第四百十二話 Side美鈴 消失
帝王ロガン。そう呼ばれた男は、帝王などと呼ぶには若い見た目の人だった。骨格はしっかりしているけど、どこかヤサ男のようにも見えた。そのヤサ男は目立つイヤリングをつけて、それが専用装備なのだとわかる。
しかしそれらの専用装備が見る影もなく、丸焦げにされ、地面に叩きつけられた衝撃が地震のように響く。先ほどから紅の雷がいくつもスパークして、凄まじい轟音を響かせていた。
「雷神様3対1で勝っちゃう?」
剣神ベリエルも同じような状態。千代女様が私たちを逃がすために繋げてくれた場所はここで、最後に残っていた帝王ロガンとの戦いも終わろうとしている。状況説明をしてくれたのが、どこかすっきりした顔のおじさん。
「うむ。恐ろしくも強い女子だ。レベルを上げることすらつい先程までしてなかったぐらいだからな……」
雷神様に丸焦げにされたベリエルというおじさんだ。気の良さそうな人に見えたけど、動きに隙がなく、きっと相当強かったんだなとわかる。祐太の方針では敵を殺すことも仕方なしということになっていたが雷神様は、
「あいつの後々の統治に役立つ。殺さないでおいてやる。我にしては珍しいことだ。感謝しろ!」
と上機嫌に言って、相手を殺さなかった。上機嫌の理由は見ればわかる。今まででも十分に圧倒されるようなオーラを放っていたけど、それが今は桁違いに上がっている。体から何度も放電現象が起きていた。
それは雷神様の象徴でもある不思議な紅の光で、それに触れただけでもダメージを受けそうなほどエネルギーに満ちていた。いつも手に持っている青い錫杖は、空に向かって余ったエネルギーを放ち、空へと上る巨大な雷を起こした。
轟音が鳴り響く。耳が痛くて抑えた。ただの放電現象のはずなのに空気すらも貫いて、宇宙の黒が空に見えた。
「負けたな……」
なんとか重い腰を上げて、ロガンのところまで歩いてきたベリエルが言った。剣神ベリエル。この世界では必ずしも高レベルとは言えないレベルでありながら、剣を極めたとまで言われた男だ。
その顔はいかつく頑固おやじ然として、鋭い目だ。この人が私たちが逃げてきて終わりかけていた雷神様とロガンの戦いを寝そべりながら意思疎通でデータにして送ってくれた。
「あの、情報ありがとうございます」
「なに、負けた以上は勝った側に点数稼ぎするのが最良であろう。それにしても、テスラまで取られたか……あの女傑狙っておったな」
私は【意思疎通】で送られたデータを見て、雷神様がどうしてこれほどのエネルギーに溢れているのか理解する。元から12英傑に一番近いのは雷神様と千代女様。この2人だと言われていた。その認識は世界でも共通されていた。
それぐらいこの2人の強さはルビー級の中でも群を抜いていた。それでも2人ともレベル1000を超えなかった。私は千代女様にどうして12英傑の枠が開いているのにレベル1000を超えないのか聞いてみたことがある。
『祐太さんとできるだけ長く一緒にいたいし、私もできれば超えたいのですけどね。実際のところ私にもその条件がわからないんですよ』
『そのランクごとのキークエストが出る。みたいな感じじゃないんですか?』
『残念ですがサファイア以上になりたい場合、それになるための明確な決まり事はないみたいです。卯都木さんや友禅ちゃんに確かめたことがあるんですけど、そもそも内容が教えられないみたいでしたし、お二人ともキークエストはなかったようなんですよね』
そんなことを教えてくれた。私にはまだまだ遠い話だけど、私が12英傑になることも夢というほど夢じゃない位置にいる。だからその話はよく覚えていた。
千代女様、無事かな……。
千代女様だけがギガノス大陸から帰ってきてない。今その気配は感じられない。元々気配を消すのが趣味みたいな人だから、気配が感じられないこと自体はおかしいことじゃないけど、マークさんの顔色が悪い。
「マークさん?」
「あ、ああ……美鈴……すまん。多分千代女様は……」
最後の言葉をマークさんは言えないみたいだった。代わりに横にいた摩莉佳さんが口にした。
「桐山。お前も気づいているだろう。これほど離れているのにセラスの気配がやたらと大きく感じられるままだ。それでいて千代女様の気配が全くない……。無駄に私たちを心配させるような趣味のある人でもない。おそらく私たちを逃がすために身代わりになってくれたのだ」
「えっと……嘘じゃなくて本当ですよね……」
「あ、ああ……はは……」
マークさんから変な笑いが漏れた。私の胸がギュッとなる。この戦いはかなり厳しくなる。そんなことはわかってた。でも祐太もいるし、なんとなくまたこちらの被害は大きくならないと思った。
それなのに博士にジャックさんに千代女様。……この3人が死んだ。信じがたかった。実は生きててひょこっと現れるんじゃないか?
「千代女は死んだか。弱いガキどもを守って死ぬとは最後までバカな女だったな」
雷神様が空から降りてきた。錫杖を肩に乗せ、放電現象も治まってきていた。つい先ほどまで上機嫌でいたのに、今の顔はかなり不機嫌に見えた。
「結局一度も勝てんままか……」
「雷神様。テスラを取り込んだんですか?」
私は千代女様のことに対して向き合える気がしなくて、別の話をした。
「まあな」
「それでレベル1000を超えた?」
小春も私の横にいて聞いていた。
「そうだ」
「よく大人しく取り込まれましたね」
「実際のところは少し難儀したぞ。おかげで時間もかかった。このきっかけでレベル1000を超える予感はしていた。ルルティエラという存在の性質からして、今のこの時期しかないと見ていた我の読みも正しかった」
今なら強くなれる気がする。探索者をしているとそんな気配を感じる時がたびたびある。頭の処理能力が普通の人に比べて何百何千も上がる探索者だから、予感というものは意外とバカにできない。理解していない部分で理解している。
日本語としておかしいけどそんな感覚にとらわれるんだ。そしてその予感は結構よく当たる。雷神様はその予感を外さず、見事に12英傑という最強の力を手に入れたんだ。本当ならそれに千代女様も加わるはずだった。
でも私たちが足を引っ張ったから、もうそれが叶うことはない……。
「もうちょっと早かったら、雷神様がきっと助けられたのに……」
「桐山美鈴。探索者をしていれば死ぬ時は死ぬ。その理由もシンプルだ。弱いから死ぬ。そのことだけは覚えておけ」
雷神様が言った言葉は、冷たくて突き放すようだったけど、実際のところ真実である。何よりも感傷に浸る暇はない。セラスはまだ生きているし、その強さは弱るどころか増すばかりである。今も何かをしようとしている。
その気配を感じすぎるほど感じる。このまま何かをしようとするのを見過ごせば、セラスはもっと手に負えない相手になる。それを感じる。でも、
「祐太が帰ってくるまで、何もできないよね?」
私は誰かにその言葉の答えを求め聞いた。
「「「「……」」」」
しかし答えは誰も返してくれなかった。自分も何を聞いているんだと自己嫌悪に陥る。人に頼りきる癖が私の中でまだ抜けない。そう思いかけたら、ロガンが私たちの話に入ってきた。
「どうも煉獄獣バルガレオルの様子を見る限り、この世界のモンスターはセラス様に何かされていたようだ。テスラはお前に取り込まれて、運が良かったのか悪かったのか」
丸焦げになった体をロガンが起こして体を引きずりながらこちらに歩いてきていた。雷神様から死にかけるほどの重傷を与えられたのに、もう回復してきているようだ。
「帝王様。あの、どういうことですか?」
私が聞いた。
「そこの雷女と同じことを、セラス様はもっと大規模にやろうとしているということだ。おそらく自分の体の弱さを補うための処置だろう」
「どうしてわかる? 聞いてやるから答えてみろ」
雷神様が偉そうに言った。
「ちっ。俺も別にボーッとセラス様を盲信して生きてたわけではないんだよ。あの方を調べたことが何度もある。その中でいつも不思議に思うことがあった。それは、この世界には強いモンスターが常に12体いた。どれほど殺しても、その状態に必ず戻るのだ。ギガも過去には何度か殺されているらしいが、いつのまにか復活し、一番最近に生まれたギガは、殺すことができないほど強くなっていた」
「12体……」
「そうだ。そのやたらと強いモンスターがこの世界に現れたのは、セラス様がこの世界に現れた。その時期と一緒だと言われている。そのことから原因はセラス様とローレライ様だと馬鹿でもわかる。このお二人のおかげでモンスターが常にいる世界。そしてそれらを殺すことで我々もその強さを上げていた。つまり我々が強いのは、強いモンスターがいるおかげというわけだ」
ロガンはまだ立っていることがしんどいんだろうベリエルの横まで来るとその場所にドカッと腰を下ろした。
「俺はそれをセラス様が我々を強くするための仕掛けだと思って、とても好意的に受け止めていた。だが、ホロスはあまりそのことをよく思っていないようだった。
『セラス様は我々のことなど考えていない』
一度だけ、あいつがそう言っていたのを聞いたことがある。その言葉が俺の中に妙に残った。俺は神域に足繁く通いつつセラス様を調べるようになった。その結果モンスターはセラス様に利用されるために生まれた存在だったんだと思うようにはなっていた。だがどうしてあの最強のセラス様が強いモンスターを造りたがるのか、当時の俺には理解できなかった」
ロガンはセラス様の信奉者という話だ。足繁くセラスの元に通い、かなりセラスに近い人間である。だから信憑性がある。そしてバルガレオルのことを言っていた。バルガレオルは祐太の言うことを聞く約束をしていたはず。
だが、ここにいるはずなのにいない。ベリエルから送られた【意思疎通】のデータでは、私たちがここに来る直前、バルガレオルの体が光りだし、ベリエルが奇妙に思い尋ねたら、
『どうした煉獄獣?』
『セラス……何か仕掛けていたか……。ベリエル……』
『うん?』
『おそらくもうすぐ俺は死ぬ。どうも体の中に何か仕掛けがあったようだ。俺がこの状態ということは、他のモンスターどもも同様だろう。形を変えられたテスラだけは無事なようだが……。ロクジョウに伝えておいてくれ。「再び戦えず残念だった」と』
「難しい話じゃない。ただでさえ化け物だったセラス様が、もっとすごい化け物になったのだろうよ。雷神トヨクニ。気が触れてるわけでもないのなら、お前でも喧嘩は売らんことだ。貴様もあの方と同じく壁を超えたようだが、それでも以前のセラス様にすら届いていないぞ」
ロガンがマジックボックスから自分でポーションを取り出すと、ベリエルにも渡した。そうすると2人の火傷も急激に回復してきた。私たちはそれを止めようとはしなかった。ここからまた戦う。
そんな馬鹿なことを始めるようには見えなかった。戦う理由もないだろう。おそらく祐太の降伏条件をこの2人は聞いているだろうし、セラスがこの世界のことを何も考えていないなら、どちらの言葉を優先させるべきか明らかだ。
「雷神様……あの……12英傑になったってことでOK?」
小春が口にした。
「そういうことだ。我の狙いは正しかった」
「よく英傑になる条件なんて分かりましたね」
「ふん、我なりにダンジョンの情報は様々に仕入れていた。その結果として六条の周囲に起きる事柄の異常性には、目をつけていた。そして六条の10年の消失。時間を飛んだのだということは千代女が教えてきた。それを聞いて、今度もし六条が現れれば、必ず六条は鍵になると確信した。考えは間違いなかった……。ようやくここまで来たが……すぐにまた上がいる。忌々しい話だ」
私の頭に次に浮かんだのは千代女様の顔。今回いなくなってしまった3人の中でもダントツでタフな人だと思っていた。やっぱり思い出すとショックが大きかった。考えをまとめられずにいると、私の装備の裏側で何かが動いた。
気づいた瞬間、私の目の前に赤い飴玉が現れた。装備の裏側から目の前に飛んで出てきた。私は赤い飴玉に警戒して身構えた。
しかし赤い飴玉が、千代女様の姿に変化した。生きていたのかと嬉しくなる。でも私の五感がそうじゃないとすぐに気づかせる。みんなも一瞬嬉しそうな顔になったけど、すぐにそうじゃないと気づいて冷静な顔になる。
【これを美鈴ちゃんが聞くとき私はもう死んでますね。でも聞けているということは美鈴ちゃんは生きているということですね。とりあえず最低限の役目は果たせて良かったです。
では、私が調べた限りのことを伝えます。これについては米崎ちゃんにも頼んで調べるのが少し遅くなったんですけど、DNA的にこの世界にいるルビーモンスターはほぼ全て、例外を除いてセラスの遺伝子を受け継いでいます。
このことからセラスは自分の体を強くする仕掛けを千年の時間をかけてこの世界に作り上げたようです。ですがどれほど時間をかけても、あまりに急激なパワーアップは、体への負荷が大きくなる。間違いなく余計に寿命は縮む。
これが米崎ちゃんの見解です。何よりも活動時間もかなり限定される。米崎ちゃん的にはセラスがもし何らかのパワーアップをこれ以上行った場合、大事な時期が来るまで、ほとんど動かないでいるだろうとの見解です。ですから下手に藪を突かないように気をつけてくださいね。
最後に祐太さんに、
『健康には気をつけて、しっかり長生きしてくださいね』
とお伝えください。では、しくじらないように頑張るのですよ】
「ふっ、何が『では』だよ」
マークさんが愚痴るように言った。
「なんかあっさりしてますね。長く生きるとこんな感じなのかな」
私が言った。そしてその手に【ルビー級倍加薬】が落ちてきた。しっかり受け止める。有名なものだから私も知ってる。祐太はこれを千代女様に渡してたんだ。でも千代女様は自分が死んでも使わなかったんだ。
私ならきっと使っちゃってたのに……。
そんなことを考えながらも大事にマジックバッグにしまっておいた。
「……千代女は昔から死に場所を求めている女だった」
雷神様が言った。
「あの女にとってそれが今だったんだろう。桐山美鈴、それは大事にとっておけ。千代女が意地でも使おうとしなかったのなら、六条の勝率を少しでもあげたかったんだろう」
雷神様も千代女様にはかなりいろんな思いがあるようで、それ以上喋らなかった。
「俺が、俺が悪い……。俺はいつも仲間を死なせてばかりの疫病神だ」
マークさんは自分の間抜けさが腹立たしいようだ。マークさんの昔の話は私も聞いたことがあった。昔の軍人仲間をマークさんは3人もダンジョンの中で亡くしている。最初にベンジャミンとオリバーという人。
私も直接は知らないけど、この2人が死んだことをマークさんは未だに気にしてる。そして私たちも知ってて随分お世話になったデビットさん。この人が死んだと聞いた時、身近な人間がダンジョンの中で死んだ事を知った。
あの時、ダンジョンの中で本当に人が死ぬんだと実感して、怖いと思ったのを覚えてる。
「マーク。千代女は自分の命のために六条の大事なものを使いたくなかったのだろう。マークが悪かったわけじゃない」
摩莉佳さんが慰めた。
「ジャックさんも死んだんだよね……。博士に千代女様……。3人か……」
「私が真っ先に死んでもおかしくなかったし……」
小春のため息混じりの声に私が続く。私たちの中で最も頭のいい人、そして私たちの中で最も諜報が得意な人、そして雷神様の次にレベル1000を超えるのに近いと言われてた人。
そして最終目標は一番死んでほしくない相手を殺すこと……。
「……何だ?」
最初に気づいたのは雷神様だった。鋭くなった感覚に強烈な肌が痛くなるほどの巨大なエネルギーの奔流を感じた。ギガノス大陸の方角で間違いない。信じられないほどの大きな何かが生まれたと感じた。
「この感覚ってギガ? いや、セラス……?」
いくらなんでもこんなに強い気配だっただろうか? 今までのセラスの気配ですら生ぬるいと思えるほど、強い感覚がする。同時にギガノス大陸が完全に“消滅”したと感じた。
今の私たちの感覚だとそれがたとえ大陸の端で起きたことだとしても、その一つが完全に消滅するようなことが起きれば、その瞬間、違和感が強烈に伝わってくる。
「……な、なんか無くなってない?」
「ええ、無くなっちゃった気がするけど……」
私が慌てて口にすると小春も顔を青ざめさせた。とても大きなオーストラリア大陸ぐらいあったはずの陸地が根っこからごっそりと消えたような感覚。そこから感じられるエネルギーの完全な消失。
そして直後に生まれたセラスと思われる肌が痛くなるような気配。私がそれをあまりにもはっきり感じたのと同じように、全員その消失現象を感じ取った。今確かにこの世界にとって大事なかけらが失われた。
「セラス様……あなたは何をした……そんなことをしたら世界が壊れてしまう……。神でありながらそれすらもどうでも良かったのか……」
剣神ベリエルと呼ばれたおじさんも青ざめた顔をしている。
「なぜこんなこと……」
ロガンの方は青ざめた顔から次第に怒りの表情に変わっていく。私でもわかる大陸なんてものが消えたら世界がもたない。
私たちの感覚の後に、1分ほど経過してからだろうか、地響きが最初に伝わってきた。地震などというものではない。大地が壊れて行くんじゃないかというような鳴動。聖勇国と呼ばれた場所がはっきりと崩壊していく感覚。
『この世界は安定などしていない。今も壊れようとし続けている』
博士がそんなこと言ってた。改めてあの人は天才だったんだと思う。予想は何一つ間違ってなかった。この世界はずっと滅びの危険をはらんでいた。その原因がセラス自身だ。
だから世界として落ち着いているように見えたのに、ずっとゴールドエリアのままだったのだろう。
地響きの次に、海の水がぽっかりと空いたギガノス大陸の穴に引き寄せられてせられて、その水位を急激に落としていく。反発すれば津波となって戻ってくる。いやそんな状態以前にこのまま大地が崩れ去るのではと思えた。





