──その時だった。
「王よ」
背後から凛とした声がした。
二人が振り向くと、そこには漆黒の髪と尻尾を持つパンテラの族長──ゼゼアラが静かに佇んでいた 。
「ゼゼアラ……」
獅子王レオニスと黒豹の族長ゼゼアラ。二人の視線が静かに交差した。
「貴方様は、かつて驕り高ぶっていた俺にこう仰いました」
ゼゼアラは遠い過去を思い出すように瞳を寂しげに細めた。
「『真の強さとは、ただ武を誇ることではない。弱き者の盾となり、傷つきし者の杖となり、迷える者の道標となること──』」
それははるか昔。若く自らの力に驕っていたゼゼアラが、力を見せぬレオニスを惰弱と断じ、決闘を挑んで完膚なきまでに敗れ去った日。
その日に、獅子王から与えられた言葉だった。
「そして、こうも続けられました。『だが、真に皆を守るためには、時に牙を剥き、ただの獣と成り果てることも、決して厭うな』と」
ゼゼアラは想いを馳せる。
大地に四肢を投げ出し、己の未熟さを噛み締めていた、あの瞬間に聞いた言葉。
それこそがゼゼアラという高潔な戦士を、そして族長を形作った原点であった。
「……」
レオニスもまた、静かに目を閉じた。
彼にとっても若き黒豹と拳を交え、言葉を交わしたあの日は決して忘れられぬ大切な記憶の一つであった。
ゼゼアラはそれまでの無表情をふっと緩め穏やかな、どこか寂しげな笑みを浮かべて……言った。
「その後、貴方様が続けて仰られたこと……覚えておいででしょうか。願わくばもう一度、貴方様の口からお聞かせいただきたいのです」
その問いに。ゼゼアラの、あまりに真摯な問いに、レオニスは一瞬きょとんとした。
だがすぐに、彼が自分に何を言わせたいのかを悟り、薄く笑みを浮かべた。
「──たまには心の底から暴れるのも、悪くないものだ。……だったな」
あぁ、そうだ。
かつての自分は、決して力を否定などしていなかった。ただ、強大な力を以て理性と秩序を築こうとしていただけだ。
だが、今の自分はどうだ?絶望に打ちひしがれ、力を……闘争を否定している。
それでは救える命も、救えぬに決まっている──。
「ゼゼアラよ。お前は……成長したな。大部族パンテラを率いる長として相応しい男になった」
レオニスは己の至らなさを思い出させてくれた若き黒豹を、真っ直ぐに見つめてそう言った。
彼の成長を誇らしく思うと同時に、今の自分自身への言葉にならぬもどかしさが湧き上がってくる。
「いえ……私もまた、アドリアン殿に気付かされたに過ぎません。己の、未熟さに……」
アドリアン──。
その名を聞き、レオニスが傍らにいるはずの人間へと振り向こうとしたその時だった。
「!?」
突如アドリアンが、レオニスとゼゼアラ両名の肩を後ろからがっしりと掴んだ。
そして、二人を友のように無邪気に引き寄せ、叫んだ。
「生真面目な獅子と、生真面目な黒豹が二人して難しい顔してたら、せっかくの祭りが暗くなっちゃうだろ!ほら、見なよ!脳筋コンビが、あんなに楽しそうに頑張ってるじゃないか!」
底抜けに明るい、しかしどこか的を射た物言いにそれまで張り詰めていたレオニスとゼゼアラの表情が同時にふっと緩んだ。
「……ふっ」
「ふふっ……そうだな」
二人から思わず笑みがこぼれる。三人は昔からの仲間であるかのように肩を並べて、再び眼下の激戦へと視線を戻した。
その競技を観戦している最中、レオニスは思った。
(この青年は──この英雄は、ただ力任せに大草原を突き進んできたわけではないのだ)
レオニスは、ようやく悟った。
アドリアンという人間はただの破壊者ではなく、出会う者全てを導き成長させながら、ここまで来たのだということを。
「うぉぉぉっ……!!いけー!!!」
「負けるな、六大部族の意地を見せろぉー!!」
イルデラとオルオーン、両族長の雄叫びが歓声の渦巻く戦場に木霊する。
誰もが純粋な力の競い合いに、己が誇りの全てを懸けている。その光景は一見すれば、野蛮なだけの力比べだ。
だが、その奥に在る、魂と魂のぶつかり合いは……どこまでも尊く思えて。
「!?」
レオニスが、そんな感傷に浸っていたその時であった。
──ミシッ、と。
巨岩に、一本の亀裂が走った。
次の瞬間、二つの大部族が放つ、規格外の力に耐えきれなくなったのか轟音と共に、天を穿つほどの巨岩が木っ端微塵に砕け散った。
「──」
壮絶な光景だった。
粉々になった岩の破片が、きらきらと陽光を反射しながら、戦場に降り注ぐ。
あれほど熱狂していた獣人たちは、誰もが唖然とし、その光景を前に言葉を失っていた。
誰もが壮絶な光景に呆然と立ち尽くす、そんな静寂の中……。
「うーん、レオニス。これって、どっちの勝ち?」
アドリアンが肩をすくめながら、隣の獅子王に問いかけた。
「割れた瞬間の岩の中心位置で勝敗を決する……それ以外になさそうだな」
アドリアンもレオニスの苦笑交じりの裁定にこくりと頷いた。
両軍の族長たちが、固唾を飲んで砂塵の晴れた跡地を見つめる。
そして──
「おっと、これは……」
僅かに。本当に、紙一重の差で、巨岩の中心はリノケロス側の陣地へと押し込まれていた。
それを見たレオニスとアドリアンは互いに目配せすると、レオニスが再び高らかに叫んだ。
「──第二試合『大地の押し合い』、勝者、タウロス族長オルオーン!!」
その瞬間、リガルオンの陣営から地鳴りのような歓声が爆発した。
「うおおおっしゃゃーー!!!!見たか、これが俺たちタウロスの力だ!!」
オルオーンが拳を天に突き上げ、勝利の雄叫びを上げる。
一方、リノケロスの陣営では。
「くそぉーーっ!あと一手だったのに!ちくしょーが!」
イルデラは大地に膝をつき力任せに拳を地面に叩きつけた。だが彼女は決して不平を口にしたりはしない。
ひとしきり天を仰いで悔しさを吐き出すと、彼女はすっと立ち上がり土煙の向こうにいる勝者……オルオーンの元へと堂々とした足取りで向かっていく。
「……負けたよ、完敗だ。大したもんだ」
イルデラは一切のてらいなく、オルオーンへと手を差し出した。
差し出されたその手を、オルオーンは一瞬きょとんと見つめた。だがすぐに得意気な、しかし相手を確かに認めた者の瞳で、その手をがっしりと握り返した。
「当たり前だ。俺はタウロス族長オルオーンだからな!……だが、あんたも噂に違わぬ女傑だったぜ!」
「へっ!当たり前さ!次は負けないからね!」
「望むところだ!次は、あの岩みてぇに砕け散るまで本当の力比べと行こうじゃねぇか!」
二人の族長は互いにがっしりと手を握り合ったまま、腹の底から笑い合った。
その光景を見た獣人たちから、この日一番の大歓声が上がった。
「すげぇ……!どっちも、最高の戦士だ!」
「オルオーン様、万歳!」
「イルデラ殿も、お見事!」
勝者であるオルオーンを称える声。そして、敗者であるイルデラの健闘を、誇り高き振る舞いを称える声。
敵も味方もなく、今ここで生まれた真の戦士たちの絆に、惜しみない拍手と喝采が送られていた。
「イルデラ、お疲れ!」
「両名とも、見事な戦いだった!」
そんな中──ふわり、と。三つの人影が、天から舞い降りてきた。
アドリアンの飛行魔法によって、彼とレオニス、そしてゼゼアラがイルデラのすぐ傍らに着地したのだ。
「……アドリアン。すまねぇ!アタイのせいで……アンタに恥をかかせちまった」
イルデラが山のような巨体を、申し訳なさそうに小さく屈めた 。
だがアドリアンはそんな彼女の言葉を、飄々とした態度で一蹴する。
「とんでもない!そこの猛牛くんとイルデラちゃんの戦いは、最高に熱かったよ!ほら、皆がキミたちの戦いぶりを祝福してる!」
「そうだ、イルデラ。お前は全力を尽くした。それで十分ではないか」
アドリアンとゼゼアラの言葉に、イルデラが顔を上げる。
その視線の先では、勝利したオルオーンが、得意げに胸を張っていた。
「へっ!アドリアンとやら、俺の実力目に焼き付けたか?」
「あぁ、実に見事な力だった!キミほどの若さで、あれほどの……願わくば前の世界で、君と背中を預けて戦ってみたかったよ」
「……あん?今、何か言ったか?」
「いや、なんでも」
そんな不可思議な会話を挟むと、アドリアンは再び落ち込んでいるイルデラへと向き直り、慰めるようにその肩をぽんと叩いた。
「まぁまぁ、イルデラ。君はまだ子供なんだから、そう落ち込むなよ。これからもっと大きくなれば、きっと大草原一の力自慢になれるさ」
その瞬間。
あれほど熱狂に包まれていた戦場から、すっ……と、音が消えた。
「え……?子供……?」
「何言ってんだ、人間。あの女、どう見ても俺たちよりデケェじゃねぇか」
ざわざわと、獣人たちの困惑した囁きが戦場に広がる。
その中で、オルオーンが身体を小刻みに震わせながら、信じられないものを見る目でアドリアンに言った。
「お、おい……人間。この女が、まだ子供……?テメェ何を言って……」
その問いに、アドリアンはこの日一番の意地悪で楽しそうな笑みを浮かべて言い放った。
「あれ?皆、知らなかったのかい?リノケロス族長イルデラは、まだ『十三歳』の女の子だってことをさ」
しん、と。
三度、戦場に絶対的な静寂が訪れた。
だが、最後の抵抗とばかりにオルオーンは呟いた。
「で……でもリノケロスの奴らは『アネキ』とか言ってたじゃねぇか……」
「俺らは身体がでかくて強けりゃあ誰にでもアネキやらアニキって呼ぶからなぁ。イルデラのアネキがまだ十三歳なのは本当だぜ」
リノケロスの戦士たちは笑いながらそう言った。
快活な笑い声が響く中、オルオーンが、レオニスが、そしてゼゼアラですらあんぐりと口を開け、目が点になる。
「ま、そういうわけだから!」
アドリアンはにこやかに、未だ硬直したままのオルオーンの肩を景気よく叩いた。
「十三歳の幼い女の子に力比べで辛うじて勝利したオルオーン君、おめでとう!いやぁ、大人の男の面目躍如たる大活躍だったねぇ!素晴らしい!」
アドリアンの心のこもっていない賛辞が炸裂する。だが当のオルオーンは衝撃の事実を前に、石のように固まったままぴくりとも動けない。
その隣ではイルデラが、ぶつぶつと悔しそうに呟いていた。
「ちくしょう……この牛のおっさんに勝ったら、アドリアンに求婚しようと思ってたのによぉ……」
「イルデラ、年齢的に色々とまずいから、その考えは一度忘れようって言わなかった?せめて、あと七年は待とう。話はそれからね」
戦場を支配する、気まずいほどの静寂の中。
そんな中、英雄と齢十三の女傑の奇妙な会話だけが、戦場に響き渡っていた。




