2食目 疲れた時ってお味噌汁欲しくならない?
第一王子シュトラール。
政略結婚で友好国であった大国より我が国に嫁いできた亡き前王妃の実子で、リリアナとアンジェリカが転生前に楽しんでいた乙女ゲームにおける隠し攻略キャラ。
メインヒーローであるダズル第二王子のルート攻略後、つまり2周目から攻略可能。
攻略ルート外では他ヒーローを追い詰める黒幕役。
第二王子で王太子のダズル。
ヒロイン達のひとつ年下。ゲーム正史では不遇な兄の姿に胸を痛めつつも自身の立場を盤石にすべく努力を惜しまない性格で、飛び級して兄シュトラールと同年に学園へ入学していた。
現在は表立った問題もないが、特筆すべき功績や才も無く普通に来年入学予定。
公爵令嬢アンジェリカ。
攻略対象のミゲルの妹で本作の悪役令嬢。
両親の不仲、病弱な兄優先で周囲の関心が一切自分に向かない幼少期を過ごした結果ーー重度の愛着障害持ちになった。
両親が不仲な反動で『愛』……それも男性から愛されることに強い執着を示し、ヒロインが誰を選ぼうが問答無用で苛烈なイジメをしてくる。
※シュトラールだけはアンジェリカからの好意が無いためこのルートだけ妨害なし。
(……その筈、よね?)
この世界の人には読めないよう日本語で記したゲーム情報ノートをちらりと確認し、リリアナは密かに首を傾げた。
視界の先には、宮廷勤めの魔法学者顔負けの新理論についての論文をクラスの皆に発表して賞賛を浴びているシュトラールと、にこにこしながら拍手で彼を祝うアンジェリカの姿だ。
(脳がバグりそうなんだけど。
初期の好感度爆上がりイベの回避の為になんとか入学のタイミングずらしたってのに、いざ入ってみたら何なの?この状況)
シュトラールは卑屈どころか人望、学問、魔術に技術開発と才覚に溢れ常に人に囲まれているし。
片や悪役令嬢アンジェリカはと言えば足のひとつも引っ掛けて来ず、なんなら今日1日目線も合わなかった。
その上で、何故かこの二人が婚約中だなどと言われた時にはリリアナは目ん玉がひっくり返った。
『何がどうしてそうなった!!?』
彼女が果たしてそう叫んだがどうかは定かではないが、何にせよ計画通りにいかなそうな事だけは確か。
(ほんっっっと、憂鬱)
放課後まであと3分。授業が終わったら、学園長のお節介によってリリアナはシュトラールとアンジェリカに顔合わせをする予定が決まっている。
小腹が空いたお腹をさすりながら、ため息を零すリリアナであった。
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音割れ爆音当たり前だった前世の母校と違う、軽やかな美しい終業チャイム。
流石お貴族さまの学校は小洒落てるわねなんて毒を吐きながら、リリアナは呼び出された生徒会室へと訪れていた。
「顔合わせならテラスとかでも良いじゃない、なんでよりによって生徒会室なのよ!」
グラウンド、屋上に続いて乙女ゲームイベントの筆頭会場、生徒会室。
当然ここには攻略対象となる男が所属している。
ひと学年上でアンジェリカの兄に当たる、ミゲル・クランペットだ。
(まー入学前イベのフラグは思い切りへし折ってやったし?
あれだけ盛大にビンタしてやったんだから多分ミゲルは来てないでしょ)
そもそもこの席は『特例入学の平民が学内で安全に過ごす為の後ろ盾を』と言う計らいで設けられた場だ。
だからこそ同学年の権力トップを誇る王子と公爵令嬢に学園長は白羽の矢を立てたのだから。
本音を言えばリリアナが一番関わり合いになりたく無かった二人だが、これは流石に回避出来そうにない。
リリアナは扉の前に立ち、両手でパンと自身の頬を挟んだ。
(こうなりゃ逃げも隠れもせずに、いつも通りフラグ即折りよ。
女は度肝!いくわよリリアナ!!)
「遅くなってしまい申し訳ございません!
第一王子殿下、並びにクランペット公爵令嬢に謹んでご挨拶申し上げます」
「……あぁ、よく来てくれたねリリアナ嬢。
中へどうぞ。そして、その……ごめんね」
「ーー?」
入るなり眉をハの字にした王子に謝罪され首を傾げば、なんとアンジェリカは本日どうしても外せない用があり先に帰ってしまったのだと言われた。
思わずガッツポーズしそうになった右手をガっと押さえつつ、リリアナは微笑む。
「謝罪なんていただく必要はございません。
アンジェリカ様も殿下も多忙な御方と伺っておりますし、私自身……己の身は実力で守るよう父と祖母から言い含められておりますのでご心配なく」
(これ普通にこの場だけ逃げ切れば疎遠ルートはいれそうじゃない?最高!)
そう喜んだのも束の間、シュトラールの口から非常に香ばしいひと言が発せられる。
「代理と言ってはなんだけれど、代わりに彼女の兄を招いたからね。
今日は彼を踏まえて面識を深めようか」
「え゛っ!!(何してくれてんだこの地雷王子!)」
「申し訳ない!遅くなっ……た…………!?」
逃げようにも時既に遅し。
駆け込んでくるなりリリアナを視界に捉えたミゲルの悲鳴が放課後の校舎に響き渡った。
(情報が……情報が多い!)
絶対に入学初日の濃度じゃない。
そう不満を垂れながら、疲れ切ったリリアナは内心ーー思った。
(もう嫌。
陽菜が作ってくれるお味噌汁飲みたい……、なめこと豆腐とネギいっぱい入れた奴〜〜〜ッ!)
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一方クランペット邸の一角。
アンジェリカ専用の『蔵』にて、悪役令嬢が怪しげに笑いながら特大の壺を取り出して……中身をひとすくい口に入れた。
鼻腔をくすぐる香りと芳醇な旨味、ひとさじでわかる極上の懐かしい味だ。
「ふふふふふ…………ついに完成です!
ばっちゃーーじゃなかった、おばあちゃん直伝、暁味噌!」
※暁は前世の陽菜の苗字。
味噌は転生後も繰り返し作って来たが、どうにも一味足りずに色々な調合を繰り返してきたのだ。
しかしこの味を食べられるのなら苦労も吹き飛ぶと言うもの。
「まだ夏だしなめこはないけどお豆腐と海藻があるかお味噌汁でしょ、さば味噌でしょ。
あとは甘味噌焼き握り〜〜♪」
みっそお味噌みそみそ〜〜と自作の味噌賛歌を歌いながら壺をキッチンへ運ぶお嬢様。
クランペット邸は今日も平和だ。
しかし、今平和であるのは自分だけであることを……アンジェリカはまだ知らない。




