第百二十九話 Sideエヴィー 黒桜
ビャクレン様のところから出てくると、私はまずリーンとクーモを召喚する。そして私の今の考えを話すことにした。
「いろいろ考えていたのだけど、三組に分かれるのはやめておこうと思うの」
「私も賛成だ。主は我々すべてを合わせて一人の探索者だ。それを三組にも分けてしまったら、力が1/3になるようなものだ。不測の事態が起きればそれで死ぬ。そんな状態は作戦とは言えない」
「全くね」
それでもそうしなければいけないと思い込みかけた。少し冷静になれば、無茶なことだし、何よりもこのクエストはそういう無茶をすることが正しいことではない気がしていた。
「ビャクレン様からの忠告も、そういう意味でも無茶するよりも頭を使えと言われた気がするの」
「ビャクレン様?」
リーンの目にはビャクレン様がよほど怖く見えていたらしく、目の前にいないのに怯えた顔になった。何よりも私が誰かを様付けするのは、かなり奇妙に聞こえたと思う。
「……」
またリーンが黙り込んでしまった。体が震え出していた。
「リーン。あなたそんなに怖いの?」
あの人の姿は小さい女の子だ。それこそリーンが種族進化をする前の姿と似ているぐらいだ。怖がるには、あまりにも幼く見える。それでもリーンが怖いと思う何かがあの人にはあるのか。
「うん。なんだかとても怖かった。でも、アレがそう言うなら従ったらいいと思う。悪い人だと思うわけじゃない。ただリーンは空より大きい化け物だと思って怖かった」
「それほど……」
ビャクレン様が何者なのか改めて気になる。どうしてあんな場所にいたのかも気になる。もっと下の階層にいてもいい存在に見えた。でも今はそんなこと考えても仕方がないし、早くネコ探しの方法を決めなければいけない。
「じゃあまずどうやってビャクレン様の飼いネコ、コクオウを探すかだけど」
「三組は無理でも二組にする?」
リーンが言う。
「いえ、今回は全員で行動するのよ」
「それだと時間がかかっちゃうけどいいの?」
「リーン。頭を使うって言ったでしょ。最低でもお互いを10秒以内にフォローできるようにするの。それ以上は絶対に離れないようにする」
「10秒? ラーイとクーモなら3.5㎞ぐらい?」
「ええ、一番遅い私はラーイに乗ってるし、リーンも私と合体しているようにすればいいわ。クーモ、あなたは単独だけど付かず離れずで姿を隠しておくのよ?」
《……》
話せないから会話に参加できないクーモに確認を取る。クーモも頷いていた。私たちは作戦会議の間、砂嵐の外側にずっといた。こうするとほかのモンスターが寄ってこないので、安全に話し合うことができるのだ。
それにしても改めて見ると奇妙な砂嵐である。ずっとその場所から動くことなく横向きに風が吹いて、こちら側にくることがないのだ。その様子から自然災害のように見えて人為的なものだと分かった。
「いえ、考えるだけ無駄ね」
ビャクレン様について考え込みそうになって頭を振った。どれだけ考えても答えが出そうにないことに思考を割く余裕はないのだ。
「それより一番の問題は、階段探しの時みたいに階層を虱潰しにしても、コクオウは必ず見つかるネコじゃないってことよ。ネコは動くから、それ以外の方法を取らないと一生見つからない可能性がある」
「主、餌で釣る? ネコの餌を使えばいけるんじゃないかな?」
リーンが言ってきた。知能が上がってくるほど普通に会話へ入ってこられるようになってきたのだ。
「餌で釣るのも悪くないでしょうけど、問題があるわ。統合階層にはほかのモンスターもいる」
「ああ、モンスターが食べちゃうか」
「そうよ。それに人語を解するやつらよ。餌の意図に気づかれたら、罠として仕掛けた餌を逆手に取って、私たちが嵌められる可能性だってある」
だから餌で釣るのは不可能に思えた。
「モンスターも賢いからな。狼人間とガーゴイル。特にこの二種族はほとんど人間と同じように考えることができるみたいだ」
ラーイが口を開いた。統合階層において危険なのは、レベル100以上のモンスターたちももちろんなのだが、意外と狼人間とガーゴイルも危険なのだ。この二種族は強い以上の厄介さがある。それは、
「集団行動を理解しているのよね。はあ、モンスターがどんどん人間みたいになってくるわ」
「主。だが、ここには幸いなんでもあるぞ」
「東京、上海、ニューヨーク。全部大都市」
ラーイに続いてリーンも言った。
「ええ、こちらの強みはそこだわ。これを利用しない手はないし、それを見越してのこの場所なのでしょう。本当に六階層から、文明の利器をどれほど使ってもいいのよね」
「ああ、確かにドワーフ工房の利休がそう言っていたな」
「じゃあ、街頭防犯カメラを利用しましょう」
そして私は考えを口にした。使っていいなら使う方がはるかに効率が良くなる文明の利器がこの階層にはたくさんあるのだ。
「つまりこちらの“目”を増やすわけだな」
「そうよ。東京、ニューヨーク、上海。この三都市にはかなりの数の防犯カメラがあるはずよ。それをそのまま利用しましょう。その上でさらに画像解析システムを利用するの」
「画像解析システムというと、人間の顔を見分けるシステムのことか?」
ラーイはこれも理解しているようだ。
「ええ、今は現実世界でも犯罪者が防犯カメラに映ると、画像解析システムで自動的に検出されるようになっているらしいわ。そしてすぐに警察に連絡がいくようになっているの。これを犯人を特定するプログラムから変更して、ネコの特徴を検出するプログラムに書き換えるの」
「でも主。電気が通ってないから、防犯カメラは動かないよ?」
リーンの疑問はもっともで、そういうことにも気づくようになったリーンの頭を思わず「賢い、賢い」と撫でると嫌がられた。
「大丈夫。電源は街中にいくらでもあるじゃない」
「電源はあっても大本の発電所が動いていないよ?」
「車よ。車って結構な電力を起こすことができるのよ。それを防犯カメラと画像解析システムに繋げる。そして発見の連絡は警察ではなく探索者用スマホに届くようにする。車の中自体にそういう【ネコ監視システム】を作っちゃうわけよ」
この広い空間を虱潰しに探すか?
それとも【ネコ監視システム】を構築してしまうか?
どちらが早いか、かなり考えた。
幸運に恵まれるなら虱潰しにした方が早い。だが、そんな希望的観測に縋るわけにはいかない。確実性がありシステム構築ができれば、すぐにでもコクオウを発見できる可能性が高い【ネコ監視システム】を私は選ぶことにしたのだ。
「主、そんなの作れるの?」
そしてまたリーンが不思議そうに聞いてきた。
「もちろん、作れないわ」
「作れないのにどうするの?」
「決まってるでしょ。今から勉強して作れるようになるの」
幼い頃からモデルをやって来た私の学業レベルはおそまつもいいところ。ダンジョンが現れてからは興味がダンジョンに移ってしまったから余計だ。しかし、召喚士というか魔法使い系は知能が上がりやすい。
実際、私の現在の知能ステータスはなんと脅威の285である。
平均的な人間の知能が10であることを考えると、28.5倍だ。これほどまでに知能ステータスが上がると、処理能力と記憶力が格段に上がる。今の私はあらゆることをハイペースで理解することができる。
防犯カメラや画像解析システムを一から開発しろと言われたら、流石に無理だが、既に存在するのだ。それをどうやって使い、設置すればいいのか? それを理解するだけなら、簡単なことだ。
「主がそれをするのか……。かなり時間がかかりそうだな」
「どういう意味よ」
「いや、すまない。『日本語を早く覚えてはどうか』といくら言っても覚えないものだから。この間の休みのときは覚えられたはずなのにユウタからの電話ばかり気にしていたな」
「ら、ラーイは私がずっと乗っているけど、リーンとクーモも現段階で無駄に探し回るよりも一緒に動きましょう。まずは大学の図書館に行くわよ。それをやるために何を学ばなきゃいけないのか、そこから突き止めないと」
残念ながら今の私には、そういうシステムを構築するために、まず何を学んだらできるのか、それすらも理解できなかった。だから、まずニューヨークにある有名大学に乗り込んだ。
ラーイは馬鹿にするけど、モデルをしながらもいずれどこかで大学に行きたいとは思っていたのだ。そして通いたいと思っていたのがニューヨーク大学である。だから本が詰め込まれたニューヨーク大学の図書館への道は覚えていた。
ここにもダンジョンができてしまって、崩壊してからは私も近づいたことがない。でも幸いダンジョン内のニューヨーク大学にはモンスターがいる気配はなかった。
「人間もいなくて食べ物も何も無い大学の図書館なんて、モンスターにはなんの興味も湧かないのでしょうね。せっかく豪華な施設なのにここじゃあ意味がないわね」
12階建ての巨大な建物だった。米国内でも最大規模といわれる図書館には600万ともいわれる蔵書があり、ここで調べられないものなど何もなかった。
「こちらとしては助かることだ。モンスターと戦いながら勉強などやってられん」
「それもそうね。さっさとやりましょう。ラーイ、リーン。防犯カメラとかそういうことについて詳しく書いてそうな本を持ってきて。それと電気の配線と画像解析とプログラミングと車についても詳しく書いてあるものがあれば持ってきて。あ、それと速読の本もお願い。速読が最優先よ」
「わかった」
「了ー」
すぐに2人が資料を集めに動き出した。クーモは残念ながら入ることができないので、図書館の外で見張りをしてくれている。ラーイとリーンが必要そうな本を机の上にうず高く積み上げる。全部で300冊以上あるだろうか。
私はそれをひたすらに読んだ。的外れの本もかなりあった。でも、それもふくめてすべて読んだ。読んだところで、大して時間がかからなかったからだ。速読の本を先に読んでコツをつかんだこともあり、一冊読むのに1分もかからない。
それどころか読めば読むほど一冊読むスピードが上がっていき、難解な数学の本や物理学の本でも、読めばすぐに理解してしまう。勢いあまって日本語についての本も30冊ほど読んだ。その結果、
「リーン、ラーイ。これでいい? ちゃんと喋れてる?」
「主。OK。とても上手」
「うむ。ほとんどネイティブに近い」
リーンやラーイに発音を確かめてもらうと、驚くことに一時間ほどで日本語を普通に喋れる段階になってしまった。知能ステータスが上がりやすい私は、レベル100まで待つ必要はなかったようだ。
「一つの言語をこんなに早く喋れるようになるなんて、我が事ながら恐ろしいわね」
『我が事ながら』という喋り方は日本語を覚えたての人はなかなか使わないだろう。それでも、もうそういう言葉の選び方が理解できてしまうのだ。
「すまない。関係のない本だとは思ったが、この機会を逃せば主はいつまでたっても日本語を覚えないと思ってな」
「いいわ。祐太と美鈴もさすがにまだレベル100にはならないでしょうし、一時間で覚えられるなら覚えておいたほうが良かった。漢字も理解できるようになったしね。祐太と美鈴と伊万里。この三つの漢字だけは絶対に忘れないわ」
今になってみれば、米崎がたったひとりで人工レベルアップ技術を開発してしまえた理由も分かる。元々頭の良かったものが、探索者としてさらにブーストがかかったのだ。祐太の話では米崎の知能はこの十倍だ。
人間の頭が250倍以上も性能が向上したわけである。米崎なら一つの言語を5分で覚えてしまうかもしれない。そんな人間が存在するのならば、どんな革命が起きたとしても不思議ではなかった。
「それよりいけそうよ」
勉強する内容を何にすればいいのか、それを判断するのに三時間。そこから、私の思い描いた知識を活用するため、システムを車の中に作り上げる。その知識を手に入れるために1日かかった。
そして実際にその作業を実行する材料を集めるのに四日掛かり、さらに設置に20日かかる。本当は半分の日数で設置もいけるはずだった。だが、動いていないはずの車が動いていることを奇妙に思ったガーゴイルや狼人間のアホ共が、
「くそ野郎! せっかく作ったのに、また壊した! この羽根はガーゴイルよね!? チキン野郎死ね!」
私はせっかく一生懸命作ったのに破壊された車を見て地団太を踏んた。
「主、言葉遣い」
「せっかく日本語を覚えたのに、お上品さにかけるな」
《……》
私たちはその対策としてモンスターたちが訪れそうにない駐車場の中から電線を引っ張ったりとか、防音材で車を囲ったりとか。そもそも作業中に襲われたりとか。目標の100台を設置するのに、かなり時間がかかってしまった。
「まあ一番心配していた24時間後の修復で、車が元に戻らなかったことだけは助かったけど」
「もし戻ってたら、この日数の全てが無駄だったな」
ダンジョンは24時間経つと壊れた建物を全て元に復元してしまう。だが、それは加工したものにまでは及ばないようで、私が構築した【白蓮様の飼い猫、黒桜監視システム】は復元されることなく無事に稼働していた。
「ダンジョンってそういうのも見分けて修復しているのかしら?」
「おそらくはそうだろう。でなければモンスター達もダンジョンに住んでいるのだ。いちいち全部元に戻されたら住みにくくて仕方がないだろう」
「機械は順調に動いてくれてるけど……」
システムは完全に出来たはずだし、ミスはないと思う。白蓮様がどれほど『普通のネコ』だといっても普通のネコではない気がしたので、画像解析システムの条件設定も四本足の生物にしてある。
その条件設定ならかなり簡単にプログラムを組むことができた。ちゃんと反応するかどうかも確かめた。そして設置する間にも、黒桜を三度カメラに収めて知らせてもくれた。しかし、捕まえるまでには至っていない。
そして、もっと大事な問題も起きていた。
「祐太から【意思疎通】が無い……」
祐太は一日に一度だけ生存報告だけはしてくれていた。しかし、これが3日前からなくなっている。これが一番心配だが、美鈴もレベル95まで上がっているそうで、200枚のガチャコインも既に集まったらしい。
私たちの分も含めて200枚と思っていたのに、もともとガチャコインを見つけるのが得意だった美鈴は自分だけで200枚を見つけてしまったのだ。だから、レベル97になった時点で美鈴はガチャを回しにいく。
そしてそこから虹カプセルが出た場合、虹アイテムに慣れるためにレベル100まで最後のレベル上げをする。美鈴にはどう考えても虹アイテムがいる。やはり火力不足なのだ。
レベル95に到達しても、美鈴はレベル100オーバーのモンスターが倒せないらしい。だから本人もかなり追い詰まってきていた。
「この階層に来て一ヶ月以上たつか……」
ダンジョンの外は真夏だ。統合階層も各都市ごとの四季が再現されているらしく、ワンワールドトレードセンターの中層階で、画像解析システムからスマホへの連絡待ちをしている私たちは、暑かった。
「主。ここにも電気を通すべきだと思う」
暑さにダレているリーン。ガーゴイルに気配を悟らせたくない私たちは、暑さ対策など何もしていない。ワンワールドトレードセンターの中はまるで蒸し風呂だった。ニューヨークに熱波でも来ているのだろうか。
ワンワールドトレードセンターとスカイツリー。上海タワーとピラミッド。この四つは統合階層の中心部にある。知らせを受けたときに、最も早く目標まで行けるように中心部で待機することが一番いい。そう結論づけたのだ。
だから私たちはワンワールドトレードセンターの中で暑さに耐える。スマホからの知らせは今まで三度。しかし、知らせがあった場所に到着すると、いつも黒桜がいなかった。ただ、黒桜の見た目はすでに判明していた。
「やっぱり普通のネコじゃないわ」
最初に画像を確認したのは10日ほど前だった。そこに映っていたのは間違いなくネコだった。名前のとおり黒いネコで顔に桜のような紋様があった。さらに毛足は長くて、動きは軽やか、“尻尾は三本”あり、そこまではまだいいのだ。
問題は体長が5mある。ラーイも最近かなり大きいけど、それよりもまだ大きい。これだけ大きいと体重もどれだけあることか。クーモと並ぶ巨体。映像で見る限り、普通のネコでは絶対になかった。
「白蓮様には車を踏み潰すネコが普通に見えるのかしら?」
「あの御仁なら、見えるのかもしれない。むしろ10mなかっただけでもマシじゃないか?」
「言えてるわね」
それほどあの人が私達には化け物に見えた。ネコと言われてドラゴンが出てきても驚かなかったかもしれない。
「普通のネコなら30cmぐらいよね。これだけ大きいと黒桜は体重だって1トンぐらいあるでしょう。だからって攻撃は禁止でしょう。絶対黒桜を傷つけたら評価下がるわよね」
白蓮様から私は『黒桜を捕まえてきてほしい』と言われているだけだ。でも、飼いネコである以上は大事に育てているのだろうし、傷が入れば当然怒られるだろう。でも、黒桜はじっとしてない。
「最初は慎重に近づこうとして逃げられたのよね」
「うん」
こっちの気配に気づかれると、逃げられる可能性は考えていた。だからできるだけ音を鳴らさないように気をつけたのだが、現場に駆けつける頃には、影も形も無くなって周囲を探してもいない。
「次は全員がかりで周りを囲んで近づいて、と思ったら、モンスターに襲われてリーンが死にかけた」
改めて統合階層で単独団体行動がどれだけ危ないかを思い知らされた。黒桜を捕まえる時だけと思って別れたら、リーンがオーガと鉢合わせしてしまったのだ。
『主、ヤバい。オーガッ!』
すぐにリーンを呼び戻した。しかし、呼び戻したリーンはオーガに殴られ体の一部が吹き飛ばされていた。液体生物のようなリーンだが、体が欠損すると普通に死にかけるのだ。
「三度目もモンスターに襲われて無理だった」
あれは夜の事だった。狼人間が私たちを警戒して完全に集団行動をするようになっていた。そしてこちらと同じく忍んで動くようになっており、私とラーイとリーンが襲われたのだ。この時は本当に死を覚悟するぐらい危なかった。
『ブラックリスト三番! 召喚士エヴィー発見!』
『ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
『ちょっ! そういうことするの!?』
あのときは焦った。こちらの名前も知られている上に、見つかると同時に遠吠えを上げて仲間をさらに呼び寄せられた。周囲から狼人間がどんどんと集まってきて、ガーゴイルとワイバーンもいた。
必死になって逃げた。この階層で、私たちは弱い。召喚獣と別れて動くと、襲われた時に非常に危ない。なかなかクエストが達成できないことに焦って無茶をしてみたが、本当に死にかけてクーモとももう二度と別れて動くものかと思った。
「やっぱり私が重要だな」
そしてこのクエストを達成するために肝心なのは誰なのかもはっきりしていた。陸上移動に特化したラーイである。ラーイが種族進化すればかなり話は変わるはずだ。だが、白蓮様からきっかけをもらったというのに出来ないのだ。
本人が一番焦っているだろうから誰も言わないのだが、私もリーンもクーモも言わないだけで、ラーイが進化してくれないかと期待してしまっている。
「すまない。足を引っ張ってばかりだ」
「ラーイ。今まで散々焦っても駄目だったんだから、落ち着きなさい。私もあなたのせいだなんて思ってない」
一番の責任は私なのだ。普段召喚獣を使うだけの召喚士がこんな時に、自分で責任を持てないなど情けない話である。進化させてあげたい。進化条件は満たしているはずなのだ。白蓮様はあとは心の問題だという。
「ラーイ、元気出す」
リーンが慰め背中を撫でた。黄昏時の夕焼けがビルに差し込む。私たちは交代で食事をとり、太陽が沈んでいくのを見つめる。祐太はどうしてるんだろう。美鈴と伊万里も元気だろうか?
すぐに連絡は取れるのだけど、いつ頃からか、みんな連絡を最低限しか取り合わなくなった。理由は単純でそういう気分になれないのだ。それぞれに追い詰められている。
美鈴は人生を決めるようなガチャを回さなければいけないし、クエストの進行が一番遅い伊万里は私以上に焦りを感じている。 そして、最低限の連絡すら三日前から途絶えている祐太。
「祐太。死んでないよね?」
リーンが聞いてきた。
「大丈夫よきっと。三日前に『ミカエラが現れた』って連絡以降のことよ。ミカエラとの戦闘に集中しているとか何かよ。祐太が死ぬ訳ないもの」
「主!」
スマホから音がならないように軽い電流が流れる設定にしていた。その電流が流れた。リーンはそれに気づく。すぐに私とリーンが合体した。私がスマホの地図で位置を確認。ラーイにまたがると同時に走り出す。
《よし! 近いわ! 右斜め真っ直ぐ!》
私たちは一番早く現場に辿り着く方法を考えていた。それにはワンワールドトレードセンターの隣のビルと同じ高さの階層に待機して、リーンが窓ガラスをブルーバーで静かに切り裂いて開けた。
外に出た瞬間、クーモを召喚して透明化させ後ろからついてこさせる。ラーイはできるだけ音を鳴らさないように、私たちを乗せ、隣のビルへと飛び移った。結局、途中でモンスターに襲われることが一番の時間ロスになる。
だからバレないように静かに、できるだけ隠密を心がけて、目標へと一直線に向かう。一度目は慎重過ぎた。今度はもっと急ぐのだ。
《距離3470m。10秒でいける!》
《おう!》
できるだけ目標まで一直線に近づいた。目の前にオークがいるのが見えた。回避するべきか考えていたら、クーモが姿を表し【韋駄天】を発動した。クーモが全力疾走に入り、私たちを追い越しオークに接敵する。
《クーモ!》
なぜそんなことをと戸惑うが、クーモからの意思が伝わってくる。『囮になる』そう伝えてきたのがわかった。クーモが【斬糸】を発動した。オークの体が横にずれた。
オークが真っ二つになって、血しぶきが舞う。更にクーモが【斬糸】を発動すると今度はビルを真っ二つにした。ビルが崩れ落ちていく音は凄まじく、一気にモンスターの目がクーモに集中する。
《クーモ……頼むわよ!》
一瞬迷う。でも、 全ての状況を理解した上で、どうすることが一番いいのか、クーモは理解しているから、そうしたはずである。私が召喚獣のためにしてあげられることは、それをちゃんと活かすことである。
《……》
クーモは相変わらず喋らないけど、頷いてくれた。みんな私にはもったいないぐらい優秀な召喚獣である。本当を言えば、みんなそのままで良い。種族進化なんてしなくてもそのまま一緒にいてくれたら嬉しい。
《居たよ!》
私がクーモに視線を向けている間に、リーンが黒桜を見つけた。すぐに自分の目でも確認した。真っ黒な毛並みが夕暮れ時に輝いている。桜色の紋様が額にある。そして何よりも図体が大きかった。
防犯カメラを見る限り大きいとは思っていたが、実際目にするとさらに大きく見えた。猛烈な勢いで近づいてくる人を乗せた巨大なライオンに黒桜も気づいた。
「な、なんにゃお前ら!?」
「あなた喋れるの?」
ラーイはライオンの姿の時は【意思疎通】でしか喋れないのに、黒桜はどういう仕組みなのか日本語を発声することができるようだ。声を出した瞬間、魔力が動いたのを感じる。魔法の1種?
「それがどうしたにゃ!? ネコが喋るのは普通にゃ!」
「喋れるならちょうどいいわ! 白蓮様からの依頼よ! 『飼いネコはおとなしくおうちに帰りなさい』ですって!」
「白蓮様!? おうちは、怒られるから嫌にゃ! 金髪姉ちゃん! 白蓮様に『黒桜は自由へと旅立った』と伝えるにゃ!」
あまりにも大きすぎると言ってもいいぐらい大きいネコなくせに、白蓮様と聞いた瞬間震え上がり、足を収縮させると大気が弾けた。一瞬で100mは距離が広がってしまう。まるで消えたのかと思うほど速かった。
「ここまできて逃げられると思うな! ラーイ!」
ラーイが【瞬足】を唱え駆け出すと、こちらも大気が弾けた。音速を超えてソニックウェーブが巻き起こる。私の体にも凄まじい衝撃波が来た。隠密などといっている場合ではなかった。地上において音速を超える追いかけっこが始まった。





