第二百三十一話 探し人
美鈴たちへ「先に日本に帰る」と告げた。不満は出なかった。桃源郷六条屋敷での3日間の休みの間に、女性陣との関係は濃密に過ごした。ここから先がどうなるかもわからないので不満が出ないようにできるだけ俺なりに頑張った。
そして、かなりの時間をダンジョンの中で過ごすことが、予想された。今度は1年がかりかもしれない。だから、それぞれに日本に帰ってやらなければいけないことをやる。その時間として4日の休みを取ることになった。
パーティーメンバーは家族と過ごしたいものは過ごし、用事があるものは4日以内に終わらせる。そう決まった。俺はまず南雲さんと会う。そして縁を切ったとはいえ、父親と元義母の千草小母さんにも会わないわけにはいかない。
あまりにも五郎左衆で人を殺しすぎた。そのことで恨む人間もいる。とばっちりで死なれては困るので、人工レベルアップ研究所に避難してもらっている。もっとも避難させてくれたのは自衛隊の人たちで俺は関わっていない。
「あいつのことは、このまま無視し続けるか」
千草小母さんとは会うが、父親とは会いたくない。でも殺されるかもしれないような迷惑をかけた。
「二度と会わないつもりだったのに」
こんなに早く自分から会いに行くことになるとは……。大見得を切って探索者になった手前かなり忌々しい。もっと忌々しいのは、父親の今の家族も一緒に避難させているのだ。そんなもの見たくもないのに見なきゃいけない。
「憂鬱だ……」
考えながらもゲートをくぐりようやく日本に帰ってきた。久しぶりの外の世界だ。ダンジョンほどの広い世界を中ととらえるのも奇妙に思えた。そもそも地球上以外には行けない外よりもダンジョンの中の方が広いのだ。
「そのうち宇宙にも行けるようになるのかな」
ダンジョンが現れたのは甲府市の中心部からは外れている。周囲を見渡すと山々に覆われ、かつては田舎だった。そんな場所が都市化してきている。ビルが幾つか見える。探索者用の住居と羽振りの良い探索者向けの高級スーパーもあった。
「まだ暑いんだな」
時刻は昼頃で、太陽は高く上っていた。都市化が急激に進む一番の原因。甲府のダンジョンゲート前は、以前以上に人で溢れかえっていた。あっちもこっちも人だらけである。理由ははっきりしている。間もなく戦争が起きる。
12英傑がおそらく世界の運営権を巡って主導権争いを本気で繰り広げる。世界中がたった12人の争いに巻き込まれる。日本にとって、いや、世界にとって今生きている人がほぼ経験していない大戦。
この大戦で必要なのは、探索者としての実力に他ならない。今さらどれほどのレベルアップができるかは分からない。それでもレベル10にでもなれば、探索者の戦いに巻き込まれて死ぬ確率はぐっと減る。
だからみんな必死だ。今となっては日本人は外国にも逃げられない。大八洲国で収集した情報ではこちらから見ると、日本は世界中から虐めにでも遭っているような気分になる。だが、世界から見れば日本こそが、悪の帝国である。
世界で12人しかいない英傑を4人も抱え、高レベル探索者の数も、世界的に日本がダントツで多い。ダンジョン閉鎖をしなかった、というかダンジョン閉鎖に失敗した国は他にもある。
それなのに、日本は高レベル探索者の数が圧倒的に多い。そのためダンジョン関連のアイテム全般の取引には円が使用され、ドルは凋落していた。ついこの間ドルと円が、世界の基軸通貨の座を交代したというのがニュースにもなった。
その反動による世界の恨みは、日本にかなり向けられた。それは、
『ダンジョン崩壊で死んだ人間は日本のせいだ』
という無茶苦茶な言いがかりにまで及んでいる。
「政府は本気でダンジョンの中に避難することも検討してるってよ」
「でも強制はできないよな?」
「ああ、だから国民に"提案"するんだってさ」
「まあ確かに二階層はヤバいけど、一階層なら無理なことじゃないか」
「ダンジョンの中ならゲートを守ればいいだけだしな。寡兵でも対応できる」
ざっと見ていてもわかる。今は全員の本気度が違う。大八洲でも気楽そうな探索者がいなくなっていたが、唯一の救いがダンジョンの中にしかない。だからこそ以前とは比べ物にならないほどレベルの上がっているものが多い。
レベル10どころか20、30ぐらいと思える人間が相当数いた。
そんなたくさんの人がいる中で、
「ひょっとして六条君?」
俺に声をかけてきた人がいた。そちらを見ると俺よりも年上なのは見れば分かった。
「誰ですか?」
髪が長くて肩まで伸ばしていた。瞳が大きくて意思が強そうだ。どこか懐かしさを感じる見た目である。俺は思い出せないのに、この相手を知っている気がした。
「ごめんなさい。ちょっと以前とは見た目が違うかな。鶴見……鶴見先生といえばわかる?」
「ああ、って、鶴見先生!?」
当然わかる。俺への対応が悪かったからという理由で、教師を首になった担任に変わり、2週間だけ担任になった鶴見先生だ。以前は長い髪をアップにまとめていたから、髪型が大きく違う。いやそれ以前に雰囲気が随分違う。
別人じゃないのかと思えるぐらい違う。もう少し優しい感じの人だった。それがギスギスして見えた。今は教師をやめて旦那さんと一緒に探索者をしているはず。しかも、探索者でも比較的安全なDランに通っているはずである。
「はは、よかった。間違ってなくて。あの頃も大概男前になってたけど今はもうなんか……」
鶴見先生の目元が潤んだ。俺が格好良くなりすぎたから泣きそう。さすがにそれはない。どちらかといえば張り詰めていた緊張の糸が、切れたみたいな感じだ。
「なんでこんなところにいるんですか? Dランに通ってるはずじゃ……」
勘が良くなったのが嫌になる。鶴見先生の顔は、あまりいいことが起きていないということを物語っていた。鶴見先生は目から涙がこぼれ出していた。
「ごめんね。ああ、何でだろう。できるだけ泣かないように気をつけてたのに、六条君の顔を見た瞬間なんかもう……」
「おい、あれ」
「痴話喧嘩か?」
「いや、あれはどう見ても別れ話だぞ」
「可哀想に。きっと振られたんだぜ」
「おい、あの女は六条祐太を探してる」
俺は鶴見先生の手を掴んで【短距離転移】する。瞬時に10mほど離れることができた。その後すぐに【飛行】でその場を離れた。鶴見先生ごと体が浮き上がり舞い上がる。
「へ? え?」
鶴見先生があっという間に空に飛び上がったことで驚いている。後々面倒なことにならないために【自然化】も唱えている。鶴見先生が耐えられないだろうから加減したが、すぐに人里離れた場所を見つけて着地した。
鶴見先生はまだ何が起きたのか分かってなくて、到着した甲府の山奥で周りをキョロキョロする。
「えっと……さっきまで甲府にいたよね?」
「ここも甲府ですよ。まあ俺は別にいいですけどね。鶴見先生の理由は知らないけど甲府を拠点に活動してる可能性もあるかなって。だったら、あんまり変な噂が立たない方がいいと思って連れてきました。別に変なことをしないから安心してください」
「は……はは」
鶴見先生は呆れたようにこっちを見てきた。
「私じゃ他の探索者の声が何も聞こえない。5秒も経ってなかったよね。どれだけ離れたの?」
「10kmぐらいですよ。富士山よりに飛んだからここからとても綺麗です。ダンジョンの中にも富士山があるんですけどやっぱりいいな。富士山眺めながら落ち着いて話しましょう」
晴ていたので富士山がよく見えた。近くには綺麗な小川も流れていて、俺は川原の岩に腰掛けると鶴見先生も腰掛けた。
「六条君。本当にすごくなったのね。正直私じゃ何なのかよくわかんないわ」
ペットボトルのお茶を渡すと、開いて飲んでいた。
「まあちょっとは」
「ご謙遜を。Dランに来るブロンズの先生で、君の話をしない先生はいなかったわよ。甲府に英傑の再来がいるって、ダンジョンの中にいた悪い探索者も皆殺しにされていってるって。『六条祐太の名前を覚えておくといい。きっと将来すごい有名人になるぞ』ってね。自分たちがしてるわけじゃないのに、自分たちの自慢みたいに話してたわ」
「そんなこと言われてるんですか?」
思わず気分が良くなるのを感じた。なかなか嬉しいことを言ってくれるではないか。そこまでのものになると思って探索者になったわけではないが、褒められるのは悪い気がしない。
「顔が緩んでる」
「嬉しいことを言ってくれるからですよ。それで、先生はどうしてここにいるんですか?」
旦那さんはどうしたんですかと聞くほど無神経ではなかった。甲府で1人で俺を探しているみたいだった。何かあったのだろう。
「はは、元生徒の君に言うのは情けないんだけどさ。あのね。旦那は自分の足をなくしちゃったわ」
「足を……」
死んだわけではないのかと思う。
「ええ、別に誰のせいでもないのよ。三階層じゃよくある悲劇の一つ。まだ生きていただけまし。でも『お前のせいだ!』ってここ最近毎日のように責められちゃってね。『お前が俺をダンジョンに連れて行かなければ!』って、耳が痛くなるぐらい叫ぶの。私はそれで慌てちゃってさ。なんとかエリクサーか仙桃を手に入れようと思って必死になってる」
「それはまた……」
俺はそれを持っている。だがそれをあげるわけにはいかない。その結論はすぐに出た。それを目的にしていたエヴィーも友達にはあげず自分で持ってる。エヴィーは鶴見先生と同じようなことを友人から言われているらしい。
それでも今はまだ仙桃を友人には使わないと話していた。ダンジョンの中に入ればわかる。完全回復薬を人にあげる余裕など、どの探索者にもない。そんな余裕があるのはもっとはるか高レベルの探索者になってからだ。
「まあ生きてただけましだと思うしかないですね。というかそんな状態になってよく生きてましたね」
「Dランってね。ヤクザ紛いの人達が、最も大怪我を負いやすい1~3階層で誰かが怪我するのを待ちわびてるの。それで探索者にポーションを売るの。3000万円の借金の借用書にサインをさせてね。おかげで命は取り留めたんだけどお金は返さなきゃいけない。旦那は『お前のせいだからお前が返せ。俺の足も返せ』って言うのよ。それで今、余裕がない」
「なるほど……」
悪質ではある。しかし、ギリギリで他の探索者が助けにくい内容だ。何しろ、それがなければ間違いなく旦那さんは死んでたのだ。命の値段と考えると悪質とも言い切れない。ただそいつらにとってそれが慈善事業ではないだけだ。
「それで俺に何をして欲しいんですか?」
「うん……ごめん六条君。こういう言い方ずるいわね。はっきり言うわ。3000万円が大金だってことは分かってる。でもそのお金を貸してもらえないかしら?」
簡単に貸せる。正直どうしても仕方のない借金なら、1億円ぐらいまでなら払ってあげてもいいかなと思った。でも、そういうことなら確かめておくべきことはある。そのものたちも多少は命を助けるのだから許す。
でもそいつらちょっと人の弱みにつけこみすぎてないか?
「どんなポーションをもらったんですか?」
鶴見先生は教師だったのだ。別に浪費癖があったようにも見えない。そして夫婦共働きだったのだ。1000万円ぐらいなら即金で払えたと思う。しかし3000万円。そんなポーションを三階層で持っている探索者がいるだろうか。
「向こうは3000万円だって言ってるわ。でも私は多分100万円だと思う。ただ向こうの方が強いの……」
探索者間での揉め事は、かなりの部分でどちらが強いかで決まってしまう。
「仲裁してくれる人は?」
「いないわ。昔一緒にダンジョンに入ってた仲間もあっちこっちから頼られてうんざりしてるみたい。それに仲間同士もギスギスしてるみたいで、久しぶりに連絡取ろうとしたら繋がらないの」
「それで一縷の望みをかけて俺のいる甲府でうろついてたと?」
「……そうです。ごめんなさい」
「別に怒ってませんよ。OK。助けてあげます。俺って結構有名人になってるんですよね?」
「ええ、かなりよ」
「じゃあ三階層の探索者なら俺の名前を出しただけでもビビるんじゃないですか? 使っていいですよ」
「それじゃだめなの。『高レベル探索者の知り合いがいる』って言って、『ただのはったりだろ』って信じてもらえなかった。実際もう知り合いじゃなくなってるみたいで……」
「また俺の名前を出したって信じてくれないか」
「ええ、ダメよね?」
さすがに"直接Dランに足を運んで顔を出してくれ"は、都合が良すぎると思ったのか、苦しそうな顔をしている。
「そんな顔する必要ないですよ。助けるなら、ちゃんと最後まで助けます。でも、俺は今日ダンジョンから出てきたばかりで、先に終わらせたい大事な用事があります。鶴見先生はそれが終わるまでDランには通わず、そうですね。とりあえず、これでどこかのホテルに泊まっておいてください」
俺は現金100万円の束をマジックバッグから出して、鶴見先生に渡した。自分でもかなり成金ぽいなと思った。
「いいの?」
「鶴見先生、よく頑張りましたね。尊敬します。やっぱり先生は強い人だ」
俺はそう言って先生の肩を叩いた。間違っても先生が俺に惚れないように気をつけた。自惚れるつもりはないが本当にこの顔はそういうことが起きるから気をつけた。先生の顔を見て、何一つ嘘をついていないことはすぐにわかった。
何よりもクミカが静かなままである。相手が嘘だらけだったらクミカが何か言ってくる。面倒な探索者に絡まれてどうにもできなくなった。ヤクザまがいのやつらもDランに通っているという噂があった。
その類に絡まれているんだろう。そいつらにはもうちょっと加減しろと言い聞かせる。3000万はいくらなんでもめちゃくちゃだ。それに俺の行動理由ははっきりしてる。鶴見先生は俺にも優しい先生だったから、恩返しをしたいのだ。
何よりも一歩間違えていたら自分だって、鶴見先生のように南雲さんを頼って池袋うろついたかもしれない。それを冷たく返されたら泣いてしまうかもしれない。
「あと、ポーションを使い切っちゃったんですか?」
100万円のポーションでとりあえず死なないようにすることならできたはずなのだ。
「言いたくないんだけど、旦那が思った以上に鈍臭くてさ。怪我ばっかりするの。さすがに探索者に向いてないって言おうとしたら、余計意地になるの。挙げ句の果てに足がなくなっちゃってね。もう向いてないも向いてるもあったもんじゃないわ」
「まあ旦那さんもいきなり足がなくなってイライラしちゃうんでしょうね。そのうち落ち着いたら『当たり散らしてごめん』って謝ってくるんじゃないかな」
「そうかしら? ダンジョンに入った結果大怪我する人はたくさんいるわ。それでも強く生きてる人はたくさんいるのよ。レベル10は超えてるんだから、就職だってできるのにうちの旦那は私が悪いの1点張り。こんなこと言ったらひどい女って思われるかもしれないけど、正直見捨てたい気分よ」
かなり不満が溜まっていたようだ。介護って介護する側の方も疲れるって言うもんな。おまけに相手が文句ばかりで、頑張ろうとしないのでは苛立つのも分かった。旦那さんは放置してしばらく反省してもらう。
レベル10を超えてるんなら死にはしない。一度距離を置いた方がいい気がした。
「鶴見先生。それなら1000万のポーションを1本と、100万円のポーションを3本あげます。これでちゃんとやりくりするんですよ。あと、これも」
三階層じゃまだ多少は意味がある。だから、アリストを上げた。
「いや、あの、ちょっと待って。あなたにここまでしてもらったら悪いわ。そんなつもりじゃないの。ごめんなさい。やっぱり声をかけるべきではなかった」
「鶴見先生。正直今の俺にとってこれぐらいは楽勝です。もっと助けてもいいけど助けすぎると逆にステータスが悪くなりますから、これぐらいにしておこうってだけです。というか俺は嫌ですよ。鶴見先生が最終的に訳の分からない男たちに体を売る姿とか想像したくもありません。その人たちとは俺がちゃんと話をつけるから、俺の用事が終わるまでもうちょっと待っててください」
どうしてこんなことを口にしているのかと考える。でもダンジョンで失敗した女を見かけては助けていたという南雲さんの気持ちが少しわかる。俺はダンジョンの中で人を殺しすぎている。相手は悪人ではある。
それでも殺しすぎてる。だからってこれは罪の償いなどにはならない。死んだやつは他のやつに施したところで感謝もしない。でもそうしたい。それがきっと自分の心のバランスを保つことにもなる。
「……でも返せない」
「返して欲しいとは言ってません。でも返したいなら出世払いにしてください。先生才能ありそうだし」
「あ、ありがとう。正直助かる。それに私頑張る。あの、でも、本当にDランにまで来てくれるの?」
「実は俺。Dランに通いたかったんですよね。おかげで夢が叶います」
「プッ。六条君の夢がDランね」
「辛い時もあるでしょうが、その逆にいいことだってある。だからダンジョンを嫌わずに」
「うん」
ふわっと足が浮かんだ。【飛行】はやはりかなり便利な魔法だ。徐々に体が浮き上がっていく。
「六条君!」
「うん?」
「私ももうちょっと格好良い大人になるわ!」
「鶴見先生は今でも十分格好良いですよ」
ダンジョンで最悪のことが起きた。俺は経験したことがないことだ。それでもまだダンジョンにいる。そのことだけで十分だと思える。
「君は本当に……」
「じゃあちゃんと連絡するまで隠れてるんですよ」
「ええ、じゃあ、また!」
さらに空を飛んだ。一応、鶴見先生の気配を確かめていたが、しっかりとした足取りで歩き出すのがわかった。さすがに探索者が日本の山で遭難するなんてことはない。大丈夫だろう。
南雲さんに早く会いたい。でもあの人連絡を入れるとノータイムで現れたりするからな。それにひょっとすると池袋にいるかもしれない。今の日本の状況をちゃんと確かめたい気持ちもあり、池袋の方へと飛んだ。
《祐太様。あそこは危険ではないでしょうか……》
クミカがまた雷神に遭遇しないかと心配しているようだ。しかしさすがに雷神様も暇人ではない。池袋にずっと常駐しているわけでもあるまいし、いないだろうと思った。それに甲府には中レベル以上のゲートはない。
だから次のホームはどの道池袋にするつもりだった。
《まあ大丈夫だろう。あの女だって暇人じゃないんだから》
《だといいのですが……》
クミカの心が伝わってくる。クミカは、ダンジョンでの俺の縁の強さを心配しているようだ。良きにつけ悪しきにつけ、やたらと縁が強いところがある。以前も、あんなところで雷神とエンカウントしている。
《やめておいた方がいいかな》
ちょっと心配になる。さすがにあんなのに何度も遭遇しないとは思うのだが、会えば終わりである。南雲さんに連絡してからの方がいいか。いや、でも、それだとあの二人の喧嘩が始まりそうで怖い。
《いえ、クミカは祐太様の行動に反対などしません》
ただ心配してるだけか。どうしようかなと思いつつ池袋が見えてくる。俺が住んでいる高層マンションと南雲さんの住んでいる池袋駅の上にあるマンションも目に飛び込んできた。早く南雲さんに会いたくてうずうずしてくる。
『もうレベル250になりました』
って自慢したい。そして余裕たっぷりに南雲さんが受け答えしてくれたらいつも通りだ。連絡をなかなか送れずにいる。もしも『今はお前どころじゃないんだよ!』って、怒られたらどうしよう。
《わかります。クミカもそれは自信がありません》
俺とクリスティーナとミカエラと3人ともコミュ障なのだ。確かに俺どころじゃないのに自惚れて連絡なんてして、そんなこと言われたら、立ち直れる自信がない。コミュ障を発動した俺はなかなかしつこい。
ウジウジと考えながら池袋のダンジョンショップに降りていく。
着地すると、ダンジョンショップの前で銃器の並んだ店内が見えた。そして、俺は瞳をパチクリとさせた。ダンジョンショップの中にいるはずのない人がいた。というかその人しかいないように見えた。何それ。どんなエンカウント率だ。
足が一歩下がる。
そしてその"女"がこちらを見てにやりとした。
「くく、貴様は我が好きなのか?」
雷神がいた。本当にいた。何でいるの? いくらなんでもエンカウント率高すぎない?
《クミカは少し嫌な予感がしました。今は平時ではありません。ですから予測不可能な人物が池袋ならばいてもおかしくないと思ったのです》
《そういう時はもっと俺を全力で止めてくれよ》
《申し訳ありません……》
「二度目ましてだな」
フッとその姿が消えたと思ったら真横にいて、首に腕を回されていた。かなりしっかりグッと固定されている。動かない。全然動かない。乳が腕に当たって、こんな女の人でも柔らかかったが、それを気持ちいいと思う余裕はなかった。
「以前はうまく逃げられた。今回は逃がさん」
「に……逃げようとなんてしてませんよ」
嘘だ。全力で逃げる方法を考えている。【短距離転移】で拘束は解けるか? あとはクミカの影の中に入れば、
《いけません祐太様。ミカエラの魂がこの女から逃げるのは無理だと言っています。あまりはっきりとは見えませんが、私たちのレベルで下手に抵抗すると本当に殺してきます。以前逃げることができたのは、千代女様のおかげです。抵抗しないでください》
クミカがこう言うということはよほどダメなのだ。迂闊に動かないでおこうと思った。
「なあ小僧」
「は……ハイ」
「あれからな。気になってお前を調べてみた。我にしては珍しいことだ。我に調べてもらえてお前は光栄に思うだろう?」
「え、ええ、興味を抱いていただいて嬉しいです」
「そうであろう。六条祐太。15歳。英傑の再来とすら言われている化け物。ミカエラを殺した男。お前は少しばかり顔が広いようだ。もちろん誰も呼ぶなよ。さすがに次は呼んだ瞬間殺すぞ」
はっきりと寒気がする。口にした瞬間、自分の首がその辺に転がっているのを幻視する。
「あの……今日はどうしてここにおられるんですか?」
「ほお、お前の方が我に質問か?」
「そんなつもりは……」
「質問は我がする。いいな?」
「……はい」
「まず、どうしてあの時から、もうそこまで行った?」
質問の意図を正確に読み取る。そうするように気をつけた。ダンジョンショップの中にレジのお姉さんすらいない。どうなったのかは知らないが、殺されたんじゃないだろうなと心配になる。レジのカウンターに血がついていた。
「五郎左衆という組織を皆殺しにして、翠聖様からクエスト報酬をもらいました」
「ほお、あの御大が……。五郎左衆か……うちの子達も何人か参加しているとか言っていたな。お前に全員殺されたか」
「……」
「ああ、気にするな。それだけもらえたということはお前の方が圧倒的に不利だったのだろう。それで殺されたのならそれまでのことだ。だがそれだけではないな。五郎左衆だけではそこまでもらえないはずだ。五郎左衆にはバックに嫌な女がいただろう。どうした?」
雷神はどうやらこちらのことを本当に調べたようだ。五郎左衆のバックに迦具夜の影があるという噂はつかんでいるようだ。大八洲国には日本中のダンジョンからブロンズ級の探索者が集まっている。
つまり横浜からだって大八洲国と繋がっている。大八洲国でちょっと有名になった探索者の情報を集める。それぐらいは、簡単なのか。嘘をつけば多分ばれる。迦具夜だってそうだった。正直に話すしかない。
「全力で策を講じて嫌な女の裏をかきました。でも、結局どうにもなりませんでした。作戦はうまくいったけど、迦具夜には届いてなかった。ただ妙に気に入られて見逃されました」
「肝心な部分を抜くな。どんな策だ? あの女のレベルは969だぞ。おまけに400年以上生きる化け物だ。レベル900台でも400年以上の錬磨がある。こちらの世界では英傑ですら単独では勝てないよ。そんな女にどうやって気に入られた?」
「それは……」
「教えろ。約束してやる。悪いようにはしない。ただ興味があるだけだ。あの女がいるのにお前はどうやって五郎左衆を皆殺しにした?」
その言葉でようやくわかった。雷神様は偶然ここにいたんじゃない。部下も参加していたという五郎左衆が全滅した。それを俺がしたという話を聞いた。以前池袋で出会いすごいスピードでレベルアップしていく小僧がいる。
そして情報を集めれば集めるほど、不可能な状況でクエストを達成した。俺だってあれは不可能な状況だったと思う。だから、興味を持たれた。そうだ。雷神は以前、南雲さんを目当てにここにいて、今回は俺が目当てでここにいたんだ。
雷神の顔が俺の前に来た。そして口を開いた。
「言わなければ殺す」





