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Paradise FOUND  作者: 泉野ジュール
番外編: Une Aile au Paradis .. 楽園の片翼
43/50

.. Et L'autre dans la Vie - 2

Paradise FOUND: .. Et l'autre dans la Vie



「警備は何をしていた! 娘一人守ることも出来ないのか!!」

 ジェレスマイアの怒声に、集められた王の間周辺の警備兵達はひたすら頭を下げ続けていた。

 ──今のジェレスマイアに逆らえば、この場は阿鼻叫喚を見るだろう。

 頼もしさと恐ろしさは紙一重でもあるらしく、普段は誰より信頼出来るはずのジェレスマイアが、ひとたび怒りに燃えれば、王宮はいつも震え上がるのだ。


「真に……申し訳が立ちませぬ……どうか私の首をもってご処分を……」

「お前の首であれがここに戻って来るとでも言うか! 頭など下げている暇があれば、今すぐ捜索に取り掛かれ!」

「は……っ!」


 責任者らしき男は再び深々と頭を垂れると、後ろに向き直って部下たちにあれこれと指示を下し始める。

 そんな彼らを、ジェレスマイアは抑えきれぬ苛立ちと共に眺めていた。


 脳裏では、エマニュエルの姿が浮かんでは消えていく。

 幻のように儚く現れては、潮が引くように消えていく、愛しい影──恐怖という言葉をもっても、今のジェレスマイアの焦りを表すことは出来なかった。魂をもぎ取られるような胸の痛み。全身を焼かれていくような焦燥。そして……。


「もしあれがここに戻ればてきを上げろ。私も探しに出る」


 ジェレスマイアはマントをひるがえすと、大股で場を離れた。数人の警備兵が彼の後にしたがう。

 残された兵士達も、すぐ命令どおりに散り散りになっていった。

 最後にその場に残されたのは、マスキールと、そして後に控える数人の厳めしい元老院の者たち──


「これはまた、久しぶりに拝見いたしましたな……陛下の生気あるお姿を」

 年長のダヤン公が一番に口を開いた。


「ご悠長なことを! もしエマニュエル様が見つからなかったら、一体ジェレスマイア様がどうなさるか……大陸中を探しに出ると言い出されますよ」

 マスキールが口を尖らせる。


 ──警備達と王本人が捜索に出てしまった後、王の間に残されたのはマスキールを含めた数人の老政治家たちのみだった。実は彼らは今夜、ジェレスマイアにより宣言された王妃候補を確認するために、ここを訪れたのであった。が……。


「だから言ったのだ! 庶民など陛下を惑わせるだけだ。側室としてであればまだしも、正妃など!」

「その通り。最初からこれでは、先が思いやられるというもの」


 他の者達は次々に声を上げた。

 マスキールは困惑に眉を下げ、ただ一人ダヤン公だけが、静かにそれを聞いている。


 この昼、ジェレスマイアがエマニュエルの存在を議会で公表し、彼女と結婚する意志があることを発表すると、議場は反対に騒然となったのだ。


 ジェレスマイアとモルディハイの確執の間に、エマニュエルがいることを知るものは少ない。

 ましてエマニュエルの予言を知る者は、その中の更に一部に限られた。


 ──多くの者にとってエマニュエルは、王が一時の情で連れ帰ってしばらく寵愛していた娘であって、先のジャフとの戦争の混乱を前にして行方不明になり、今更またふらりと王宮に戻ってきたことになっている。


 口々に雑言を繰り返す老政治家達を横目に、マスキールは内心、頭を抱えていた。

 一人冷静なのはダヤン公だ。


「貴方は反対なさらないのですね、ダヤン公……」


 マスキールがいささか情けない口調で話しかけると、老ダヤンは軽く鼻を鳴らして答えた。


「賛成している訳でも、ないのですがね。何、私ほど年を取れば、誰でも観念することを覚えるというもの」

「観念ですか」

「私とて、正妃にはそれなりのご身分のある女性が就くべきだと思っていますよ。しかし最初から全てが、思い通りに運ぶものなどこの世にありますまい……」

「と、申しますと?」


 マスキールの疑問に、ダヤンはまた短く笑った。

 そしてマスキールではなく、先にあるジェレスマイアの寝室の扉を見詰めながら、ゆっくりとした調子で答えた。


「陛下は我々が反対したところでご自身を曲げることはないでしょう。そんな強い心の持ち主であるからこそ、我々は……少なくとも私は、お慕いいたしているのです」

 マスキールは小さく頷いた。ダヤンは続ける。


「それにあの方は、十分過ぎるほど国に尽くしてきておられる。このくらいは、自由にさせて差し上げてもよいものでしょう。身分など、今からでもなんとか付け足せるものです。現に私の跡取りは、遠縁から引き取った息子ですわい」

「…………」

「貴公の家に一人くらい娘が増えても、宜しいんではないかな? 確かお父上はいつも娘を欲しがっていらしたな」


 ──マスキールの父は、今こそ隠居をしているものの、昔日はそれは練熟の政治家の一人であった。

 当然老ダヤン公とも親しい。


「……それは私も考えていました。しかし議会が、一体何と申すか」

「陛下が後ろ盾して下さるでしょう。貴方のお父上も、とても賢明な御方だ」

「…………」


 その時、マスキールとダヤンの間に、言外の成約がなされたのだろう。肝心な事柄こそ口に出さないのが、政治でもある。

 ダヤンは親しげにマスキールの肩を叩いた。


「では、私達も未来の王妃を探しに出ると致しましょうか」





 宮殿では夜になっても、要所ごとに明かりを置いている。

 しかし、日が落ちれば当然、視界は限られた。薄暗い王宮庭園の間を抜けながら、ジェレスマイアは己の『光』を探していた……といえるだろう。

(エマニュエル──)


 運命を呪うか。何故、こんな事に?

 あれはただの悪夢の続きだったのか──わずか一瞬だけの幸福な幻を残して、すぐに消えていってしまう、あの残酷な夢の続き。


(違う。違うはずだ──エマニュエル。そう言ってくれ──)


 ジェレスマイアは庭園の中をひたすらに進んだ。

 何故、宮内ではなく庭園にこだわったのかは分からない。敢えて言えば本能的なものであったのだろう。一度昔エマニュエルが同じように行方不明になったとき、見つかったのが庭園の外れだったこともある。


 呼吸とは、これほど難しいものだったのか。


 ジェレスマイアは直接肺に圧し掛かってくるような重圧を御し切れないでいた。

 不安、焦り、渇望……そんなものが溢れて心を乱した。

 ついこの朝まで、彼女は自分の傍にいて微笑んでいたはずだったではないか。違うか?


 残像が網膜の奥で揺れる。しかしそれが現実だったのか、または自分の願いが見せた幻だったのかの境界線が、徐々に曖昧になってくる。


 春の夜空はよく澄み切っていた。天候が悪くないのだけが、唯一の救いだ。


 今、ダイスは歴史でも稀見る平和を享受している。

 それが油断となったのか──国王である自分の妻にと望む女性の、警護を怠るなど。


 エマニュエルに付けてあったのは、通常の王の間を守る警備兵たちだけで、特に彼女の為の要員を割いてはいなかったのだ。それでも彼らは、王宮内で最も優れた兵士の集まりなのだったはずである。

 それがどういう訳か──いつもそうだ──エマニュエルを護りきれない。


(私が見つける)


 エマニュエルの行方の可能性は幾つもあった。

 幻だったという選択肢さえ、依然、明らかに横たわっているのだ。しかし、それでも。


 あれが天上の見せた幻だったというのなら、エマニュエル、私もそこまで行こう……。お前のいない世界など、もう、息をすることさえ出来ない。



 そして数刻後──

 ジェレスマイアは、これほどエマニュエルの髪の色に感謝したことはなかっただろう。

 夜の庭園にポツリと浮かぶ金の髪は、まさしく光と呼べるものだった。


「エマ」

 ジェレスマイアの呼び掛けに、涙で濡れた青い瞳が振り返る。


 エマニュエルは庭園の芝生に座り込んだままの格好で──ジェレスマイアの姿をみとめると数回の瞬きを繰り返して、そして立ち上がろうとした。不安定な足元に、動きは覚束ない。

 ジェレスマイアは素早く駆け寄ると、エマニュエルの身体をすくうようにして抱きとめた。


 温かい、現実の体温。


 言葉無く震えている、華奢な肢体。

 まさぐるようにして彼女を抱く腕に力を入れると、それに応えるように、エマニュエルの腕にも力が入った。


「怪我はないか……エマ」


 言いたいことは山ほどあったはずだ。叱ってやりたい気持ちも、無かった訳ではない。

 しかし、小さく震える愛しい存在を前にして、そんな拘りは綺麗に消えてしまっていた。代わりに血の沸くような高揚が身体中を駆けのぼって、ジェレスマイアの平常心を乱す。


 エマニュエルはこくこくと小さく頷いた。

 確認して見る為に、ジェレスマイアが身体を少し離そうとすると、エマニュエルは嫌々と首を振った。


「結婚……って、本当?」

「何を──」

「ジェレスマイアさん、結婚するって……本当? 私、どうしたら……いいのか……分からなくて」


 ジェレスマイアは眉をひそめた。

 この昼、ジェレスマイアが結婚の意志を公言したことで、その事実自体はもう秘密でも何でもない。エマニュエルに話が伝わっているのも、それほど不思議な事ではなかった。


 問題は──エマニュエルの反応だ。


 諸手を上げて喜ぶとまではいわなくとも、こんな風に、涙まで見せられるとは流石に思わなかった。


「すまない。嫌だったのか……?」

 ──エマニュエルは小さく頷く。ジェレスマイアの胸中に、先刻までの不安とは別の焦りが襲ってきた。


 自分は幸せの絶頂にあって、盲目になっていたのだろうか。

 エマニュエルからの否定は想像さえしていなかったのだ。


「嫌なんて……私に、言う資格があるのか……分からないの。でも、でも……」

 エマニュエルはこま切れに続けた。


「エマ、お前が嫌なら無理強いはしない。大丈夫だ」

「でも……ジェレスマイアさんは、したい……の?」


 涙の末に、赤く腫れた碧眼がジェレスマイアを据えて、揺れる。一瞬の間をおいて、ジェレスマイアは静かに答えた。


「ああ」


 沈黙。そしてエマニュエルの身体が強張るのが、彼女を支える腕からジェレスマイアに直に伝わってくる。

エマニュエルはうつむいて地面を見た。


「私だって……」

 か細い声と共に、一粒の涙がまた、地面に落ちる。


「ジェレスマイアさんの、お嫁さん……に、なりたかったの……に。別の人としちゃ……嫌……」


 もう一粒。

 涙が地表を濡らして、消えていった。



 マスキールとダヤン公が先頭を切る一団は、いくら政治家として熟練揃いであっても、行方不明者の捜索とあっては全くの素人の集まりだった。

 とりあえず、と彼らが選んだ行動は、ジェレスマイアの後を追うことだ。

 しかし、鍛え抜かれた若き将軍王の後を追うのは、そう生優しい仕事ではない。まして今の王は、后にと望んだ女性の行方不明に、明らかに気が高ぶっている。


 こういう時のジェレスマイアは玄人でさえそうそう追いつけはしない。

 全員揃って王宮庭園の先に出てみたものの、どの方向に進むべきか、考えあぐねている時だった──


「皆さま、こちらへお進み下さい。陛下がエマニュエル様を見付けられたようです!」


 よく通る澄んだ声がして、マスキール一同は振り返った。


 軽い甲冑と鉄仮面姿の男が、道の先に立ち、彼らを案内しようとしている。

 ──甲冑は警備の騎士の正装だ。

 混乱の中でもあり、マスキール一同は渡りに船と、顔を見合わせて頷き合うと、そのまま早足に鉄仮面の男に付いていった。


 しばらくすると、一同は宮殿正面裏の小さな一角に辿り着いた。


「一体、こんなところに誰が……」

 と、マスキールが呟く。あまり人目に付かない地味な場所で、暗く、静かだった。


「ここです。少し、お待ちを」

 先を歩いていた鉄仮面が、片手を宙に上げ後ろに続く一行を遮る。一同は立ち止まった。


 不審に思ってマスキールが目を凝らすと、確かに、視界の先に光のように浮かぶ金髪があった。


 あ──と、無粋な声を上げそうになって、マスキールは口元に手を当てた。


 庭園の先にはエマニュエルとジェレスマイアがいたのだ。

 二人は抱き合い、何かを互いにささやき合っている。声は聞こえなくとも、それが愛の言葉であると手にとって分かるような、柔らかい雰囲気でもあった。


 この時のジェレスマイアの表情を、マスキールの傍にいる老議員達が見たことはなかっただろう。


 冷徹な王の面影は、そこにはなく──

 穏やかな一人の男が、愛しい女性に語りかけている姿があるだけだ。


「「「…………」」」

 美しい場面を前に、しばらく息を呑んで呆けていたマスキール一同。


 しかしジェレスマイアは彼らの存在に、すぐに気付いていたらしかった。さっと顔を上げてマスキール達の方を見ると、落ち着いた口調で言った。


「丁度いい、お前達が証人になれ」、と。



 何を、と疑問を持つより先に、ジェレスマイアは颯爽とエマニュエルの前に片膝でひざまづき、彼女の片手を取った。

 濃紺のマントが地表に流れるように広がる。

 立ったままのエマニュエルとの対比は、絵画の中の出来事のように甘美だ。


 ジェレスマイアの声が、澄んだ夜の空気に心地よく響く。


「私、ジェレスマイア・アリエル・ド・ダイスは誓う──エマニュエル、お前を私の妻に望み、生涯、お前だけにこの心を捧げると。どんな時もお前を護り、お前だけを愛し抜くことを、この名に誓おう」


 そして厳かに、ジェレスマイアは瞼を伏せると、エマニュエルの手の甲へ口付けを落とした。

 続いて訪れた静寂はどこか温かく……。


 顔を上げたジェレスマイアに、言葉なく首を縦に振るエマニュエル。



「……ほぅ」

 最初に声を漏らしたのは、ダヤン公だった。

 王族にあって真の名は、どんな誓約より大切な重みを持つものだった。


 生前に大衆に公表されることは稀で、多くは生まれた時、そして最期に祭司によって唱えられ、墓石に刻まれるだけの神聖なものだ。

 ──それをエマニュエルが知っているかどうかは、分からない。

 しかしジェレスマイアはダヤン公達の前でそれを誓うことで、己の決心の深さを示したのだ。


 反対など無駄だ、と。

 この誓いは、ジェレスマイアの全身全霊をかけた、不可侵なものである──と。


「これは忙しくなりそうですな……!」

 ダヤンのどこか弾んだ声に、先刻まで反対の声を上げていた老議員達はしばらく押し黙っていた。が……


「む……仕方ありませんな、これは……ダイスもそろそろ世継ぎが必要であるし……」

 一人が、渋々といった風にそう言った。

 ただマスキールだけが、喜びとも諦めともとれる複雑な笑みを浮かべて夜空を仰ぐ。


 ジェレスマイアは、エマニュエルの腰を抱きながらダヤン公達の前へ進んだ。



 そこに、いつしか鉄仮面の男が消えていたことへ気をとめる者は、無く……。





 城壁の向こう側の、暗い影……。

 カイは重い鉄の仮面を脱ぎ去ると、それを片手で脇に抱え、もう片方の手で漆黒の髪を額から首の後ろに向けてさらりとすいた。

「お膳立ては、この辺りまでで十分でしょうね」

 同時に身体に当てていた甲冑を脱ぎ去る。現れたのは、細身ではあるが締まった男の肢体だ。


 麻でできた簡易な服装は彼らしく、とらえどころのない彼の性質をよく表している。


 ──声色を変え、純粋なエマニュエルを騙すなど、彼には造作もないこと。


「私が余計な真似をしなくても、大丈夫だったのでしょうが……」

 そう呟いて、自嘲する。


 いつから自分はこんな風にせっかちになったのだろう? ジェレスマイアなら正攻法でも、いつか必ず議会を納得させるだろうという確信があったはずだ。

 それが、どうした訳か気が急いて……少しばかり劇的な舞台を、作ってみたくなってしまったのだ。


 しかし、これくらいは許されるだろうか──

 これで元老院の要なる者達の賛成が得られたのなら、後はそれほど難しくない。



 ここから先は、彼らが築いていけばいい未来だ。

 大空に向かって羽ばたく鳥達。



 片翼は楽園に。

Une aile dans la Paradis ..


 もう片翼は、この人生の中に……。

.. et l'autre dans la vie.



『Paradise FOUND』番外編、「Une aile au Paradis ..」はこれにて完結です。

 お付き合いありがとうございました!

 本編中、End Chapterの2話目から3話目の間の話になります。


 ご感想、ご評価☆5つなど、いただけましたら大変励みになります!


 続いて、モルディハイのその後の番外編を掲載いたしますので、よかったらそちらもお楽しみくださいませ。


 泉野ジュール(旧Jules)

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