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Paradise FOUND  作者: 泉野ジュール
番外編: Paradis des Fleurs - 花の楽園【モルディハイのその後】
46/50

Paradis des Fleurs - 3

 次の日、フローラが部屋から出ると、廊下ですれ違った女中達がくすくす笑うのが聞こえた。

 フローラが目を向けると声を止めたが、目だけはまだ笑ったままこちらを見ている。

(まぁ、こんなものね……)


 女中達の嘲笑も、昨日のモルディハイから受けた衝撃に比べれば可愛いものだった。

 フローラは後宮の廊下を一人歩きながら、昨日のことを思い出して、つい深い溜息を吐いていた。──ロバ係のフローラ。きっとそんな噂が女中達の間で広がっているのだろう。もしかしたら王宮中かもしれない。


 後宮は細長い造りの建物になっていて、全体に女性好みな湾曲的な線を多く用いた建て構えをしていた。

 高い窓がいくつかあって、多少の朝日が廊下に差し込んでいる。

 昔日──モルディハイが沢山の女を囲っていた頃は、きっと賑やかな一角だったのだろう。しかし今、それは面影を残すのみで、閑散としたものだった。


 ここにはかつて、モルディハイに愛された女達が住んでいた。

 そして捨てられたか、自ら去っていったか、今はもうほとんど残っていない。


 やはり、モルディハイ王には何かがあったのだ。


 それは彼の心を変えた……恐らくは、ひどく歪んだ方へ。

 元から、モルディハイが聖人君子だったという話は聞かない。傍若無人で気の荒い人物だと、それはフローラの住む田舎でさえ知れ渡っていたほどだ。


 しかし数年前、モルディハイが女性を寄せ付けなくなってから、話は落ち着いた方へ向かっていた。

 国政に力を入れだし、国土の整備をすすめ始め、暴君から賢君へと変わりつつあるとさえ噂されていたのだ。女遊びをしなくなったのは、真面目に正妃を迎えようと考え出したからだろう、とさえ言われていた。


 そうでなければフローラの両親も、こう易々と娘を王宮へ向かわせなかっただろう。

 兄だけは心配していたが、彼はフローラに対してとても過保護だったから、相手が誰でも同じように気を揉んだはずだ。


(金髪青眼を探していたのは、タリー様のためで)


 ──フローラは自分の色があまり好きでなかった。

 愛する母から受け継いだ色としての誇りは持っているが、ジャフではあまりに珍しかったため、子供の頃からずっとからかわれてきたのだ。

 今になっては、あれは羨望の一種だったことを理解している。しかし子供の頃は分からなかった。


 それが今になって、この色こそが、フローラをモルディハイの元へ呼び寄せたのだ。

 初めて王宮からの使者が来た夜は眠れなかった。初めて自分の『色』に感謝した。王の声を想像して胸を高鳴らせた。愛する故郷ばかりは恋しかったが、それさえ、捨てて構わないと思った……。


 それなのに──

「帰りたくば、さっさと帰れ……か。帰りたくば……」

 フローラは、ぼんやりとモルディハイの台詞を繰り返し呟いた。


「あ……」

 すると、はたと気が付く。とりあえず、追い出された訳ではないのだ。帰りたければ帰っていいと怒鳴られただけで、帰れと言われた訳ではない、と。


 王都育ちのモルディハイは知らないであろう。

 ──故郷の田舎では、フローラにはロバも馬も犬もいて、世話だって自分でしていたのだ。





『お兄様は、ああ言いましたけど』

 フローラがタリーの部屋へ訪ねると、王妹はすらすらとペンを滑らせて、こう書き記した。

『本当に動物の世話までしなくていいのですよ。私は、貴女と花を摘んだり、布を選んだり、お話をしたりしたいだけです。お兄様の暴言はお許し下さい』


 タリーはまだ年頃には早いが、可憐な雰囲気を持つ、素直で優しい少女だった。

 もう数年もすれば美しく変身するのだろう。孵化を待つさなぎのような、微妙な魅力さえあった。


「いいんです、タリー様。私、実は恥ずかしいくらいの田舎の出身で……故郷では馬やロバの世話もしていたんですよ。王のいらっしゃる間くらい、構いませんから。懐かしいくらいです」

『でも──』

「本当です。それに、ほら、今日は少しくらい汚れても大丈夫な服にしてきました」


 そう言って、フローラはスカートの裾を持ってみせた。

 街娘といっても通用してしまいそうな軽装で、エプロン風の前掛けさえ付けている。そんな格好をしたフローラをしげしげと見つめたタリーは、なぜか切なそうに微笑んで、また筆を取った。


『フローラ様はエマニュエル様にそっくりです。だからお兄様も、あんな風に急に声を上げたんです』

「え……?」

 聞きなれない名前に、フローラが疑問の声を洩らすと、タリーは説明を加えた。


『エマニュエル様は数年前、お兄様が連れていらっしゃった方です。フローラ様と同じ金髪青眼の綺麗な人で……私はとても憧れていて、きっと、お兄様もとても好きでいらしたんです。でも突然消えてしまって……あれ以来、お兄様は少し変わられました』


 二人は、窓辺に備えてある椅子に揃って座っていた。

 楕円の木机があって、物を書いたり、軽食やお茶をとったりもできるようになっている。


 タリーとフローラはじっと見つめ合った。

 タリーの瞳は、フローラに何がしかの答えを求めているようだった。しかし答えを聞きたいのは、フローラも同じだ。

 ──タリーは続けた。


『お兄様に金髪の女性を呼んでくれと頼んだのも、本当はお兄様の為だったんです。お兄様には、愛する女性が必要だと思うのです』

「でも陛下は……この色は嫌いだと……」

『フローラ様、お兄様は、お嫌ですか? 確か昨日は──』

「そ、それはっ、でも、陛下の方があのご様子で……とても上手くいくようには」

『もしお嫌でなければ、お願いします。お兄様も傷付いているのだと思います。それに、本当に目障りだと思っているのなら、私の傍に置いたりしませんから』

「で……でも」


 フローラは動揺した。

 ──何に対して動揺したのか、すぐにはフローラ自身も分からないほどに。


 モルディハイに愛した女性がいた……しかも、その女性はフローラと同じ髪と瞳の色をしていた……。


 フローラは最初にモルディハイが言った台詞を思い出した。彼は『目の色が違う』と言った。

(そうだ、違う……違うんだ、きっと、目の色、が……)

 あれは漠然と──青ではない、という意味だと思っていた。違う、そうではなくて、その女性と、フローラの目の色が違うと言っていたのだ。


 愛した……いや、いまだ愛しているのかもしれないその女性と、フローラを比べて、目の色が違うと言った。

 理由はフローラには分からないが、彼女が消えてしまったことで、モルディハイは傷付いている。


(そのせい……だったの?)


 下を向いて悶々と考え込んでいたフローラの肩を、タリーがつついた。

 一枚の紙がすっとフローラの前に差し出される。


『お恥ずかしい話ですけど、お兄様は八つ当たりをしてるだけです』


 ──その書き方が可笑しくて、読んだ瞬間フローラは、つい笑い声を洩らしてしまった。

 タリーもフローラと共に微笑む。

 フローラには、モルディハイが本当にそんな子供っぽい事をしているとは思えない。しかしこのタリーを、フローラはこの瞬間、本当に好きになった。優しくて、兄思いで、意外にもしっかりとした少女だ。


 フローラは何とか笑顔を作って、「ありがとうございます」と言ってから、紙に書かれた文字をじっと見て、指でなぞった。

 滑らかながら柔らかい筆達は、タリーの優しさと教養を感じさせる。


「……陛下のお考えは、私にはまだ分かりません。どんな理由にせよ、私は良く思われていないのだと思います。ただ、陛下にも複雑な事情がおありのようですし、きつく当たられたからといって、嫌いになどは、なりませんから」


 フローラがそう言って、もう一度微笑んで見せると、タリーは安心した顔をして筆を置いた。

 ──外はよく晴れていた。太陽の光が優しく窓から差し込んできて、まるで二人を外へ誘っているようだ。フローラは光に目を細めて言った。


「少し、外へ出ましょうか。私はまだ不案内なので、教えていただけると嬉しいです」

 そんなフローラの提案に、タリーは喜んで頷いて、二人は一緒に椅子から立ち上がった。





 例の茶色のロバは、タリーが王宮へ来る前から飼っていたらしかった。

 タリーは外を散歩する際、いつもこのロバを連れるのだそうだ。小柄なので扱いやすいし、水筒や紙などのちょっとした荷物を持たせるには丁度いいのだという。

 フローラとタリーの二人はこのロバを供に、後宮からつながる庭を散策した。


 タリーは喋れないので、主にフローラが色々と話をして、それにタリーが頷いたり笑ったりするだけではあったが、その過程で二人はすぐにお互いにの共通項を見つけた。

 田舎育ちだということ、自然が好きなこと。加えて、普段は大人しいが、芯の強い性格まで。

 そして何よりも二人を結び付けたのは──モルディハイという男の存在だった。


「私が初めて陛下を拝見したのは、本当に子供の時分で……ちらりと見えただけなんです。前王の市街凱旋の折に陛下も、いえ、あの頃は殿下ですね、参加していらして」


 とつとつとフローラのする説明を、タリーは嬉しそうに聞いていた。

 タリーの背はまだフローラの肩を少し越えた程度だったが、これからいくらか伸びるのだろう。モルディハイとよく似た赤毛と瑪瑙の瞳の前でする告白は、フローラにまた妙な気恥ずかしさ与えた。

 しかし意外にも気分は良い。

 程よく晴れ渡った空も、開放感を促すような気がする。


「とてもお若かったですわ。あっ、もちろん、今でも充分お若いですけど……でもあの時の陛下が、あの頃の私には、童話の中の王子様のように思えたんです」


 二人は若木の横を通り過ぎた。

 フローラは手を上に伸ばし、その若草色の葉に触れて感触を楽しんだ。


 ──そうだ、あの頃、フローラはこんな夢を見ていた。

 王子様が迎えに来て、傍へ迎えられ、結婚して幸せに暮らす。


 現実は甘い夢とは程遠かったが、考えようによってはほんの一部、筋書き通りになったと言えなくもないかもしれない。フローラは今、確かにモルディハイの後宮を、彼の妹と共に歩いているのだ。

 よく考えれば王妹であるタリーが、外れとはいえ後宮内に部屋を持っているのも不思議な話だが、その事情までは踏み込む気になれなかった。

 時が来ればきっと、タリーなり、誰なりが、説明してくれるのだろう。


「拝見したのはそれきりでしたけど、以来ずっと、陛下に憧れていたんです。恋とは違うのでしょうけど……その……」

 ──ここで言葉尻を濁したフローラに、タリーは微笑み返した。


 細められたタリーの瑪瑙の瞳が、モルディハイのそれに重なって見える──まるでモルディハイに認めてもらったような錯覚を覚えて、フローラは一時の安らぎを感じた。


 その時だ。二人の背後に、芝を踏む音がした。

 フローラとタリーが合わせて振り返ると、もう数歩で手が届きそうなほどの距離に……モルディハイがいた。


 衣装は昨日と似たような軽いもので、ただ色だけが違う、青地に金の刺繍が入ったチュニックだった。

 普段は無造作に肩へ流されていた赤毛も、今日は後ろで結われていて、はっとするほど精悍な印象を与えている。


 そう、まさに、話していた通りの王子様が、現れたような……。


「何故そこで止める」

「え」

「何故そこで止めるのかと聞いている。続きはないのか」

「陛下、い、いつから……」


 モルディハイの唐突な質疑にフローラはうろたえ、同時にタリーの方に助けを求める視線を流した。しかしタリーも、いつ兄に背後を取られていたのか気付いていなかったらしく、首を横に振るばかりだった。

 するとモルディハイ自らが答えを出す。


「私は若『かった』らしいな、お前の言では」

「!」

 『かった』という過去形部分に妙な怨念が篭っていたように聞こえて、フローラは蒼白になった。

 冷ややかに細められた王の瑪瑙の瞳が、射るようにフローラを見据えている。


 一体、幼少の自分はどうしてこんな人物を王子様として崇めていたのだろう? いや、それどころか今の今だって王子様の再来だと、はっと見惚れていたのだ。もしかしたら自分の感覚はおかしいのかもしれない。フローラは焦った。


「そ、それは……」

「恋とは違うと言ったな。では何であるのか言ってみろ」

「わ、わかっ」

 分からないのです、と答えかけて、フローラは息を呑んだ。


 答え次第では相手を殺しかねないのがモルディハイであり、フローラはいつその餌食になっても不思議でない立場だ。モルディハイの腰に下がっている短剣が、必要以上の鈍い輝きを放っているように、フローラには見えた。


「『若かった』……」

「ひっ! も、申し訳ありませんっ!」

「──だけなのか」

「え、あ、あの……私はこれで……これを連れて失礼しますので、後はタリー様と……」

「答えは」

「あ、あっ、きゃっ!」


 急いでロバの手綱を持とうとしたフローラだったが、緊張のせいで手が上手く動いてくれず、はらりと地面に手綱を取り落とした。

 慌てて地面にしゃがみこんだフローラの前に、モルディハイがすっと忍び寄る。


 そしてなんと、『あの』モルディハイが腰を屈めた──哀れに土の上にしゃがみ込むフローラの前に、赤の王が膝をついたのだ。それは天と地がひっくり返るほどの衝撃で、フローラに、彼がこれから自分を助けようとしてくれるという一寸先の未来は、全く思い浮かばなかった。


 殺される──! それが、フローラの脳裏によぎった直感だった。


 フローラは晴れた空をつんざくような高い悲鳴を上げて、王から逃げるため、素早く地面に落ちた手綱を取った。


 ……のが運の尽きだった。

 白くか細いフローラの手がロバの手綱を握ったのと、モルディハイの艶やかな褐色の手がそれを取ったのは、ほぼ同時だった。


 二人は手綱を持ったまま立ち上がったが、大した長さのない皮製の手綱は、引き合うにははなはだフローラに不利で、モルディハイが軽く手綱を引っ張っただけでフローラの身体は簡単に傾いた。

 均衡を失って倒れたフローラの身体は、しかし、モルディハイの逞しい胸にふわりと受け止められる。


「私が答えろと言ったら、お前は答えるのだ」


 ぞくりと背筋を戦慄させるような、王者の声が聞こえた──

 それが耳元で囁かれ、何がしかのフローラの答えを求めているのだ。


 身体中が沸騰しているような気がして、フローラは口をぱくぱくとさせるのが精一杯だった。

 答え、答えと探しても、質問が何だったのかさえ思い出せない動転ぶりだ。そうしているうちにも、フローラの鼻腔に、モルディハイの胸から溢れる男の香りが流れ込んでくる。

 それは甘い媚薬のようで、混乱中のフローラを更にくらくらとさせた。

 もはや答えるどころではない。


 そこに追い討ちを掛けるように、モルディハイはフローラの耳元に再び、ゆっくりと囁いた。


「──答え次第では、悪くないようにしてやろう」


 モルディハイにとってそれは、愛の告白とまではいえなくとも、ある程度の好意を表す言葉だった。

 しかしフローラにとっては……昨日の今日だ。そんなはずがあろうとは露ほどにも思えなかった。おまけにフローラはまだ、王宮、もしくはモルディハイ独特のやりとりなど、ほとんど知らない。


「陛、下……」

「どうした、先刻までの雄弁はどこへいった」

「お、お気を悪くさせてしまいましたのは……申し訳ありません……な、何でも致します、どうか、どうか、故郷の両親だけは……!」

「…………」


 このまま首を絞めて殺されて、親族もろとも根絶やしにされてしまう図しか、フローラには想像出来なかった。

 震えた声で許しを請うフローラだったが、モルディハイは答えなかった。しばらくの沈黙の後、モルディハイは自分の方からすっと身体を離して、傍で立ち尽くしていたタリーへ近寄った。


「何でも出来ると言うなら、驢馬の世話など、たやすいものだろう」

 フローラに背中を見せたままで、モルディハイは言った。


「は、はいっ!」

「私は一刻ほどここにいる。それまではここにいろ。夕刻にはその鈍足を馬小屋へ戻すがいい」

「え」


 フローラは耳を疑った──『ここにいろ』、モルディハイがそう言ったように聞こえたのだ。


「いいの……ですか?」

 恐る恐るたずねたフローラに、モルディハイは、肯定なのか否定なのか、フンと短く鼻を鳴らした。


 モルディハイの真意を測りかねたフローラは、助けを求める視線をタリーへ送ってみる。それに気付いたタリーは、こくこくとフローラに向けて頷き返した。──つまりフローラは兄妹と共に、ここにいてもいい、ということだ。


「私に二言はない」

 と、もう一度、モルディハイは背を向けたまま言った……。


 そのよく晴れた午前中の一刻を、三人は共に過ごした。

 ──正確には、二人の兄妹と、ロバの手綱を持って傍に控えていただけのフローラという組み合わせではあったけれど。



 午後は議会で忙しいとかで、昼前には去っていったモルディハイを見送った後、タリーは一筆を書いてフローラに見せた。

 そこには、『お兄様にも二言はあります』とあった。

 意味が分からずフローラが首を傾げると、タリーは説明を足した。

『本当は気紛れで、二言ばかりなんです。だから、今日嫌いだと言ったからといって、明日も同じという訳ではないんです』

「はあ……」

 フローラは曖昧な返事をした。

『だから、お兄様のことを諦めないで欲しいのです』


 そこで何故、『だから』という論になるのか、フローラは少し疑問に思ったが……タリーが言いたいのはつまり、フローラにも希望はある、ということなのだろう。

 フローラはまだ曖昧な気持ちのままだったが、一応、頷いて見せた。


(だって……もう、諦めるなんて……)


 あの胸に抱かれてしまった。あの声を聞いてしまった──

 事故のようなものだったとはいえ、フローラは余りにも近くに、モルディハイを感じてしまった。蜜のようにしっとりと甘い、濃厚な芳香と、滑らかな肌、身体の芯を揺るがすほどの声。


 憧れの王子様でない本物のモルディハイは、フローラの想像以上に、艶かしく……。

 否応なしに、心まで焼かれてしまった。そんな気分だった。





「……は、以上で宜しいですね。さしてリア地区北の排水問題の件についてですが、陛下」

「ああ──何だ」

 大議会場には、モルディハイを上座に、数十人の貴族たちが集まっていた。

 ここ数年、モルディハイはこの定例議会を精力的にこなしてきたのだった。少しでも怠ける者がいれば、自ら剣を振るって追い出してしまうような独裁者ぶりではあったが、モルディハイの取る指揮自体は中々のもので、多くの国内問題をここで解決してきたのだ。


 それが今日のモルディハイは、どこか心そこにあらずで、あさっての窓の方をぼんやりと眺めている状態だった。


「どうされましたか? 何か、お疲れのご様子で」

 見かねた老貴族の一人が控えめに王の具合を尋ねた。が、王から帰ってくる答えは「気のせいだろう」の一言だけだった。



 残念ながらモルディハイは、反省というものの仕方を一切知らない男だった。

 昨日はエマニュエルによく似たフローラという娘を、一時の爆発的な興奮と怒りにより、怒鳴りつけて馬小屋に追い込んではみたものの、後になってタリーに窘められたこともあり、その後は悶々とするばかりだった。

 では今日は傍に置いてみようかと思って近付いてみれば、当のフローラは、モルディハイが傍へ来ただけで悲鳴を上げる有様なのだ。


 ほんの少し前に、モルディハイに憧れていたと言った、その口で、だ。


(分からない女だ──)


 なんとも理不尽なこの判断も、ジャフ王モルディハイの思考にかかると、すんなりと処理されてしまうらしかった。

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