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 幽閉された王女 3


「いらない。片付けて」


「え? でも……?」


 困り顔で途方に昏れる侍女。この女のこんな顔は初めてだと、デザアトは微かに眉をひそめた。


「いつものでしょ? 毒かとか仕込んで? それとも硝子片? どっちにしろ碌なことにならないわ」


「それは……っ!」


 びくっと大きく震えて、侍女の顔は色を失う。そして、その背後から剣呑な声が聞こえた。


「毒? 硝子片とか…… なんの話だ?」


 真っ青な顔の侍女を訝しみ、扉の外で控えていたらしい男性が部屋の中に入ってくる。大きな体躯の男性。男という生き物をデザアトは初めて見た。

 呆気に取られた顔の少女に傅き、その男性は身体に似合わぬ柔らかな笑みを浮かべる。


「お初にお目もじいたします。私はスチュワード。此度、デザアト王女の護衛を拝命いたしました。お見知りおきを」


「ごえい? なに?」


「…………?」


 噛み合わない会話。掴めそうで掴めない違和感を払い除け、スチュワードは先程の疑問に話を戻す。


 そして知った経緯。




「王女殿下の食べる物に異物を……?」


「大抵、目新しい物にね。食欲をそそる匂いのする物は危険物なの。アタシの中では。だから片付けて? 見てるだけで腹が立つ」


 あっけらかんと言い放ったデザアトに、スチュワードは何とも言えぬ憐憫が沸き起こった。

 末の王女殿下が地下に幽閉されていたことは王宮の公然の秘密で知らぬ者はいない。聖女様が亡くなったため、その誕生を祝われもせず、忌避された気の毒な王女。

 それでも公費は充てられていたし、それなりの待遇を受けていると思っていた。専属の侍女ら以外入れない地下室で、辛い暮らしでも不自由はないよう取りはからわれていると。


 ……なのに。


 ざっと見、寝台と文机しかない部屋。床も石畳みのままで、壁には腐敗し変色したクローゼット一つ。

 カーテンで仕切られた辺りに湯殿や御不浄もあるようだが、粗末も裸足で逃げ出す閑散さ。

 王女本人も痩せこけ、髪や肌に色艶がない。薄手の寝間着に薄手のカーディガン一枚なうえ、足は木靴。


 奴隷でも、もっとマシな環境で暮らしているだろうに。


 沸々と滾るスチュワードの怒り。それは怜悧な言葉となって彼の口からまろびた。


「……王女殿下には公費が充てられているな? それは、どうした?」


「……え? あ……その……」


「食事に異物混入とは…… 厨房の責任者を喚べ。申し開きを聞こう」


 スチュワードの眼に一閃する冷酷な光。それに背筋を凍らせて、侍女は崩折れるように這いつくばった。


「も……っ、申し訳ありませんっ! あ……、わ、わたくし……っ! 王子様方が……っ、そのっ! デザアト様が苦しまれることを望んでおられると……っ、だから……」


 忌々しげに眼をすがめ、スチュワードは唾棄するような眼差しで侍女を見下ろす。


「だから……? 王女殿下に毒を盛った? 公費は?」


「ど、毒といっても……っ、死に至るようなものではっ、えと……、公費は…… ………」


 しどろもどろな侍女を物珍しげに眺めるデザアト。


 こんな姿の侍女を見るのも初めてな彼女は、さも愉しそうに眼を細めた。


 でも、それだけ。


 特段、憤慨した風でも激怒した風でもない王女の姿に、スチュワードは不気味な何かを感じる。そしてそれを後に正しく彼は知る。






「………ということのようです。なので王女殿下は、食欲をそそる匂いのする物は危険物とし、食さないご様子。いかがいたしましょう?」


 困惑げなスチュワードに、絶望的な眼差しを向ける三兄弟。


「……ソレ、俺のせい。言った、たしかに…… 十年ぐらい前か。アレが普通に食事しているのを咎めた…… 奴隷の残り物でもくれてやれと……」


「………いつのまに?」


 奈落の底で穴に埋まる面持ちのスフィアを、思わず凝視するガイロック。そんな指示を出していたとは知らなかった。

 奴隷の食事事情は貧しいの一言だ。パンの一欠片すら残るはずがない。その残り物と言われて、侍女は苦肉の策で粗末な食事をこしらえたのだろう。


「そういうことですか……… ええ、王女殿下が口にしたのは、残飯のような物がブチ込まれたスープと、干からびて削るように食べるしかないパンでしたよ」


 スチュワードの口から語られる新たな事実に打ちのめされ、深く項垂れる王子達。

 さらに語られた内情は悲惨の一言で、ガイロックらは二の句が継げなかった。


「部屋には寝台と文机、今にも壊れそうなクローゼットのみ。地下室そのままな壁や床に、絨毯の一つもございません。王女殿下は薄手の寝間着姿。それ三枚を着回しているそうです。生かしておけば良い。放置しろと言われ、そのようにしたと。浮いた公費は専属侍女らで山分けに。……なぜ、そのようなことを? 侍女達は王子の命令だと言っておりましたが?」


 ……そう。たしかに、そんな命令をした。


 ……後悔先に立たず。


 子供の頃の戯言とはいえ、王子の命令だ。あの時は本気だった。のたれ死ねと思っていた。今思えば、なんと馬鹿なことをしてしまったのか。しかも、すっかり忘れ去り、今回のことがなくば未だ思い出しもしなかっただろう。

 激しい自戒で、穴があったら埋まりたい長兄と次兄。

 そんな王子らを一瞥しつつ、スチュワードは少し首を傾げる。


「それと。……少々、気になることがございまして」


「気になること?」


 片眉だけ軽く跳ねさせて、ガイロックはスチュワードの話を聞いた。




「……それは。どういう?」


「さあ……? 私には理解しかねます」


 スチュワードの口から綴られたのは、デザアトが特に境遇を嘆いていなかったようなこと。

 食べ物に毒や硝子片を仕込まれたとか、みすぼらしい格好や粗末な暮らしに不満を持っているようでもなかったこと。気にした風もなく、やけに冷静で理知的に見えたこと。


「たしかに口調は粗雑でしたが…… 妙な威圧感というか、達観というか。こちらが狼狽えるほど自然体でおられましたね」


 悲惨な暮らしは人間性を歪めるものだ。卑屈になったり、怯えたり。逆に諦めの境地を垣間見たりと、個人差はあれど悪い方に傾ぐ。

 そういった追い詰められた人間にありがちな雰囲気がデザアトには皆無で、感情らしい感情が見えず、スチュワードは違和感を抱いたという。


「聖女様だからかもとは思いましたが…… 前聖女様は、よく微笑う朗らかなお方でしたから。ちょっと驚きました」


「そうか…… そういえば、顔も知らないな。一度、お茶の席でももうけてみようか」


 王子達を後悔一色に染めるスチュワードの報告。


 ……が、切なる願いの込められた招待をデザアトが一蹴する未来を、今の彼らは知らない。


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