4 陰陽師六家
用意されたワイシャツとグレーのスーツに着替えると、二人は滋岡家を出た。
ネクタイが無かったのでいまいち締まらないが、楽ではあるので気にしない事にした。
屋敷、と言っても滋岡家は周りの民家と同じくらいの大きさだった。台所の他に二部屋と、庭に小さな蔵が一つ。
目の前にある安倍家の屋敷は、その五倍は優に超えていた。
圧倒されている志人を、斜め後ろからクオンが促す。
気を取り直して屋敷の入り口に進むと、玄関に一組の男女が立っていた。
右に立つ女性は、志人に親しげな笑みを向けていた。歳は五十を越えた辺りだろうか。
薄紅色の作務衣の上にフリルのついたエプロンという謎な着こなしをしている。
左に立つ男性は三十代後半の体育会系だ。
短く刈った髪に、黒く焼けた肌。細身だが、しっかりと筋肉がついている。
志人を値踏みするような鋭い視線を送っていた。
「ようこそお越しくださいました」
女性が変わらぬ笑顔のまま、志人に軽く会釈した。男は動かないままだ。
「遠い所ご苦労様でしたね。お疲れではないですか?」
親しげな問いかけに大丈夫ですと笑顔で答えると、彼女は満足げに頷いて二人を奥に案内した。
滋岡家とは違う豪華な襖に目をやりながら廊下を進むと、一番奥の廊下で女性は膝をついて座った。
「滋岡家当主、滋岡志人様が御到着されました」
彼女がそう告げると、
「入っていいぜ」
ぶっきらぼうな返事が返ってきた。
女中が襖を開けたので、志人は小さく頭を下げてからゆっくりと足を踏み入れる。
最初に目が合ったのは、十代後半の青年だった。
先程の返事の主だろう。胡座をかいて座っていたが、不意に立ち上がって志人の方に歩み寄ってきた。
玄関で会った男と同様に体育会系にも見えるが、その雰囲気から鍛えたヤンキーと言った方が的を射ている。
黒のタンクトップに、龍が刺繍された黒のカンフーパンツという服装だ。
やはり値踏みをするように志人の全身に不躾な視線を這わす。
「俺は蘆屋道真だ。よろしくな」
うすら笑いを浮かべながら右手を差し出してくる。
躊躇しながらその手を握り返すと、道真は物凄い握力で志人の手を潰しにかかった。
志人は声にならない悲鳴をあげて膝をつく。
「道真!」
叱責する声に、道真は手を離した。
彼の隣に座っていた女性が、道真の耳を掴んで引っ張っていく。
「痛ぇよ母ちゃん!」
「ったくもう、この子はろくな事しないんだから」
道真を座布団の上まで引きずっていった女性は、心配そうに志人の顔を覗き込んだ。
「大丈夫かい?」
小太りの、いかにも人が良さそうなおばちゃんだ。
紅葉柄の派手な着物がよく似合っている。
「大丈夫です」
手をさすりながら、涙目で答える。
彼女は自分の座布団に座り直すと、息子の後頭部を盛大に平手で叩いた。
「痛ぇっつってんだろ」
毒付く息子を視界に入れず、自分の隣の座布団に手招きする。
志人とクオンは彼女と並んで座った。
「クオンも元気かい?」
「はい。幸子様もお元気そうで何よりです」
変わらぬ無表情で答えるクオン。
それがいつも通りの反応なのだろう。蘆屋幸子も気にした様子はない。
(こっちがクオンの通常モードなんだな)
志人がそう思って前を向くと、正面には三人の女性が座っていた。
上座に座っている人と目が合う。
苦笑いを浮かべているが嫌味な感じではなく、道真の所業を大目に見てほしいと感じ取れた。
緩くパーマのかかったショートボブがよく似合う、快活そうな女性だ。
「私達も自己紹介しておきましょうか」
そう言うが、他の二人は無反応だ。
バツが悪そうな笑みを浮かべながらも、彼女は自分の胸に手を当てて志人を見る。
「長女の賀茂美陽、二十一です」
猫を思わせる大きな瞳が可愛らしい。
薄手のピンクのセーターと膝丈のデニムスカートというラフな格好だ。
美陽が促すと、隣の女性も閉じていた目を開き志人を見た。
「次女の美月、十七です」
そう言って軽く頭を下げる。
クオンに負けないくらいの無表情だった。
顔立ちは美陽に似ているが、少しだけ切長な目はヤマネコを連想させる。
右目には小さな泣き黒子があった。
白いシャツに黒いロングのキャミワンピースが落ち着いた印象を更に強めている。艶やかな黒いロングヘアーを、首の後ろでバレッタで留めていた。
美月が再び目を閉じてしまったので、志人は三人目に視線を移す。
流れからして三女だろう。
まだ少し幼さを残す丸みを帯びた輪郭を除けば、美月によく似ていた。
内側に巻いたセミロングの黒髪。
白のシャツに紺と赤のチェック柄のワンピースが可愛らしい。
十秒ほどの沈黙の後、自分の言葉を待つ空気に耐えられなくなったのか、大きくため息をついてから口を開いた。
「美雲」
不機嫌極まりないぶっきらぼうな自己紹介だった。
「ごめんね、ちょーっと機嫌悪いみたいで」
美陽が困り顔で謝る。
志人がそれに応えようと口を開いたが、
「安倍家当主、安倍宗明様。御入室なさいます」
女中の言葉に遮られた。
襖が開き、青年とその母親と思われる女性が入ってくる。
肩で切り揃えられた黒髪が映える彫りの深い顔立ち。紺色の着物を着ていてもわかる、細身だが鍛えられた肉体。
猛禽類のような鋭い眼光で志人を一瞥すると、そのまま上座へ足を進める。
母親も同じように志人を見て、その後に続いた。
紅葉柄の着物が幸子と被ってしまっているが、受ける印象は正反対だった。
二人は並んで座ると、まず母親が大きくため息をついた。
「半端者をここに通すなど」
呟くように言うが、全員の耳に届いていた。
「あんたが従者に任命したんだろ?」
幸子がきつく言い放つ。
バツが悪そうに視線を逸らしたのを横目で見ながら、宗明は軽く咳払いをした。
「安倍家当主の安倍宗明だ。滋岡家当主、遠い所ご苦労だった」
威厳に満ちた声で志人に声をかける。
見た目は彼と同い年くらいに見えた。
何と返していいかわからず、とりあえず軽く会釈をしておく志人。
「これで陰陽師六家のうち、四家が揃った。弓削家、三善家については調査を進めているが、あまり芳しくない状況だ」
皆、黙って宗明の言葉を聞いている。
「人材不足の中、滋岡家の当主が選出された事は喜ばしいが」
そこで宗明は志人を睨みつける。
「戦力にならない者を迎え入れるつもりはない」
その言葉に、道真が小さく笑った。
息子の態度に強めに肘打ちを入れてから、幸子が口を開く。
「今まで普通の世界で生きてきたんだ。そんな言い方はないだろう」
「陰陽師に必要なのは強靭な精神力」
反論を全く意に介さず、宗明は続ける。
「聞けば滋岡家当主は身投げしたところを連れてこられたとか。生き抜く胆力のない者に、陰陽師は務まらぬ」
その言葉に、幸子も黙ってしまった。
驚いた素振りがないところからすると、既に周知されているようだった。
志人も返す言葉はない。
そもそも自分が陰陽師になること自体、寝耳に水だったのだ。
その機会が失われたところで、何の感慨もなかった。
「だが」
宗明が目を閉じて続ける。
「このまま帰されても皆も納得できぬだろう。そこでテストを行う事にした」
懐に手を入れ、一枚の紙を取り出す。
先程クオンが式神を呼び出した物だ。
クオンがやったのと同じように、宗明の手の中で勝手に鶴の形に折られていく。
「これは陰陽師として初歩の技。これを習得してもらおう」
折り鶴は何かに形を変えることなく、不意に炎に包まれて消えた。
「私はこれから妖退治に出る。戻るまでに習得できなければ里を出てもらう」
「どれくらいで戻るんだい?」
幸子が不機嫌そうに問う。
「一週間の予定だ」
その返事に幸子はため息をつき、道真は声を出して笑った。
「ずいぶんと必死だなぁ。そんなに自信がねぇのか?」
道真の問いには答えず、宗明は立ち上がる。
「時間がない。健闘を祈る」
全く期待していない様子でそれだけ言うと、宗明は足早に部屋を出ていった。
母親もその後に続くが、道真に厳しい視線を送っていた。
彼自身はそれを全く気にしていない様子だ。
襖が閉まり、重苦しい空気がいくらか和らぐ。
「また無茶を言うじゃないか、あの子は」
幸子がため息混じりに漏らした。
「あの、普通はどれくらいで習得できるものなんですか?」
志人が二つ隣の幸子に尋ねる。
「そうだねぇ。早い子で三ヶ月、宗明は一ヶ月でできるようになったって華は言ってたけど、あの子は見栄っ張りだから多分盛ってるね」
「華っていうのは、先程の?」
「ああ、そう。華凛なんて大層な名前なんだけどね。私ら同級生は華って呼んでるよ」
同級生だった事にも驚きだが、二人があだ名で呼び合う仲なのはもっと意外だった。
道真の発言にも疑問を持ったが、志人は関わるのが嫌で黙っておく事にした。
小さくため息をついて美雲が立ち上がる。
そのまま志人を見ることもなく退出した。
美月も静かにその後に続く。
「まぁ、難しいと思うけど頑張ってね」
最後まで困り顔のまま、美陽も部屋を出ていった。
それを見届けてから、幸子も立ち上がる。
「何かあったら気兼ねなく家に来な。おばちゃんにできることはしてやるからさ」
そう言って笑顔を見せると、息子と一緒に廊下へと消える。
「俺達も帰ろうか」
立ち上がる志人に、クオンは黙って頷いた。




