7膳目 染み入る味
三馬鹿への最終的な裁きを下す一日前、アンジェリカはシュトラールに頼み彼等の実家からある情報を手に入れた。
それは、三人のそれぞれのお袋の味……ならぬ、思い出の味の料理についてーーだ。
普通の貴族は本来、手ずから厨房に立つことは無い。屋敷に専任のシェフが居るからだ。
しかし、幸か不幸か三馬鹿にはそれぞれ馴染みの料理があった。
リーダー格の男は大商会から嫁がされた祖母が幼い頃作ってくれたと言うコロッケ。
(※シュトラールはクロケットとかなんとか言っていたが食べてみたらコロッケだったから、アンジェリカはコロッケと呼ぶ。)
両隣に鏡のように侍っていた双子は、亡き産みの母君が召し上がっていたビーフシチューだそうだ。
アンジェリカはその二つを、コロッケは祖母が屋敷のシェフに託したというレシピから。シチューの方は実際の担当者に指南を仰ぎ再現して、自分で実際に作ってみたのだ。
パチパチと衣が油に弾ける音、シチューの鍋がコトコトと揺れ漂い始める湯気に、罰則最終日を終え厨房の隅で力尽きていた三馬鹿達が目を覚ます。
重なりに重なった空腹と疲労で気絶に近いほどヘロヘロな彼等が目覚めて初めに見たのは、白い寸胴ワンピース?をまとい、頭には三角の頭巾を付けたアンジェリカが小皿に垂らしたシチューの味見をしている姿であった。
白ワンピースもどきはアンジェリカが自作した割烹着だが、彼らにそんな知識は当然ない。
っていうか、多分この世界に本来割烹着は無い。(ものすごく当たり前)
と、そこに銀細工のカトラリーを入れた小さなバスケットを持ったシュトラールが入ってきて目覚めた三馬鹿に気がつく。
「あぁ、目が覚めたかい?お疲れ様
出来栄えはともかく、期間中よく頑張ったじゃないか」
「「「殿下……!」」」
感涙して両手を組み自分を見上げる三馬鹿のやつれっぷりに苦笑いしつつ、シュトラールは三人を立ち上がらせ隣の部屋へと呼び込んだ。
招かれた先には既に可愛らしいチェックのクロスが掛かったテーブルがセットされており、ミゲルとシュトラールが焼きたてのパンを六人分皿に取り分けている。
「で、殿下……あの、我々はーー」
「ん?あぁ、ごめん。
立っているのは辛いかな?先にかけていて貰って構わないよ」
本来ならば自身らより高位の貴族令息と王子に給仕を受けると言うあってはならない事態ながら、空腹で限界の三馬鹿は勧められるがままに席についてしまった。
そこに、自信満々に揚げ立てのコロッケを山積みにしたアンジェリカが現れる。
目の前に置かれた大皿に、リーダーの瞳に光が戻った。
とりあえず一人ふたつずつ、二種のソースを添えて渡してやる。
「ほい、冷めないうちに食べなっせ」
「あはははっ、随分作ったね。まるで小さな山のようだ」
「美味しそうな香りはしているが、これだけ食べては胃に来そうだな……」
「まだミゲルも僕らも十代前半だろう?これくらい大丈夫だよ。
ほら、彼等を見てご覧?」
大分マシにはなったがミゲルは元々病弱だ。
だから、許可を出されるなり喰らいついた三馬鹿達の食欲には正直度肝を抜かれたようだが……。
「ーー……美味い」
「さよけ。シチューもあるとよ、ほれ」
「「い、いただきます……」」
コロッケを一口ふくむなり涙ぐんだリーダー。
双子も、出されたシチューを一口食べては噛み締めている。
その様子に、ミゲルとシュトラールは顔を見合わせて笑った。
「全く……アンジュには毎回楽しませて貰っているよ」
「これを『楽しい』で済ませることが出来る男が妹の婚約者で我が家としてはありがたい限りだな」
「はい!ふたりも冷めないうちに食べり」
「「はいはい、いただきます」」
そして、皆で後片付けをして、ようやく解放された三馬鹿は。
その足で学園に赴き、食堂のシェフ達へ誠心誠意の謝罪をした。アンジェリカ指南のもとに初めて食べれる粋で仕上がったクロケットを持って。
シェフ達は困惑したが、シュトラールから三馬鹿があれからどの様な"教育的指導"を受けていたのかを事細かに報告されていた被害者シェフだけはふっと笑い、それを受け取る。
そして一口かじり、言った。
「おいしいですよ、ありがとうございます」
それを受けた三馬鹿は、涙を見られないようにもう一度深く深く、頭を下げたのだった。
数日後、学食とは別に学内に新たな食事を買える箇所が出来た。
営業は週に一回、休み明けの月曜日のお昼だけ。
コロッケの挟まったパンとじっくり煮込んだビーフシチューが名物の小さな売店の店先に立つ元三馬鹿の姿に、アンジェリカ達は満足げに笑い。
王太子のダズル第二王子は不愉快そうに舌を鳴らした。
「俺の臣下になる筈の奴らに変な価値観を植え付けて……あの女に関わってから兄上は目障りになるばかりだ!」




