第四百二話 Sideクミカ 夜
Sideクミカ
祐太様と私はリンクが切れても、心の根底部分が完全には外れない。いつもどこかで繋がっている。【永遠の鎖】とでも呼ぶべきものが私と祐太様の間にはある。あの方の心はいつも私の中にあり、私の心もいつもあの方の中にある。
その大事なつながりが、先ほどから切れた。どうして切れた。祐太様が死んだのかと目の前に桜魔という敵がいるのに、絶望で心が暗くなりかける。60㎞ほど離れた祐太様の戦場では、祐太様が別の人間と交代した。
それは感じて分かっていた。それが誰なのかは分からないが悪意あるものではないと感じる。しかしそれからしばらくして、最初に変化が起きた。一斉に光の精霊たちが私の管理下を外れた。
「どうして……」
いつも私の言うことを聞いてくれている優しい子たち。光の性質で善性が強く闇の精霊のように嫌なことはしない。私の探索者としての才能はそれほどではなかったけど、それでも光の精霊たちは私についてきてくれた子たち。
それがどうして急に私の言うことを聞かない。
《お前たち何をしているの? いつもそんなことはしないでしょう。ちゃんと言うことを聞きなさい。祐太様の仲間の声を聞いてネットワークを構築しなさいと命令したでしょ。どうしてやめるの?》
光の精霊の姿が見える。透明感のある羽根を持ち、どこへでも光の速度で移動する。精霊の中ではトップの移動速度を持つ。攻撃力も強く、闇に対する特効も強い。光の精霊を操るものは強い。しかしその子達の顔に戸惑いが浮かんでる。
そしてどんどんと私のそばにいた子たちの姿が消えていく。やがてその姿は一匹も残らず消えてしまう。
「何が起きたの?」
私は戦いの最中であることも忘れて呆然としてしまう。
「完全に気がそれているな! その間に死んだからって文句を言うなよ!」
【冥光線!】
相手が黒い閃光を放ってくる。私は心の動揺から、うまく立ち直れなかった。それでもちゃんと守らなければと思う。私は防御力が強いタイプじゃない。迦具夜の水の精霊のおかげで、再生能力が高いけど、それも無限ではない。
【水よ! 守りなさい!】
なんとか水の壁を厚く造って、攻撃に対応する。水の精霊は動いてくれてる。力がなくなったわけじゃない。しかし本来の私の力は光だ。私の3つの精霊の中の光、私の本来の才能に引っ張られてあまり強くない。
けど、光の精霊においてもルビー級に入るぐらいの威力は保てていた。でも水の方が強い。さらに一番強いのは闇だ。だけど私は闇の精霊が正直好きになれない。だから光と水で、大抵の戦いをこなしていた。
しかしそのうちの光の精霊が自分の中からいなくなった。
どうして、
「光の精霊。応えなさい! 私は祐太様に『戦場での連絡は私の光の精霊にお任せください』と約束したのですよ!」
私は桜魔を目の前に叫んだ。祐太様はこんなことで私を見捨てない。それは知ってる。でもあの方に助けられてばかりで役に立てない自分がいるなど許せなかった。本来の私の探索者としての才能など一般人と変わらない。
それが祐太様と愛を育んだ才能豊かな方たちの魂をいただいて、私も強くなることができた。だから、私の力の全ては祐太様のために使われるべきなのだ。それなのに肝心の私の光の精霊が言うことを聞こうとしない。
まさか私の才能のなさに光の精霊たちが、一斉に私を見捨てた?
「いや、闇の精霊ならともかく光の精霊にそんな意地悪な子たちはいないはず……」
「かわいそうな女だ。光の精霊はホロス様と同じで羨ましいと思っていたんだぞ。それなのに光の精霊がお前の周りから急にいなくなった。そもそもお前、光の精霊を使うのに黒い服を着て、闇の精霊は使わず水の精霊も使う。そのちぐはぐさは何なのだ?」
桜魔から自分の根本的なことに関して聞かれた気がした。私が何者……。潜在的に醜い闇を嫌い、美しい光と水ばかり使う。だから闇をいつまでも使いこなせずにいる。そして私の全ては私自身からどんどん離れて……。
「お前は闇に好かれてる。きっと私と同じだ」
桜魔の年齢はちょうど今年で300歳。見た目はまるで十代の少女のようで若い。長い黒髪は、夜の闇を思わせる深い色で、ふんわりカールがかかっていた。
肌は透き通るように白く、目は深い紫色。黒と紫を基調としたローブ。私の日傘と違い桜魔はステッキを使って魔法を唱える。その姿はどこか日本のアニメに出てくる魔法少女のようだった。
「そうでしょうか」
「自分が理解できていないか。可哀想だな。だから、死んだ方がいい」
【闇の影】
空から黒い闇が落ちてきた。空が黒くなり、地面から黒い形の私の影が現れる。
「私からのプレゼントだ。常にお前と一緒にいる影はお前そのものだよ。決して光になどなれないのに光に憧れる哀れな影。ホロス様の輝く力とは比べるのも穢らわしい影。影はお前の一部。影を取られたらお前は自由に動けない」
私の影の手足が私の手と足に結びついたそして地面へと引っ張っていく。そのまま闇の中へと引きずっていきそうだった。
「あなたは闇の力が嫌いなのですね」
「嫌いだ。ホロス様も陰気で暗い私を見てくれない。お前も自分が嫌いなんだろう?」
「そうですね。でも、何か私とあなたは違う気がします。祐太様は私の醜さも穢れも全て受け入れてくれる。だから、私はあの方の美しさの中でだけ生きられる。知ってますか? 祐太様には美しいところしかないのですよ」
【水切り】
水の精霊は変わらず私の言うことを聞いてくれている。水の精霊が大量に集まって空間をも切断する刃を形成する。そして空間ごと私の手足を切断した。
「無駄だ。影の束縛は手足を切り落としても体全体に及ぶ」
桜魔がそう口にして、私を見てくる。私は特に束縛された感覚がなく、ただ手足もなくなったまま彼女を見つめる。桜魔は空間ごと切ったとは思ってないんだろう。桜魔の言葉のように体まで引っ張られる感じはしなかった。
私は飛んで彼女に近づいた。
「どうして……影につながれていない?」
桜魔は自分が使った魔法の効果が切れているのを感じたようだ。
「答える必要はありません。あの子たちは後で叱るしかありませんね。一時でも祐太様に逆らうなど許しがたい。どんな罰を与えるべきでしょう。私自身も祐太様に叱っていただかなければいけません」
「何を笑ってる?」
ああ、いけない。祐太様に叱られるのが楽しみで顔に出てしまった。祐太様にぶたれるなどこの世の至福だ。でもきっとそんなご褒美はもらえない。
「ですがきっとこんな罪深い私もあの方は許してしまうことでしょう。ああ、祐太様、クミカはなんと愚かで醜い存在なのでしょう。祐太様の炎でのみ私の醜さは浄化される。ああ、祐太様に焼かれたい。灰になるほど焼かれたい」
「気色悪い女だ。お前そんな趣味で自分がおかしいと思わないのか?」
「あなたも似たようなものでしょう?」
「バカか。お前と私では全く違う。私に変な趣味はない。だから頭のおかしい女に付き合う暇はない!」
この方全く自覚がないのね。自分が見えてないなんてかわいそうな人。ホロスもあなたのことをとても大切に思っているのに、この人は全くそれにも気づいてない。でもどうしてかしら。それを教えてあげようと思えない。
私は目の前の女が醜く見える。私とよく似た服を着て、どこか顔立ちも私に似てる。ああ、なんとおぞましい。桜魔が言霊を唱え出す。その声すらも不快に聞こえる。私はこの女に同情してる。そしてこの女を嫌ってる。
【影の中で蠢く者たちよ
私の意志を受け入れ
この世界を闇で包み込め
恐れを抱く者たちを引き寄せ
全てを忘却の彼方へ導け
さあ 闇の力よ 我が前に集え】
それは桜魔にとっての切り札の魔法。心を読んだから知っている。
【闇影の舞】
ステッキが高く掲げられて魔法が完成した。周囲に闇が発生し、私の周囲で闇が渦を巻く。これに飲み込まれると闇の中に存在そのものが消える。魂もこの世に残らず生まれ変わりもしない完全な死が与えられる。
桜魔の心は全て見たから知ってる。何よりも私も似たような魔法を持っていた。光の浄化よりもはるかに残酷な技。だからできるだけ使わないようにしてきた。闇に比べたら光と水は随分と優しい。
私なら闇は敵に対してもできれば使いたくない。
それなのに残念です。
「闇の魔法らしい残酷な魔法ですね」
闇の渦に呑まれながらそれでも私は慌てずに口にした。
「悪く思わないでほしい。お前は中途半端に強いのだ。早く終わらせるにはこうするのが一番いい。私はホロス様のためだけに生きてるから、そのためならどこまでも残酷になれる」
「家族が死んでもどうでも良かった」
知ってる。
「ええ、私の家族。王家が全員死んでたこともちっとも悲しくなかったわ。でもそのせいであの方の元に行けなくなったのが悲しかった」
「寂しくて違う男と寝た?」
知ってる。
「違う。他の男と寝たら少しは嫉妬してくれると思ったのに、そんな様子もなかった」
「だから子供を産んでみた?」
知ってる。
「違う。ホロス様が望まれるから産んだのだ。それよりも本当にすまない。お前はこれから死んでしまう。本当はこんな殺し方したくなかったよ」
どこか私と似た女。でもどこか私と違う女。何も謝る必要はない。私はずっと迷ってた。あなたを殺すことには別に迷わない。二度と生き返らなくたってどうだっていい。でもあまりにひどいことをして祐太様と1つに繋がった時。
「私は祐太様にひどい女だと思われたくないのです。それだけが私の恐怖。それだけが私の心配なの」
「そんな心配は必要ない。私たち闇は人から好かれることなど決してない。私たちはただ光に憧れるだけだ」
「そう言って自分を虚しく慰めた」
知ってる。
「違うと言ってるだろう!」
「こんな私でもあの方はきっと受け入れる」
それも知ってる。
光と水で何とかなるかと思ったけど、祐太様がどれほどレベルを戻しても、私自身が【管理球】にいかないと私のレベルは上がらない。祐太様と連絡が切れるまででもかなり祐太様のレベルは戻ったようだけど、私にそれが還元されない。
私のレベルは元々高くないのだから当たり前だ。私の代わりにあなたと戦ってくれる誰かは来ない。私にはそんな人望はない。だから、
「さようなら」
あまり使いたくなかった。私の中で一番強い人。“ミカエラ”は本当に闇に好かれていたから、使いたくなかった。迦具夜はなんだかんだで常識の範囲だった。私はそんなもの気にする必要もないぐらい才能などなかった。
二人の才能に支えられて引き上げられていたけれど、私の光の精霊と二人の精霊では、同じ数だけいても個体同士の強さが全く違う。迦具夜が私の10倍強いなら、ミカエラは迦具夜の10倍強い。レベルがあるのにその強さが全く違う。
あまり制御する自信もなかった。だから【心眼】以外のミカエラの能力は、できるだけ使わないようにしていた。凡才な私では少しずつあの人の能力に慣れていくしかなかった。それぐらい暴力的で直感的な能力で使いにくい。
「あの方こそ神に愛されてた。光なのに私は嫌われている」
スッと瞳が赤く光るのがわかった。視界が赤く染まった。そして桜魔の顔を見る。その瞬間桜魔の顔が爆発した。
「なっ、何がっ!?」
桜魔は何が起きたのかもわからない様子で、それでも力の波動を感じたのだろう。寸前で回避した。それでも見ただけで対象物を爆発させるという能力は強力で、可愛い顔の肉がえぐれていた。
「あなたも才能豊かな方ですね。よく初見で頭を爆発させなかったものです。私は才能がないので羨ましいです」
私はそれを見ながら早く祐太様を助けたくて、桜魔を見つめてどんどんと頭を爆発させようと視線で追いかけていく。
「痛い。痛い。何なのこいつ。どうしてこんな能力あるのに使わなかったの」
桜魔はミカエラの有名な能力など知りもしないだろう。それでもルビー級だから、きっと直感的に力の集中を感じてそこから逃げる。魔法が得意なせいもあったのだろう。何百何千と頭を爆発させる力が空で爆ぜた。
桜魔は全部は躱しきれず、体がどんどん欠けていく。
「あらあら、あなた動き回って虫みたいよ。私飛び回る虫は嫌いなの」
行けない。あまりこの力を使うとミカエラの魂が表に出てこようとしてくる。あの人は迦具夜ほど私に遠慮してくれない。あまりに時間をかければ私の体が乗っ取られる。
死者が死者のままこの世に現れれば、この世の理を外れて、きっと私の体は私の制御を離れてしまう。きっとミカエラはマークさんの鬼のようなことはできない。あれはあの鬼が特別長生きで、異常なほど魂が強いからできる芸当。
隣であの鬼がいるのはなんとなく気づいていた。きっと長くはできない。ミカエラがあの鬼より上手くできるならいいけど、きっとできないから。
「ふふ、お上手に逃げるのね。面白い子。でもね。なんだかちょっと鬱陶しいわよ」
私の声が急に邪気を帯びる。闇が体を蝕んでいく。やはりあの人は私の体に毒だ。そして私の才能はあの人にかけらも追いついていない。私の強さは全てあの人のおこぼれでしかない。
「お願い。出てきてはダメ。もう少しだけ我慢して。祐太様のためなのです。あの方が苦しんでいるのがわかる。どうかもう少しだけ我慢してください」
「ふふ、しっかりしなさい。彼は元気なままよ。どうも“あなた自身があなた”の邪魔をしてるみたい。感じなさい。一々教えるのも面倒なのよ」
私自身が私を邪魔する……。
その言葉を聞いて一つだけ思い当たることがあった。
セラス……。
博士の連絡にあった通りというわけか。祐太様。この罪深き私をどうか叱ってください。ミカエラが少しだけおとなしくなってくれた。その間に私の瞳の色が緑色に変化する。空を逃げ回る彼女を見つめた。
「がっ!?」
空で彼女が動かなくなった。
【束縛眼】
対象を見つめるだけで動かなくなる魔法。私はあなたよりかなりレベルが低いからそんなに長くは止めてられない。それにあまり長く苦しめたくないの。
「できればこんなことしたくなかった。でもあなたが私より強いからいけないのですよ」
先ほど言われた言葉をそのまま返した。
そして、
次で確実に決める。
【闇の帳が降りる時 終焉の影が迫り来る
恐怖に満ちた静寂が支配し
光は永遠に失われ
お前に朝日が昇ることは決してない
この夜は 終わりの終わり
始まることのない夜
収束する運命の中 無限の奈落へと誘い
絶望の闇が全てを覆い 全ては終わる】
私が今使える最強の魔法。全ての闇に協力を得て、周囲が夜の闇に閉ざされていく。あの人も協力してくれるのを感じる。やっぱりあの人は祐太様のためなら動いてくれる。ああ、それなのにどうして私は、あの方を害する。
「なんだ? お前は何をする気だ?」
桜魔も闇の属性だからわかるんだろう。動かない体の中で顔が恐怖に引きつる。闇がどんどんどんどん深くなっていく。まだまだ真昼なのに光がどんどん消えていく。どこを見ても光のない世界。完全なる闇に閉ざされた空間。
あの人の言葉だと闇の精霊は歓喜して聞いてくれる。だから闇が光を呑み込んでいく。
「こんな深い闇……。どうしてお前が使える? お前は最初光を使っていたんじゃないのか? お前が闇属性なのは見れば分かった。だが光を使えば闇からは嫌われるもの。何も見えない。こんなことあるわけない。やめろ。こんな闇。人が使うものじゃない!」
ああ、いけない。きっとミカエラならもっとちゃんと相手を動けなくするのに、相手が喋れるなんて私はまだまだだ。でもあと少しだけ、ごめんなさいね。ミカエラ。あなたを怖がりながら私はいつもあなたに助けられる。
「や、やめろ! こんなものに呑まれたら私はもう!」
「ごめんなさい」
私はいつも謝ってばかりだわ。
【夜闇】
深い闇が広がっていた。それはサクラマギアの全てを包み込むほど深い闇だった。しかし言葉を口にした瞬間。闇が収束していく。夜の夜。闇の闇。それは永遠に光りも当たることのない完全に夜の中に閉ざされる。
「ごめんなさい。あなたはもう二度と愛しい人に会えない」
そして光を見ることもない。私は本当に悲しくて慈悲の心で瞳から涙がこぼれた。
「闇の中で死ぬまで生きてね」
さらに闇が収束していく。それがどこまでも1箇所に集まって行き、そしてどんな光も脱出できないほどの深い闇となり、どんどんと小さくなって私の瞳からもこの世からもどこからも見えなくなった。
闇が消える。大地に再び光が降り注ぎ、明るい世界は静寂に包まれていた。
「これで祐太様のところに行ける」
そう口にした瞬間私は桜魔の名前が何だったか思い出せなくなった。そしてそんなものがいたことも忘れた。それよりも早く祐太様のところに行かないと。あの方が一瞬でも悲しい思いをするのならそれは私も共に分かち合うものだ。
「祐太様」
早くあなたに私は逢いたい。





