第四百十三話 Side伊万里 神化
Side伊万里
祐太の姿を見ないまま10年の月日が流れた。私は26歳で祐太が16歳。祐太との時間はあの頃のまま止まったままで、つい最近帰ってきたと思ったらすぐに私の背中に追いついて、そのまま追い抜いてしまいそうな勢いだった。
そして祐太は自分がやると決めたことに対して、迷わないのもあの頃のままだった。正直、その迷いのなさに驚いた。何しろ祐太が私に対して呪いを発動したんだから。自分の行動で祐太に嫌われることなど覚悟の上だった。
なのに、本当に嫌われたのだと思うとこの身が呪いにかかったことよりもショックを受けた。
「当然なのにバカ……」
無機質な部屋のベッドで体を起こす。私の体にかかった呪いを解除するために、しばらく一緒にいたセラスの姿は見えない。
「まだ出かけたままか……」
私と同じように祐太が好きで、祐太以外の人間のことなど生きてても死んでてもいいと思っている。セラスも私と似ている。極端な話、私やセラスにとって、美鈴さんたちの存在ですら切り捨てることは簡単だ。
それが祐太のためになるなら簡単に切る。お互い祐太がいなければ生きている意味すらない。それでも2人して祐太を殺そうとしている。それが正しい。わかってはいるが胸は重い。その重い足取りで、無機質な部屋から外に出る。
そこはひどい有様だった。祐太にかけられた呪いが発動して、体が勝手に動き出して、私はセラスを攻撃した。しかし私とセラスでは力のレベルが違う。一撃を入れた時点で建物は吹き飛んだが、セラスは何ともなかった。
その上私よりも強力な光の力で、体を簡単に束縛されてしまった。荒縄で縛るように、セラスの趣味なのか、それとも何かの影響だろうか、光の帯で亀甲縛りのようにされてしまう。
『何をする! 離せ! よくも私を騙したな!』
なぜあんな言葉を口にしたのか理解できない。
『離しません。あなたは呪いで縛られたようです……。この力闇属性ですね。光は闇に特攻がある。それとは逆に闇も光に特攻がある。光が闇に照らされるとは皮肉な話です。正気に戻りなさい』
セラスの言葉の意味が理解できない。
『うるさい! 私に祐太を殺させようとするなんて絶対に許さない!』
なぜあんな言葉を口にしたのか理解できない。
『許すも許さないもありません。元来勇者とはダンジョンから好かれたものを殺す役目です。そしてそれはあなたも納得したはず。今は一時的に頭が闇に閉ざされ、昔の自分が出てきているだけです。少し眠りなさい。目覚めたら元のあなたに戻っていますよ』
何か起きたような気がする。しかし思い出せない。どうも頭に白い靄がかかったようになり、セラスとの会話がいまいち思い出せなかった。しかし思い出せることもあった。
『セラス……私?』
『どうやら危険な領域は抜け出せたようですね。よかった』
周囲の建物がかなり壊れて、セラスの腹も大きく斬れているのを見て慌てた。よく思い出せないけど、自分がそれをやったのだということは自覚できた。
『だ、大丈夫? 私……』
『何も心配はいりません。この程度の傷はすぐに回復します』
『ごめんなさい……傷つけたみたいで……』
『大丈夫です。この傷はあなたに受けたものではありませんしね。そもそも私の寿命で、体がひび割れてきているのですよ』
『セラス、そんなに寿命が迫ってるの?』
『それはもう以前から分かっていたことなので問題はありません。それよりも、あなたには以前話した通りのことをして欲しいのです』
その顔は覚悟に満ちていた。
『うん……分かってる……その時が来たらあなたじゃなくて私がちゃんと祐太を殺してあげるから……』
『では私はもう行きます。あなたならばここまで回復させれば、大丈夫でしょう。後は自分の回復能力で回復してくれる』
『どこに行くの?』
『このままではギガが殺されそうなのです。あの子にも“私と同じ役目”が残っていますから』
私はその後気分が悪くなりすぎて、しばらく寝込んでいた。呪いはまだ少し残ってて、ともすれば自分の目的を忘れて、祐太たちの行動を助けたい衝動が湧き上がってきた。それをなんとか押さえつけて我慢した。
そして今、体が蘇ってきたのを感じる。心に直接ずっと声が響いていた。
【お前の心を見せなさい。お前は何を考え知っている。それは本当に正しいのか? 自分を疑い続けることこそ救いとなる。お前は間違えている。私の言葉こそ正しい】
女の人の声で、ダンジョンからの機械的な声ではなかった。正体は分からず、呪いの内容に従った行動を【災禍の手紙】を受け取った人がするように作られた仕掛け。この頭に響く言葉に従わず、我慢するだけでも大変だった。
セラスが呪いを弱らせてくれなかったら聞いてしまっていたであろう強烈な声。常に私の心に直接響いてくる女の人の声……。
「私は自分がどうするべきか決めてる。それを曲げたりすることはない」
それにしても心というのは脆弱なものだ。狙われるとガードが一番難しく、いつの間にか間違ったことを信じてる。親が子供に教育したことは心の中に深く刻み込まれて、人はそれに沿った行動を死ぬまで続ける。
そんな話がある。どれほど親の影を振り払おうとしても、子供の頃に植え付けられた考えは根底から消えることがない。私と祐太はその親が途中でいなくなったから、2人でお互いの心を決め合った。
生き方を二人で決めたんだ。お互いがお互いのために生きる。2人で助け合おうと決めた。だから私も今からするこの行動が祐太の助けになると信じていた。
【自分を信じるものほど騙されやすい。自分を疑え】
「それにしても強烈だったな……」
立ち上がると無機室な部屋のテーブルに手紙が置いてあった。【災禍の手紙】で最初からボロい手紙だったけど、今は呪いの部分がなくなり、手紙の中心の内容部分が燃えたようになくなっている。
セラスが呪いをなんとか消してくれた痕のようだ。
「死神。いるんでしょう?」
私は声をかけた。
「……東堂伊万里……」
死神が姿を表す。黒い布を体にまとった探索者としては珍しく老いぼれたままの爺さん。床から影を使って現れた。影を使うのが得意な探索者は少なく、死神はその中でもまだレアで祐太の側にいるあの女よりも、影の使い方が上手い。
死神は私がここに来てから、私の部屋にいることが多かった。お互いに目的が同じであり、死神にとって、私のそばにいれば絶対に祐太が現れると思ってるから嫌がっても離れようとしなかった。
「あの状態から回復できるとはな。さすが勇者というところか。あるいはお前にとってはあの状態の方が幸せであったのかもしれんのにな」
「状況を教えて。戦争はどういうふうに経緯したのか、全てデータで送ってちょうだい」
「よかろう。なかなか衝撃が強いかもしれん。あまり楽しい話ではなかったことだけは先に言っておく」
死神にしては私を気遣ってくれてるのか。まあこの老人は国の立場などが絡まなければ基本的に、普通の年寄りとそこまで変わらない。若い人間を大事にしようとする気持ちも通常の人間として持ち合わせている。
ただこの老人と祐太の利害が合わないだけだ。そして六条祐太に対する強い恐れを抱いている。この老人は私以上に祐太は絶対に殺すべき存在として認識し、今の私と利害が一致している。
頭の中に流れ込んでくるデータを見ていく。死神は戦場を見て回っていたのだろうか? 祐太が戦っている姿もあった。かなり遠くからの視点。この老人も気配を消すのが得意だった。
「博士とジャックさんと千代女様……あなたよく帰ってこられたわね?」
前の2人はともかく千代女様が死んだのは本当にかなり最近のことのようだ。それでよくこの場にいるものである。私が3人の死に対して動揺せず、普通に尋ねるのを見て、死神は薄気味悪く笑った。
「伊万里よ。良い感じに壊れたな。仲間が3人死んだとて眉一つ動かさないのは我の好みでもある」
「気持ち悪いからそういうこと言わないで欲しいのだけど」
「失礼。影移動という方法がある。世界の影に我は繋がっているんだよ」
「便利そうね。1つ聞いていい?」
「答えられることなら答えよう」
「あなたは死神として戦いを見ているだけだったの? あなたなら祐太を殺せるタイミングがかなりあったように思うけど……どうして?」
「お前と同じだろう。おかげで随分と遠回りをしている」
「そう……セラスはあなたにも話したのね」
祐太を殺すには単純な殺し方ではダメ。だから私達は方法を探して、見つけた。それを実行する。この老人は私に今までそんなこと言ったことなかったけど、セラスは死神にも事情を言ってるようだ。
そうしなければ死神はこの世界に現れた直後に祐太を殺そうとする。一番レベルが離れている時点で殺す方が効率的なのは子供でもわかる。それでもセラスは祐太がレベルアップして強くなっていくことを待っている。
『そんなことをしても無駄だからですよ』
私が祐太を殺すべき人間だと納得した日。セラスにできるだけ早い時点で、祐太を殺してあげるべきだと話した。
『どうして?』
でもセラスはそれをだめだと言った。
『私が世界を戻ってここにいることは話しましたね』
セラスは穏やかで優しく話す女だった。
『聞いたわ』
私は最初絶対に祐太を殺すことに賛成する未来などないと思っていた。
『以前あの方は、レベル999まで上げている。そして私と博士は、そこまで来てしまったあの方を救うために、あの方がおぞましきものに捕まらないようにこの世界まで来た』
でも今は一刻も早くそうしてあげようと思ってる。
『うん』
それが私の祐太にできる最高の感謝の表れだから。
『ですが世界の運命線というのは一度決まるとなかなか変わらないのです。以前の世界でレベル999まであの方のレベルは上がった。世界を繰り返すたびにあの方のレベルは上がっていくそうです。そしてここまで来たら、レベル999までは何をどうしたところで必ずあの方はレベルを上げてくる』
私はセラスの言葉に納得していた。
『殺そうとしても殺せないってこと?』
私こそが祐太を殺してあげるのだ。
『そうです。そしておそらく次はレベル999を超えるでしょう。決定していることというのが必ず起きる。世界の運命線というのは簡単には変えられない。そしてあの方の運命はいつも、最後は……』
そんな話をしていた。死神が一番純粋に迷いなくきっと祐太を殺すことだけを考えている。それはずっと考えていた。だから私はこの老人とずっと一緒にいた。
「そろそろ動けるか?」
「ええ、もう大丈夫よ」
「では我々ももうそろそろ動くべきだ。雷神が壁を超えたことは少々予定とずれていたが、この10年で我の準備は終わった。六条の仲間も全て殺す準備は十分にできている。六条が帰ってくる前にこの世界にいる余計な存在は全て死んでもらう。協力することに迷いはないな?」
「もちろん」
少しだけ胸が痛んだ。でも大丈夫。私は殺れる。死神は私の前に立った。
「体のどの部分でもいい。掴まれ。お前と我ならばなりたての神と残りの残党の掃除も、すぐに終わらせることができる。セラスはまだしばらく動くことができんだろうから、終わらせてしまうぞ」
「ええ」
私が死神の後ろに着く。死神が自分の影を広げた。死神に触れたらこの影の中に私の体が沈んでいくんだろう。何度かこの影移動は見たことがあるから、システムは理解している。そんなことを考えながら心は一瞬たりとも揺れなかった。
死神が私から目を離して影の中に沈んでいこうとしている。
私の装備は更新されていた。
祐太ほどではないだろうが、普通だったガチャ運は勇者の称号が現れてからかなり順調に伸びていくようになった。
今となってはガチャ運は結構高い方だ。
そんな私のガチャから現れたのは、
ルビー級【神剣エクスカリバー】
だった。
私は神剣エクスカリバーをものすごく自然な動作で抜いていた。同時にセラスから教えられた光の魔法を使う。
【光の現実】
という魔法である。この剣を持っていても自分からも相手からもその姿を消すことができる。光に呼び出されて生み出された現実が相手には見える。そうすると神ですら見えない剣となる。
私が剣を持っていることをわからないまま、そしてその剣に秘められたエネルギーを感じないまま死神の脳天をエクスカリバーが捉えた。
そのまま振り下ろした。この一瞬に全力を出した。一瞬で出力できる全てのエネルギーを注ぎ込んだ。死神の頭から股にかけて、まっすぐに抵抗などないというように真っ二つに斬れて、それでもその神の剣の影響は止まらなかった。
空に浮かんだ天壌無窮の神域。
その全ての大地がエクスクカリバーの威力で断ち斬れた。何が起きたのか理解できずに死神がこちらを見ていた。状況を理解してくると、それぞれに分かれた体が、私のことを恨めしそうに見ている。
でも興味はなかった。頭の中に響く声だけがあった。
【自分よりも上位の死神コシチェイの殺害により、東堂伊万里のサファイア級昇格を認めます。東堂伊万里のレベル1098への更新を承諾。真勇者から神勇者への【転生】を開始します。このことは世界へと通知されます——】
その声を聞きながら自分が強くなっていくことを感じる。今度こそ頭に響いてくる声はいつものダンジョンの機械的な女の声だった。
「さようならお爺さん。最初はずいぶんと私にも警戒していたのにね。孫と同じように見えたからだんだんと気を許してしまったのかな……そういえばそんな話もしてたわね。お孫さんは随分と可愛いそうね」
手から光を放つ。こんな老人でも私が強くなるための役にはたってくれた。体の構造が書き換わっていくのを感じながら、私はせめてゾンビになることだけは防ぐように、浄化して死神の存在を抹消した。
「……さて」
まだやらなければいけないことがある。一番大事なことが残っているんだ。
【光移動】
私の体は光となってその姿を消した。ギガノス大陸の上空。そうは言ってももうその大陸はなくなり、大陸のあった場所に水がどんどんと流入して、世界に歪みが出てきているのを感じる。
その上空でセラスを抱えたローレライの姿を見つけた。
「おや、無事、死神は殺せたようですね。とても喜ばしいことです」
ニコニコとしているローレライが私を見ていた。
「その顔、鬱陶しいからやめてくれる。いつ見ても作ってるみたいで気持ち悪いのよ」
「最初はあんなに私に怯えていた子供が、随分と言うようになりましたね。レベル1000を超えて気が大きくなっているのでしょうか?」
「ふん」
私の蔑んだ目はそれでも変わらなかった。この男がこの世で一番嫌いだ。でもこの男の言葉に従って動いている。それはこの男の言葉は正しくて、この男の言葉を聞けば祐太を救えると信じてる……。
「どうするの?」
私はセラスを見て口にした。ただでさえ崩れかけだった体が、無理に他の生命など取り込んだものだから崩壊しかけている。そもそもDNAに類似性があるからと言って、許容できる限界を超えている。
ただでさえ神になる器ではなかったセラスが、神をさらに超えるために力を取り込むなど、耐えられるわけもない。しかも体は弱り切っていたのだ。その結果が目の前にある。
セラスの体は光を帯びて強く輝き、放置すればセラスを核として、この世界ごと爆発しそうだ。それはまるで超新星爆発のように華やかな、そして破壊的な爆発になることだろう。
『伊万里……私は本当に正しいのでしょうか……』
なぜか一度だけセラスがそんなことを言っていたのを思い出す。どうしてか胸が痛んだ。セラス。いや、クリスティーナ……かつて王女だった女の人……この人は生きててちゃんと楽しいと思ったことがあるんだろうか。
いや、少なくとも祐太と生きていた時は楽しいみたいだった。どうして……。
「お約束通り、お渡ししますよ」
そうしてローレライは念動力によって、セラスの体を空中に浮かばせた。
「神勇者となったあなたならば、きっと耐えられる。自由にお使いください」
ローレライがうやうやしく頭を下げてくる。自分の母とも言える存在に、未練はないのか。最初、私に声をかけてきたのはこの男で、この男がまだリッチ・グレモンなどと名乗っていた頃から、今の今まで一貫して気味悪いままだ。
ともすればローレライこそ殺したい衝動に駆られながら、なんとか自制すると、私はセラスの体に触れた。
「ごめんねセラス。でもあなたの望みは私が叶えるから……」
セラスの体が光り輝いて、純粋なエネルギーへと姿を変えていく。ローレライが長年そうなるようにずっとずっと体の仕組みを作り続けてきた。モンスターにセラスの遺伝子を組み込んだ。
そして純粋に利用できるエネルギーとして最終的に加工されるように、何百年もかけて仕掛けを作った。祐太を殺す。ローレライの目標はずっとそれで固定され続けていた。この男は米崎博士の思想などかけらも引き継いでいない。
そう気づいたのはいつの時だったか……。
「ゴールドエリアの【管理球】や、ダンジョンに数多ある【万年樹】……私はずっとその研究をし続けていた。きっとあなたの体にセラスのすべては馴染むはずです」
光の塊となったセラスが私の中に入り込んでくる。レベル1500を超えるレベル1800。セラスはギガたちとの融合でそこまで到達していたようだ。さらに私がそれを取り込むことで、体に巨大なエネルギーの流入を感じる。
体が内側から爆発しそうだ。
私もセラスと同じになるんじゃないかと思えた。
「安心してください。しばらく眠ってくれていいですよ。彼が帰ってくるまでゆっくり休みましょう」
私は自分の体を休ませる以外、他に方法がなく、不本意ながらローレライの腕に抱かれて体の力を抜いた。
「ふふふふふふふふふふふふ❤ ああ、これで殺せるといいな❤ 六条祐太、私はお前が嫌いなんだ❤」
私が朦朧とした意識の中で、少しだけ開いた瞳で、ローレライだった存在の口に牙が少し見えた。





