第二百四十五話 目的
「全員驚かずに聞いてほしい」
「そこの人を連れてきた時点で、これ以上驚くことがあるのって気はするけど」
榊が言ってきた。まあ確かに迦具夜を連れてきたことに比べれば、大した話ではないかもしれない。俺がこれから言うことで、思った以上にみんなが驚かなかったら、いや、そんなことはないか。
「みんな。俺は迦具夜と共に桃源郷の"神の座の争い"に参加しようと思う」
色々考え合わせた結果、寿命のことまでは言わないことにした。迦具夜にも確認したが、ここでこの情報を漏らせば、他家にもその情報が渡る可能性が大きい。このパーティー内に裏切り者がいると言ってるわけじゃない。
ただ知る人が増えると情報を隠すのは難しくなる。もし知られたら、ただでさえ半年しか時間がないのに、更に不利になる。向こうは迦具夜が戦わずとも勝手に死ぬと分かった瞬間、迦具夜を相手にする必要がなくなる。
そして相手にしてもらえなかった場合、迦具夜が半年でレベル1000を超えることはまずありえない。迦具夜自身がそう言っていた。そうなれば2人とも半年で死んで終わり。それが最も避けるべき事態だった。
「神の座の争い?」
「そうだ」
「大八洲国の?」
「そうだ」
「そんなの祐太が参加して何かできるの?」
美鈴が隣で当然のことを聞いてきた。
「確かに何もできないかもしれない。それでも参加しようと思う」
迦具夜が俺の隣で悠然と座ったままである。危険性はみんな知っているのだが、レベルが違いすぎて文句が言えない。だから誰も声をかけなかった。そして扱いも難しい。どうすればいいのか。なぜいるのか。いる場所間違ってますよ。
そんなことみんな言えない。
「そんなことして意味あるの?」
美鈴がさらに聞いてきた。嫌味で言ってるわけではないだろう。誰かが言わなければいけないことを美鈴が言ってくれてるのだ。
「あるよ」
「どんな?」
「説明しづらいんだけど、これは迦具夜からの誘いなんだ。俺が五郎左衆との戦いで見せた姿をとても気に入ったそうだ。だからシルバーエリアの攻略に迷惑にならない範囲でいいから参加してくれれば、利益は渡すと言ってくれた」
「そんな約束が守られるの?」
美鈴がかなり食いついてくる。
「美鈴。そこまでにしておきなさい。それじゃあ疑って聞いてるように聞こえるわよ。祐太を信じましょう。私たちを裏切ったりしないわ」
「そんなわけじゃないけど……」
これは何だろうとふと思う。そしてどうやら"また増えるのか"と警戒されているのだと気づいた。迦具夜のレベルから考えると、そっち方面に入ってくれば、大事に扱わざるを得ない。
自分たちがそこまで到達できるかどうかもわからないほどの高みにいる女。美鈴にしたら勘弁してほしいのか。
「安心なさい。私と祐太ちゃんはあなた達のような関係ではないわ」
「本当ですか?」
美鈴が不安そうに聞いた。
「本当よ。クミカが混じった影響でしょうね。性行為には興味が向かないの」
迦具夜は露骨なことを言い切った。ここにいるほとんどの人間が迦具夜にクミカが溶け込む。それを目撃していた。そのことによる説得力はかなりある。そしてみんな改めてクミカか本当にいないのだと気づいたようだ。
「それってあなたもクミカってこと?」
美鈴も他の誰もがクミカとはあまり繋がりがなかった。そのせいでクミカがどうなったのかちゃんと理解しているものはいなかった。
「そうよ」
「クミカって死んだわけじゃないの?」
「私の方が圧倒的にレベルが高いからほとんどの意識は呑み込んだわ。でも私にも彼女の影響は出てる。以前よりもっと祐太ちゃんが好きになったもの」
「やっぱり性的に見てるんじゃ……」
「うるさいわ。そんなのどっちでもいいでしょ。私の目から見て祐太ちゃんの発想はとても面白い。そこも踏まえて私が彼を勧誘したの。シルバーエリアに取り掛かることが遅れる分だけのリターンは与えるから、迦具夜陣営に参加してほしいとね」
「具体的に聞いても?」
迦具夜の隣に座っていた米崎が尋ねた。聞き手が美鈴から米崎に変わったことに正直ホッとした。美鈴もかなり成長したが、それでも迦具夜のような人間の相手は無理なのだ。隣の伊万里から「美鈴、しー」と人差し指で口を抑えられた。
美鈴の頬が膨れた。【意思疎通】でさらに伊万里とエヴィーから色々言われている様子で一時停止してた。可愛い。まだまだ子供っぽいよなと思いながら手を握った。そうすると嬉しかったのかしっかりと握り返してきた。
「話す必要があるの?」
迦具夜が米崎を見つめる。俺の仲間をレベル差で脅さないようにとはかなり注意していた。そのせいもあり、迦具夜の気配はかなり抑えられている。それでも圧がすごい女だ。
「もちろん。我々はパーティーとして動いている。六条君があなたから得られる利益は、我々の利益にもつながる。そして六条君がシルバーエリアのクリアが遅れるということが、我々にとっての不利益になるか否かはかなり重要だ。まあもちろん不利益になるとは思ってないけどね。ただどれぐらいの利益があるのかは知っておきたい。迦具夜殿。教えて欲しいのですが駄目でしょうか?」
米崎も迦具夜が相手ということもあり、多少、遠慮して喋っていた。
「迦具夜、頼む」
迦具夜にしてみれば所詮全員がブロンズから少し足が出たぐらいである。対等に話すような相手では本来ない。だから俺からもお願いした。
「祐太ちゃん……分かったわ。もう分かってると思うけど、私の所属する大八洲国はかなり世界として成熟してるわ。今現在の正史としては残っていないけど、実際のところ4万年ぐらい前からダンジョンに存在した国だと言われてる。まあこの辺は白蓮が一番詳しいのよ」
「白蓮様……。一度会ってみたいな」
「あれに会うのは難しいわよ。あなた達がこれから向かうのはいいところ3000年ぐらいの世界。世界としてのレベルが違うの。だから大八洲国で神になる私の手伝いをする。そして私が神になった暁にはかなりの利益を渡すという。それがどれほどのものか? 米崎。あなた、それぐらい考える頭はあるでしょう」
「確かにリターンが大きいと思って間違いなさそうですね。でも更に質問しても?」
米崎が口を開いた。
「いいわよ。祐太ちゃんが言うから答えてあげる。いくらでも聞きなさい」
「このブロンズエリアにある世界は全て、それぐらい長く存続している世界なのですか?」
米崎が丁寧に喋っているのがすごい違和感だった。
「この国より長い国もあるわね。ただ長ければいいというものでもないの。たとえどれほどの年月を経ても、国として成熟していなければ、ただの年老いた老人と同じよ。まあこのブロンズエリアにはそんな世界ないけど、シルバーとかゴールドには多いわ。このエリアのような管理側世界になるには12神を擁することができるかどうかにかかってる。できるようになる時点で万年単位の時間がいるのよ」
「地球はそれができてますよね。それはどうしてか聞いても?」
「あなたたちの世界はエネルギーが豊富なの。ダンジョン内の世界とダンジョン外の世界はまた意味が違う。ダンジョン内に生まれる泡沫世界は基本的には脆いの。安定化させるのにかなりのエネルギーが必要になる。その安定化させるためのエネルギーが得られるかどうかがかなり重要で、大八洲国はそれに見事に成功した世界ということよ」
「ふむ、結局文明の発展にはエネルギーがいるということですね」
米崎が口にした。エネルギー問題は今の社会にも言えたことである。エネルギーがなくなれば全ての生命はそれまでである。そして科学技術が発展すればするほど、エネルギーはどんどんと必要になっていく。
「そういうこと。あなたたちがこれから向かう世界は非常に不安定よ。生まれたての1000年かそこらの世界もあるぐらいよ。その真逆に10万年を超えて、年老いすぎて死にかけの世界もある」
「つまり世界として成功するか否か。シルバーとゴールドエリアに存在する世界は、そういう世界なのですね」
「その通りよ。祐太ちゃんの向かう先は力ある存在が多いようだし、まだ安定してるでしょうけど、その分だけ相手が化け物のように強くなる。米崎。あなたの強さだと与えられる世界は祐太ちゃんの世界とは比べ物にならないほど不安定だわ。うまく安定させることができなければ滅びてしまうことも普通にある。まあその分、住んでるやつらは弱い。支配もやりやすい」
「なるほど、その点は理解できました」
「うまく管理なさい。あなたならまあ支配が終われば後は問題ないでしょう。その支配が難しいのだけどね」
米崎が管理する世界とか、とんでもないデストピアになりそうだと思ったのは内緒だ。
「畏まりました。それで、あなたが我々に与えてくださる利益とは?」
「全部は言えないけど祐太ちゃんのシルバーとゴールドエリア攻略に私が協力する。それがあなた達にとっての最大の利益。まあ私も祐太ちゃんの方に協力している間は、祐太ちゃん以上のレベルにはできないのだけど、それで十分だと思うわ」
「見返りは?」
「こちらのことに参加してくれるならなしでOK」
「素晴らしい。六条君、是非参加したまえ」
米崎はあっさりと了承した。迦具夜の言葉の利点がよくわかったようだ。迦具夜が今の状態でも十分助けになるだろうが、これがさらにレベル1000を超えれば、俺と同レベルまで落としてもできることは全く違う。
それを考慮しなくても、迦具夜がいることは大きい。少なくとも俺が一刻も早くレベルアップして、南雲さんの助けになろうとすれば、必要不可欠な存在だ。
「で、祐太……その人信用できるの?」
伊万里が一番痛いところをついてきた。まさにそれが一番疑わしいが、迦具夜とは魂のつながりがある。寿命まで共有してしまった以上、俺を裏切ることは考えにくい。だが俺の今の状況は説明できない。
「信用していいと思ってる。少なくとも裏切ることはない。迦具夜とは色々あったけど、うまく言えないけど折り合いはついてる」
「でも、その人のレベルって969でしょ?」
「そうだ」
「参加するのもほとんどそのレベルの人たちだよね?」
「ああ、間違いない」
「だとすれば信用とか以前にさ、やっぱり私には迦具夜さんが祐太を必要とする理由がわからない。祐太、何か隠してない?」
長年一緒に暮らしてきた伊万里は俺の隠し事にもすぐに気づく。それに俺だって迦具夜の横で何かできることがあるのかは未だに自信がない。場違いな場所に居て見てるだけで終わるなんてことにもなりかねない。
それでももうこうするしかない。他の選択肢はない。そうしなきゃ半年後に死んで終わりだ。
「伊万里。俺は隠してることが確かにある。でもこれが俺にとっての最良の道だと思って選んだ。それだけは信じてほしい。決して迦具夜に操られてるわけじゃない」
「……」
伊万里が迦具夜にきつい目を向けようとする。しかし怯んで目を背ける。迦具夜には気配を抑えてほしいとは言っている。それでもまともに見てしまうと怖いのだ。
「東堂伊万里」
そんな伊万里の真後ろに迦具夜がすっと現れた。そして首に軽く手を回した。
「あなたは自分のことだけ心配してたらどう? 言っておくけどあなた普通に行けばもうすぐ死ぬわよ。ルルティエラ様はそんなに甘い方ではないわ。その勇者の称号。捨てない限りは本当に明日死んでてもおかしくないのよ」
「それは……」
「この会議場にいる他の人間にも注意しておくけど、私に構ってる暇などないはずよ。あなたたちは自分のことだけ考えなさい。祐太ちゃんも自分の今を考えて決めたこと。そもそもあなたたち何なの? 私に偉そうなことを言うって何様? そういうのはもうちょっとレベルが上がってからにしてほしいわ。あまりごちゃごちゃ言うなら殺すわよ?」
迦具夜がゆっくりと伊万里の首を絞める。それでも誰も動くことができない。
「やめろ」
本気で語気が荒くなる。迦具夜は強い。俺のパーティーメンバーなら黙らせようと思えば簡単だろう。だがそれでは困るのだ。
「みんなすまない。迦具夜もうしゃべらなくていい。やっぱり俺が説明するよ。後、伊万里から離れろ」
「はーい」
あっさりと黙った。伊万里の首も離す。クミカのおかげで言うことは聞くんだが、やはり扱いづらい。ただ伊万里は本当に俺にかまってるどころじゃない。1人でやるというのなら、迦具夜に首を絞められる以上の危険が伴う。
「ともかくこれはもう決めたことだ。それぞれに自分の道を頑張ってくれ。それと俺は1週間に1回、この場所にできるだけ顔を出そうと思ってる。時間帯はまちまちになるが、もし俺がいなくても俺の予定を把握している連絡係が1日ここについていてくれる。迦具夜の小間使いをしているものにこれは頼もうと思う。安心してくれ。それは俺たちと同レベルのものにしてもらうように念を押しておいた。何か困ったことがあればその相手に連絡してくれ」
「「「「「了解」」」」」
ほとんどの人間が頷いた。伊万里や美鈴も迦具夜がいまいち信用できないという顔をしていたが、それ以上なにも言ってくることはなかった。何よりもそれぞれに自分のことでこれからは手一杯になる。
これからは自分たちでやるのだ。失敗すればルビー級になる道も閉ざされる。同じ探索者同士の争いで殺される可能性も高い。
「自分のことに集中するんだ。俺もそうする。ここから先、人のことを心配してるどころじゃなくなる。俺たち以外の探索者も必死なんだということを忘れないように……」
その後話し合いは続き、それぞれの意見が出尽くしたところで会議は終わった。明日からみんな別の場所に行く。日本で休もうと思っていたのに、地球全体で十二英傑が争い出した今、そんなことを呑気にしている気分でもなくなった。
休みたいなどと言う者は1人もおらず、むしろさっさと自分の世界の攻略に向けて動きたくてうずうずしているようだった。そういえば鶴見先生のことだけは何とかしなきゃな。後で外に出て連絡だけしよう。考えることは尽きなかった。
「——米崎、ちょっとこっちに来てくれ」
俺は迦具夜に余計なことをせずに俺の部屋で待っててくれと言い残して、米崎を別の部屋へと誘った。他の人間も全員俺と個人的に喋ってからシルバーエリア攻略に移りたそうだったが、ひとまず待ってもらうことにした。
「おや、僕が一番かい?」
「そうだ。お前が一番だ」
「人気者なのになんだか悪いね」
こちらの手の内を全部わかってそうに笑いながら、米崎が俺についてきた。シャルティーが先導してくれている。シャルティーは六条邸で伊万里が俺の住まいとなる場所を造るのとは別に、俺が人と喋るための部屋を4つ造ったらしい。
他にも切江は俺が個人的に仕事をする部屋を造ってくれたらしく、六条邸にはすでに俺の部屋が10部屋用意されている。そのうちのシャルティーが用意した小部屋、といっても調度品は豪華で、革張りの椅子に腰掛けた。
伊万里の意見をちゃんと聞いたようで、相変わらず伊万里は高級志向だ。高級サロンといった感じの部屋に、抽象的な絵画が飾られていた。軽食も出せるようになっている。
米崎は甘いコーヒーといちごケーキを、俺はブラックコーヒーとチョコケーキを頼んでおいた。
テーブルにそれらを用意するとシャルティーは姿を消した。
「米崎。今回俺がお前を呼んだ理由はわかるか?」
兼ねてより米崎に抱いていた心配事を確かめる。そのために呼んでいた。
「僕はこう見えてちょっとだけ頭がいいからね。分かっているつもりだよ。そろそろ聞かれるかなとは思っていたよ。君が聞きたいのは僕の目的だろ?」
米崎も察しが良すぎるぐらい良いやつである。当然のように俺の意図を理解していた。ただ今回は先にもう一つ聞いておきたいことがあった。
「それもある。でもその前に俺の父親のことが聞きたい」
曖昧にしてしまおうかとも思った。だがやはりちゃんと確認しておくべきだと思った。仮にも自分の父親が死んだのだ。それを曖昧にしてしまうと、自分がいつまでも考え続ける気がした。
「ああ、そっちか……」
「どうして親父達を中途半端に避難させた?」
米崎ならちゃんと避難させることもできた。そんな気がしていた。結果として俺と榊の家族が死んでしまった。いや俺の場合は家族とは呼べないが、それでも唯一、血のつながりのある人達だ。
「まあごまかしても仕方ないよね。それに今の君にごまかしが通用するとも思わない。だから正直に言おう。あれは決してわざとではない。これだけは信じてもらいたい。ただ、ほんの少しだけ思ったんだ」
「何を?」
「進歩する気のないものたちを、この先もずっと守り続けるのは大変だなって」
「……」
本当に殺す気があったとは思わない。でも全力で守る気はなかった。避難をさせ守ろうとした証明さえあれば、適当なところで死んでくれたところで別に構わない。米崎はそう言ってるように聞こえた。
俺は目を閉じた。わざと殺したわけでもない。第一殺したのは米崎ではなくメトだ。あんな化け物たちがこちら側に襲いかかってきて、それでも父親が守れなかったから、米崎のせいだと言うならそれはむちゃくちゃだ。
「つまり、適度なところで死んでもらうつもりだったのか?」
「そこまでは言ってないよ。だいたいこんな状況にならなければ生きてるはずだったしね。僕だって何でも計算通りに生きてるわけじゃないさ。これはあくまで不慮の事故だと僕は思ってる。君がどう思うかは君に任せる。ただ君は理性的な人間だと僕は信じてるよ」
「……」
「僕を首にする?」
米崎が俺を見ていた。正直俺はこのことで米崎に対する怒りが湧いてこなかった。でも自分の頭の中で父親のことを整理したい。あの人は結局のところ俺にとって何だったのだろう。
「俺はあそこから親父を移動させようとは思った。でも実行まではしなかった。迷ってばかりで決めるのが遅い。結果死んだ。お前と同じだ。俺も本気で"あの人"を守ろうと思ってなかったのかもな。あの人は俺を捨てた。そして俺もあの人を捨てた。その時点で赤の他人だったんだ。それなのに俺の親父ってことで狙われ続けるのは、この先あの人にとっても苦しかっただろう」
「……ましてやダンジョンに入る気がゼロだった。君のお父さんには、人工レベルアップも提案してみたのだけどね。嫌がられてしまった。『気味の悪い実験台に使うな』とね」
その時、親父が俺の心配はしてたか? そう聞こうかと思った。俺に対する愛情を少しでも示したかと。しかしそんな話は美鈴たちからでさえ一言も聞いてない。美鈴達も先乗りしてたから俺の親にはあったと思う。
でも何も言わなかった。
そしてあの時俺を見た父親の目は、化け物でも見てるみたいだった。
それが答えか……。
「お前と二人の秘密ばかりが増える」
「仲良くしようよ」
「できればそうしたいな」
この話を切った。米崎は後々の俺の汚点とならないように最大限に守った。それでも死んだ。それ以上でもそれ以下でもなかったのだ。こんなことではダメだな。俺は首を振った。
「それで、米崎お前の目的は何だ? ちゃんとしたところを聞かせてくれないか?」
本題に戻った。
「僕の目的は最初に言った通りさ。人工神を創りたい」
「どうして創りたい?」
「まあそれを聞いてくるよね。あまり自分の心を言語化するのは苦手なんだけどね。当初は自分の優秀さを世に証明したい。僕が最初にダンジョンに入った時の目的はそれだった。でもね。探求すれば探求するほどこの世が不思議になってくる。僕はね。僕がどこまで行くか試したいんだよ」
「純粋な探求、それが目的でいいんだな?」
「そうだよ」
米崎が薄く笑う。どうも何かまだ隠しているみたいだった。
「ちゃんと本当のことを言え」
「……すっかりごまかしにくい人間になったね。探索者として優秀であればあるほど嘘が言えない。いいことだけど不便だね」
「不便だったらどうする?」
俺は真剣にそう尋ねた。
「困ったね。君の害になるつもりはないんだけど、それじゃダメかな?」
「……」
その言葉が嘘かどうかをよく見た。米崎は本当にこれ以上は言いたくないようだった。そして俺がこれ以上聞き出そうとすると、もしかしたら言うかもしれない。でも、隠したいことを無理やり聞けば、お互いの関係にしこりが残りそうだ。
「ダメだと言いたいが、俺はお前のこと本当にとても頼りにしてる。ダンジョンにいる間お前の頭にかなり助けられた。いなかったら死んでた場面だってある。だから、俺はお前を信じたい。そして、お前に裏切られると俺はかなり困る。だから本当のところを聞きたかった。でも何もかもしゃべれというのも違うと思う。仲間でも言いたくないことがある。俺もお前に言わず黙ってることもある」
「思ったより高評価で嬉しいな」
「茶化さないでくれ」
「すまない。どうも人からそういう風に言われるのはなれなくてね。実際のところ結構喜んでるよ」
「そうか……お前の本当の目的は追求しない。ひとまずそうしよう」
「優しいね」
「どうかな。お前に離れてもらうと困る。迦具夜はお前並に賢いけど、お前以上に癖が強いしな。お前がいないと、きっとこのパーティーを制御しきれない。そう思うから怖がりなだけなのかもしれない」
「怖がりでない人などいないさ。こう見えて僕も怖がりだよ」
米崎はそう言葉を区切った。そしてしばらくしてもう一度口を開いた。
「前にも言っただろう。僕の本当の目的がつまらなすぎて笑ってしまうほどだと。まあそれを信じておいてくれたまえ」
米崎がそう言うと、なぜか笑ってしまった。
「分かった。笑えるほどの目的ならこれ以上聞かない。米崎」
「うん?」
「信じてるぞ」
「そうしてくれ」
結局、曖昧なまま終わった。人の本心を確かめるのは難しいものだ。改めてそう思わされた。心を読めば簡単なのだろうし、今の迦具夜ならばできると思う。だが、米崎はそれに気づくだろう。
気づかれて、信頼していないとなれば、それこそ裏切りフラグだ。俺はかの有名な信長のことを誰も信じないからこそ裏切られた哀れな人間とも思っていた。だからこそ俺は信じる道を選ぼうと思った。
今ここにいる織田信長はどういう人間なのだろう。
ふと思い出したことでそれが気にかかった。