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Paradise FOUND  作者: 泉野ジュール
Chapter 5: Fascination of Paradise - 魅惑の楽園
24/50

Fascination of Paradise - 2

「ふ、想像以上に面白いことになりそうだ。あの歪んだツラを見たか? 剥き出しの敵意とは、あのことを言うのだろうな」

 豪華爛漫な客室へと通されると、モルディハイは満足げに、安楽椅子へ身を投げ出した。

 この椅子もまたモルディハイのために用意されたのであろう、贅を尽くした造りのものだ。乱暴に飛び乗っても、軋むどころか音一つ立てない。


 こうした芸術品や、工芸の技術に優れているのも、ダイスの特徴だった。

 その洗練された様式や飾りつけは、派手好みのモルディハイからすれば少々物足りないものだったが、大陸中に多くの愛好者をもつのも事実だ。

 上手くいけばこの夏には、それも自分の物になる。


 ──あの娘もそうだ。


「モルディハイ様の威厳のもとに怖れをなしたのでしょう。窮鼠が猫を噛もうとしているようなもの」

 後ろに控えていた配下の一人が、モルディハイの言葉を煽てる。


 モルディハイは薄く笑いを浮かべると、ひじを付いて顔を手に乗せた。ゆったりとした動作だが、それが逆に獰猛な獣を思わせる。それは、モルディハイの機嫌一つで生死さえ決まってしまう彼らの、被害者的妄想だろうか?

 しかし、モルディハイの瑪瑙のような瞳に燃える執着は、確かに、狂気と呼んでたがわないものだった。


「宴の席では大いに楽しませてもらおう。が、お前達は偵察を怠るな。どんな小さなものでも、奴の弱点と思える情報を集めるのだ」

「はっ、もちろんでございます」

「いいだろう」


 モルディハイは笑みを深めると、今度は颯爽と立ち上がった。

 そして窓の方へ進む。大きな白塗りの木枠をはめた窓からは、王宮の庭園が一望できた。ジェレスマイアが手配したのであろう警備の騎士達が、一定の間隔を置きながら隅々に配置されている。

 どちらも、懐を探り合おうとしているのは、同じだろうか。


 滞在予定は三日程度と、かなり短い。

 もちろん必要とあれば、あれこれと言い訳をつけて引き伸ばすつもりでいる。が──


「すべては今夜、決まりそうだな。どちらに転んでもお前の負けだ。そうだろう? ジェレスマイア──」





 執務室に戻るとすぐに、ジェレスマイアは数人の配下達を宴の最終準備に走らせた。


 問題のモルディハイはすでに客室へ押し込んである。

 長旅の後だ。当然、夜の宴までは休んでいるはずだ。もし突然外を見たいなどと言い出した場合の為に、外相である老タミール公がモルディハイの部屋前に控えている。

 ここまでは、比較的上手くことが運んだといっていいだろう。


「ジェレスマイア様」

 残ったマスキールが、ジェレスマイアの背中に声を掛けた。


 ジェレスマイアは答えなかったが、かといって遮ろうとはしない。マスキールは無意識に背筋をすっと引き伸ばすと、息を一飲みし、切り出した。


「一見したところ、ジャフ王はエマニュエル様を気に入られたようですね。今夜はどうなさいましょうか」

「この宮殿は娼館ではない、マスキール」

「しかし、これこそ予言なのでは……? ずっと不思議だったのです、なぜあの少女があんな預言を受けて生まれたのか。これで説明がつきます」


 振り返ったジェレスマイアの表情は、マスキールさえ硬直させてしまうほど、冷酷だった。

 灰色の瞳は、静かに燃えている。

 人々は多分に、モルディハイの赤味がかった瞳の色の方を、燃えるようだと表現するだろう。しかしこれはどうだ──この灰の瞳の、この誇り高い熱さは。


 熱くなれば熱くなるほど炎は白むように。

 そうだ、本当はこの冷たい瞳の方が、ずっと熱く燃えている。


「どうする、おつもりですか」

 興奮を抑えつつ、マスキールは聞いた。

 ジェレスマイアは同じ表情でマスキールを見すえたまま、まるで唇だけで答えるような無表情さで、答えた。


「あれ次第だ。無理矢理、人身御供にするような真似はしない」

「しかし……」


 マスキールの拳が強く握られた。


 エマニュエルを人身御供にすることで、ダイスはジャフの侵略から逃れられるなら──

 それが予言の正体かもしれないと、マスキールは言っているのだ。ジェレスマイア自身も、恐らくはそれを感じている。


 モルディハイを自らの懐の中に抱えている今、誰もが王のもとで正しく、使命をまっとうしなければならない。

 主君を疑っている場合ではない。

 しかしそれは、ジェレスマイアが感情に振り回されず、国にとって正しい判断をしている場合においてのみ──だ。


「殺す……おつもりだったのでしょう。それを思えば楽なものです」


 その言葉に、ジェレスマイアは今度こそ、人をも斬れる冷酷な視線をマスキールに向けた。

 見すえられたマスキールはその場に凍りついた。緊張に汗が額にじわりと湧いて、手の先が、急速に温度を下げる。

「ジェレス……」

 そう言いかけた瞬間だ。ジェレスマイアは目にもつかないほどの速さでマスキールの首元に片手を向けると、絞るように、その首を強く掴み上げた。


「ぐ……っ」

「何度言わせれば気が済む……私の覚悟はできている……この世で最も愛しい命を、この手で握りつぶす覚悟をだ! お前にそれが分かるか!!」


 最初は、怯えた子供のような震えた声で。そして最後は、世界の芯さえ震わせるような絶叫で。

 咆えると、ジェレスマイアはマスキールの首を放した。


「ぁ……っ、はぁっ」

 マスキールは咳き込み、酸素を求め、胸と肩を激しく上下させた。

「職務に戻れ、マスキール」

 ──ジェレスマイアの冷たい声が響く。

 それからマスキールはもうそれ以上なにも言わなかったし、ジェレスマイアもマスキールに背を向けた。


 王宮の大広間ではそれでも、着々と今夜の宴への準備が進められている。



 一方、城の一角、閉ざされた小さな部屋で──


「例のものは手に入って?」

「ええ、苦労しましたのよ。でも効き目は抜群だと聞きましたわ。どうぞ」


 ミシェルは別の姫が懐からこっそり取り出した、小さな瓶を受け取った。

 瓶は透明で、中には青く透き通った液体が入っている。これは、世に言う媚薬……というものだった。今夜の悪戯のために、ミシェル達が思いついた武器らしきものが、これだ。


「上手くギレンに取り入って、あの金髪の飲み物の中にこれを仕込んでやりましょう……?」


 という、非常に古典的な手で、彼女らは計画を進めていた。

 いつかの楽観はどこへ──

 今日、観衆の前に現れたエマニュエルは、ジェレスマイアの隣を陣取り、迎賓を迎える役目さえ受けていた。


 淡い桃色のドレスからのぞく、白い胸元と肩。

 輝くような金の髪は編み込まれ、女性らしく結い上げられていて、青い瞳を細め柔らかく微笑むさまは観衆の熱狂を誘った。

 ミシェルとしては認めるわけにはいかない。しかし今日、エマニュエルは間違いなく美しかった。


「王の御前で、醜態を晒すがいいわ!」

「でも、気を付けて下さいませ。服量が多すぎると、ショックで心臓が止まってしまうとの話です。副作用に熱が出ることもあるとか……」

「平気よ。少しあの田舎娘に恥をかかせてやるだけだわ。数滴でしょう?」

「そう伺いましたが……」



 運命は、あまりにも沢山の思惑を巻き込んで。


 今宵こよい、狂想の歌を奏でる。





「わ、わぁ……」


 そう簡単の声を漏らすと、それ以上言葉が見つからなかったのか、エマニュエルは無言で鏡に映った自分を見つめた。

 モルディハイを迎えた時に結い上げられていた髪は、今度は下ろされている。


 桃色のドレスは役目を終えベッドに横たえられ、代わりに、新しく今夜の宴用のドレスがエマニュエルを飾っている。


 いつかギレンと共に選んだ、あの淡い青の浮かぶ白い生地を使ったドレスだ。

 薄くて柔らかい、小鳥の羽のように軽い布。しかしその織りはしっかりしていて、厳かでさえある。


 肩を覆った形だった先程のドレスとは違い、今度は肩が解放されており、エマニュエルの細い首から肩にかけての線が姿を見せていた。


 桃色のドレスはどちらかというと少女らしい雰囲気だったのに対し、こちらは着る者が着れば、妖艶でさえあっただろう。

 それを可憐なエマニュエルが着ることで、なんともいえない清楚な魅力を引き出していた。


 スカートの裾は広がりすぎていない。しかし後ろを長くとってあり、床に流れている。

「後ろ、足元に気をつけて下さいませ、ね?」

 と、ギレンが可笑しそうにエマニュエルに忠告した。


「今夜、ギレンも一緒にいてくれる?」

 エマニュエルが聞くと、ギレンはこくりとうなずいた。


「エマニュエル様がお望みになるなら、そうしろと申し付かっておりますわ」

「うん。きて欲しいの。これ……綺麗だけど自分で踏んづけて転んじゃいそう。それに、ギレンも宴に出たいでしょ?」

「もちろんです、光栄ですわ」


 何度も後ろを振り向いてはドレスを確認するエマニュエルが妙に微笑ましく、ギレンは小さく笑い声を漏らした。


「大広間までは私が裾をお持ちしますよ。ふふ、まるで花嫁のようですわね」

「花嫁……」


 エマニュエルは動作を止めた。

 ──いつもこうだ。

 覚悟はもう決まっているはずなのに、時々チクリと胸を刺されるような痛みが襲ってくる。

 息苦しくなって、目頭が熱くなる。


(本当なら……)


 予言がなければ、自分など王であるジェレスマイアには、出逢うことさえ叶わなかったのだ。

 だから納得しなければ。この運命を、受け入れなければ。

 そう思おうとするのに、胸の奥で別の声が叫ぶ。


(もし予言がなければ……)


 幸せになれたのだろうか──

 未来を。ジェレスマイアと共に生きる未来を、築くことができたのだろうか──


 王妃などという大それた夢はない。

 ただ、遠くからでもいいから。ジェレスマイアのいるこの世界で、同じ空気を吸いながら生きて。時々でいいから会って、その声を聞いて。

 この胸に彼への思いを抱きながら……生きて。



 しかし自分に叶うのは、もっともっと、小さな夢だけだ。


(私の命が、あの人の願いを叶える……か)

 だったら──思い出の花になって、貴方の宮殿を飾ろう。

 朝の光を受けて輝いて、貴方の道を照らそう。


 貴方の子供がその花を摘むとき、大きな笑顔を見せて、貴方を幸せにするでしょう。



 それが私にできるすべて。

 楽園の門をくぐった先にある、切ない未来の果て……。

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