第百三十二話 Side美鈴 レベル100
レベル100というのは、いわゆる探索者の最初の登竜門である。ここに到達できて、ようやく新人を卒業できる。そしてダンジョンから称号をもらうことができ、不思議とそれが戸籍にまで反映されるという。
つまり世間的にもその称号を授かった事が認知され、国からの扱いも変わる。どんな罪を犯しても犯罪者として扱われる事はなくなり、国家権力の及ばない存在になる。よほどの悪事を働かない限りなんのお咎めもないのだ。
今やそれがどの国でもスタンダードだ。
代わりに悪行が逸脱しすぎると容赦なく、高レベル探索者が殺しに来たりもする。それが怖いなら日本だと雷神様の傘下に入るという方法もある。縁のない話だと思うけど、ここに入るともっと好き放題できるという話だ。
世界的に低レベル探索者って言われているのが、レベル100〜200の人で、32万人ぐらいいる。日本だと2万人近くいるって話だ。この僅か0.02%ほどの人間に私もあともうちょっとで手が届く……。
「それで、レベル100に到達するための最後の難関が、レベル100オーバー」
実際、レベル100までいきたいのなら倒さなきゃいけない相手が三体いる。ワイバーンとオーガと巨大髑髏である。私が統合階層で戦ってきて気づいたことは、こいつらのどれかを倒さないとレベル100にはならないってことだ。
そして、この中でもダントツで強いのはオーガだ。
ワイバーンと巨大髑髏はレベルが高くても知能が低くて、オーガのような強さはない。実際、ワイバーンと巨大髑髏には何度か攻撃を当てることができている。でも【無銘の弓】ではダメージが与えられなかったのだ。
私は今回のガチャで、その問題がようやく解消した。
【毘沙門天の弓槍】は自分なんかがこんないいものを持っていていいのかというぐらいの高級品。何度か試しに射ってみたけど、100%以上の力が乗せられるこの弓の威力は凄まじかった。
「ふふ」
空を飛ぶガーゴイルの群れも射殺す事が簡単に出来るようになった。狼人間とて変わりなく射殺せた。攻撃力の無さから苦戦していた鎧騎士と巨大蠍も簡単に貫けた。正直、モンスターを簡単に殺せることが快感だった。
「ふふふ」
【毘沙門天の弓槍】に慣れるために、そういう建前で、まるで狩りを楽しむハンターのように、遠くからモンスターを射殺しまくった。相手が知能ある存在だと忘れたように殺すことが楽しくて仕方なかった。
「だって簡単に死んでくれるんだもん」
モンスターは自分が死んだということに気づきもせず死んだ。上海タワーの展望台の高さなら、たとえ3㎞離れていても射殺せる。【毘沙門天の弓槍】を引く。スキルを唱えて放つ。そうすると3㎞の彼方でモンスターが死ぬ。
以前ならこんなに遠くを狙ったら弓が保たなかった。それが楽勝でできてしまう。私はまるでモンスターに対する生殺与奪の権利を得たような気分になって体の芯が疼いた。
「こんな姿、祐太には見せられないな」
それでも気持ち良さに抗えないと思っていた。そうしたら、私を叱るためなのだろうか?
「人間。また、面倒なものを手に入れてくれたな」
狼人間がこちらを鋭く見ていた。
「あ、弱い子だ。逃げないの? あんたたちじゃ絶対私に勝てないよ」
私、桐山美鈴は言葉をしゃべるモンスターに対しては、一定の敬意を払っている。そしていつもできれば殺したくないと思っていた。でも今は矛盾した気持ちも持っている。
「そう言われると逃げたくなる。だが、ここは俺たちの縄張りだ。縄張りをここまで派手に犯されて黙っているわけにもいかん」
狼人間はいつの間に忍んできたのか、上海タワーの展望台フロアの中に一体だけいた。
「そうなんだ。じゃあ遠慮はしないから」
「そうしてくれ。こっちもそうする」
狼人間が手をあげた。そうすると展望台から見える遥か上空から、ワイバーンに運ばれて展望台フロアに撃ち込まれるように巨大蠍に乗った狼人間が現れる。広い展望台フロアで10体私の周りを半円形に囲んだ。
私は10時間ぐらいずっとここで遠距離射撃を楽しんでいた。
時刻は昼間だったのにもう夜になっている。
ちょっと緊張感がなくなるとすぐにダンジョンではこうなる。
外にワイバーンに乗ったガーゴイルがいる。こちらも10体ほどいるように見えた。レベル100オーバのワイバーン10体。レベル90ほどの巨大蠍も10体。それぞれ狼人間とガーゴイルが乗っているから、知能の低さは考えない方がいい。
「女一人に物々しいな」
私は唇を舐めた。
「お前たちの世界では女とか男とか言うらしいがな。こっちではそんなの関係ないんだよ。お前たちだってここでは男女など関係なく強いと知っているだろう? お前の“武器”みたいにな」
私というよりも、私の【毘沙門天の弓槍】にまるで人格でも宿っているみたいに恐ろしげな目を向ける。その気持ちも分かる。持っている私ですら、気を抜くと呑み込まれてしまいそうな危うさを感じるのだ。
「死んだって恨ま「よくも仲間を何人も無意味に殺したな!!!」」
私の言葉など聞く必要はないというように狼人間が叫び、私は全方位に警戒しながら展望台の床を思いっきり踏み抜いた。今の私の力だと簡単に展望台の床が抜けた。私は展望台の下の階層へと落ちて行きながら、【探索網】で見えなくなった敵の位置を探し、毘沙門天を構えた。
「【瞬足】【金剛弓レベル3】【変色槍】【精緻八射】!」
レベル97になる過程で私にも【瞬足】が生えた。そして弓の性能を高める【金剛弓レベル3】【変色槍】【精緻八射】。スキルがあっても今まで意味がなかった。【無銘の弓】でこんなにスキルを乗せたら一瞬で壊れてしまう。
しかし、毘沙門天は違う。むしろこの程度かと言われているような気分だった。そして今度は逆に私が壊れそうな感覚を覚える。
それが快感だった。
弓につがえるのは矢ではない。槍だ。
下の階へと落ちながら八本の槍の狙いを定めていく。器用のステータスは1000に近づき、知能のステータスも100を超えた。それぐらいのことは楽にできる。ただ、体から一気に力が抜けていくような感覚だけが問題だった。
「「「「「「「「「「突撃!」」」」」」」」」」
床を破ることができるのは、べつに私だけじゃなかった。狼人間に操られた巨大蠍も床を鉄骨ごと破壊する。ほとんど同時に下の階へと降りて、私はさらに床を破壊して下へと落ち、想像以上にすべての槍が滑らかに弓から放たれた。
狙いの正確さも以前とは段違いだった。全ての矢となる槍はまるで吸い込まれていくように、巨大蠍とその乗り手を絶命させていく。今までは硬く分厚い巨大蠍の甲殻の隙間を狙っていたのに、正面から貫いていく。
でも、だんだんと向こうも私との戦いの情報を蓄積させている。毘沙門天での攻撃が怖いからと離れれば余計に不利になる。それをよく知っている。だからどのモンスターも距離を置いたりしない。むしろ一気に押し寄せてくる。
ワイバーンが床を突き破って頭を覗かせた。 同時に天井も突き破ってワイバーンが現れた。周囲は巨大蠍に囲まれていて四面楚歌といった状況だ。
「分かっているじゃない!」
人間の造ったものでは、すでに防御の役に立たなくなっていた。モンスターはそんなもの関係ないとコンクリートや鉄筋ごと破壊しながら向かってくる。巨大蠍の尻尾が私の腹に刺さろうとする。
こいつらは強力な溶解液を尻尾から吐き出す。そうすると私の鎧が一瞬で溶ける。私は防御力が上がったわけじゃない。あくまでも強くなったのは攻撃力だけだ。巨大モンスターに一発でも食らうと一撃死もありうる。
「本当、祐太と大違い」
祐太は攻撃も強ければ防御も強く、何よりも速い。圧倒的なほど速くて、そもそも敵の攻撃に当たらない。
「私じゃ力不足だとは思うんだけどさ! だからって大人しく死ぬわけにいかないでしょ!」
必死に泥臭く逃げながら【毘沙門天の弓槍】を引っ張る。仕方がないと手伝ってくれる毘沙門天は、槍を放てば必ず敵を殺した。敵は20体+乗り手20体。同時に八本を射れるから、五度繰り返すだけのことだ。
なのに、そのチャンスを相手がくれない。
「攻撃を絶やすな! 殺そうとし続けるのだ!」
ワイバーンに乗ったガーゴイルが指示する。
「ちょっとくらい待ってよ! いろいろ準備ってものがあるの!」
「待った瞬間、殺してくるだろ! 待つわけがない!」
指揮官らしき狼人間が血走った目で叫んだ。
「そりゃそうだ」
思わず納得してしまったところにワイバーンの巨大な顎門が天井から開いた。私の頭を噛み潰そうとしてくる。胴体部分には巨大蠍の尻尾も向かってきていた。距離が近い。ワイバーンの息がかかってきたし、巨大蠍も1mほどだ。
これはちょっと避けることができそうになかった。対処方法を考えている時間は0.1秒もない。うっかり死にかけている。ただ、その時、何か【毘沙門天の弓槍】から言われている気がした。
何? あ、そっか!
「モードチェンジ! 槍!」
私が口にした瞬間【毘沙門天の弓槍】が一瞬でその姿を変えて、弓から槍になる。それは矢としてつがえる槍よりも大きかった。相変わらず緑色を基調として虹の装飾がなされている綺麗な槍だった。
私の槍さばきはお粗末だ。弓の攻撃が外れた時点で、槍は必死になって逃げるために利用してきただけなのだ。でも、緑と虹色で豪華に装飾された槍はまるでバターのようにワイバーンの首を斬り飛ばした。
「【剛槍】!」
そしてそのままの勢いでスキルを発動。巨大蠍の尻尾を貫いて胴体を串刺しにした。巨大蠍の尻尾から胴体まで穴があいている。槍だけでも凄まじい力だった。
「うわー。私って結構、近接もいける?」
「弓が槍としても使えるのか?」
ガーゴイルが驚いてこちらを見ていた。
「そうみたい」
「本当に面倒な……」
私は弓を構えた。私の矢槍(矢として放つ槍を、こう呼ぶことにした)がガーゴイルの眉間を貫く。ガーゴイルの頭がはじけた。近接戦の不安を解消した私はそれから一方的だった。槍を矢として放つたびにモンスターが死んだ。
「また壊れそうだな」
上海タワーがギシギシと悲鳴をあげている。あちこちに穴を開けられているのだから無理はない。この階層で戦っているとビルが崩れるのはよくあることだ。その他の高層ビルも何度か壊してしまったことがあった。
「まあ翌日になると元通りだから別にいいけど……」
ワイバーンに乗ったガーゴイル二体。乗り手を失った巨大蠍が一体。私が矢槍を向けるとガーゴイルの顔が悲壮になる。それでも私は最後となる攻撃を放つ。【精緻八射】がすべて狙い通りに飛んでいく。
「終わり!」
結局五回では殺しきることができなかった。七回目の掃射でモンスターを撃ち殺した。それでも充実感があった。遠距離で戦うだけではなく、近接戦でここまでやれた。自分が強くなったことを実感するのに十分だった。
「今どこの階?」
自分が上海タワーのどの階に居るのか分からず周りを見る。ホテルの一室だった。ビルの鳴動が酷い。たぶんもうすぐ壊れる。それなのにふかふかのベッドがあるから座った。
「お、レベル99だ」
おにぎりを食べながらステータスを確認する。ついにゲームでは限界レベルに設定されることも多いレベル99に到達していた。そのことに気分を良くしながらおにぎりをぺろりと平らげると、大好きなテリヤキバーガーの包みも開けた。
「ワイバーン10体はやっぱり経験値が違うな。レベル100以下だとどれだけ殺してもレベルが上がらなかったもんな……」
「すごいな」
そして上海タワーの中、ホテルの一室で休んでいたら、扉を開けて入ってくる女がいた。
「ああもう?」
休憩の暇もないというように一体の女のオーガだった。
「お前はまさにその武器と出会って生まれ変わったのだな」
「はは、なんだ。あなたか……。私ちょっと休みたいんだけど」
「もちろん構わない。攻撃はしない。ゆっくり休め」
目の前にオーガがいる。オーガには男と女がいて、モンスターで両方の性別が存在するのを初めて見た。女の方も男と変わらず好戦的で戦いを好む。でも弱い相手は嫌いで、私は武器が弱すぎて今までこのオーガに見逃されていた。
『統合階層まで来て専用装備も無いのか?』
『そ、そうだけどそれが?』
『運のない女だ』
最初はそれで命が助かったと思って喜んでいたけど、レベル80を超えても同じ対応をされるようになるとボディブローのように効いてくるようになった。こいつと出会うたびに自分が弱いということを自覚させられる。
『見逃してやる。目障りだ。消えろ』
『弱くない! ガチャ運が無いだけだし!』
『運がない。それが弱いということだ』
だからと言って戦いを挑んで勝てる自信が何もなかった。そしてそういうやつなので、信用することもできて、私は休憩したままカプセルを開けた。二個目のチーズバーガーを食べた。中学時代によく食べたファーストフードの味だった。
「美味いのか?」
「食べる?」
興味深そうに言ってきたので売るほどある白カプセルを一つ出した。同じファーストフードのハンバーガーのものだ。食べ終われば殺し合いだけど、むやみやたらと手を出してくる相手でもないのは知っていた。
オーガは人間に対する縄張り意識でもあるのか、このオーガと会うのはこれで五度目だ。ほかのオーガには会ったこともない。女のオーガは綺麗だった。羞恥心というものが無いのか、胸と腰に毛皮を巻いて、衣服はそれだけである。
紫色の肌をしていて身長は170cmぐらいだろうか? ほどよく筋肉質で胸も私よりかなり大きくて女性として魅力的なラインを保っている。額に角が一本生えて、それがなければ紫色の肌をした背の高い人間の美女だった。
「馴れ合う気はない。以前そうして探索者の少女が、私を殺す寸前まで追いつめたのに、殺そうとしてこなかった。あれはずいぶん興醒めだった。人間は命が短いせいか、情がうつりやすい生き物のようだ」
「まあ、確かにそういうところはあるかも」
私はハンバーガーをぺろりと平らげると体力回復のポーションを飲む。そして、毘沙門天を槍の状態で構えた。上海タワーの軋む音が大きくなってきている。たぶん、もうすぐこの建物は限界がくる。
「なんだ。もういいのか?」
「そっちこそ。一人で相手なんてしていいの?」
「戦いとはそういうものだろう」
こいつらは私がどう考えても、オーガに勝つ条件が揃っていない場合、見逃してくれた。見苦しいことをすると嫌って殺してしまうこともあるらしいが、どんな状態でも必ず勝つという状態で戦うことを嫌う生粋の戦闘民族。
「オーガさん。ここでこのままいこうか?」
「ああ、いつでもいいよ。人間」
でもそれがバカにされているようで嫌だった。女のオーガが拳を構えた。空手のような構えだ。オーガは全員素手だ。少なくとも統合階層で、それ以外のオーガはいないらしい。
「散々見逃してくれたんだもん。初手は譲るよ」
「そうか。では【瞬足】【巨力】」
オーガが当然のようにスキルを唱える。そして私の得意じゃない近接戦。でも不思議と怖くなかった。何となくだけどわかるのだ。最初に槍と拳がぶつかり合う。たったそれだけの事で衝撃波が起きて、ビルの窓が吹き飛んだ。
そしてオーガ女の右拳に血が流れた。これで怯んでしまうかと思ったのに、むしろ女のオーガが笑った。そのまま二合、三合とどんどんと拳と槍が衝突した。その度に相手の拳が潰れていく。
「すごいぞ人間」
何せ見た目が綺麗な女の人だった。それなのに、自分の体に傷がつくことなど、何の問題にもしない。次に左の拳が飛んでくる。私は全神経を槍に集中していた。それでも心の動揺があった。
その拳を腕で受けてしまった。腕が折れる。ありえない方向に曲がっていた。何をしているのだと自分を叱咤した。バックステップで離れる。追いかけてくるかと思ったのに追いかけてこなかった。
「どうして?」
私はそれが不可解で、オーガの女を見てしまう。だが動こうとしない。回復するまで待ってくれるのか?
「まだ私を侮っているの?」
「いいや、 以前お前たち探索者と戦っていたとき、私を殺せそうだった探索者の少女がいた。お前と同じ年齢ぐらいだった。しかし、その少女は私を殺せそうな寸前で、私を殺すことを躊躇した。人間にはたまにあると聞いていたが、本当だった」
「その話はさっきの人のこと?」
「そうだ。私は戦いに夢中で見逃されたことに気づかずに、その少女を殺してしまった。それがどうにも心に引っかかる。これはその分だ」
「はああ!?」
理解できない思考回路に思わず叫んでしまった。
「その女の子と私は何の関係もないんだけど!」
「気にするな。これは私の納得だ。さっさとポーションを飲め」
どうしようかと迷った。私もこの女みたいに格好良く生きたい。でも得意の弓は両手が使えないと引けない。いくら毘沙門天でも片手で扱った槍で、この女をどうにかするのは無理だ。この女の言葉に甘えなければ死ぬんだ。
それでも格好良く生きるために相手の言うことを聞かないでおくのか? 祐太ならどうするだろう。祐太なら飲まないんじゃないのか。いや、落ち着け。私も祐太もオーガじゃない。人間だ。私は人間だからポーションを取り出した。
そして飲んだ。骨が自動的に伸びて繋がっていくのが分かる。
「とてもいやな気分よ」
「そう。以前、私もそういう気分だった。それが腹立たしくてな。おかげで今すっきりした。さあ!」
オーガの女はすかさず、左の拳でスキルとともに殴りかかってきた。
「【六撃掌】!」
オーガの掌底が六つに分かれて同時に襲ってくる。今までで一番鋭い攻撃。掌底打ちが六度同時。
「【五連槍】!」
私もスキルを唱えて槍を放つ。オーガの女は攻撃の中で槍をいなそうとするが、いなし切れない。私の武器は当たるだけでも破壊力がある毘沙門天だ。オーガの女の掌から肘にかけて裂けた。戦闘能力が大幅に低下したはずだ。
逃げるか?
いや、オーガはこれぐらいで逃げ出したりしない。鋭い蹴りが私のこめかみに向かってくる。槍で弾く。ごきっと嫌な音がしてオーガの足が折れたのがわかった。これでもう終わりだ。
それなのに折れた足を無理やり支えにして、噛みついてくる。私は思わず距離を取った。
「人間の女! 私はまだ生きているぞ!」
「もう終わりだよ。別に死ななくてもいいじゃない」
ちょっとこの女のことが気に入ってしまったのだ。だから殺したくなくなっていた。知能のあるモンスターは必ずしも殺す必要はないと祐太の話でも分かっていた。
「それはオーガにとっての何よりの侮辱だ」
でも相手が怒っているのが分かった。
「ちゃんと最後まで戦え。お前が弱い間、私は待ってやったぞ。義理を果たせ。自ら望んだ戦いを見逃されるなどと恥をかかせるんじゃない。私を弱者にするな」
オーガから真剣に睨まれた。
「……」
嫌いじゃないだけに本当にこういうのは出来ればしたくないと思った。でも、確かに弱い時に何度も接触している。しかし、私の無銘装備を見て、
『それでは戦いにならんな。早く強くなれ』
そう言ってくれたのはこの女だった。そしておそらくこの女のオーガは、私が大鬼と戦う前に、必ず私と戦おうとしていた気がする。
「分かったよ」
私はこんなに近距離なのに毘沙門天を変化させて弓を構えた。
「得意なのはこっちなの。それでいいんでしょ?」
「ああ、いいぞ」
女が獰猛に笑った。
「一つだけ聞いていい?」
「なんだ?」
「あなたは大鬼が好きだったりするの?」
「ふふ、お前たちらしい質問だな。オーガに恋愛感情などない。これはそんな戦いではない。お前は何も気にせず全力を出せ。私も全力を出す!」
全く衰えない気迫。油断したら、またこっちが殺される方になっている。私は弓に矢槍をつがえて引いた。
「装備スキル開放」
「【韋駄天】【巨力】【紅炎】」
オーガの潰れた拳の右手が紅の炎に包まれる。オーガの女が折れた足を精一杯に曲げた。そして、伸ばした瞬間。オーガの体から血が噴き出していた。限界を超えて動いたのだと分かった。オーガの姿が消えたように見えた。
油断したつもりはなかったのに見失った。それでも私は毘沙門天を信じた。
「【爆雷槍】!」
気配を感じた瞬間、矢槍を放つ。雷のような轟音を響かせる。矢槍の先が鋭く女の豊かな胸に吸い寄せられるように貫いた。そして突き抜ける。オーガの体が地面に沈んだ。
「ゴホッ。やはり届かないか……」
胸に大穴が開いている。その状態でどうやって喋っているのか不思議だった。
「届いていたよ。あなたがもっと容赦がなければ私はこの階層で生きてなかった」
「人間。ボスはもっと強いぞ」
「知ってる」
「私に勝ったのだ。ボスにも勝てよ」
「あなたに殺されかけた時点で自信ないな」
「……」
答えが返ってこなかった。見ると胸に大きな穴があいているオーガの女は死んでいた。満足して死んだんだと思う。顔を見ると満足そうだ。
「……強くなれたな」
こんなのまで倒せるようになった。
「もう喋らないよね?」
どれだけ満足していても死んだら一言も喋らない屍になる。それを見ると、やっぱりあのときポーションを飲んでよかったなと思った。プライドが傷ついたけど、こうならずに済んだ。
「本当に全然違う考え方をするんだ」
それがなんとも恐ろしくも感じた。実力的には私の方に毘沙門天がある分だけ上だったと思う。それでも負けそうになった。オーガの女の死体を見ていると、できれば墓でも作ってあげたいと思う。
でも上海タワーの鳴動がどんどんひどくなってきていた。私の最後の【爆雷槍】がトドメになったんだ。崩れ始める音がした。オーガの死体を置いていくかどうか迷う。でも私はここにおいていくことにした。
外に飛び出すと、すでに崩壊は始まっていた。とてつもなく巨大な建造物が崩れていく様は二度目とはいえ呆然とさせられる。この統合階層に降りてきたばかりの時、大鬼が簡単に東京スカイツリーも上海タワーもワン・ワールド・トレードセンターも壊したんだ。
「私はそれができる大鬼が怖いって思ったな」
私もそんな存在に足を踏み入れかけているのだろうか。ともかく、ようやく大鬼とまともに戦うことができるレベルになった。自分の手を強く握って見つめた。
「ここまでこれたんだ」
それを証明するように、私の頭の中に機械的な女の人の声が聞こえた。
【レベルアップのお知らせをいたします。あなたはオーガを倒しレベル100に到達しました。これにより称号を授けます。あなたをこれから【遠雷の射手】と呼称します。同時に【大八洲国】への入国許可証を交付します】
「おおやしまぐに?」
それはなんのことだろうと思った。十一階層にも何かあるのか? いや、 それどころじゃない。レベル100になったのだ。探索者が最初に到達を目指す場所に私もたどり着くことができたんだ。
「ゴブリンを相手におしっこちびった私がな……」
私は隠密スキルを唱えて姿を隠すと、とにかく早く見たくて仕方なかったステータスを見た。
名前:桐山美鈴
種族:人間
レベル:99→100
職業:弓槍兵
称号:遠雷の射手
HP:718→725
MP:309→312
SP:940→948
力:750→757
素早さ:858→865
防御:545→550
器用:999→1008
魔力:400→404
知能:139→142
魅力:67
ガチャ運:1
装備:ストーン級【髪飾り】
ストーン級【胴鎧】
ストーン級【脛当て】
ストーン級【小手】
ストーン級【肌着】
ストーン級【護符】×2
レインボー級【毘沙門天の弓槍】桐山美鈴専用装備
ストーン級【短刀】
ストーン級【履き物】
ブロンズ級【アリスト】(バリア値100)
シルバー級【マジックバッグ】(200kg)
サファイア級【天変の指輪】
魔法:ストーン級【レベルダウン(-4)】(MP20)(5分)
ストーン級【レベルアップ(+4)】(MP20)(5分)
スキル:ストーン級【精緻八射】(SP35)
ストーン級【誘導射レベル3】(SP25)
ストーン級【韋駄天】(SP18)
ストーン級【金剛弓レベル3】(SP15)
ストーン級【五連槍】(SP15)
ストーン級【剛槍】(SP4)
ストーン級【変色体レベル3】(SP20)
ストーン級【気配遮断レベル3】(SP30で10分継続)
ストーン級【探索網レベル5】(常時発動可)
ストーン級【危険感知】(常時発動可)
ストーン級【暗視光】(常時発動可)
ストーン級【永続睡眠耐性】(常時発動可)
ストーン級【意思疎通レベル3】(常時発動可)
装備スキル:ストーン級【爆雷槍】(SP40)
ブロンズ級【覇哭】(SP80)
???
???
???
???
???
クエスト:二階層A判定 三階層C判定 四階層S判定 五階層S判定 六階層S判定 七階層S判定
入国許可:大八洲国
「なんか私のスキルも結構見れたものになったな」
祐太のステータスを見て羨ましがっていたのに、今では私もこんなにたくさんスキルを抱えるようになった。
「随分と待たせたよね。大鬼さん」
私は【毘沙門天の弓槍】を構えた。
「もういいよ。装備スキル開放」
そして空に向かって放った。
「【爆雷槍】!」
雷鳴と共に一条の光が空へと進んでいく。一瞬後、空に雲がなくなった。同時だった。大鬼の咆哮がダンジョン中に響き渡った。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!!」
それは間違いなく歓喜の咆哮だ。あの女オーガも大概おかしいぐらいのバトルジャンキーだったけど、こいつだけは桁違いだ。本当にこれでちゃんと勝てるのだろうな。正直ちびりそうなほど怖いんだけど?
私がそんな恐怖に駆られていることも気にせずに大鬼の気配がどんどんと近づいてくる。
「ああ、格好つけて呼んだりしなきゃよかった」
新しく生えた【危険感知】がさっさと逃げろと激しく伝えてきた。





