第三百九十六話 戦況
「誰!?」
そこにはマークさんとは全く違う人がいた。頭にしっかりした2本の角が生えている。それでいて子供に見えた。それでもかなりワイルドな感じのイケメンだ。榊が見たら喜びそうだ。というかマークさんの要素がどこにもない。
何しろ黒服も着てないし、どう見ても日本人だし着流しを雑に着て、金棒が肩に担がれていた。
「マークが死んだから交代した。お前に分かりやすく言えば大鬼だな」
「お、大鬼!? 本当かよ!?」
「本当だ。それより交代する代わりとして、マークにとって不利益なことはできない契約になっていてな。外に勝手に出るわけにもいかんから、【天壌無窮の神域】とやらに行こうとした」
「セラスといきなり戦う気!?」
「そのつもりだったが、残念だがどこにあるのか分からん。仕方がないから次に強いと噂のこいつのところに来た。小僧、もういいぞ。【管理球】を見つけに行くのだろう。でかい鬼が情けない姿で寝てる。場所はここだ。さっさと行け」
「いや、マークさんは大丈夫なのかよ!?」
ルビー級も超えてくると死んだら必ず死ぬというわけでもなくなってくる。大鬼ほど大きくなくて、どう見ても子供の鬼なのだが、その魂を見ると俺が感じた通りマークさんの魂はあるように見えた。
「お互い死んだら交代という契約でな。ワシは表に出れる代償として、マークと自分の体を分けて、お互いの命の保管をしあう術を与えた。あの男は、どちらかが死んでも必ず生き残れる方法として、一番確実なものを選んだ。まあどっちも死んだら死ぬがな」
「じゃあお前が死ぬまでマークさんは生き返らないのか?」
「いや、さすがにこの体のメインはあいつのものだ。あいつが自分の体を生き返らせるところまで回復させたら元に戻ってしまうな」
「つまり、マークさんは生きてるんだな?」
「そういうことになる」
ルビー級にもなるとみんなそれぞれの方法で即死を免れる方法を持っているようだ。これもその1つの形なのだろう。安心できたが同時に心配事もできた。カオスオーガは超越者の中で一番弱かったはず。
その相手にマークさんが殺された。だとすると、他の人は大丈夫かという思えた。実際、自分もホロスと戦ってみて、勝てる気がしなかった。想像していた以上に相手は強い。一応みんなには、
『勝てそうになかったら遅滞戦闘に勤め、自分のレベルが戻るのを待ってくれればいい』
とは伝えているが……。
「さっさと行け。邪魔だ」
「いや、コイツ本当に強いんだ。2人がかりで行くしかない」
「阿呆」
しかし俺は鬼に復活したばかりの体を蹴り飛ばされて膝をついた。
「どうして……」
自分が膝をついたことに驚いた。体は弱ってるわけじゃない。完全に体が復活している。それなのに簡単に蹴られただけで膝をついてしまった。
「今のは簡単な崩しだ。お前はそれで簡単に転ぶ。だかだか十何年生きただけのガキが、千年ずっと戦い、戦い、戦い続けたワシの心配をする気か?」
「……」
こいつ何と言うか。同じレベルのはずなのに全然そこから感じる気配が違う。ホロスを見る。明らかに鬼を警戒して、俺にとどめを刺しに来なかったようだ。ホロスだともっと実力が接近していて、鬼の強さが分かってるみたいだ。
「大丈夫なのか?」
「マークが言ってるぞ『この鬼、洒落にならないぐらい強いから心配するな』とな」
ホロスがやはりこちらを見ていない。でも鬼が強いなら、それこそ協力すればとも思ったが、ホロスの強さを思い出す。簡単には2対1でも終わらない。何よりも自分のレベルアップを優先させなければいけなかった。
自分がレベルアップすれば他の戦況もその分だけ良くなる。それにカオスオーガもだが、ドルティラノも倒している。ラフォーネの持っていた情報では、ドルティラノも【管理球】を支配していたはずなのだ。
2つを合わせれば俺は相当なレベルアップが期待できる。もとよりそれを何よりも優先させると決めていたはず。
《クミカ。俺は【管理球】を回る。そっちは大丈夫か?》
《ご心配には及びません。この女は必ず私が殺してみせましょう》
《頼む。でも死ぬような無茶をするんじゃないぞ》
《畏まりました。必ず生きて祐太様の元に戻ります》
死ぬような無茶を求めておいて、無茶をするなは矛盾してる。でも、伊万里も助けて他のみんなも助けられる。全員無事でこの戦いが終わる。そうなってくれることだけを信じていた。
「おい、鬼、本当に任せるからな。そんな余裕ないかもしれないけど、クミカも助けられたら助けてあげてくれ。あと、なんとなく魂で見えるけどこの戦いで死んだらマークさんの命の再生は間に合わないからな。いつもみたいに“自分から”死ぬなよ」
死ぬというのは肉体が傷つくだけでなく、魂と肉体が離れてしまう現象なのだと今はわかる。マークさんは死んで仮初めでも魂が肉体から離れた。そこから、自分の体に魂をくっつけるなら、よほど魂への理解がないと難しい。
クミカの【蘇生】を使えばすぐに終わるが、今の状況下でまだ生きてる可能性の高いマークさんに使う余裕がない。少なくとも今日は無理だ。
「そんなことガキに教えられるまでもない」
「……」
魂についての理解もあるか……。この鬼、どんな人生を歩んできたんだ? 興味が湧くけど、俺は首を振った。自分のやるべきことをやる。そう決めた。まず、ここに恐炎竜ドルティラノの【管理球】もあるはず。
それをさっさと見つける。今回の俺の無茶で、各戦場はかなり危険な状態になる。俺も死にかけた。みんなは俺以上に強くなってるかもしれないけど、俺のレベルアップが遅れたら本当に誰が死んでもおかしくない。
「急がないと」
俺はドルティラノが死んだ場所にまず急いだ。ホロスとあの子供みたいな鬼が動いた様子はない。お互い睨み合ってる。どちらも凄まじい戦いの経験を積んできたもの同士。おそらく子供鬼の方が戦う技術は上。
それぐらいのすごみを感じた。でもそもそもの基礎力がホロスは上。お互い簡単には動かない気がした。その均衡を鬼の方に向けるにはやはり俺がレベルアップするしかない。すぐに消し飛んだ城の地下へと入っていく。
恐炎竜ドルティラノの【管理球】を見つけなきゃいけないわけだが、【管理球】がどこにあるかだ。
「レダ! レダ!! レダ!!!」
「目の前にいる相手に大声を出すな。そんなに慌てなくても分かっている」
分割思考によっていつも俺の中でお茶会をしているピンク髪の女性は、こちらの焦る気持ちなど全く気にせずいつも通り答えた。それにしてもこいつ、いっつも紅茶飲んでるな。おしっこに行きたくならないんだろうか。
「じゃあお前の言っていた宿賃を払ってくれ」
「良かろう。私の知識の中で、必要なものがあるなら聞くがいい」
内容なんて分かってるくせにもったいぶる。
「レダ。時間がないんだ。俺の言いたいことがわかってるなら結論を先に言ってくれ」
【管理球】の正確な位置情報は、玲香もラフォーネも持ってなかった。支配者にとって【管理球】を勝手にいじられるのは一番嫌なこと。その場所はほとんどの人間にとって秘密だ。
「その要望には答えられん。場所を直接教えるなら対価がいるぞ」
「じゃあ探し方だけでいい」
「よかろう。探し方を教えるだけならば私の能力を使わなくても簡単だ」
「早く!」
「久しぶりに本体から話しかけたと思えば、会話を楽しまんやつだ。まあいい、本来なら【管理球】を見つけるのは結構手間だがな。支配していたものが死んでる場合、簡単な方法があるぞ。まず、ドルティラノの魂を見つけよ」
俺はほとんどが消滅したホロスの城を視界に入れながら地下に降りて、ドルティラノが死んだ場所まで到着する。ドルティラノの断末魔が破壊した空間。魂を見つけろと言われて、探すまでもなかった。
大抵の場合、魂は死んだ場所に留まる。まだそこまで時間は経過していない。かつてバルガレオルを倒した時と同じく、その魂は地下の空中に赤く揺らめいていた。
「レダ。魂を見つけたぞ」
とにかく急げと虚空に浮かんでいたドルティラノの魂のすぐそばに来た。ピンク髪の女性は、気のせいかニコニコしていていつもより機嫌が良さそうに見えた。このピンク髪の女が機嫌がいいのは気味が悪い。
「少しは考えるべきだぞ六条。魂をよく見つめろ。本来なら隠れて見えにくいのだがな。支配者が死んだのなら【管理球】との繋がりがはっきりと現れているはずだ。目を凝らして見よ」
「繋がり……」
レダに言われるままドルティラノの魂をよく見つめる。赤色で力強い魂だ。それが繋がっている場所。かなり目を凝らした。なかなか見えてこない。
「本当にあるんだな?」
「落ち着くことだ。無限とも思えるような年月を魂として過ごしたお前なら見えないなどということはないはずだ」
「落ち着けって」
みんなが大変な時に自分だけ全く命を張らなくていい場所にいる。それだけでも焦る。でも落ち着かなきゃいけないの本当のことだ。人が焦ってできることは少ない。
「すう。はあー」
深呼吸して息を吸い込むとゆっくりと吐き出した。魂を感じるために心を落ち着けていく。赤い大きな魂。あまりに強い輝きに見えなくなりそうだが、確かにうっすらと光の糸が伸びていくのが見えた。
「レダ、これなのか?」
「そうだ。急ぐならさっさと追いかけて行け」
「わかった」
このホメイラ州の【管理球】はホロスのもので、ドルティラノが支配しているのはここから南に位置する亜熱帯地方だと言われていた。ドルティラノ自体もそちらの方にいることの方が多いらしい。【管理球】があるならそこだろう。
そして地中に潜っていくように光の糸は伸びる。この先にあるわけか。
「空からでは無理」
上空移動では光の糸が見えなくなる。今の視力でも見えるか見えないか微妙なぐらいの細い光の糸。それを少しでも見えるようにするために姿を鳳凰へと変化させた。紅麗様の件でよくわかったことだ。
単純に能力を発揮するなら、本来の姿に戻る方が出力も精度も上だ。そして【異界反応】を唱える。ドルティラノの魂から伸びる光の糸の方へ。岩壁の中にそのまま幽霊のようにすり抜けて、奇妙な感覚がしながら地中を飛んだ。
本来は光りなどない場所だ。それが確かに地中の中へと光が続いている。【異界反応】のおかげで、何かにぶつかるという心配はなかった。【認識物可視化】で、見えている障害物をスキルの能力によって、見えなくしてしまう。
土を石を虫を微生物を全て見えないものとする。そうすると白い空間の中に1本の光の糸だけが見える。俺はさらに翼を羽ばたかせて、光の線を地中の奥深くにまっすぐにたどっていく。
不意に下から気配を感じた。
「これが管理されたエネルギーの集まりか……」
【管理球】にはまだたどり着いていなかったが、下に広がる光景に見とれる。聖勇国のあらゆる場所に走るエネルギーの道が、まるで樹木の根のように地中へと広がり、更にもっと深くで大河のように流れる。
それなのにどこか機械的な流れに見える。この流れが波立つとこの世界では地震が起きるようだ。それがなんとなく見えた。
《そちらがメインではないぞ》
《そ、そうだったな。でもこんな風になってるんだな。なんかすごいな。まあ俺の見える範囲じゃ浅い部分しか見えないけど、すごく綺麗な光景だ》
《……私にはあまり理解できない感情だな。こんなものは日常に溢れて常にあるものだ。お前とて見たければいつでも見に来れる。特に珍しいものとも思えんな》
《まあそうだけどさ》
人は非日常の自然の光景を目にすると感動するけれど、それは常にそこにあり、自然はただ存在しているだけだ。特に美しく見せようとしているわけでもない。それは理解できる。でもやはりこの光景はとても良いと思えた。
それを感じないピンク髪の女性。いつも楽しそうに俺の前で紅茶を飲んでるが、実際のところ心の中では毎日何を考えているのだろう。
《見えてきたぞ。あれが目指しているものだろうよ》
そんなことに意識が向いてしまいながらも、レダの言葉に目指すべき球体の存在を知る。
《珍しい。教えてくれるんだな》
《それに見合う利益があればいつでも教えるさ》
《利益ね……》
レダが言うと、悪いことでも考えているようにしか聞こえない。レダの言う方向を見る。細い光の糸が続いた先。死んでもまだドルティラノの管理下にある亜熱帯地方の【管理球】が見えてくる。
それは結構大きかった。少なくともエルダーリアの10メートルほどあった【管理球】より巨大だ。レッドの【管理球】よりは小さいから、直径15mほどか。昔化学館で見た巨大な地球儀を思い出す。
【時間停止】のおかげで、かなり簡単に勝たせてもらったが、本来はバルガレオルよりも格上のモンスターだっただけはある。
《と、見つかったなら早くしなきゃな》
人の姿に戻って【管理球】に触れるとその中へと包まれる。頭の中に亜熱帯地方の姿が浮かび上がり、人以外のモンスターがたくさんいるのが見える。その中でも人に近いのはリザードマンだ。
亜熱帯地方にかなりの規模で棲み着いているようだ。そいつらはドルティラノの彫像を崇拝しているようだ。俺が勝てばドルティラノは生き返らない。それはこいつらにはかなり嫌なことだろう。できれば争わずに終わらせたい。
「悩むのは後だな」
つぶやいて管理者を変更すると、いつものように桜千に連絡した。同じことをカオスオーガの支配していた【管理球】でも行う。そして全員にクミカから借りている光の精霊を使い連絡を入れた。
「——これで今やるべきことは終わった」
ルビーガチャを回しに行くとすれば、もう1声レベル800を超えてからにしたい。今だといくら俺のガチャ運が高くてもあまり結果は期待できない。一番期待しているのはレベル800を超えた瞬間にガチャ運が上がる可能性だ。
フォーリンはレベル1000でガチャ運10だったという話だ。南雲さんの話では俺はフォーリンよりもガチャ運がいいらしいから、レベル800でガチャ運が上がる可能性はかなり高く思える。そうなればガチャ運10でガチャを回せる。
飛躍的にルビーカプセルが出る確率も上がり、専用装備もルビー級アイテムも一気に揃う確率が増える。そうなってくれば勝てる戦場が増えるはずだ。だから今のこの時間俺の手は完全に開いた。
「時間ができた以上、どこを助けに行くかだな」
持っていた全てのポーションを体内に注ぎ込んでいたわけではないから、補充もまた再びできている。レベルも上がったから以前よりも戦える。それに1つ、ホロスと戦っていた時にはなかった能力が増えた。
サファイア級【天炎】
「かなり強力だ。これならホロスを……」
そう考えたが千年もの間、常に戦い続けてきたという鬼は戦闘面において一番信用できる。俺が行かなければいけない戦場は、仲間が追い詰められている戦場だ。眼下に見下ろす巨鬼獣カオスオーガの死体。
銃痕がいくつもあることから、マークさんも相当カオスオーガを追い詰めたようだが、やはり鬼の一撃が凄まじい。
「【絶火】とは違う。純粋な破壊の力だよな……」
体のあちこちに穴が開いているカオスオーガ。そして胸には巨大な大穴が開いていた。銃痕には再生しようとしている痕跡が見られるが、胸に開いた大穴にはそれがない。
「これぐらいのサイズだと【超速再生】を持ってるもんだが……。どうやってるんだ?」
不思議に思いながら傷跡を確かめに行きたくなるが、それどころじゃない。
「鬼はどう考えても助ける必要がない。心配なのはギガの相手をしている美鈴たちだけど……」
光の精霊を通じて、各地の戦況が見えた。美鈴たちはギガの空からの広範囲攻撃に手を焼いているようだ。そのせいで今は完全に逃げに回ってる。光の精霊たちの話では美鈴達は、かなり長くこの状態で膠着しているようだ。
そしてそれよりも辛そうな状況に陥ってる戦場があった。一人でいいと言っていた場所である。【意思疎通】が届くだろうか。
《摩莉佳さん、聞こえますか?》
繋がった感じがした。
《……》
繋がったということは生きてはいるということだが、返事はなかった。
「まずいな」
光の精霊に映像も見せられないかとお願いしてみるが、蠱惑蝶ベラミスがいるという花園に入った光の精霊が、戻ってこないそうだ。
「摩莉佳さん。かなり苦戦してるのか……。美鈴たちは逃げることはできてるけど、ベラミスは敵を見つけるのも得意って話だったな。後の戦場は今回のレベルアップで、好転してるな。雷神様のところは千代さんも合流して、このまま押し切るか。米崎の方も決着はついてないけど危なげなくか……。海の中のジャック達はかなり派手にやってるな」
海王獣アトラディオと戦闘中なのだろう。あれ狂う風が吹き、空が荒れ、海に至ってはあちこち大渦や波が発生して、その姿を光の精霊がなんとか伝えてくれる。それでも、全く情報のない摩莉佳さんよりはマシに思える。
全ての戦況を光の精霊に見せてもらい、それも踏まえて、一番気になる場所を決めた。
「うん。摩莉佳さんのところにしよう」
おそらく鬼が俺のところに来なければ、マークさんは摩莉佳さんを助けに行ったはずだ。その意味でも俺は摩莉佳さんと2人で協力して、ベラミスを早く倒してしまった方がいい。催眠が得意だという蠱惑蝶ベラミス。
摩莉佳さんが、操られてしまったら敵がもう一人増えることになりかねない。かなり催眠耐性に自信があるようだったからそれはないと思うが、俺はともかく急いだ。





