第四十三話 緊張状態
「20式小銃以外で45騎か。結構やれてるわね」
1階層と違い、一つの戦闘にかかる時間が最初から終わりまででかなりかかった。次の敵に近づくまでにその前から1時間ぐらい経っていることもあり、6回戦闘しただけで昼時になってしまっていた。
「エヴィーおしっこしながら喋らないでよ」
そうしてトイレ休憩と昼食を取ることになり、全員が装備を外していた。ゴブリンライダーの群れにはそれぞれ縄張りがあるために、ゴブリンライダーを殲滅してしまうと、そこは安全圏になる。
そのことがだんだんわかってくると、休憩時には装備を外していいということになった。それでも2人ずつトイレはするようにして、今はエヴィーとリーンがしている。美鈴と俺はもう終わっていた。
「隠す事なんてもうないし。探索者はいざって時、漏らしながら戦う覚悟がいるって言うぐらいなんだから気にしないわ」
それにしてもこのエリアなら俺はもうちょっと2人のトイレの時に離れてもいいと思うのだが、二人とも1階層ですっかり俺の前でトイレをすることに慣れてしまった。
それでも俺はやっぱり居心地が悪い。この時だけ離れてはだめなのだろうか。思いはするが階層によっては、仲間が離れることが死活問題になる。何よりもこの前は2週間も泊まり込んだのだ。慣れてはいるんだけど……。
慣れないとすればもう一つの方だ。俺は男一人だからもう一つの生理現象だって2人の傍でするしかないのに、俺は2人がもうひとつの生理現象をする姿を見たことがない。きっと女同士でそういうときだけ示し合わせているのだ。
「ふう、すっきりした。ご飯にしましょう」
「そうだね。何にする?」
トイレの後にすぐご飯の話をする。本当に俺の周りの女子はタフだ。慎みという言葉は、実は女子の方がないようだ。
「ガチャから出たもの結構あるよね」
「何しろ私とミスズで食べ物出しまくったものね。もうお腹ペコペコ。がっつりお肉でお願い。ステーキ二枚はいけるわ」
さんさんと照りつける太陽が今日も空でしっかりと輝いている。考えてみれば不思議な光景だ。太陽はいつも中天にあり、そこから一切傾くことがない。この大空には一度も月と星が登ったこともなく、ただただ青空が広がるのみである。
象の群れが離れた位置でゆっくりと子象とともに通り過ぎていく。
ゴブリンがあれに乗ってたらさすがに勝てなかっただろうな。サバンナ最強生物。何気にライオンよりも象の方が人を殺しているらしい。繊細で近づくと簡単に蹴ってくる。遠くで見てる分にはいいがかなり怖い生物だ。
「エヴィー、そんなに食べたらモデルなのに太っちゃうよ」
「あら、大丈夫よミスズ。レベルアップでどうとでもなるわ」
「まあそうか。じゃあ私はラーメン。豚骨で今日はいってみようかな。塩ラーメンも捨てがたいけど……」
「二つとも食べればいいじゃない」
「ええ、本当に太らない?」
「大丈夫。レベルアップを信じるのよ」
「そっか。レベルアップしたら太らない。って言うのは有名なことだもんね」
「ええ、そうよミスズ。何でも好きなものを食べさせてくれるレベルアップに感謝を禁じ得ないわ」
「死にかけてもいい。太らずにレベルアップできるなら。だねエヴィー」
「それだけはミスズと同じ意見だわ」
「じゃあ俺はトンカツにしとこうかな」
レベルアップは新手の宗教みたいだなと思いながら、マジックバッグから食べ物を取り出した。カプセルを開き、手で触れるとそれぞれの料理が本来のサイズで現れる。お茶のペットボトルまでガチャから出てきていた。
これらのゴミになるものは、その辺に捨てておいても別に構わない。1週間ほどすればダンジョンが吸収してくれる。そういえば穂積の被害者遺族にまだ遺品を届けてなかった。これが終わったらそれもしておきたいなと思った。
確かダンジョン関係の会社の社員だったよな。
「祐太って、トンカツが好きなの?」
「よく食べてるわね」
「かなり好きだね。伊万里に『今日は何にする?』って聞かれたら大抵は『トンカツ』って、答えてるよ」
「伊万里ちゃんね」
「イマリ……ふたりの仲はずいぶん良さそうね」
「まあ義理の兄妹の上に同級生だしな。親が育児放棄したせいで小学校の頃からほとんど二人で住んでるんだ。大体のことは分かってるよ。伊万里にも『どうせトンカツでしょ』ってよく言われるぐらいトンカツが好きだね。あー、本当、伊万里が今ここにいてくれたら良かったんだけどな」
俺はつくづくそう思って口にした。
「祐太、それってどういう意味?」
「ユウタ、義理でも妹でしょう?」
「ぎゃ」
よくわからないが美鈴とエヴィーが食い気味に聞いてきた。あと、居たのかリーン。お子様ランチにしとくか?
「まあこの間両親が離婚したから、もう他人になったんだけどさ」
「で、でも、私がいるのに伊万里ちゃんがいた方がいいとかちょっとショック」
「え? いや、そ、そういう意味じゃなくて4人目だよ。もう一人仲間がいたら、絶対もっと楽だと思うんだよ。2月にようやく入ったところだから……あと1ヶ月半。長いよな」
「あ、ああ、そうね。確かにそれはそうだよね」
「ユウタ。イマリ以外の人間をパーティーに入れる選択肢ってないの?」
エヴィーも早く4人目がいればもっと楽だと思うのか、そんな事を言ってきた。
「それはない。俺の親父も、伊万里の母親も、俺たちの面倒を見る気なんてこれっぽっちも無い。浮気相手のところで暮らしたまま帰ってきてないし、もう一年ぐらい顔も見てない。二人を待たせるのは悪いけど、伊万里のことは待ってあげてほしい」
「そう……」
まだ何か言いたそうなエヴィーだったが、俺は伊万里のことで引く気はなかった。今のこの状況で伊万里が入ってくることに不安はある。ダンジョンの厳しさもあるし、2人と仲良くやっていけるのかも気になる。
それでも何度考えてもやはり見捨てる選択肢だけはなかった。
「ユウタ、イマリが来たら……」
エヴィーの綺麗な顔、青い瞳が俺を捉えた。そのまま近づいてきて俺の唇を舐めた。
「ちょ、エヴィー」
美鈴の前で何をするんだと言いたかった。しかし見ていたと思うのだが美鈴は何も言ってこなかった。
「ソースが付いてたの。いいじゃない。アメリカじゃ挨拶よ」
嘘をつくな。いくらアメリカでもそんな挨拶があるか。しかし美鈴の前ではそんなことも言えない。
「祐太」
不意をつくように今度は美鈴に引っ張られた。そしてキスされた。俺は食べかけていたトンカツの皿を草原の上に置いた。美鈴の甘い匂いと口からとんこつラーメンの味がする。
美鈴がそのまま俺の体を抱きしめてきた。俺は逆らわずに受け止める。エヴィーが面白くなさそうにこちらを見ているのが視界に入った。エヴィーの手が俺の足に触れた。それ以上はしてこなかったが自分を忘れるなと主張しているようだった。
「その辺にしときなさいよ。私もいるし、まだ寝る時間ではないのよ」
かなり長いキスをしていた。さすがにエヴィーは痺れを切らしてきた。美鈴は聞き入れることなく、さらに強く抱きしめてきた。
「やめてって言ってるでしょ!」
エヴィーが甲高い声で怒った。そして無理やり美鈴の体を引き剥がした。
「何するのよ」
「美鈴、私はあなたと仲良くしたいと思ってる。だからこういうのはやめて」
「そっちから、やってきたことだもん」
「確かにそうね。でも、今はやめましょう。いいわね?」
「……いいけど」
不穏なものを感じるやり取りだ。ひょっとしてエヴィーとのことがもうバレてるのだろうか。いや気づかれるはずがない。匂いだって消したし、エヴィーが自分から美鈴に言いでもしない限りは……。
俺はそこまで考えて頭を振った。
どのみち自分で蒔いた種である。どこかでバレる。そうなのだ。どうしたところでどこかでバレる。ダンジョンの中に泊まりこまないなら大丈夫かもしれないが、探索者は長ければ数ヶ月泊まっていることだってある。
何よりも俺たちはもうすぐ1年間も、ダンジョンの中にこもるつもりだ。ガチ勢の人はみんなそうで、その際に一番の注意事項は、モンスターでもあるが、人間関係がそれ以上に大事だと言われていた。くに丸さんが言っていた。
『ダンジョン内での男女関係は甘く見ちゃいけない。大抵の男女が恋愛関係に発展するし、男女の数が偏っている場合、あぶれた仲間は99%パーティーから抜ける』
特に気をつけるべきは男女関係で、かなり揉めやすいそうだ。だからダンジョンに入るのは男同士、女同士がいいらしい。俺は女の子2人の様子を見た。おそらく俺の自惚れでなければ、俺を巡って相当緊張感の高い関係になってしまっているように見えた。
「美鈴」
だから俺は口にした。
「何?」
ここは俺がしっかりしなきゃいけない。南雲さんならきっとここでびしっと決めるはずだ。そしたら女の人だって言うことを聞いてくれるんだ。2人とも俺が好きなんだからそれでいいはずだ。
世間一般ではまだ理解されにくいが、探索者ならハーレムパーティーなど当たり前。だから俺がこれから言おうとしてる言葉も当り前なのだ。大丈夫。2人とも理解してくれる。美鈴を見た。彼女の切れ長の瞳もこちらをとらえていた。
吸い込まれそうなほど綺麗な瞳がこちらをにらんでいるように見えて、
「い、今はやめとこうよ」
美鈴に睨まれてすごく弱気な声が出た。格好良くビシッと『俺をめぐって喧嘩をするのはやめてくれ!』と言おうと思ったのに、口から出た言葉は真逆だった。だって2人ともそんなに俺が好きじゃなかったらどうするんだ?
というよりこんなに綺麗な2人にそんな偉そうなこと言うのって何様だ?
それになんか2人の様子が怖い。
美鈴に睨まれるのって怖い。
エヴィーを見ると『しっかりしなさいよ』みたいな顔をしている。
というかエヴィーとのお泊りデートがバレたの? そうじゃないの? 事前情報は大事だぞ。そんな顔するなら先にちゃんとエヴィーが俺に教えておいてくれ。
伊万里と住んでる時もよく思ったけど女はどうして男に不機嫌の理由を教えてくれないんだ。
とにかく、2人の機嫌が直ってくれることを心から祈った。
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