第三十九話 Sideエヴィー②&証拠隠滅
私、エヴィー・ノヴァ・ティンバーレイクは浮かれていた。本当に久しぶりに楽しい1日だった。でもまだ今日は終わらないのだ。それが何よりも浮かれる原因だった。
「この指輪。どんな姿になれるのもいいけど、あんまり格好良くするとジロジロ見られて疲れるな」
「無理しなくてよかったのに」
私がチョイスしたのは燃えるような恋人同士の映画だった。激しく濃厚な絡みもあるやつだ。朝一番からそんなのを見て、どうせ姿を変えているからと甲府のダンジョンショップまで足を伸ばして、ユウタと装備選びもした。
その後、大きなビルの屋上でおしゃれなフレンチを食べた。私は浮かれていた。ミスズに遠慮して、あまり楽しめないかとも思っていたから、そんなことがなくてよかった。
部屋に帰るとユウタも私も指輪で姿を変えていたのを元に戻した。
私はモデルの知り合いの姿を借りていた。ユウタもそれに合わせて雑誌で見た男性モデルの姿になった。でも、背が高くてかっこいい男の姿は目立って疲れたようだ。
「普段のエヴィーならまだちょっと幼さもあるからいいけど、あんなゴージャス美人になられたらもうね。日本の中学生してたら、恥ずかしくて一緒にいられないよ」
「ふふ、馬鹿ね。充分格好良いのに」
部屋のソファーに腰を下ろしたユウタの膝にまたがって座った。向かい合っている。ここまでは許してくれると分かっていた。ここからがこの男はなかなか手強い。だってこの私よりミスズの方が好きなのだ。
「俺は全然格好よくないよ。無様だけど何者かになりたくて一生懸命生きてるだけだ」
それを悔しいと思っている。日本人の男の子なんかと私がダンジョンに入れば、それだけで相手は喜ぶと思ってた。少し体を触らせてあげたら、骨抜きになると思っていた。でも全然そうじゃなかった。
「それがいいんじゃない。あなたは私と同じ目線にいる。15歳でダンジョンに命を懸ける覚悟がある。レベル1000になるためなら死んでもいいと思ってる。私はそういうあなたが好きなの」
「本性を知れば嫌いになるよ」
「すぐに自分を卑下するところはちょっとマイナスね」
「仕方ないよ。本当に大したことがない人間なんだから」
「いいえ、あなたは特別。私がこの男だって思ったんだから」
このエヴィー・ノヴァ・ティンバーレイクを食べていいと言っているのに、食べようとしない男。早く全部食べてくれればいいのに……。ユウタに私が全部、食べられるときはどんな気分なのかと考えるだけでゾクゾクする。
できれば今日食べられようと思っているのだけど、慌てるのは良くないと立ち上がる。飲み物を用意した。グラスにワインを注いでいると、
「お酒はいい。酔ってしまうから」
調べてわかったことだが、探索者でもお酒に酔う。毒物に対してはレベルが上がるとどんどんと効きにくくなるそうだが、アルコールは毒物でないと判断されるのか、耐性は大して上がらないそうだ。
「何もしないわよ」
何かするつもりだったけどそう言った。
「そういうことじゃなくて、酔っちゃうと何してるのかわからなくなる。この間、朝までエヴィーに抱きつかれていたみたいだけど、朝起きるまで知らなかった。そういうのが嫌なんだ」
「なるほどね」
ユウタの意見を聞いて自分も酔った勢いでされるのは嫌な気がした。私はアルコールのないフレッシュジュースを用意して、デビットたちが買ってきてくれていたビーフジャーキーやチーズやチキンナゲットをテーブルの上に乗せた。
そして今度は膝の上ではなくて横に座った。そしてユウタにしなだれかかった。胸を触るぐらいしてくるかと思ったけど、それもない。本当に奥手ね。仕方がないから柔らかさがわかるぐらい引っ付いてあげた。
「明日からまたダンジョンね」
チキンナゲットを口に放り込む。
レベルが上がってよかったことは、どんなにジャンクなものを食べても飲んでも、気にしなくて良くなったことだ。以前はこんなジャンクなもの絶対食べられなかった。私はチーズを1かけら自分の口にくわえると、そのまま顔を近づけて、ユウタの口にも入れてあげた。
「じ、自分で食べるから、そういうことはしないでいいよ」
「チキンの方が良かった?」
「エヴィー……。そんな調子だと2階層で足をすくわれるよ」
「興ざめなこと言わないでよ。ダンジョンに入ったらちゃんとするから」
「いや、そういうのが良くないんだ。油断すると死ぬ場所だって知ってるだろう?」
私の顔を真剣に見てくる。ユウタの顔を見てると体の芯がキュンッとした。
「怒らないでよ。だって楽しかったんだもの」
「……ごめん。でも、そういう馬鹿を昨日見た」
「バカ? 私が?」
そんなことを人に言われたのは初めてだ。なぜかゾクゾクしてしまった。もっと叱ってくれてもいいと思った。怒ったユウタにお尻を叩かれたら果ててしまう自信があった。
「い、いや、同級生。俺がダンジョンに入ってレベルアップしたからって、自分も出来ると勘違いして一人で入っていったんだ」
「帰ってきたの?」
「いや、帰ってきてないし、むかついたから放置した。でも中レベル探索者が狙ってたから、その人たちが助けていると思う」
「ふふ、いい気味ね。命が助かったんならよかったじゃない?」
「中レベル探索者はそいつのこと多分ダンジョンペットにしたけどね」
「あ、ああ、それはお気の毒に……」
私もその単語は知っていた。ダンジョンペットになる対価としてちゃんとレベル上げを手伝ってくれる探索者もいるらしいが、大抵は無茶苦茶な扱いを受けて、入りたがらなくなる。だから、二度とダンジョンから出さないということも珍しくないらしい。
「エヴィー。俺はものすごくざまあみろって思ってる。あんな馬鹿は苦しめばいいと思ってる。殺さなかっただけ優しいとすら思ってる。ね。エヴィーはこんな俺のこと嫌いになるだろ?」
「その子、本当はどうしてダンジョンに入ったの?」
「俺を嵌めるためか何かだろう。そういうやつだ。拳銃か何かを持って先にダンジョンに入って待ち伏せをする。俺だってダンジョンで装備無しで拳銃に狙われたら、終わりだ。だから対応策色々考えたけど最終的に面倒くさくなって放置した」
さっきの言った理由は嘘だったのか。本当のことを言ってくれてうれしかった。
「どうしてそこまでわかるの?」
「自分ならどうするかなって考えたら、きっとそうするなって思ったから」
「ふふ、ユウタ。悪い子ね」
そんな男、今頃死ぬほどひどい目にあっていればいい。いくら日本のダンジョンのゴブリンが拳銃を持ってなくても、刀はかなりのゴブリンが持ってる。仮に棍棒でも一発殴られたら骨が折れる。
拳銃ではなかなかレベルが上がらないし、ユウタが出来たから自分も出来る程度の覚悟で入っているなら、1時間も持たない。ジリジリ削られて今頃食い殺されて骨が残っていれば良い方である。それを助けられてダンジョンペットコースか……。
ああ、私の大切な人に、そんなばかな手を出そうとしていたやつが酷い目に遭っている。考えただけで、もっと気分が良くなった。
「バカは誰かの足を引っ張る前にさっさと死ぬべきよ。よかったんじゃない?」
「そうだね」
そうするとどうしてかユウタからこちらに抱きついてきた。心臓がドキドキしだした。体の奥底が疼いてくる。この感覚が私はとても好きだった。これが恋というものなのか。
なかなか落ちない男にやきもきしていたの。
ついに襲ってくれるの?
「どうしたの?」
慌てない。
落ち着け。
もうちょっとで手が届くんだから。
「俺を虐めてた奴だった」
「そう」
「俺はそいつに毎日毎日バカにされてた。好きな子がいるクラスの中で何度も殴られたことがある。誰も助けてくれたことなんてなかった。美鈴だって多分俺が殴られてることに気づいてもなかった。男同士がじゃれついてるぐらいに思ってたんだと思う」
「まあそう見えることもあるかもね」
アメリカのスクールにもあることだ。男子は暴力的でよく手が出る。その姿が虐めているのかそうじゃないのか、よほど過激じゃない限りは、傍からは分からなかった。特にそういう経験がない人間ほど、そういうものには鈍感だろう。
「でも俺はそれがすごく嫌だった」
「当たり前だわ」
「美鈴がそれに気付かないのは良かったって思ってたんだ。あいつは多分美鈴が好きだったから、美鈴には分からないようにしてたし」
「ずるい男。生きて帰ってきたら私がひっぱたいてやるわ」
「俺はもし美鈴に告白しても、成功しないだろうけど、あいつなら成功するのかもって思ってた」
「でもミスズはあなたを選んだ」
「あいつが嫌いで、だから見捨てた。放っておいたら多分死ぬほど酷い目に遭うのは分かってた。助けに行こうかとちょっとは思った。でもやっぱりそうしなかった。俺のことは誰も助けてくれなかったから、それでいいと思った。でも俺は南雲さんに助けられた。あの人は俺のために……こんなやつのために」
ユウタは私に顔を見られないように、私の胸の中に顔を埋めた。泣いているのだと分かった。自分を辱め続けた人間のために泣いている。優しい人だと思った。繊細な人だと思った。慰めてあげたいと思った。
自分を辱め続けた人間を嵌められてうれしい。でも良心はとがめているのね。
「ユウタ。誰だってそうよ。弱い部分がある。嫌いな奴のことなんて助けたくないし、見捨てて当然なの。私だってそうしたわ。だから泣かないで。私まで悲しくなる」
「泣いてない」
「そうなの……」
私はユウタをぎゅっと抱きしめてあげた。少しユウタに近づけた気がして嬉しかった。そのままでも良かったが、私は履いていたスカートを下ろした。もう我慢できなかった。
「え、エヴィー?」
「ミスズが好きなんでしょう。知ってるわ。でもこういう時は女の体に癒されるのが一番いいのよ。あなたがしたいようにしていいから。最後までしたくないなら、それでもいいから」
「い、いや、ちょっと、なんで服を脱ぐんだ!」
私はユウタの前で生まれたままの姿になっていく。これが恋なのだと思った。
Side祐太・証拠隠滅
『ダンジョン高校があるのにどうして池本君は一人で、ダンジョンなどに入ってしまったのでしょうね。15歳になった少年少女がダンジョンの中に入ってそのまま帰ってこない。未だにこういう事例は後を絶ちませんね。中学生の心理学に詳しい精神科医の中垣先生。どう思われますか?』
『こういうことはゼロにはなりません。思春期の頃はどうしても――』
ピッ
見ていたテレビの画面が消えた。
「気にしちゃダメだって言ってるでしょ。バカが一人、世の中の舞台からいなくなってよかった。それでいいじゃない」
ベッドで上半身を起こした俺にエヴィーが、くっついてきた。昨日の精神状態で色々そのまま突き進んでしまわなかった自分の自制心に感心した。これでまだキスしかしてないと言うのだから、自分を褒めてあげたい。
でも美鈴にバレたらまずいことだけは間違いなかった。
時計を見ると午前4時を過ぎたところだった。
スマホの目覚ましを4時にセットしていて、先ほどピピピと音が鳴った。
とりあえずテレビをつけたら早速池本のニュースが朝一の速報で流れていた。知らせたのは榊さんみたいだった。でも、警察はダンジョンに関しては一切動いてくれない。それでもマスコミは動く。
警察からダンジョンで15歳の行方不明者が出たと聞くと、速攻でその自宅に乗り込んでいく。
『子供がほぼ確実に死んじゃったけど、今の気持ちはどんな気持ち?』
と無遠慮に聞きに行くのだ。
「お母さんが泣いてインタビューに答えてた」
「それは可哀想だけど、どのみち自分の意思で入ったんだから仕方ないわよ」
「そうだね」
これを朝チュンというのだろうか。ものすごく美鈴に申し訳ない。池本のことを考えようとするが、どうしても目の前のエヴィーの体が気になった。 何とか服を着るように説得できたがスケスケだ。なんでこんな服持ってるんだよ。
「まだ元気が出ないのね。ちょっと待っててね」
エヴィーが再び布団の中に潜り込んでいく。
「こ、こら、何するんだよ」
「しばらくずっとダンジョンなのよ。美鈴がいたら堂々とはできないんだから、今のうちにちゃんとすっきりしといた方がいいわよ」
「ええ?」
「愛してるわ」
「バカやめろ落ち着け!」
男なのに、なんとか貞操を守って身だしなみを整える。エヴィーはどうして嫌がるのと不満そうな顔をしている。体からエヴィーの匂いがどうしても取れなかったが、もう仕方がないと諦めた。
「よう大将。昨日はうちのお姫様に引っ張りまわされて大変だったな」
エヴィーと二人で装備の確認を終えるとデビットさんたちの運転するリムジンに乗り込んだ。いよいよこれから再びダンジョンなのだ。
「違うぜデビット。極上の女を抱くことができたんだ。こういうのは羨ましいって言うんだ」
「確かにな。じゃあそんなラッキーボーイに一つ教えておいてやるよ。シャンプーがエヴィーと一緒だと、ミスズが浮気に気づくぞ」
デビットさんの忠告が心に響く。自分も気になっていたが、やはりだめか。とはいえ今更どうしようもないじゃないか。そうするとマークさんが何か助手席から投げ渡してくれた。
「これ使っとけよ。男の匂いが溢れ出す極上の香水だ」
「あ、ありがとうございます。あの、留守中のことなんですが」
「わかってる。伊万里も気にかけとけばいいんだろう」
「安心してくれていいぜ。俺たちはユウタと違って今の女に一途だからな」
留守中はさすがに一人だと寂しいだろうし、心配もかける。デビットさん達は、今回だけ、3日に一回ぐらいダンジョンの中にまで入ってきて物資の補給をする。エヴィーはそこまで望んでなかったらしいが、自分たちからそう言ってきたらしい。
それなら、その際の俺たちの近況を伊万里に教えてもらえるようにお願いしていた。
「それ、本当につける気?」
俺はマークさんからもらった香水を首にふりかけようとした。
「ダメかな?」
「やめといた方がいいわ。私の匂いがしない代わりに、濃厚なマークの匂いをさせることになるわよ」
マークさんの匂い? 金髪マッチョのマークさんの匂いが俺の体からする? それって?
「ハッ!?」
俺が気づいた瞬間。二人が前の席で爆笑しだした。
「へいへい! 昨日は俺とよろしくやってただろ! 愛してるぜユウタ!」
「やめろマーク! 笑いすぎて事故っちまう!」
「へいへい! ケツに効く薬も渡してやろうか!」
俺は自分が2人に思い切りからかわれているのだと気づいた。
「もう。マーク! 私のユウタをからかわないで!」
「いいんだエヴィー。俺が全部悪いんだ」
俺は死ぬほど暗い声を出した。気分が落ち込む。伊万里と一緒に寝て、美鈴とデートして、エヴィーとお泊りして、俺はいったい何をやってるんだ? 全部とても気持ち良いんだけど、これでいいのか?
南雲さんは『別にいいんじゃね』みたいなことあっさり言ってたけど、探索者の世界だと当たり前なんだろうか。学校の授業でもダメだとは教えてなかった。じゃあいいのか? え? いいのか?
「おいおい、日本人は真面目だな」
「ジョークだぜ。モテてるのに落ち込むやつがあるかよ」
2人の陽気なジョークに本気の反応をしてしまう。そのことで車内は気まずげな雰囲気になった。
「ユウタ、1時間ぐらい早く着きそうだから、先にダンジョンに入ってゴブリンを近接戦闘で殺してきなさいよ。イケモト?のこともすっきりするでしょうし、ゴブリンの血がつけば臭いも気にならなくなるわ」
「あ、ありがとうエヴィー。そうするよ」
優しいエヴィーのことが本気で好きになりそうだ。
そんなことを話しながらもダンジョンのかなり手前で降ろしてもらった。エヴィーが40過ぎの日本人女性の姿になると、エヴィーだけがダンジョンショップに向かう。
俺の方はダンジョンの中へと入った。このまま先に2階層の階段まで走っていく。エヴィーは美鈴と二人で追いかけてくる予定だ。それまで多分1時間くらいあるだろうから、それまでには昨日のよろしくやってしまった臭いを消しておかないといけなかった。
いや、本当によろしくはやってないんだけど。
それにしても3人ともどうしてあんなにwelcomeなんだ?
俺さえ覚悟が決まったら3人とも自由にしていいの?
いや、そういう問題ではなくて……そもそも俺はなぜこんなにモテてるんだ?
それが未だに一番よくわからなかった。





