世界最高の美少女滝川麗は今日も告白されている。
残念な美少女という言葉は滝川麗のためにある。
フランス人の母親譲りの長く艶やかな金髪に切れ長の碧眼、肌は透き通るほど白く、一七四㎝という日本人離れした長身と均整のとれたスタイルはモデルのようだ。
肩章のついた白い学生服もよく似合っており、何気なく歩いているだけでも人目を惹きつけずにはいられない。
彼女自身も自分の美しさをよく理解しており、どのように振舞えば最大限に魅力を引き出すことができるのかをよく心得ている。
第一印象だけなら最高に魅力的な少女なのだ。
だからこそ皆が彼女に心を奪われ、思いの丈を叫ぶ。
この日も滝川は恋が実ると評判の中庭に生えた木の前に呼び出された。
木の下には後輩の男子生徒が立っていた。
「きみ、ボクに何か用でもあるのかな」
「あの、滝川さん! 好きです! 付き合ってください!」
差し出された掌をガッチリと握った滝川は満面の笑みで言った。
「少年! きみは素晴らしい! ボクの美しさに気づいただけではなく、好きだと告白した! とても勇気がある! そんなきみの想いにボクは応えなくてはならないようだ……」
男子生徒の顔を青い瞳で覗き込み、彼の腰を掴んで手を取り、その場で踊り始める。
憧れの滝川に見つめられ、踊りを一緒に踊っている。少年は夢心地だった。
どうして踊り出したのか少年にはわからないが、滝川が自分を見ている事実だけでも天にも昇りそうな気分だ。
華麗にエスコートされ恥も外聞も投げ捨てて優雅なひとときを堪能した少年は、滝川に頬を優しく撫でられ抱擁された。
「すまない、後輩くん。きみとの時間は楽しかったが、ボクはもういかなくては。
ボクを愛してくれてありがとう」
するりと滝川の手が少年から離れ、彼女は振り返ることなく歩き出す。
目からは涙の筋が流れているが滝川は拭わない。流れるがままに任せるのだ。
しばらく歩いてから、ふと空を見上げると小鳥が飛んでいた。
滝川は盛大にため息を吐きだしてから言った。
「今日もひとつの恋が終わってしまった……」
滝川は告白された喜びに興奮するあまり、いつも終始相手を振り回し徹底的に自分のペースに乗せて困惑させてしまう。
そして気づいた時には相手は幻滅し滝川を一歩引いた目で見るようになる。
彼女の価値観はあまりにも常人とは乖離していた。
滝川は恋愛感情という意味で誰かを愛することはない。
しかし、自分を愛してくれた人を無下に断るのは心が痛む。
だからこそ一時でも共に踊って時間を共有したいのだ。
同じ学校に通う仲間として、愛してくれた人の心に少しでも思い出として残るように。
男子生徒、女子生徒、数限りない好意に自分なりに応えてきたと彼女は自負している。
だが、本当にこれでいいのだろうか。少しの時間を過ごしただけで期待に応えたと胸を張って言えるのだろうか。
わからない、わからない、わからない。
「ボクは神から授けられた類まれな美しさがある! 美しいボクに惚れる気持ちはわかるが、彼らの想いを受け止め、心から満足させることができているのだろうか……彼らの美しき告白にふさわしいだけの行動がボクは取れているのだろうか……」
滝川は滑らかな髪をかきあげてから高らかに笑って宣言した。
「何を弱気な、滝川麗! ボクは世界中の人に愛され、慈しむために生まれてきた! ボクが弱気になれば世界が暗闇に閉ざされてしまう! それだけはいけない! ボクはいつでもどんな時でも人々の希望にならねばならぬのだ!
それこそがボクの存在意義であり使命だ! 誰もボクを止められない。
天使だろうが悪魔だろうが、全てがボクの美しさの前に敗北し、世界は平和になる!」
たったひとりで世界の命運を背負い、滝川麗は校舎へと帰還する。
当面の課題は補習を片付けることだ。
おしまい。