第十八話 コーヒーショップ
俺は朝一番に、美鈴に相談したいことがあった。だから国分寺で始発の電車に乗らずに、24時間営業のコーヒーショップに寄ってコーヒーと朝食代わりのホットケーキを注文した。なんだかデートみたいだと思って密かに高揚している。
当然のように美鈴は24時間営業のコーヒーショップで隣に並んで座った。ただの虐められっ子だったのに、今は女の子とコーヒーショップで並んで座れる。それだけでも嬉しかった。コーヒーを飲みながら注文したホットケーキを口に運ぶ。
美鈴もお腹に何か入れておかないとと同じものを注文していた。そして誘ったのは俺だが、美鈴から「先に話しておきたいことがあるから」と喋り始めた。
「え?」
そして美鈴の話を聞いて俺は目が点になった。美鈴から、「仲間になる人がいるかも」と言われた。
「嬉しい?」
スマホの写真を見せられる。美鈴のスマホには綺麗すぎると言ってもいいぐらい綺麗な女の子が写っていた。同じ歳だと言うのだが、日本人からするとかなり大人びたアメリカ人の女の子だった。
「いや、え? 仲間? この人モデルか何か?」
写真の少女はあまりにも綺麗すぎた。アメリカ人だと言うが、紹介されたアメリカ人が誰でもこんな美少女なら、アメリカ人は全員ハリウッド女優みたいな容姿をしていることになる。しかも、その中でもとびきりがつく。
「うちのお姉ちゃんの知り合い。結構有名だけど知らない?」
美鈴のお姉さんが桐山芽依という有名人であることは知っていた。しかしこのアメリカ人については知らなくて首を振った。
「日本ではお姉ちゃんの方が有名だけど、世界ではこの子の方がはるかに有名人。この子が私たちの仲間になるエヴィーっていう子」
「じょ、冗談だよね?」
「残念。本当なんだ。私としては出来れば断りたいんだけど、二人じゃ、まあ限界あるしさ。祐太も、この子を仲間にしたいでしょ?」
「いや、今から断ることできるの?」
「そりゃできないことも……え? 断るの?」
美鈴が意外そうにこちらを見てきた。『ダンジョンでは縁を信じろ』という南雲さんの言葉が頭をかすめる。ひょっとするとこれがそうなのかもしれない。と言うか奇妙なほど俺はその写真の少女に惹きつけられる気がした。
「いや、普通断るよ。そんな有名人連れてダンジョン入ったら目立って探索どころじゃなくなるよ」
「そりゃそうだけど、早い時間にダンジョンに入ればなんとかなるんじゃない? 今の1階層は人がいないんだし、有名人だって馬鹿みたいに騒ぐ人がダンジョンなんかに入ってくる? それに3人の方が安全じゃない。ダンジョンは普通4人以上いないと危険だって言われてるでしょ」
「確かに……いや、でも……」
南雲さんの言葉がまた頭をかすめる。『きっとすぐに仲間が見つかる』と南雲さんは言ってくれた。しかしどう考えてもこんな美少女との縁があるとは思えず、何よりも目の前の女の子と仲良くなれてる状況が壊される気がした。
「そんな有名人、真剣にダンジョン入る気あるの?」
「大丈夫。『世界一綺麗な人間になるためにレベル1000になりたい』って言ってるんだって。相当やる気があるそうだよ。それでも断りたい?」
「あ、ああ、こんな外国の人と俺は合わないと思うんだ」
「そう? お姉ちゃんは私たちと気が合うとか言ってたんだけど」
「冗談。気まずくて空気が死ぬよ。悪いけど断っといてくれる?」
「祐太が嫌がると思わなかった」
「だって俺は美鈴と二人で……いや、ごめん。俺なんか気持ち悪いこと言って」
「あ、え? そ、そんなことない……。ああ! ちょっと待ってお姉ちゃんにすぐ電話する!」
美鈴はすぐに電話を手に取った。しばらくしてお姉ちゃんが出たみたいで急いで喋ってる。しばらくして、
「お姉ちゃんが交代してくれだって」
「ええ? 俺が電話するの?」
「話したいって……嫌?」
「そんなことはないけど」
電話に出たくなかった。あのテレビによく出ている桐山芽依と喋るなど気後れするもいいところだった。それでも取らないわけにはいかなかった。俺は泣く泣く電話を手に取った。
『祐太君でいいかしら?』
「は、はい」
『どうしてエヴィーの仲間の話を断るのか理由を聞かせてくれない? 納得いけば考え直すわ』
「それは……」俺はこの場で話しにくくて顔を上げた。「ちょっとあっちで喋るからここにいてくれる?」
俺は美鈴に声を掛けて立ち上がるとコーヒーショップの外に出た。
「お姉さんあの……言いにくいんですけど」
『何?』
「俺の義理の妹が3人目で仲間になるってもう言ってるんです。それでそうすると俺以外が全員女になるんです。エヴィーって言う人もかなり綺麗な女の子だし、もちろん自分でも意識しすぎだと思うんですけど、それだとなんというか……」
『ハーレムパーティーになっちゃう?』
「は、はい。あんまりよくないっていうの知ってますか?」
『まあね。大概、大揉めになるって話よね。あの子もあれだし……なるほど』
それを聞いて桐山芽依は真剣に考え込んでいるようだった。女3人だからって俺みたいなブ男がなんの問題になるのか!この自惚れ屋!という話なのは分かってる。しかしハーレムパーティーというのは本当に上手くいかないのだ。
大概、少ない男か女をみんなが取り合いになってしまう。
特に探索者は同じパーティ内での恋愛が一番理想的だと言われているだけに、パーティー崩壊したという話も多かった。まあそれもこれも俺がモテればという話なので心配しすぎだとは思う。
『困ったな。思いのほかまともな理由だ。まだ「美鈴と2人が良いから」とか言ってくれた方が可愛かったのに』
「いや、もちろんそれも大きいんですけど」
『実はアメリカは今夕方でね。早く日本に呼んであげたいこともあって、エヴィーとさっきまで電話してたのよ。それで向こうはかなり乗り気でさ。祐太君に聞いてからだとは言ったんだけど、干されてるから仕事してないし、「今から向かう」とか言ってたのよね。今更ダメだとは言いにくいな……』
「…ああ……」
『どうしても無理?』
「無理なことはないんですけど……そんなに来たがってるんですか?」
『ええ、かなり。今のアメリカのダンジョンは正直かなり危ないのよ。無理する子だから、死んだりしないかって私も心配でさ』
「……」
その後しばらくお姉さんとしゃべって俺は電話を切った。席に戻ると、
「どうだった?」
「アメリカから来た子に帰れとは言いにくいよな……」
俺は結局断りきれなくて、とにかく一度会ってみることになった。
「そんなに嫌なの?」
「そりゃどうしても嫌かと言われたら嫌じゃないけど。凄まじく気が引けると言うか何と言うか。来てから期待外れとか言われたら傷つくしさ」
「祐太は自分に自信がなさすぎ。私、祐太のことすごいと思うよ。この時期に一人でダンジョンに入ろうとして、それで結果出したんだもの。世界的にダンジョンに入る前にまずDランに入るのがトレンドみたいになってるこの時期だよ。私なかなかそういう男子はいないと思うな」
「そうかな……」
いないことはないはずだ。未だに15歳になってダンジョンに入って死んだという中学生の話は後を絶たない。逆に中学生が成功したという情報は流れてこないけど、それも必ずいるはずだ。
「それにね。エヴィーはなんか、一緒にダンジョン入ったモデル仲間の子、自分のせいで腕を失くしちゃったみたい。その子の為にも高レベル探索者になりたいって言ってるの」
「欠損部位を治したいのか……。指一本とかだと上級ポーションで治るんだけど、腕を丸ごとってなるとエリクサーか」
「私よくわからないけど、エリクサーって、お金があるから買えるってものじゃないんだよね?」
「探索者はエリクサーとかになってくると、いざって時のために自分の手元に残しとくから市場に流さない。流れたとしてもあっという間に買い手がついてしまう。蘇生薬ほどではないにしても、死んでさえいなければどんな難病でも治るし、どんな大怪我でも一瞬で完治しちゃう。それぐらいすごいものだからね」
「そんな物まで手に入れたいって言ってるんだから相当な覚悟だと思うよ」
俺は考えた。
美鈴の言うとおりダンジョンで二人は危ない。
お姉さんもきっとエヴィーのことだけじゃなく美鈴のことも心配しての事なのだ。
まだ1階層だからどうにかなっているが、2階層に降りるとモンスターのレベルもまた全然違う。フィールドは同じサバンナでもより過酷な状況になるし、下に降りるほど危険になっていく。
「選んでられる立場じゃないしな……。アメリカでトップモデルの人と関われるのなんて貴重な体験でもあるしな。うん、それはもう納得しとくよ。余計な事言っちゃってごめん。それで俺の方の相談なんだけど」
美鈴とせめて2階層の階段が見つかるまで、二人でいたかった。しかし、美鈴のお姉さんが心配して紹介してくれた人だ。美鈴と恋人というわけでもないのに、ハーレムパーティーの心配をしても、馬鹿を見るだけなので俺は引き下がった。
「……もういいの?」
「何が?」
「何でもない。じゃあ祐太の相談って何?」
「うん? えっと、俺の相談なんだけど、二つあるんだ」
「二つ?」
「一つは、俺の妹のことなんだけど、『一緒にダンジョンに入りたい』って言ってるんだよ」
「え? 妹だよね。さすがに無理がない?」
ここで言う無理というのは時期的なものである。妹ならば1年か2年は歳が下だろうから、ダンジョンに入れるようになるのもそれだけ後ということになる。そうなるとレベル差があまりにも開きすぎて、一緒に入ることが難しくなる。
「妹と言っても義理の関係なんだよ。うちは両親が再婚なんだ」
「義理の妹……」
何か含みがあるように美鈴がこちらを見た。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない。義理の妹さんの名前は何て言うの? ダンジョンに入れるのはいつから?」
「伊万里って言うんだけど、今14歳の中学3年。誕生日は3月15日。学校は違うけどね。頭が良くてもっと賢い中学に通ってるんだ」
「じゃあ2ヶ月だけか……。うん、いいよ。祐太の義理だけど妹さんでしょ。追いついてもらうのにちょっと時間がかかるかもだけど、2ヶ月後なら順調にいってたらそれぐらいの頃、4人目がいないと厳しくなってると思うし。それで、二つ目は?」
美鈴は自分も仲間を紹介したいと言った手前なのか、あっさりと了承した。
「今、俺たちは甲府ダンジョンに入ってるじゃないか」
「そうだね」
「それで、このまま甲府ダンジョンを俺たちのホームにするか、池袋ダンジョンをホームにするか。それを相談したいんだ。俺は安全を考えるなら、このまま甲府ダンジョンの方がいいと思う。でも池袋ダンジョンにしとかないと後々いろいろ不都合が出てくるんだよ」
「ああ、ホーム問題かー」
「自分たちが探索者としてどうなりたいか?って話でもある」
「今日からもう2階層の階段探すんだもんね。レベル3は今日試して、大丈夫そうなら明日から泊まり込んでもいいぐらいだしね。階段探しでロスしたくないなら今決めなきゃね」
「わかってるとは思うけど、大事なことだから1から話させてもらうよ」
「了解」
「ダンジョンは下の階層に降りるための階段がいる。そして階段は探索者ごとに与えられる。パーティーは何人でもいい。ただそのパーティーが下に降りると、その階段は消えてしまって他のパーティーには使えなくなる」
「そういうの聞くたびにダンジョンには知的存在が潜んでいるんだって思うよね」
「そうだね。だから、1階層の地図はあれどもそこに階段の場所は示されてない。おまけにズルができないように、その階段は電波にも感知されない念の入れようだ」
「だから大抵の探索者は、一度甲府ダンジョンって決めたら、そこをホームに定める。だよね」
「ダンジョンの攻略に時間がかかるもう一つの要因で、これがモンスターの次に結構面倒だ。パーティーごとに専用階段が与えられるなんて、ダンジョンの酸いも甘いも全てのパーティーに味わわせるって意図があるとしか思えない」
ダンジョンとはとても不思議な空間だった。ガチャなどというものがあることもだし、なぜ階段が同じ場所にあるのではなく、パーティーごとに違う場所に現れるのか。その意図は何なのか。
「確か1階層だけでも静岡県とかと同じくらい広いんだよね」
「ダンジョンはとにかく広い。甲府は初級ダンジョンだけど、それでも20階層まで行けば、ギリシャよりも広い場所をうろつくことになる」
「でも、20階層までしかないんじゃ私たちの目標にはそぐわないね」
ダンジョンには住み分けがある。
低レベル探索者までしか目標にしていないものは、初級ダンジョンに行く。
中レベル探索者を目指しているものは中級ダンジョンに行く。
そのさらに上を目指す人たちは70階層まである上級ダンジョンや、100階層まである特級ダンジョンをホームにする。最初からみんなそうするのだ。途中で変更しようと思っても、まず下に降りる階段を探すのが大変なので、変更することが大変すぎるからだ。
「美鈴。エヴィーって子も本気で探索者やりたがってるなら池袋に行きたがると思う」
「エヴィー……。エヴィーのことまでもう考えるの?」
「明日にでも来そうな勢いなんだろ。それならその子のことも考えとかないと」
「まあそうでしょうね」
美鈴はエヴィーの話が面白くないようだ。じゃあなぜ紹介したのか。でも、聞くのはどうも地雷な気がしてやめておいた。
「祐太、他の特級ダンジョンはどこにあったっけ?」
「大阪と横浜」
「むむ。大阪は遠すぎるし、横浜は雷神豊國の『領地』だね」
「横浜を自分の国だって言っちゃってる雷神様」
「そういうのやめてほしいよね」
「日本人にとって悪い意味で有名な探索者ナンバーワン。あんなのがまかり通るなんてね」
雷神豊國。
日本人探索者で横浜を正式に領地としている雷神様。
レベル1000には届いていないが、とにかく破壊力のある全体攻撃が得意で、横浜基地を【紅雷】という魔法の一撃で壊滅させ、2000人以上の自衛隊員を死傷させた。日本ではダントツで人を殺している探索者だ。
「『自分の強さを追い求めたい。だからその邪魔をするな』。だった?」
「うん。俺はあの時、雷神様が絶対にダンジョンに嫌われると思ったんだけどな」
「そうならなかったんだよね」
雷神様は半年程前のある日、強引に夜9時の国営放送のニュース番組に出てきて、一方的に『横浜を我の領地にする』と宣言した。最初は、
『また気の狂った中二病探索者が現れた』
とみんな相手にしなかった。
何しろ、2ヶ月前にも外国から探索者が攻め込んできて、その時はフォーリンが追い払ってくれていた。そのさらに前にも2度あったが、たとえ高レベル探索者であってもフォーリンには勝てなかった。今回もそうなるだろうとみんな思っていた。
しかしフォーリンは何も手を出してくることなく、横浜の自衛隊基地が壊滅させられ、在日米軍が臨戦態勢に入り、日本政府が慌てて雷神様と交渉の場を持った。そして横浜市民の安全保障と、これまで通りの生活を条件に横浜を雷神様の領地と認めたのだ。
この日本政府の方針に、
『探索者に絶対に屈しない』
と宣言していたアメリカは、猛烈に抗議してきた。だが、自国が全く治っていない状態で、日本の高レベル探索者と事を構えることを嫌うアメリカ政府は在日米軍の横浜基地放棄を決定した。
おかげで今日本には国内に別の横浜という国ができてしまった。しかしこれは日本だけのことではなく外国でも起きていることだ。滅びたいくつかの国はモンスターによって滅ぼされたのではなく、探索者によって滅ぼされ、新たに支配されていた。
「雷神様のレベルって今どれだけだっけ?」
「963だよ。でもフォーリンは1037だから、フォーリンが強くなる方が早いね」
「でも雷神様もすごいよね。あと1、2年すれば1000レベ超えるかも」
「どうだろう。1000は明確に900代とは違うらしいよ。実際雷神様も最近はペースが落ちてきて、1レベル上げるのに13日かかってる。特に50階層近くになってくると下に降りる階段を見つけるのも相当難しいらしいし」
「よく細かいレベルまで覚えてるね」
「毎日トップランキング1000を確認するから。まあとにかく雷神様がいるから横浜ダンジョンはちょっと難しいかな。3割取られるのが痛いよ」
「だよね。ダンジョン特権。何様って感じ」
ダンジョン特権。それは横浜ダンジョンの探索者が得た収入。その3割を雷神様に納めなきゃいけない決まりである。いわゆるヤクザのみかじめ料である。雷神様は横浜ダンジョンに入る探索者からそれを徴収しているのだ。
そんなことしたらダンジョンに嫌われるのではと思われたが、これがそうはならなかった。
それを見て、これ幸いと政府も真似しようとしたのだが、日本政府はそれを探索者に強制させる武力がないので、すぐに断念した。そして雷神様の横浜での暴挙を見て、他のダンジョンでも同じことが起きないかと日本中がヒヤリとし、実際大阪で起きた。
「雷神様のことがなんとか収まったと思ったら、すぐに大阪に龍炎竜美が飛来してさ。もうあの時は日本オワタって本当に思ったわ。でも、なんでか、これにはフォーリンがブチ切れて仲間を連れてボコりに行ってくれたのよね。あれはスッキリしたなあ」
「龍神様が『まさかフォーリンがあんなに怒るとは思わなかった』って、平謝りしてたもんね。『調子に乗ってました。ごめんなさい』って、フォーリンに謝ってる姿、世界中に報道されたのは笑ったよ」
「雷神様も次は自分かってかなり臨戦態勢だったみたいよ」
「でもそれはなかった」
「なんでフォーリンは雷神様に手を出さないのかな。おかげでうっかり八兵衛みたいな大臣が『うちの天使様は雷が怖いらしい』って発言してさ」
「1時間後に大臣が議員辞職を申し出て、一ヶ月後には解散総選挙だったね」
「まあ無理ないよ。今の日本なんてフォーリンのおかげで平和なんだし」
「積極的に日本の防衛に協力してくれる人、なかなかいないもんね」
「木森も田中もレアキャラかっていうぐらいめったに出てこないし」
「仕方ないよ。田中は頑張ってるし」
「田中好きはこれだから。だいたい年収100億もあるのに普通にサラリーマンやってるのよ。バカみたい」
「なんだよ。いくらなんでも田中の文句は許さないぞ」
「ふん」
俺と美鈴は探索者の話になると楽しくてついつい本筋からずれてしまった。探索者の話というのは夢があって、派手である。だから若者は憧れ、ダンジョンを目指し、ダンジョンで勝手に死ぬ。そして俺はその死ぬ側にはなりたくなかった。
「横浜ダンジョンはここよりは近いけど、3割取られるのはな」
雷神様がテリトリーにしているせいで、横浜ダンジョンは雷神様御一行以外は入れない。誰でも3割も払うのはバカらしいのだ。結果的にダンジョンに入らないことを強制しているわけだが、それでも雷神様はダンジョンに嫌われていなかった。
「私たちは強くなってもそんなことしないでおこうね」
「俺たちがそんなことできるようになる頃には、もっと高レベル探索者も多くなってるからそんなことしにくいんじゃないかな。とにかく、
池袋ダンジョンにするか。
甲府ダンジョンにするか。
大阪に引っ越すか。
実質選べるのはこの三つかな」
探索者が自分に合ったダンジョンを選んで引っ越すのはよくある話だった。むしろそっちの方が多い。
「引っ越しは絶対お父さん達が納得しないと思う。理由を話したら、今以上に反対されるだけだし」
「どうしよっか?」
「結局問題は人殺しさんなんだよね。穂積だったっけ? レベルはどれぐらいなの?」
俺たちがここまで悩まなきゃいけなくなっている理由。穂積について思い出す。そもそもこの穂積たちの犯行を遠くから見てしまったのが、甲府に来た理由だ。あの後、気になってネットでダンジョン犯罪について調べてみたのだが、どのサイトでも、
『関わるな』
の一点張りだ。マジで一歩間違えば殺されるらしい。南雲さんですら関わりたがらなかった。その理由が納得できるほどに、闇の深い話がネット上にいくつも転がっていた。
「今の時期だから100は超えているはずなんだ」
「調べられないの?」
「さすがにトップランキングには載ってないと思うしね。それぐらいのレベルの人達って逆に情報ないんだよね。ダンジョンショップの女の人に聞いてみようかとは思うんだけど、あんまり大っぴらに情報収集したら余計な注目を集めちゃうし」
「南雲さんに穂積って人たちのことを排除してもらうとか無理?」
「美鈴、分かっておいてほしいんだけど、南雲さんは俺にとっての便利屋でもなんでもない。お願いして、じゃあその見返りはどうするって話だよ。高レベル探索者なんて資産が1000億とかそんな人たちばっかりだよ。南雲さんなんてお金持ちすぎてルイ・〇ィトンとブラッ〇・レーベルが同じぐらいだと思ってるんだよ」
今の世界に1000人もいない高レベル探索者。その資産は世界の長者番付に名を連ねるほどである。
「へ? それって何か違うの?」
「全然違うよ。ブラッ〇・レーベルでTシャツが2万円だとしたら、ルイ・〇ィトンはTシャツが20万円する」
「冗談」
「本当だよ。10万円のもあるけど安い方だ」
「ひょえー。なんで知ってるの?」
「親と一緒に住んでた時は……まあ色々あるんだよ。その辺は深く突っ込まないでくれ」
「了解です。ま、むしろ田中がレベル1000超えてるのに少なすぎるのよね。ガチャ運ないんだっけ?」
「あるよ。俺と同じ5らしいけど」
「レベル1000超えてて5とか笑える。一回だけ取材に応じた時、『自分お金ないんで』って言った12英傑は田中だけなんだよね? 笑えるわー」
「それを美鈴が言うかな。とにかく、南雲さんに頼むとしたら見返りがいる。何も渡さずに『俺たちのために人殺しをしてくれ』なんてちょっと言えない」
近代になってから人が人を殺せば警察に捕まるシステムができた。だが、なかった頃には人殺しはそこまで悪いことではなかった。『敵討ち』なんてものが本当に認められている時代もあったし、その時代ですらもうちょっと、ルールというものがあった。
しかしダンジョンが現れてまだ5年であり、今のところルール無用の状態なのだ。なめてかかると命の取り合いにすぐ発展する。それが分かっているから雷神様の蛮行に日本政府は屈したのだ。そして抗おうとした国は未だに揉めまくっている。
「んん……こっちで安全なところまでレベル上げするとしたら20階層ぐらい行かなきゃいけないでしょ。それで甲府から池袋に戻ってまた下に降りる階段探して20階層まで行こうと思ったら、どれぐらいかかるか……」
「下手したら2年ぐらいかかるかもね」
「それに甲府にいたら絶対安全ってわけじゃないしな。ダンジョン犯罪って正直どこでもある話だし、甲府でも気味の悪い行方不明事件が起きてるよね」
「美鈴、どうしたい?」
「んん……祐太が決めてよ」
「俺が決めるの?」
「そ。私は祐太に従う。それで何が起きても絶対恨まないし、死ななきゃいけない時になったら一緒に祐太と死ぬ。エヴィーにもその辺了承してもらう。嫌なら自分の国に帰ってもらえばいいのよ」
「それで本当にいいの?」
美鈴の言っていることが前と違った。何か心境の変化でもあったのか?
「いい。探索者なんてどうせ命を張ってナンボの世界。それに私は自分の判断より祐太の判断を信じてる。だからいいの」
嬉しいことを美鈴が言ってくれた。そう思ってくれてるなら、これ以上悩むのも野暮だろう。俺は今一番自分がやりたいと思っている行動をとることにした。それはきっと自分が一人だったらそうしたであろう行動だ。





