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第百六十話 Side美鈴 用意周到

「さて行こうか」

「はーい」


 私はできるだけ声が明るくなるように返事をした。私と米崎。二人の探索能力を使えば、西門の付近に久兵衛側の人間がいるのかいないのかは一目瞭然だった。結果はいない。というか先ほどまでいた。


 狼人間とハエが、時間差で出て行ったのだ。祐太は東門から出て行くから、気にしなくていいだろうが、私たちは西門なので、敵側の人間がいないかかなり注意深く確認しなければいけなかった。


 できるだけ気配を消すのは忘れなかった。【天変の指輪】を使っての変装はしなかった。祐太から門で情報収集されていることを聞いたからだ。祐太からその情報が来た時の米崎の面白そうな顔が忘れられない。


 この人絶対に知ってて黙ってたな。米崎と一緒と言われた時、不覚にも自分はホッとしていた。私はドジなところがある。でも今回は失敗が許されないのだ。この人と一緒ならその心配も多分ない。ただちょっと意地悪だなと思った。


「無理しなくていいよ。六条君と行動できなくて、相当残念だろう。それに、“これ”もね?」


 と、米崎は()()()()()()()()()()()()()()。ハエがこの辺り一体を偵察している可能性は高く、そのため、こうして手を繋いでいた。米崎はこうすると自分の【気配遮断】の効果を私に、もたらすことができるそうだ。


 実際、自分では不可能なレベルで、自分の気配が大森林の自然の中に溶け込んでいることが分かった。


「べ、別にそんなことないですよ」


 私の手が米崎の手としっかり繋がれている。夜が明けだしたのでまだマシではあるが、それでもこの森を一人なのは不安だった。あの狒々に追いかけ回されてどうにも出来なかったことも思い出してしまう。


「ならいいけど」


 だから、本当に別に手を繋ぐのはそこまで嫌じゃない。ただ祐太以外の男の人とまともに触れ合うこと自体が久しぶりだ。


「あの、米崎さん」

「君も呼びにくいだけだろう。米崎でいいよ。これから何かと交流することも多いだろうし、敬語も使う必要はない」

「えっと、それは……」

「うん?」

「あの、お姉ちゃんが……」

「ああ、そうか。玲香君は僕に敬語を使うね。姉が敬語を使っている相手に、妹の君が馴れ馴れしく話すのは気を使うんだね」

「はは、まあそんなところです」


 私はその玲香君について米崎に聞きたいのだ。私より遥かに頭が良くて、いつも私の上にいた玲香お姉ちゃん。それがこの人の実験体になっているのは本当なのか? 何よりもレベル200というのが私にとって信じられない驚きだ。


「何か聞きたいことがあるのかい?」


 そう言われた。私たちは急ぎ足で大森林の中を進んでいる。車で走っているぐらいの速度は出てる。なのに動いている気がしない。森の音と完全に紛れていた。まるで自分が森と同化しているようだ。


「えっと、玲香お姉ちゃんのこと聞きたいです」

「何を?」

「何をって……」


 全部聞きたい。どうしてお姉ちゃんがあなたの元に居るのか? レベル200になっているってどういうことか。人工レベルアップをしても体に不調は出ないのか。大体お姉ちゃんと米崎がどういう関係なのかも気になった。


 米崎が私を冷たく見てきた。それでも、


「あの、米崎さんはお姉ちゃんとどういう関係なんですか?」

「彼女は実験体だね。それ以下でもそれ以上でもない」

「じゃあなんでお姉ちゃんはその……あなたの実験体になったんですか?」

「その理由を僕は知らない」

「知らないって……でもあなたはお姉ちゃんを実験体に選んだんですよね?」

「そうだ。僕が彼女を選んだ」

「どうして?」

「実験体100名のうち探索者として最も優秀な個体になると判断したからだ。彼女はレベルアップに失敗していた。それなのにスキルと魔法が生えていた。かなりのレアなケースだ。他の個体にはそういうものは1人もいなかったよ」

「100名……」


 お姉ちゃんは100名の中から選ばれたのか?


「人工的にレベル200なんて……それって、まともなレベルアップになるんですか?」

「ならないね。本来レベルアップは、美鈴君のようにダンジョンに入って行うのが一番良い。まあ尤も君たちはその中でも特殊だ。本来、六条君のような無茶なレベルアップの仕方をすれば、大抵のものは死んでしまう。それこそ僕の人工レベルアップよりもまだリスクが高いかもね」


 そんなこと聞いていない。大体、他を私は知らない。だから祐太のやり方が無茶なのかも知らない。そして私が聞きたいのはそんなことじゃない。ただ、


「玲香お姉ちゃんは使い物になるんですか?」


 正直そう思えた。マークさんにしろお姉ちゃんにしろ、そんなレベルアップの仕方をして使えるのか? 死ぬような思いを何度もして、スキルや魔法の使い方を覚えて探索者は強くなる。そして賢くもなる。


 でもその方法で本当に強くなるのか? レベルが上がったというだけのことなら、一体そこになんの意味があるのだ。


「おや、少しはまともな質問ができるじゃないか」


 私は怒られると思ったけど米崎は初めて笑顔になった。どうやらこの男の感性は私と違うらしい。


「そうだね。それは当然の疑問だ。そして玲香君は君の危惧通りだ。現状では使い物にならないよ。ただ彼女はこれから次第で化ける可能性がある。彼女の場合は、マークくんたちと違ってあらゆる可能性があるからね。ちなみにマーク君はすでに使い物になるよ。そう。君より強いかもしれない」

「え、ええ、私よりですか? そんな……嘘だよね?」


 胸がズキンッとする。そんな楽な方法で私は簡単に抜かされるのかと思った。じゃあ私の努力はなんだったんだと思える。そんな私の顔を米崎は鋭く見た。


「君はどうやら普通に嫉妬心があるようだね。楽をして手に入れた力に対して、納得がいかないと?」

「……」


 まるで心を読まれているみたいに言い当てられた。確かにそうだ。命がけの自分たちがそれではバカみたいじゃないか。


「僕から見ると君だって十分納得できないよ。六条君のパーティーメンバーというだけでかなり得をしていないかい? 本来なら君、“凡人”だよね。いや、その弓。虹装備だ。つまり君はガチャ運1なんだろ? じゃあ探索者を続けることすら困難だ。かなり六条君のおこぼれに預かったんじゃないのかい?」

「それは……」

「美鈴君。君が命をかけてきたことに対して僕は尊敬しているよ。ただ運が良かっただけではないと僕は思うさ。彼の無茶な行動にもちゃんと逃げずについて行った。それはとても重要なことだ。誇っていい。でもね。この世とは理不尽なものだ。どのような幸運にも恵まれないものもいる。そのような人間が私に襲いかかってきたこともある。私はそのものを容赦なく処分した」

「殺したってことですか?」

「そうだ。私の調べたところでは六条君も一人そうしているね。彼は最も良い効率を求めている。ならば君も必要のない嫉妬心に駆られるよりも、現状において何が自分をより上に高めるのか? そこが人には重要なことなのだと私は思う。私が六条君を評価している最大の理由は彼がそれを理解しているからだ。君はそれをどこまで理解している?」

「……」


 ぐうの音も出なかった。殺す云々は私には理解できない。なんの幸運にも恵まれなかった人が、私にもし突っかかってきたら、私は多分殺せないとも思う。でも確かにそうだ。自分こそ一番恵まれているくせに、私の言い分は身勝手だ。


 お姉ちゃんだって多分そんな方法を取りたくなかったんだ。でも、ダンジョンの中ではちょっとでもミスするとそれだけで死んだり置いて行かれたりする。お姉ちゃんはそのミスを最も効率の良い方法で取り戻そうとした。


 多分そうなんだ。


「ごめんなさい」


 思わずちょっと目に涙が浮かんでしまった。色々と張り詰めてしまったのだ。そしてなんとなくちょっと緊張が切れたのだ。


「ところで君。おしっことかしたくないかい?」

「は?」


 せっかくいい話をしてたくせに急に何を言い出すんだこの人。あなたみたいな見た目の人が私みたいな女の子におしっことか、変態。変態なの?


「先ほど喫茶店に入ってお茶を結構飲んでいたからね。そんなに飲んでおしっこがしたくならないのかと心配していたんだ」

「な、なりません!」

「あ、そ。ならいいんだ。では、もうそろそろ物音を立てるのをやめようか。向こうの警戒範囲の中に入りそうだよ。会話も禁止だ。言いたいことを私は君の唇の動きで理解できる。君もそれを理解しなさい。言うまでもないが【意思疎通】も禁止だ。もう一度言う。相手に斥候兵がいるなら、いくら僕でも余計な物音を立てたらそれを消すことはできないよ」

「ちょ、ちょっと待って、ここから本当に何も物音立てちゃダメなの?」


 祐太から、やるべきことを聞いている。でもその場その場でどういうふうにして、その行動に臨むのかは、


『米崎の指示に従えばいいよ』


 とだけ言われていた。


「そうだよ」

「えっと、ちょっと待ってくださいね」


 今回の作戦に関して祐太はかなり考え込んでいた。いつもすぐに決めるのに、本当に悩んでいるようで、2時間ぐらい行動に移すのに時間がかかった。結局マークさんを戻すなどしていて、私たちはかなり待ちぼうけていた。


 そのせいでお茶屋さんによって、つい緑茶がおいしくて、3杯ほど飲んだ。探索者は飲まず食わずでも活動できる時間が長い。しかし飲んだら出さなきゃいけないのは、普通の人と変わらない。私は尿意を確かめた。


 ある。


 かなりあるぞ。


「……お花摘みに行きたいです」


 祐太の前でなら全然平気なのだけど、さすがにこの男の前でお花摘みをするのは嫌だった。


「君はバカだねえ」


 心の底から言われて言い返せなかった。分かっていたなら私がお茶を飲む前に教えてくれたらいいじゃないか。


「ちょっと手を離していいですか?」


 米崎としっかり繋がれた私の手。汗ばんでいるのが分かった。多分これは私の緊張の汗だ。


「残念ながら手を繋ぐのを離すことはできない。僕たちは時間短縮のために西門から出た。敵がどの位置にいるのか把握してもいない段階で、この手を離せば見つかる可能性が高い」

「……でも……ちょっとぐらいなら」

「諦めなさい」

「……変態」

「君ね。僕だって変な趣味はないんだよ。さっさとしてくれないかな」

「……」

「一度西門に戻るかい?」


 それが無理なことぐらい私が一番良く知ってる。時間を合わせて動いたのだ。西門に戻ればとんでもないロスになる。巻き返すために急いだら、なんのために隠密行動をしているのか分からなくなる。


「……ここでします」


 同じ男なのにこんなに気分が違うもの。米崎はさすがに向こうを向いてくれた。でも手は繋いだままだからズボンをおろしにくかった。装備も外しにくかった。お茶を飲んだ自分を呪い殺してやりたかった。


 しばらく私の聞かれたくない音が続いた。耳を塞いでくれないだろうか。頼む……。でも私と手を繋いでいるから耳を塞いでも片方だけだよね。探索者の最大限に高められた今の状態の米崎の五感ならば私の現状を見えていなくても、全て把握できるはず。


 長い。


 長いぞ私。


 早く終わるのだ。


 ……。


「お……終わりました」

「ふむ。では行こうか。君、僕たちがやらなければいけないことを忘れてないよね?」

「お、覚えてます。エヴィーの発見ですよね」

「そうだ。ではもうこれ以上喋るな」


 そこから本当に2人とも一切声を出さなくなった。米崎が手元に何かを出した。それはボールペンのような細い棒に見えた。それが横に伸びて、その棒から上に向かって画面が広がる。それは地球儀のような球体である。


 立体映像のように広がるそれが美しく見えた。


「(これ、なんですか?)」


 あまりに恥ずかしかったので、しばらく黙っているつもりだったが思わず聞いた。


「(【探知器】だね)」


 米崎はそれだけ呟く。なんの探知機だろうと思った。でもあまり邪魔するのもと思ってしばらく黙って見ていた。米崎が球体を出したまま歩き出す。30分ほど経過する。その間にこれがなんなのかと考え続け、ひょっとしてと思った。


「(ひょっとしてその【探知機】って、敵が使っていた【強制探知】が使えるの?)」


 そう思い付いて聞いた。


「(正解。うるさいから黙れ)」

「(はい)」


 なぜそんなものをこの人は持っているのだろう。まさか自分で造ったなどと言わないだろうな。


「(造ったの?)」

「(君。黙るという言葉を知っているかい?)」

「(喋ってないです)」


 唇を動かしてるだけだ。


「(造ってないよ。ただ便利なものは出来るだけ入手するようにしているだけだよ)」


 どういうルートがあればそういうものを手に入れられるのか。私は心底そう思ったけど、さすがにもう邪魔をしなかった。ただ、祐太がどうして『米崎だけは絶対に必要だ』と言っていたのかがよく分かった。


 そして私はエヴィーを本当に助けられるんだと嬉しくなった。

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― 新着の感想 ―
えっっっど(。´´ิ∀ ´ิ)
博士はいいメンターになるな、ポンコツ専用の 気配遮断は声も消音するはずだけど、斥候型には音だけは貫通して察知できるスキルが生えてるのかな?
ポン担当いい仕事だな まさかの放尿プレイwww
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