卒業まであと、四三日
僕は今、机に向かって頭を悩ませていた。
机の上に出したノートにああでもない、こうでもない、と思いついた案を書きとめては、消していく。そこに時々篠崎百合根が意見をはさんできて、それも書きとめる。
きっかけは篠崎の持ってきた一枚のポスターだった。
「古賀くん、これ」
「……ラジオCMコンクール?」
弁当を広げながら正面に座る篠崎から渡された紙をまじまじと見る。それは、ラジオで流れるCMのアイデアを一般の人たちから募るコンクールだった。選ばれた作品は実際に制作、放送されるらしい。
「篠崎さんこれ応募するの?」
「古賀くんも一緒に考えるんだよ」
「え」
きけば、これはやり残したことのひとつらしい。中高となんの部活動にも所属していなかった彼女は一度部活というものを体験してみたかったそうだ。「君と一緒に運動してもそれは部活と言うより遊びだから、それなら文化部っぽいことがいいかと思って」そう語る彼女によると文化部の活動というのは、研究、創作、発表、その三つから得られる人間的成長や達成感に意味があるものであるという。
「ね、ぴったりでしょう?」
彼女と友達になってから四日間、特になにもせず、化学室で一緒に昼ご飯を食べるだけだったのでこんなものか、と思っていたのだが、どうやら彼女はちゃんとしたいことを考えていたらしい。
「どうせなら最優秀賞目指して頑張ろうね」
ポスターをひらひら振りながら言う彼女に首を垂れる。正直面倒くさいが、やりたいことには協力すると言ってしまったのだ。やるしかないだろう。
コンクールの締め切りまでにはあと一週間しかなかった。次の日の昼休みから僕たちは化学室にノートと筆箱を持って行って弁当が食べ終わるとすぐに課題について考えることになった。なぜもっと早く持ってきてくれなかったのかと彼女に尋ねると「私も昨日知ったから」だそうだ。コンクールの課題はいくつかあったのだが、その中で一番なじみ深いだろうってことで、僕たちは老舗のメガネ専門店の企業PRを考えることにした。
近年、我が社が力を入れているブルーライトメガネやUVカットレンズなど、視力の悪くない方にでも興味を持ってもらえ、思わず購入したくなるような楽しいCMをお持ちしております。
課題に書かれたコメントを見ながら二人で話し合う。
「まあ、まずは篠崎さんや僕みたいな視力の悪くない人でもメガネは便利だってことを知ってもらいたいわけだから、視力のいい人を登場させるべきだよね」
「それはそうだね」
ラジオCMにはテレビで流れるCMと違って映像がない。つまり、人の会話やナレーションなどの音声だけで商品の魅力を伝えさせる必要がある。
話し合った結果、メガネに詳しい人Aと詳しくないBの会話、その後にナレーションで店名。という流れでとりあえず考えてみようということになった。
意見を出し合いながら時々ノートにメモをとっていく。初めは面倒くさいなんておもっていたのに、やりだしたら、それは案外楽しいものだった。
こんなに真剣になにかに取りくむ、なんて、いつ以来だろうか。
*
昔から勉強はできる方だった。それ以外はなにをやっても、平均か、それよりちょっと下くらい。だから、勉強だけは力を入れてがんばった。別に勉強するのが好きだったわけじゃないけれど、褒められるのは純粋に嬉しかったし、人より優れているところがあると思うと、優越感があった。そして、中学の時にみんなが通い始めたのでなんとなく入った塾で講師に進められるがままこの高校に進学した。
高校に入ってみて衝撃をうけた。僕の成績は校内で平均よりちょっと下くらいだったのだ。僕は全然できる方なんかではなかった。
でもそんなことでいちいちショックをうけているひまはなかった。進学校の勉強スピードは驚くほど速く、僕はついていくのに精一杯だった。家に帰って出された課題と授業の復習。朝、早めに家を出て、学校に着いてからその日の授業の予習。テスト前には寝る間も惜しんで勉強した。これだけやっても、成績はやっぱり、中の下だった。
二年生にあがったころ、進路相談があった。担任にどこの大学を目指しているのかと訊かれて答えられなかった。
僕は愕然とした。ただ、目の前のことに必死だっただけで、なにかを目指して勉強したことなんてなかったのだ。なにか夢はないのかと訊かれ、ありません。と答えた僕に担任は困ったような顔をした。
夢や目標なんて、考えたこともなかった。でも待てよ、じゃあなんで僕はこんなに必死に勉強しているんだ?
足元が、ガラガラと崩れていくようだった。今まで自分がやってきたことが全て無駄に思えた。そう、思えてしまったら、もう前のようにはがんばれなかった。
そして、受験生になった僕は自分のレベルよりもいくつか偏差値をさげた大学に推薦を希望してあっさりうかった。達成感はなかったのに、なんだかどっと疲れたような気がした。
*
ノートに向かってペンを走らせながら、中学のころを思い出す。そうだ、勉強が好きだったわけではないけれど、こういう風になにかを考えるのは楽しかったんだよな。
前に座る篠崎の顔をそっと盗み見る。
すーすすすー。
彼女は、顎に手を当てて思案しながら、唇を尖らせて、その隙間から吐息をもらしている。これが、彼女の下手くそな口笛だと気づくのに、僕は三日ほどかかった。
すーすすー。
かすれたその音を聞きながら、また、ノートに視線を戻す。不格好なメロディに自然と口角が上がった。
読んでくださってありがとうございます……!