第三百八話 Side田中 五年 借り物
Side田中
スイスジュネーブにある国際会議場。そこに僕は南雲君のふりをしてやってきていた。身振り手振りを完全に彼として見えるように、【千両役者】という虹アイテムを使用している。
これを使うと完全に相手になりすますことができる。姿どころか戦闘能力や口調までかなりの部分が再現できて、真似の制限は当然のことながらあるのだが、僕はこれで"ここまで来た"。それはあらゆる意味でだ。
『鈴さん。なんか虹色のカプセルが出ましたよ? ガチャってこういうものなんですか?』
『おじさんすごい! これきっと大当たりだよ!』
僕は最初のガチャでこれが出た。ガチャ運1で最初のガチャで虹アイテムを出す。一体、どれほどの確率だ。ダンジョンが現れて11年。それでもガチャ運1で上位にいるのは僕と美鈴君だけだから、それはきっと奇跡だったんだろう。
そもそもガチャ運1はいくら希少でも、仲間として嫌がられる。だから世界中を見渡しても、まともに探索者になったガチャ運1は100人もいないと思う。さらに探索者になってからも問題だ。
ガチャで何の良いアイテムも出ないのに、大事にガチャ運1を仲間として育ててくれるパーティーがどれぐらいいるだろう。僕の場合最初のガチャで出たから良かったけど、そんなの宝くじが当たるよりも低確率だ。
その僕ですら、
『パーティーメンバーに入れてくれ? 嫌だよ。あんたガチャ運1だろ。その子だけならいいぞ』
そんな言葉を何度言われたか分からない。鈴さんだけなら、いくらでもパーティーに入れた。でも逆に鈴さんは僕以外の人間と打ち解けることができない女の子だった。だから僕たちはずっと2人だった。
今は鈴さんの事をどうしても思い出してしまう。それでもスイスの国際会議場にいて、大事な話し合いの最中だった。集中しなきゃいけないと意識を目の前の二人の女性に向ける。英傑の二人。2人とも世界を代表するレベルの女性。
王さんとロロンさん。気が強くて自分に自信がある。英傑はみんなそうだ。だからみんな自信のない僕とは対照的だ。でもそんな2人でも【千両役者】で南雲君に化けた僕を見破れない。
「南雲、今日は提案に乗ってくれてありがとう」
「歓迎するぞ」
「終戦ではなくて停戦か?」
「そうだ。お互い遺恨が多いのでな。とりあえず【停戦】という形になるが、実質的には終戦みたいなものだ。ここから何もなければ休戦と移行して、国際的には終戦となる」
南雲君は留守で、鈴さんの動けない状態で、『停戦についての話し合いがしたい』と呼び出された。僕は【千両役者】で南雲君になり、まだ帰ってこない彼の代わりにこの会議に参加した。参加する英傑はこの3人だ。
他の英傑は用事か、何らかの要因で来ることができない。だからこの3人で停戦をひとまず決めてしまう。理由は"英傑の数が十分に減った"からだ。これ以上は減らしたくないと王さん陣営も考えたのだ。
ただのサラリーマンだった僕が、こんなところにまで国の代表として来ている。本当なら南雲君の姿ではなく、僕の姿でも問題はなかった。それほど、ダンジョンの中で僕は上に来ることができた。
でも、この【千両役者】を知っているのは、僕と鈴さんだけ。
「じゃあこれで戦争は終わり。それでいいんだな?」
南雲君は机に足を乗せて、上から目線の喋り方をする。普通の僕じゃ絶対無理な行動だ。でも【千両役者】の効果で僕の発した言葉が勝手に、南雲君の口調になる。そして僕がしようとした行動は全て南雲君に見える。
「問題ないよ」
王さんが答えた。若干疲れて見える。その疲れの原因は知ってる。
「ずいぶん派手にやらかしてたな」
月の魔女ナディアである。王さんは新たに生まれた夜刀神という悪神に、自分まで悪神に引っ張り込まれそうになっていた。その時の瘴気の影響でかなり弱っているのだ。僕はその様子を感知し見に行っていた。
あれは実際のところかなり危険だった。後もう少しで、王さんは悪神になりかけた。それを防いだのは、これ以上英傑が減るのはまずいと判断した千代女さんのおかげだ。
「まあちょっと君が目当てのメンヘラ女を追っ払うのに骨が折れたってだけさ。君が目的だって言ってるんだからさ。ああいうのちゃんとしつけておいてよ」
「余裕そうに言ってるが、千代女が助けてなきゃお前マジで悪神になってたんじゃねえか?」
「それは……まあ、ありがとう。君が助けてくれるようにお願いしてくれたの?」
「そんなことどっちでもいいだろう」
「確かに……じゃあ代償は——」
王さんがそのプライドにかけて口にしようとした。でも僕は、
「バカ。いるかよ。あの状況でナディアがお前を仲間に引っ張り込んでたら、俺たちが面倒だ。だから俺らの利益のためだ。お前のためじゃねえ」
僕は「あ、いえいえ、そんなのいりませんよ。悪神が3人になるぐらいなら、助けるべきだって僕たちも判断したんですから」そう口にした。だけど南雲君だとこんな感じになる。
そうすると大抵の女の人はまんざらでもない顔になる。
「いいの?」
「ああ、それよりもこっからどうして行くかだろう。さすがに暴れすぎた。12英傑の中で死んだやつが出たのは悲しいが、まあそれは納得がいく。だが、関係ないやつもずいぶん死んだ。それを俺たちが始めたんだぜ」
「まあそうだね。私が一番戦争責任が大きいって言いたいんだよね?」
いつも自由に南雲君は喋っているだけなのに、なぜかモテるんだ。今回も王さんはずいぶん素直に返事をする。
「別にそんなこと言わねえ。お前たちの立場じゃあそこで引けなかったのも分かってる。それに、本当なら俺が死んで終わりが一番良かったのかって思う時もある。だからお前に責任取れなんて言わねえ。だが、ちょっとラッキーで大きい力を手に入れた。こいつは簡単に人を殺せる力だ。それが散々分かった。だからよ。王、それだけは忘れんなよ」
「わかってるさ。それぐらい」
僕は「お互い反省しましょうね」って口にしただけなのになんか格好良くなる。さらに僕は遠慮しながら見たつもりなのに、鋭く目を向けてしまい、王さんが気まずげに目をそらした。
「ところで今日はどうして南雲は1人なのだ?」
そんなことをロロンさんが聞いてくる。それは南雲君がまだ伊万里さんのことで帰ってきてないからなんだけど言えないよ。一応連絡はしたんだけど、『終わりならそっちで決着をつけてくれ』って、投げっぱなされた。
「お前たちが信用できねえからだ。俺だけなら【転移】ですぐ逃げられるからな」
「ほお」
ロロンさんが見てくる。亜麻色の髪は短く乱雑に切られ、鋭く釣りあがった瞳と、強く引き結んだ唇。お腹が丸出しの短いタンクトップ。マイクロミニの短パン。狼王という存在に【転生】しており、今は人間だ。
彼女の本来の力を僕は見たことがない。実際のところ、英傑たちは自分の力を隠してる。サファイア級のアイテムも、本当に誰も持ってないのか。それも分かってない。実際、鈴さんがガチャから二つサファイア級専用装備を出してる。
でも秘密だ。僕がそうした。言わない方がいいと思ったのだ。それを言えば卯都木さんは死なずにすんでたかもしれない。僕自身だって隠さずに自分の能力を話してたら良かったかもしれない。
それでも僕は鈴さんがみんなの的になることを避けたかった。多分、僕が知っている鈴さんは英傑の中で誰よりも強い。でも鈴さんにそんな状況に耐えられる心の強さがない。みんな腹の中は隠して、それぞれの心で動いてる。
だから僕も……。
「まあそういうわけだ。とっとと話して終わりにしようぜ」
そこからどんどんとたった3人だけで、これだけ世界を騒がせておいて、停戦が決められていく。カイン君の要望はすでに聞いていたからそれを話して、日本側の要望も伝える。そうして話は続いた。
「——疲れた」
やっと日本に帰ってこれた。10億単位の人を殺しておいて、自分たちだけで話し合って戦争は"終わり"。本当に世界の人たちからしたら「ふざけるな!」って話だろう。でも英傑に逆らう力がないからみんな我慢する。
僕たちの方が強いからむしろ褒め称える。サラリーマンの僕がペコペコしてたのと一緒だ。この戦争で改めて力は大事だと思わされた。頭を上げて歩けたければ強くなるしかない。できないなら黙ってろ。
「ほんと勝手だな」
「もう帰って来られたのですか?」
まず先に山田総理の部屋に行くと驚いていた。戦争終結の話し合いに出かけたと思ったら帰ってきた。それは驚くだろう。でも僕にしたら結構かかった。細かい取り決めもして【意思疎通】の中では1週間ほど。
実際には1時間もかからず、僕は【千年郷】に帰ってきた。向こうはもう少し時間をかけようとしたが、南雲君の「忙しい」の一言で却下した。
そして山田総理との話が終わるのに、半日ほどかかって、終わるとすぐに米崎君に一応経過を伝え、まあこれは【意思疎通】でデータを圧縮して送るだけだから1分もかからなかった。
その後ルビー級の取り纏め役。烏丸君と1時間ほど話し、次は鈴さんの姿になって【千年郷】の空を飛んだ。鈴さんが"休んでる間"も健在だと示すように。
「どうするべきなんだろう」
誰にも相談することもできず、深い悩みをこの1年抱え続けている。自分でもどうかと思う天使の姿。【千両役者】を使っているから本物にしか見えないが、おっさんのする姿じゃないのは間違いない。
こんな僕でもこの姿で空を飛んでいるとありがたがって拝む人までいる。やめれば問題になるからやめられない。自分があの時、下手に鈴さんに寄り添おうとしたのが間違いだったのか。もっとあの子を突き放すべきだったのか。
「中身がバレたら怒られるな」
鈴さんの姿でやらなければいけないこと、改めて山田総理にもう一度会いに行き、烏丸君にももう一度会う。それが全て終わると"本物の鈴さん"の元へと急いだ。【千年郷】の中心部、桜の木のあるすぐ近くの僕の領地。
六条君の領地はすぐ隣にある。六条君の旧領地は他の誰かが入ってるわけでもない。一応僕たち英傑が3等分したことになってる。でもただでさえ持て余すような広い土地を無理に活用しなければいけないなんてこともなかった。
企業にも半分以上貸し出しされているが、六条君の没収された土地で、商売をしようなんていう企業はない。どれだけ表向きで処分されても一般人気の高い彼の旧領地を使えば、マイナスイメージがつくだけだ。
だから旧領地は自然保護区のようになっていて、日本の動植物が絶滅しないように移住され、環境を再現して育まれている。その手作りの自然を見下ろすと、若い女の人たちが動植物の管理をボランティアでしている。
ボランティアは悪いから、僕たちが一応報酬を出すと言うのだけど、彼女たちは絶対に受け取らない。なぜなのかは深く追求しないことにしている。
『六条教の火は決して消えません!』
と泣きながら話していた女の人のことも見なかったことにした。僕は天使の姿で武家屋敷を模して建てた僕の家へと降り立つ。僕の屋敷はとある民家の周りを囲うように建てられ、外からは見えないようになっている。
僕の土地は、企業などに貸し出している場所を除いて、他には誰も住んでいない。最近流行りだしているからくり族すらいない。もちろんこんな立場だから、その気になれば女を囲うこともできるし、使用人を置くこともできる。
でも置いてない。お金がないわけじゃない。広大な土地を企業に貸し出してるから、お金は無尽蔵に増えていく。立場が上に置かれた探索者だが、だからと言って税金は一切自分たちの懐に入らない。
欲しければ自分で稼げが探索者のモットーだ。僕はガチャ運がなさすぎてお金では苦労することが多かったけど、【千年郷】に移り住んでからは、入ってくる以上に使うことがなくて残高が怖くなるぐらい増える。
それに、この【千年郷】の"システム使用権"を少しだけもらってる。
【千年郷】のシステム使用権には壱~伍までの権限があり、実を言うと壱は六条君が所有したままである。これは彼が死んだと確認されるか、本人がいない限り動かすことができない。
弐の権限は【千年郷】発見に携わった月城様、弁財天様、千代女様が持っている。参は僕と南雲君と鈴さんが持っていて、それ以下は政府高官や、ルビー級探索者が所持している。
僕は【千年郷】の参の権限があれば生きていくのに支障が出ることはまずない。弐の権限まで【千年郷】を動かせる。参はそれがないけど【千年郷】内の土地を壱と弐が許す限り、自由に動かすことができる。
それに大抵の物質は【千年郷】が作り出してくれるシステムも利用できる。
でもどれだけ物質で満たされても心は満たされない。ある研究では年収3000万円以上になると、幸福度がむしろ下がると言われてるらしい。実際それは本当かもしれない。僕は12英傑を見て誰一人として幸せそうだと思ったことがない。
それは、僕も含めて。
「鈴さん。元気にしてますか?」
叔父夫婦が家を建てたことは今でも覚えている。それほど新しくもない築30年ほどだろうか。そこに小さい女の子がいたのも覚えている。そのなんてことない、こんな場所にあるには似つかわしくないちょっと古い民家に上がっていく。
2階のとある一室で、コンコンと部屋の前で扉を叩く。返事がない。放っておくと本当に何もしなくなるから、扉を開けた。中ではテレビ画面を見つめ背中に天使の羽が生えたとても綺麗な女の子が、ゲームをしていた。
部屋はかなり散らかってる。不健康な食事が好きでコーラのペットボトルやジャンクフード、カップラーメン、それらのゴミが完璧に食べられることもなく、散乱している。
「鈴さん。ちゃんと片付けないとだめですよ。やっぱりからくり族を一人入れた方がいいんじゃないかな」
プライベートが外には漏れない母親タイプのからくり族。理想の母親を体現してくれるからくり族が一体ここにあれば、かなり助かる。僕は鈴さんがゲームをしたまま返事をしてこないので、部屋の中を全て片付け始めた。
掃除機をかけていると鈴さんが話しかけてきた。
「ごめんね」
「別にいいですよ」
「だめだって分かってるんだけど……」
やりたくてやってるわけじゃないのも知ってる。本当に悪いのは僕だ。
「はは、仕方ないです。僕もちょっと無理させすぎました。寿命だって1000年もあるんですよ。今はゆっくり休んでればいいですから」
これだからダメなんだろうか。何度も自分の中で繰り返すが答えは出ない。11年前、鈴さんは僕と2人で探索者になった。そして僕は最初の一発目のガチャで、どんな幸運なのか虹カプセルの中で、唯一出てくる特殊アイテム。
【千両役者】
を出した。虹装備とは別枠になる虹アイテム。後で聞いた話だと虹装備よりももっと出にくいものだそうで、虹装備の1/100とも1/1000とも言われてる。僕はまさに宝くじを当てたわけである。その宝くじの効果は凄まじかった。
同じ"級"の探索者であれば、能力は自分のステータスに引っ張られ劣化するが、誰でもほぼ完全に再現できるというものだ。ただ1つだけ厳しい条件があった。それは【千両役者】で再現するには、相手のステータスを知らなければいけない。
そこで僕は当時、強いと評判だったあらゆる探索者と接触した。サラリーマンで培った人当たりの良さがその時、役立った。何よりも僕の没個性は相手に警戒心を抱かせなかった。結構な人が僕にステータスを見せてくれた。
それらを【千両役者】で再現して、さらに鈴さんのガチャ運の良さ。それらもあって僕たちは、瞬く間にレベルを上げることができた。僕の強さはどこか借り物という劣等感と借りた相手への申し訳なさ。それはつきまとった。
だが、僕はそれから2つ虹装備を出して、自分自身の力も手に入れた。正直今まで運のない人生を送ってきたが、それはダンジョンのガチャで発揮されるためだったのかとすら思えた。
僕がどこか自信なさげだといつも言われるのは、レベル1000を超えて、それでも借り物である申し訳なさからあまり表には出ず、借りれば強くなれるということから、探索にかける時間も最小限にしていたから。
レベル1000を超えた人間の中で一番時間のあった僕は、サラリーマンの仕事も続けた。お金がなかったのもあるが、職場に好きな人がいたというのが一番大きい理由だ。職場の女上司で、出世頭の女性だった。
綺麗だけど気が強すぎて、他の男からは敬遠されてる。でも僕の好みにはドストライクだった。職場で僕が探索者ということが知られるようになってきて、探索者として力をつけていく。やがて僕は仕事ができる人間になった。
そして、思い切って告白した日のことは今でも覚えてる。2年前のことだ。
『す、好きです!』
『は? え? 好き? 田中君が私を?』
『はい。ずっと好きでした』
思えば浮かれてたんだと思う。鈴さんは自立して【千年郷】で責任者になり、精力的に動いてくれてる。鈴さんはもう僕がいなくても大丈夫。そんな風に考えてしまった。うすうす鈴さんの好意は気づいていた。
推しというものが自分のことを指しているのも。でも歳が離れすぎて、ずっと自分の妹のように思って接して、恋愛対象にはどうしてもできなかった。これをきっかけに鈴さんも自立する。自分にそう言い聞かせた。
そして女上司と1年前に結婚することになった。
「田中の結婚を潰しちゃった」
それを申し訳ないと鈴さんは思ってくれていて、口にはするが、僕が誰か他の女の人のところに行ってしまう。それをどうしても受け入れられない。好かれていたんだなと思うが、それを嬉しいと思えなかった。
守るべき存在だと思ってずっと接してきた。恋愛対象として見たことがなかった。鈴さんも半神にまで上り詰めた探索者なので、僕の鈴さんに向けている恋愛感情ではない思いには気づいてると思う。
だからこそ日本のために、心を犠牲にして僕が今、形だけで口にしても仕方なかった。だからと言って本気で好きになれるかといえばそんなわけもない。
「気にしないでください」
そう口にしながらも、どうしてこうなったのかと考えてしまう。
「ダメだって分かってるのにどうしても嫌なの」
「僕こそ……」
彼女の思いには気づいてた。僕が甘かったのだ。
「もう11年前になるんですね」
「うん。あの時も二人で謝ってた」
鈴さんの手が黒くなり始めている。少しずつ少しずつ鈴さんは堕ちようとしている。嘘でも好きだと言えば治まるだろうか。でも逆にそれで傷つけば、一気に悪神になってしまうかもしれない。それが怖くて言えなかった。
僕なんかがあの時、この子を助けてなければ……。





