第百三十一話 Side美鈴 運命
心臓がバクバクいって口から飛び出そうだ。高校受験をちゃんと受けていたら、こんな気分だったのか? そんなことを考える。いや、でも高校受験は落ちても死にはしないけど、このガチャを外せば死にかねない。
理由は大鬼だ。大鬼と闘わずに逃げ出すことだってできる。さすがに大鬼もダンジョンの外まで追いかけてきたりしないだろう。仲間のことも何もかも投げ出して、残りの人生は鬼が怖くて家でブルブル震えている。
「15歳で、そんな人生嫌だな」
だったら戦って死にたい。でも、きっと皆、私が虹カプセルを出せなかったら戦うのを止めるだろうな。それどころか自分のコインを譲ってくれるかもしれない。でもそんなことになるのも嫌なのだ。
「生きるって大変だな」
15歳で人生を語る私は、ガチャゾーンまで来ていた。ガチャゾーンに一人で居るのは初めてだ。目の前には100回用のかなり大きいガチャがある。レベル97まで上げることができた私は、手に入れたガチャコイン224枚のうち10枚を握った。
「なんだか私の命の枚数みたい」
これが全部無くなるまでに虹カプセルが出なかったら私はきっとかなりヤバい。虹カプセルが出たとしても、相手は大鬼である。命をかけてあんな化け物と戦うのだ。そこで死ぬ可能性は十分にある。
「なんでそこまで頑張っちゃってるかなー」
私はあまり人がいない時間帯にしておこうと思って、一階層のここまで戻ってきたのが深夜2時だった。それでも予想が外れて、この時間帯でも扉の外にガチャを待っている人たちが大勢いる。
一〜三階層までを探索している探索者は、ダンジョン内の環境が常に真昼で固定されているため、時間感覚が狂いやすい。だから、ここも24時間人がいない時はないのだ。
「早く回さなきゃだよね」
エヴィーがクエスト達成してくれたおかげで、私の強さはまた一つ上がった。祐太も伊万里ちゃんも頑張っているはずである。
「みんな私も頑張るからね」
それでもガチャで頑張るってどうするんだろうと思いながら、ガチャのハンドルに手をかけて止まった。やっぱり怖い。自分を試す。自分の運を試すのだ。祐太の話ではこれだけのコインがあればたったの1/2を当てる運があればいい。
その程度の運もないのなら、死んだところで仕方がない。ダンジョンは本気でそう思っている気がした。1/2すら当たらないならその時は仕方ないから死ね。ガチャの裏側でダンジョンがそう思っている気がするのだ。
「よし」
私はガチャコインを十枚投入した。そして次々と回した。そうすると当たり前のことだけど次々と結果が出ていく。
1回目虹0、銀0、銅1、白99。
2回目虹0、銀0、銅2、白98。
3回目虹0、銀0、銅1、白99。
4回目虹0、銀0、銅1、白99。
5回目虹0、銀0、銅2、白98。
6回目虹0、銀0、銅3、白97。
7回目虹0、銀0、銅1、白99。
8回目虹0、銀0、銅2、白98。
9回目虹0、銀0、銅2、白98。
10回目虹0、銀0、銅1、白99。
「ちょ、ちょっと落ち着こう。なんかおかしい」
100枚のガチャコインが簡単に溶けていく。
「もしもーし。ガチャの神様仕事していますか? 1000回分も回したのに銀すら出てませんよー」
そして殆どが白カプセルで、10回すべてにおいて銀カプセルも出なかった。
「いや、違う。ポジティブに考えよう。これで、虹カプセルに対して運を残したんだよ」
「美鈴、大丈夫?」
一瞬、後ろで心配して祐太が声をかけてくれた気がして振り向いた。でも祐太の姿は無かった。生きているか死んでいるかも分からない。そういえば最初は祐太と二人でここに来ていたんだ。
まだ祐太は『桐山さん』って呼ぶ癖が抜けなくて、お互いピュアだった。あの時の気持ちならきっとこんなにガチャが回せて楽しくて仕方なかった。あの時の自分は今のことなんて想像もつかない。そして祐太がここに居るわけない。
でもなぜか一緒にいる気がした。
「祐太。今だけちょっとだけ運を分けてね。あ、いやいや、ダメダメ。祐太は祐太でミカエラ相手に目一杯運だって使わなきゃいけないのだ。ダンジョンの神様今のなしでお願いします。ああ、何一人で言っているんだ私は……。ふう、考え込んでいたって仕方ない。回そう!」
再び私はガチャを回した。
11回目虹0、銀0、銅1、白99。
12回目虹0、銀0、銅2、白98。
どんどんと白いカプセルが出てくる。私は、だんだんこれはちゃんと当たりが設定されているだろうかと思えてきた。いや、小春の話では、ガチャ運1は確率的に銀カプセルが出てくるのですら、1/512らしい。
1200回ガチャを回しても銀カプセルすら出てこない可能性は十分にあった。それどころか、全部のコインを費やしても銀カプセルすら出ない可能性もある。
「諦めて、みんなにこのコインを渡した方がマシなんじゃないの?」
そうすれば伊万里ちゃんやエヴィーが強くなる。
「ああ、もう、余計なこと考えない」
私は再びガチャを回した。たくさんの白いカプセルばかりが出てきて、気分が悪くなってくる。しかし、その中に銀色に光るカプセルがあったのだ。しかも二つも出てきている。
13回目虹0、銀2、銅1、白97。
「出てくるときは、極端な出方するんだから。はあ」
とりあえずホッとする銅カプセルは何度か見ていたが、銀カプセルが出たのは本当に初めてだった。それでも銀が二つ出たということは、確率的な帳尻はあった。やはりガチャはかなり公平に出来ているんだ。
「よし、絶対この調子なら、虹カプセルも出る。というか、出てくれないと全力で攻撃できないんだよ」
みんなには心配をかけるから話してないけど、四~六階層、そしてエヴィーのクエストがS判定であったこともあり、私の能力不足はかなり解消されている。でも、私はいまだに攻撃力不足に悩まされている。
その原因が銀カプセルから出てくる【無銘の弓】だった。何しろ【無銘の弓】は今の私が全力で引っ張ると、私の力に耐えきれなくて壊れてしまうのだ。そりゃそうである。今の私の力のステータスは700を超えている。
これぐらいの力があると弓力1000㎏の弓ですら引っ張ることができる。一般弓が弓力15㎏ぐらいだから、1000㎏はまさに化け物。この上、新しく生えたスキルなども加えていくと、とてもじゃないが、今の弓では使用に耐えない。
ガチャから出てくる【無銘の弓】でも弓力500㎏までなら大丈夫らしいが、それで倒せるのは不意打ちでもレベル100までなのだ。レベル100を超えるモンスターになると【無銘の弓】では防御が貫けない。
他の無銘装備も同じである。レベル50を超えたあたりから、私の能力や速さに耐えきれなくて、全力を出し切ることができなくなってしまった。それでもまだ防具はなんとかなる。
ただ、武器だけはどうにもならない。
ガチャではそのことが考慮されているのか、専用装備が出てくる場合、必ず、武器が先に出てくる。祐太もエヴィーも伊万里ちゃんもそうだった。
「私の虹カプセルも武器からなのかな?」
そんなことを考えながらも、再びガチャに手をかけた。そして私の地獄がそこから始まった。14回、15回、16回とまた、ほとんどが白カプセルで、銅カプセルがたまに出てくるだけだった。
「160枚も使ちゃった……」
なんだか呆然としてしまう。
100回ガチャは一回で十枚使う。さらに一回で100個出てくる。合計1600個のカプセルが出たのだ。そのすべてが私の望むものではない。そして、ほんの少しの時間で私の集めたコインがどんどん消えていく。
祐太と一緒に居ると金カプセルが出てくるのが当たり前のように思うけど、私のガチャ運は銀カプセルすら滅多に出てこないのだ。224枚もあったガチャコインの残りが64枚である。
3/4のガチャコインを消費してしまった。残りは1/4。
「たしか数学的に確率は常に初期化されるんだよね?」
今まで出なかったものが後になるほど出る確率が高くなるかと言えば、そうではないらしい。数学的にはその時々で確立は初期化されて、再び私のガチャ運に従った確率に戻っているらしい。
そうなると、後6回の100回ガチャの中で出る確率って……。
いよいよ心臓がドキドキしてきた。これって本当に出るんだろうか? 虹カプセルなんて本当にあるんだろうか? ダンジョンは私にだけ意地悪してない? 私はそれでも再びガチャを回す。銀カプセルが一つだけ出てきた。
「よ、よし、あと5回チャンスあるし」
時計を見ると30分近くもかかってしまっていた。一応かなり枚数があるから待っている人に『時間がかかってしまうかもしれない』と断りはいれておいた。普通の小娘がそんなことを言っても聞いてもらえないかもしれない。
だがガチャコインの枚数が多いということは、それだけ強いということでもある。ストーンガチャにいるのは初心者ばかりである。だから時間がかかる人は強い人という認識もあり、あまり文句を言われることはない。
だけど、いい加減痺れが切れてくるだろう。
「早く回さないと」
この結果次第で死ぬかもしれないというのに、ガチャ待ちの人のことを心配して急いでしまう。18回、19回と白カプセルばかりが出てくる。迷っても時間がかかるだけだと思って、20回目を回す。銅カプセルが一つだけ出た。
「…… 100回ガチャを20回も回したよね? え? もう2000個も出てきちゃったの?」
これ、駄目な奴だ。
「逃げたい……」
100回ガチャが、もうあと2回しか回せない。ごめん。伊万里ちゃん、エヴィー。こんなにコイン使っちゃって本当にごめん。もっと早く諦めたらよかった。これは間違いない。虹カプセルが出てこないパターンだ。
きっとダンジョンはこの結果を見て今頃、この子、大鬼に殺されるんだ。それとも逃げ出すのかしらとか気楽に考えているんだ。
「出てこないパターンって……」
誰がそんなの求めているんだ?
ダンジョンよ! 誰もそんなの求めてないぞ!
いや別に誰かが仕掛けているわけじゃなくて、本当に確率的に出てきていないだけなのだろうけど……ああ、今からおうちに帰りたい。
そして玲香お姉ちゃんと芽依お姉ちゃんに『美鈴はいい子よ』って慰めてもらいたい。
「今更これだけのコイン残したって仕方がないよね……」
こうなったらヤケだと思って、再び十枚のコインをガチャに投入する。そして回した。
21回目虹0、銀0、銅0、白100。
結果、白カプセルしか出てこなかった。
「あれ? これ本当に白しか出てないんじゃ……」
回収してマジックバッグの中に収納していくのだが、どれだけ確かめても銅色のものすらなかった。
「ここまで運が悪いともう笑うしかないな……はは」
私は自分の探索者としての人生が終わったのだと確信した。よく考えたら、さすがに今の状態で、大鬼に挑むなんて無謀を起こす気はとても起きなかった。
「でもな……普通の人生か……」
レベル97だから普通ではないかもしれない。働いたら必ず高給取りになれると思う。でもそういう人生を楽しいと思えるだろうか?
『今、祐太は美鈴に連絡できない。おそらくミカエラの心を読む能力をかなり警戒しているんだと思う。だからこっちから連絡してもダメよ。祐太は美鈴の居場所を知られるのが一番いやでしょうから』
『分かっているよ』
祐太は私のことをよく分かっている。こういう時に私が連絡をしてきたら、私が何も言わなくてもガチャを回しに行くんだと気づくぐらい分かっている。だから祐太は誰との連絡も絶っているんだ。
『だから私がちゃんとあなたの言うことを聞くわ。大丈夫だとは思うけど、万が一、ガチャで虹カプセルが出なかったら、私に絶対言うのよ。万が一のプランもちゃんと考えているから、一人で勝手に突っ走たらダメよ』
このガチャを回しに行く前にエヴィーが言ってくれていた言葉だ。
「はあ」
みっともない。この期に及んで、まだ仲間の言葉に縋ろうとしている。本当にそういうのが嫌だ。それなら、やっぱり虹カプセルが出なくても、クエストをやろうと思った。十枚のコインを投入する。
残りは四枚だった。隣にある10回ガチャを四枚で回したところで、虹カプセルが出るとは思えない。実質、これが最後だ。これがダメなら潔くこの状態で大鬼と戦おう。だって祐太もエヴィーもいない普通の人生に、戻りたくない。
だからって仲間の足を引っ張りながら探索者を続けたいわけでもない。私はガチャを回した。大鬼には悪いけど私の自殺に付き合ってもらう。頑張れば命と引き換えに大鬼を殺せるかもしれない。
「さて、死にに行くか」
相変わらず白カプセルばっかりが出てくる。本当に呆れるぐらい運がない。今のうちに死んでおいた方が仲間のためにもなるだろう。
「はあ……まあ、さ……私にしては頑張った方だよ」
床にまき散らしたままになってしまったカプセルだけはちゃんと回収しておこうと思った。白カプセルはまだガチャの排出口から出続けていて、
そして、それが現れた。
「うん?」
出てきた音は一緒だった。
別に特別な演出音があるわけでもなかった。
「は?」
床に転がる音も一緒だった。コロコロとまるで自分だけは特別だというように、存在を主張してガチャゾーンの入り口まで転がって止まった。
「綺麗……」
それは金色よりも輝いたカプセル。
虹カプセル。
本当に七色に輝いていた。
その七色に輝いたカプセルが床に一つだけ落ちていた。
22回目虹1、銀2、銅1、白96。
「嘘……」
心臓が止まるかと思った。あまりにも願いすぎて、幻でも見ているのかとすら思う。試しに自分の頬っぺたを抓ってみた。
「痛いっ」
どうやら夢ではないらしい。
「おーい、まだかよ! もう夜も遅いんだ! 一人でどれだけ使っているんだよ! ここにもゴブリンだって出てくるんだぞ! 早くしてくれよ!」
かなりイライラした探索者の男の声が聞こえた。ガチャゾーンの扉が激しく叩かれていた。私はそれで現実に引き戻された。
「は、はーい! もうすぐ出ます!」
急いで床に散らかしてしまったカプセルを全てマジックバッグの中に入れた。そして虹カプセルをどうしようかと迷ってしまう。白カプセルなんかと一緒の場所に収納しておいて、大丈夫だろうか?
虹色から白色に戻っちゃったりしないだろうか?
「大丈夫に決まってるから早くしてください」
伊万里ちゃんからは絶対そう言われそうだと思いながら、私は虹カプセルをマジックバッグの中に収納し、中に入れ忘れてないかともう一度確認してから外に出た。あと四枚分回したかったけど、それはもう仲間に渡せばいい。
私は待たせてしまったおじさん探索者の人たちにぺこぺこ謝って、そのまま走った。
そして下の階層へと全力疾走して息を切らしながら、ドワーフ工房に来ていた。
「——なんだ用って?」
私は利休さんでは頼りないと思って、行慶の親方を呼んでもらった。見下ろしてしまうほど小さいドワーフの親方はそれでも威厳があった。私は祐太もエヴィーも伊万里ちゃんも忙しそうで声をかけられず、一人で見るのは不安だった。
だから仕方がない。
何よりも虹カプセルは超高級品である。
だから親方一緒に見て!
この中身は市場に一度も流れたことがないと言われる伝説のアイテムだ。扱いを間違えて壊したら大変である。でも鍛冶に長けたこの人なら、そういったことへの注意も聞けるかと思った。
何よりも探索者は専用装備をみんなここに預けていくのだ。そこの親方ならば、虹カプセルを見せても大丈夫だと思えるほど信じることもできる。それでも親方に人払いをしてもらって、応接間は二人だけだった。
「あの、出た。親方ついに出たよ」
私は、はやる気持ちを抑えきれず、主語も入れず、それでも必死に声のトーンを落として言った。祐太はほとんどこの人と関わっていないだろうが、六階層でクエストをこなした私たちはここに何度も訪れた。
その時の印象で、この親方に対しては頼りになるドワーフ爺ちゃんという印象が残っている。誰もいない時期からダンジョンに入りだした私たちには頼れる大人なんていなかったから、そういう存在には頼りたいところなのだ。
「なんでい嬢ちゃん便秘だったのか?」
「違いますー! そうじゃなくて虹カプセルが出た!」
「虹……」
そう聞いた瞬間に親方の顔つきが変わった。今までの気の抜けた顔から職人の顔に様変わりしたのだ。
「それは本当か?」
「え、うん。本当」
「そうか……。ちょっと待ってろ。もう一度確認してくる」
そう言って親方はもう一度部屋を出て行くと、廊下に誰も居ないことを確認して、戸締りをちゃんとして戻ってきた。そして神妙な顔になった。
「嬢ちゃん。お前さんかなり際どい事をワシに言っているぞ? 良い探索者ってのは個人情報を隠すもんだ」
「うぅ、だって、仲間が全員クエストで忙しすぎて……。それに詳しそうな人に話を聞きたかったの。ここには専用装備をみんな預けていくから大丈夫かなって」
「まあ、大丈夫は大丈夫なんだけどよ。やたらめったら、他の奴らに言うなよ。虹カプセルのアイテムとなると、かなり上のレベルでも欲しがるやつがいるからな。それに先に言っておくが、虹カプセルから出てくるアイテムは強化したりは無理だぞ」
「やっぱりそうなんだ」
そんな気がしていた。だってガチャ運1の人が強化素材なんて出せるとは思えない。
「ああ、虹カプセルから出てくるアイテムに、手を入れる余地なんてない。それこそ、坊主が装着していた専用装備以上だ。だからここに持って来ても仕方ないんだぞ?」
「うん。強化素材があるわけじゃないから、そうだろうなって思ってた。ただ、この装備に関してだけは扱いを間違えたくないと思って」
私の今の心境を言葉で表すとしたら、全財産を持って危険地帯をうろついている気分である。できれば安全なところに預けてしまいたいが、全財産を持ち歩く上に使い倒さなきゃいけない。
せめて安全な運用方法を教えてもらわないと心配でたまらなかった。
「カカ、なるほどな。ストーンエリアの探索者にとっては過ぎた代物ではあるな! まあワシを信用するっていうなら、一緒に見てやるぐらい構わんぞ。正直、興味はある」
「じゃあ、その、出しますね」
私は虹カプセルを座敷机の上に置いた。相変わらずそれは虹色に輝いていた。
「おお……すげえな。マジで虹色だ。嬢ちゃんそれ、カプセルだけでも高く売れるから取っとけよ」
「うん。売らないけど大事にする」
「しかし、ワシも正直見るのは初めてだ」
「親方でもそうなの?」
「ああ、田中ってやつが『見てもらえないか』って持って来たことはある。田中はお前のところでは有名人なんだろう、知ってるか?」
「あ、ええ、知ってる」
そうか。田中さんもきっと最初は私と同じような気分で持ってきたんだろうな。
「だが『強化も何も出来ないぞ』って言ったら、残念がって引っ込めたな。正直、中を見せてほしいってお願いしたかったんだが、そういうのは御法度でな。見ることはなかった」
「つまり親方でも田中以外では持っていると聞いたことすら無い感じ?」
「感じだ。まあぶっちゃけ嬢ちゃんガチャ運1だろ?」
「あ、はは……」
ガチャ運1じゃないと虹カプセルは出ないのだ。虹カプセルを見せればガチャ運1だと言ってまわっているようなものである。
「ガチャ運1で探索者を続けるやつがまずいないからな。とにかく虹カプセル以外は碌なアイテムが出ねえ。だから、金が回らん。田中もまだ普通に働いているっていうじゃねーか。あいつの資産、ほとんど普通に働いて稼いでいるんだろう?」
「ああ、そういう話ですね……」
働きもせずに祐太に食べさせてもらっていることが、田中さんにちょっと申し訳なく思った。
「カカ、レベル1000超えて働いて稼ぐとか笑えるやつだぜ! 国の一つぐらい簡単に支配できるのによ!」
「ですねー」
全然、私的には笑いごとじゃない。でもそんな人間が、レベル1000を超えるきっかけとなったアイテムが今手の内にある。私にも信じられない奇跡が起きたんだ。たった1/2の奇跡だったけどちゃんと当てることができたんだ。
ああ、早く皆に自慢したい。
「ほら、さっさと開けてみろよ」
「そうですね。よし!」
ダンジョンの中においてアイテムは探索者の命にも等しい。なんとなくわかる。私はこいつとかなり長い付き合いになると。虹カプセルに手をかけた。そして蓋を開けた。パカッて音が特別に聞こえたのはきっと気のせいじゃない。
「あれ? でも、これ武器じゃない?」
そのことにかなりがっかりした気持ちになる。それは武器ではなかったのだ。
「指輪だよな?」
そう。指輪だったのだ。そしてその指輪を私は見たことがあった。
「これって?」
「す、すげえぞ! 嬢ちゃん! こいつは【天変の指輪】だぞ! おっと」
思わず声を張り上げてしまったという感じで親方が口を抑えた。
「は、はは……」
やっぱりそうなのか。私はがっかりした。だってもう持ってるもん。
「はあ……」
これの使い方はよく知っている。そしてこれで大鬼と戦うのは無理だということもよく知っている。この指輪に攻撃力なんてものはひとつもない。祐太の話だと鳥にでもなれるらしいけど、ちょっと空を飛んだぐらいではどうにもならない。
そもそもこの指輪では私に足りない攻撃力を全然補ってくれない。くっそ、やっぱり私だ。ちゃんとオチがある。そんなもの用意してくれなくてよかったのに!
「おいおい、何ため息付いてんだよ嬢ちゃん。【天変の指輪】だぞ。【天変の指輪】が嬢ちゃんの専用装備で出てきたんだぞ。これが、どれだけ凄いことか分かってんのか?」
「うん。だってこれ」
私は自分のマジックバッグから【天変の指輪】を取り出した。それは少しだけ模様が違うように思ったけど、ほとんど一緒の指輪だった。
「な、なっんだってこんなもの持ってるんだ!?」
「知り合いのさらに知り合いの人が、変装用にって貸してくれたの」
「変装用にこんなもの貸すアホがいるのか? いや、なんとなくそのアホの顔が想像できなくもない。田中か南雲のどっちかだろ?」
「は、はは」
なんだろう。その二人は有名なんだろうか?
「呆れたお人好し共だな。まああの二人のことはどうでもいい。嬢ちゃん【天変の指輪】の価値を分かっているか?」
「凄いものだってことはサファイア級だし」
「いや、まあそうなんだが……。専用装備として出ているものじゃないのなら、そのぐらいの認識になっちまうのか? とにかく全然分かってないようだから説明してやるよ」
「う、うん」
「やっぱ全然実感が湧いてないみたいだな。まずその武器の名前を確認するんだ」
「武器?」
「ああ、武器だ。虹カプセルだろうとなんだろうとガチャから最初に出る専用装備は武器と決まっている。ワシは絶対に覗かないからステータスを確認してみろ」
そう言われて私は自分のステータスを確認して名前を見つけた。
レインボー級【毘沙門天の弓槍】桐山美鈴専用装備
「って、書いてあるけど……これ弓なの? 槍なの? それに【天変の指輪】じゃなくて、【毘沙門天】なの?」
「【天変の指輪】っていうのはな。ダンジョンがガチャの中に用意しても、ほとんど持ち主の手に渡ることがないものらしい。【人を与えられ宿るもの】とも呼ばれている。元々どんな形にも変化するといわれる不思議な指輪をダンジョンが創ったんだ」
「なんか凄そう」
「いや、凄そうじゃなくてすげえんだよ。しかし、ほとんどの指輪はその本来の持ち手に渡ることなく、持ち手が死んじまう。もしくは巡り逢う前に探索者を諦めちまう。そして持ち手に渡ることがなかった【天変の指輪】はサファイア級として、ガチャから出てくるらしい。ワシも御上に聞いたことがあるだけだから、よく分からん知識ではある。だが、今回、それが本来の持ち主の手に渡ったわけだ」
「ひょっとして凄い?」
「凄い。だが、それはあくまで武器だ。防御力はない。強くなったと思って調子に乗っていたら殺されるから気をつけろよ」
「う、うん。そうだね、分かった気をつける」
でも私は嬉しかった。どうやらこれは武器らしい。それならあの大鬼と戦える。あいつと同じ土俵で戦える。大鬼さん、不意打ち一発でもし死んだとしても恨んでくれるなよ。悪いけど、近接戦は私の得意技じゃないんだ。
ああ、思わず顔がにやけてきた。
「ふん。ここに来るとき、お前さんだけいっつも寂しそうだったから、いい顔になってよかったじゃねえか。どうだい。自分だけの武器っていうのは?」
「あ、はは。うん。超嬉しいかな」
私は指輪に力を込めてみた。不思議と使い方が分かった。指輪はどういう仕組みなのか巨大化していき、綺麗な緑と虹色の装飾が施された【無銘の弓】とは比べ物にならないほど頑丈そうで、物々しい弓が現れる。
そして槍がセットになっていて、どうやらそれが矢になるらしい。私は試しにセットして引っ張ってみた。私の全力にちゃんと耐えているのがわかる。いや、耐えるどころか、私がもっと力を発揮してもまだまだ先があるのだと分かった。
「いいぞ。射ってみろ」
親方が応接間の窓を開けた。私は気持ちが抑えられなかった。そして自然とその言葉が頭に浮かんだ。今の私が放てる最大の攻撃。
「装備スキル開放【爆雷槍】!」
バチバチと電撃がほとばしる槍を弓から放った。
瞬間、まるで雷でも落ちたような音が鳴り響く。そして青白く光る槍が人の目ではとても追いつけないような速度で応接間の窓から山まで真っ直ぐ向かう。それは田園風景に傷跡を残しながら進んでいき、山肌に激突する。
煙が立ち込めて収まったとき山肌は大きく削りとられていた。
「すごい……。これならきっとどんな敵も貫ける」
私は思わず震えた。
「カカ! こりゃ豪快だ! いいねえ! 派手なのは大好きだぜ!」
親方にバシンッとお尻をたたかれた。超痛かったけど不思議と嫌な気分じゃなかった。
「さあ頑張ってこい! お前が探索者ならそれは飾りじゃねえ! 存分に使い倒してこい! そんで生きていたらまた顔を見せろ! ワシが一杯奢ってやる!」
「あの親方さん。ありがとう」
さて、じゃあ鬼退治といきましょう。





