Paradise FOUND - 3
そしてまた巡る季節に、私達は、気が付くと歴史という名を付けている。
*
ダイスでは年に一度、収穫祭と呼ばれる催しがある。
その一年の収穫を祝うと同時に、地方の特産物を王都で紹介し合う、祭りのようなものだ。
この日、国の中心である王宮周辺には華麗な催し物と市が立ち並んで、普段は入城が難しい一般市民達も自由に出入りすることが出来るようになっている。
──華やかな一日だ。
そしてこの日は、普段はそうそうとお目にかかれない、王陛下とその后も公衆の目前に姿を現す。
喜ばしい、特別な一日だ。それは毎年変わらない。
笑い声や、歌、音楽、盛んな物売りの掛け声に彩られた、祭りの日。
ただ今年ばかりは、ダイス王宮の前には、祭りが終わりを迎えたその後もまだその余韻に酔いしれて、帰路に着くのを伸ばし伸ばしにしている人々で溢れかえっていた。
「お后さま、綺麗だったね。風に揺れる麦の穂みたいな金の髪」
──生まれて初めて王宮を訪れた小さな町娘が、うっとりした口調で母親に言った。
「そうだね。我が国の王も、そりゃあ立派な美丈夫でいらっしゃるからねぇ……お二人が並ばれると、まるでお伽噺のようだったね」
母親の答えに、娘はもう一度、名残惜しげに王宮を見上げた。
「私もいつか……あんな風に綺麗になりたいな。それから王様じゃなくてもいいから、素敵な旦那様を見つけるの」
「願ってもないことだよ。それにはまず、いつも嫌がって逃げてる料理の練習からだね」
「に、逃げてないもん! ただ、他に沢山することが……」
──そう、頬を膨らませる娘に、母親は優しく微笑んで言った。
「はいはい。さぁ、もう日が暮れる。帰る時間だよ。なぁに、来年も来られるんだからね。それに来年はきっと──」
ギレンは二階の窓から、外に残る人々の群れを見下ろして、微笑んだ。
「ほら、見てください。まだ沢山の人が庭園に残っていますわ。きっと皆、王陛下ご夫妻の話で持ちきりですよ」
そして後ろを振り返る。
──長椅子に座って、少し疲れた顔をしたエマニュエルが、恥ずかしげに微笑み返した。
「ん、でも、まだ慣れなくて……」
「それもまたエマニュエル様の魅力です。ご無理しなくていいんですよ。特に今は」
「う、うん……」
「お疲れになったでしょう、今、お飲み物をご用意いたしますね」
そう言って部屋を出て行くギレンに、エマニュエルは礼を言った。
「ふぅ……」
そして安堵の溜息をつく。
収穫祭──
人目に付かないよう隠されて育ったエマニュエルにとってそれは、知識として知ってはいても、実際には一度も見たことのないものだった。それが……生まれて始めての体験で、こうして人々の目の前に主賓として出ることになったという訳だ。楽しくはあったが、慣れない席でもあり──
緊張と疲れがどっと押し寄せてきた感じだった。
『ダイス王妃』──
それが、半年ほど前にエマニュエルが授かった、新しい称号だった。
そう、ジェレスマイアはエマニュエルを正妃に迎えたのだ。
当時、エマニュエルを正妃の座に据えるための困難も多く、大抵の王宮関係者は、エマニュエルを側室の一人として迎えるべきだと提言していた。
しかしジェレスマイアは押し切ったのだ──最終的に。
幸運だったのは、ジェレスマイアが長い間正妃を向かえておらず、またその気もないと公言していたお陰で、次世代のダイス王家の血を望む声が多くあったことだ。
彼らにとっては、藁にもすがる思いだったのだろう。
ジェレスマイアがエマニュエル以外の后を望まないと宣言してしまえば、他に道はなかったのだ。
少なくともエマニュエルには、どんな人前に出しても恥ずかしくないだけの可憐な美しさがあったし、こうなってしまえば、あとはその為の形作りだけだ、と。
結果として、エマニュエルは形式的に、マスキールの実家に養女として迎えられることになった。
──当然、名ばかりで実質は何も変わっていないのだが、形式を重んじる連中にはそれが口封じとなった。
あの戦争の顛末は、出来る限り一般市民には伏せられることとなっている。
ダイスはやはり、ジャフの侵略を防ぐために攻め入ったのだと。
そして激戦の末、ジャフ王から不侵略の条約を結ばせることに成功したのだと。
実際、そのようなものでもあったのだ。
ただそこに、エマニュエルの名前が出てこないだけで。
「エマニュエル様、失礼します」
そんなギレンの挨拶が聞こえて、エマニュエルは顔を上げた。
ギレンの手には盆があって、その上に二人分の飲み物が乗っている。わずかに甘い香りがして、エマニュエルはまた微笑んだ。
「ありがとう……美味しそう」
「お礼など。気にしないで下さいね、私も一緒にいただかせて頂きますから」
エマニュエルとギレンは、今や姉妹のようなものだった。
そして、近いうちに本当にそのようなものになるのだ──エマニュエルは都合上マスキールの実家の養女になっている。
つまり──
「マスキールさん、元気?」
エマニュエルは飲み物に手を伸ばしながら聞いた。
「ええ、今回の収穫祭の準備に私達の結婚式の準備も重なって、相変わらず忙しそうですけど……でも、幸せそうです」
「そっか……よかった。ね、マスキールさん、優しい?」
「ふふ。でも、陛下ほどではありませんよ?」
──ギレンは笑いながら答えた。
そう、時は確実に沢山のものを変えているのだ。
「今晩はゆっくりしてください、エマニュエル様。大切な御身体です。お世継ぎにもしものことがあっては、大変ですわ」
*
その晩、豪華だった盛装を脱ぎ捨てたジェレスマイアがエマニュエルの元を訪れたのは、夜も深くなり始めた頃だった。
「眠っていろと、言った筈だが──」
そう厳しい口調を装って言うのに、表情は穏やかで優しい。エマニュエルはベッドの上で身じろいで、隣に、ジェレスマイアの場所を作った。
「寝る前に一度だけ、ジェレスマイアさんの顔が見たかったんです。でも、あと一刻待っても来なかったら、先に休もうと思っていて」
「それでいい。大事にしてくれ」
「はい……」
ジェレスマイアはベッドに上がり、エマニュエルの隣へ来ると、彼女の額に柔らかな口付けを落とした。
くすぐったそうに微笑むエマニュエルを、溶けてしまいそうなほどの優しい表情で見下ろして、自らもシーツの中に入る。
「今日は素敵だったです。少し疲れちゃったけど、でも、楽しかった」
エマニュエルの言葉に、ジェレスマイアは答えなかった。
ただ満足そうな笑顔だけが返ってきて、それがエマニュエルを幸せな気持ちにさせる。
「来年は……三人ですね」
「ああ」
「もう少ししたら、しばらくお母さんをここに呼んでもいいですか? ギレンもいるけど、やっぱりお母さんにも居て欲しくて」
「構わない。近いうちに部屋を用意させよう。好きなだけ滞在して頂けばいい」
「本当? 嬉しいです」
そして、エマニュエルの中には今、新しい命があった。
ジェレスマイアと、その正妃であるエマニュエルの第一子──当然、男児であれば未来のダイス王だ。
時は確実に未来に向かい進んでいて、止まることをしらない。
振り向くと過去は一瞬で、そして、未来は無限だった。
紡がれた過去の歴史。
今、まさに紡がれようとする、歴史の一幕。
そして未来はまだまっさらだ。
過去の憎しみも失敗も後悔も、明日はまだ何もない──変えられるのだ、いくらでも。
「ジェレスマイアさん……あのね、この子が生まれたら……モルディハイさんにも、教えて上げて下さい」
エマニュエルが言った。ジェレスマイアは、無言でそれを聞く。
「この子が貴方の隣の国の皇子ですよ、って。だから仲良くしてください……って。今度はこの子が、モルディハイさんの子供と戦ったりしなくてすむように……」
──ダイスとジャフは、相変わらず国交を絶ったままだった。
それはつまり、ジェレスマイアとモルディハイが断絶したままでいる、という意味でもある。
モルディハイが新しく后を迎えたという話は聞かない。まだジャフに正式な世継ぎはいないわけだが……時の流れなど、気紛れで素早いものだ。いつ何が起こって、そうなるかなど誰にも分からない。彼ら本人にさえ。
「……考えておこう。生まれたら、な」
ジェレスマイアは答えると、エマニュエルの腹部にそっと手を当てた。
エマニュエルは微笑む。
『いつか』──未来の楽園を思って。
まだ目立ちはしないが、確実に少しずつ成長している命。
この祭りの日に、エマニュエルの懐妊は公のものとなっていたから、モルディハイにその知らせが届くのもそう遠い未来ではないだろう。
そして数ヵ月後、男児が生まれる。
ジェレスマイアはジャフに、あの戦争以来初めての使者を送った。
──最初のこれは、無下に送り返されてきてしまう。二度目も似たような結果だった。
ただそれが三度、四度と続くと、モルディハイも変化を示しはじめ、短い返事のようなものを寄越してくるようになった。
そして、ジェレスマイアが最初の使者を送り始めてから、一年を数えた頃だっただろうか……モルディハイが正妃を向かえたという知らせが、大陸中を駆け巡った。
彼らに最初に出来たのは女児だった。
長い間、沈黙を守っていた最高預言者が突然姿を現し、『ある』喜ばしい預言を、この皇子と皇女の間にしたとか、しなかったとか……。
*
私達は地上に生れ落ちる──
天国からの追放。
私だけの、私達だけの、楽園を見つけるために。
Paradise FOUND: The End
この度は当作『Paradise FOUND』をお読みくださり、ありがとうございます!
これにて、この物語の本編は終了となります。
お付き合いありがとうございました。
少しでもあなたの心の琴線に触れることができましたら、作者としてこの上ない幸せです。
『Paradise FOUND』は、過去、個人サイトで小説を発表していた頃に書き上げた物語です。かなり昔の話なので拙い部分も多々あるのですが、今回の転載にあたり、ほとんど改稿はしませんでした。
当時の、未熟ながらも溢れる情熱を、そのまま残しておこうと。
もし、すでにこの作品に触れたことがあり、今回再読してくださったなら、これほど嬉しいことはありません。ありがとうございます。
わたし自身、時を経て当時の自分と再会したような気分で、新鮮で鮮烈な経験でした。
そして、はじめてエマとジェレスマイアに会ってくださった皆さま、Welcome!
お楽しみいただけましたら幸いです。
本編は終了となりますが、この後に甘い感じの番外編がひとつ(2話)、そしてモルディハイのその後のお話が続きます(7話)。
どうか、そちらもお付き合いいただけたらと存じます。
ではでは。
よいお年をお迎えくださいませ。
泉野ジュール(旧Jules)




