第百五話 ダンジョン談義②
「どうだい、僕の城は?」
そう言って米崎は歩いてこちらへやってきた。
「なかなか趣味が悪い」
「そうだろ? 玲香君。彼に何か出してあげて、こっちで話そう」
米崎が歩き出した。俺はそれについて行く。扉をくぐるとガラス張りになっており、100個ほど並んだ水槽を観察できるようになっていた。パソコンや計測機器などの機械類がたくさん置かれて、白衣を着た30人以上の人間がモニターを見ながら活発に議論をしていた。
米崎を見ると全員が立ち上がり、挨拶してくる。米崎が必要ないというふうに首を振ると、全員が再び議論に戻った。さらに奥へと進んで扉を潜ると、100人ほどいるのではないかという研究室があり、案内されたのはその一番奥だった。
米崎と書かれたプレートの貼ってある部屋へ入る。本が両側の壁だけでは足りず、真ん中の空間にも大量に積み上がっていた。足の踏み場もないほど本だらけの部屋。これが米崎の城の中枢らしい。
「またこんなに散らかしている」
「あまり片付けないでくれ。逆に場所が分からなくなる」
「はいはい」
と言いながらも綺麗好きなのか、桐山さんが、部屋の中を掃除して、俺と米崎が座る空間を作ってくれた。一応、そこにはソファーとテーブルがあったのだ。
「ヤレヤレどうして片付けたがるかな。あ、どうぞ」
来客用のソファーに俺が座ると米崎も向かいに座った。
「彼女達はどうなったんだい?」
米崎は前置きもなく喋る。一瞬、美鈴たちのことを聞かれたのかと思ったが、いや、違うと思って、榊さんたちのことを話した。とりあえず今、三階層のクエストをクリアしている最中だ。
「榊君はともかくクリスティーナとアンナか。あの二人はそんな名前だったんだ」
「本当にあの二人に興味がないんですね」
「全く感心するよ。僕なら100%助けないのに……。で、何か利益があったかい? いや、まあ、君の言うことをなんでも無条件に従ってくれる人間ができたと考えたら十分な利益かな」
「否定はしませんよ。結局、彼女達を利用している」
「使えそうかな?」
「正直、2人ともかなり難しい。それでも使えるようにできればしたい。協力してくれませんか? あの二人は"俺の為なら"命をかけてダンジョン攻略に協力してくれますよ」
もっとオブラートに包んだ言い方をしようかと思ったが、それをしたところで同じだと思った。
「ふむ……。まあ、それは構わないよ。無駄な投資に終わるかもしれないが、資金を用立てよう。その榊という子の口座番号はわかるかな?」
「ええ、わかります。俺も資金を用立てるのが一番良いかと思ったので1億ほど振り込みましたし」
「なるほど。探索者を始めて数ヶ月で1億を出せるか。やはり君相当ガチャ運がいいんだね。だが、その程度だとあまり良いポーションを購入することはできないね。玲香君」
「はい」
「彼に口座番号を聞いて、榊君に100億ほど振り込んでおいてくれる?」
「ひゃ、いえ、かしこまりました」
桐山さんは驚いていたが、すぐにうなずいた。俺もそんなに用立ててくれるのかと思ったが、考えてみたらこの男。中国とアメリカから25兆円もせしめているのだ。
そのすべてをこの男が自由に使える訳ではないだろうが、かなりの采配は許されているはずだ。自分の目標のために多少なりとも役に立つと考えれば、それぐらいの投資は安いものなのかもしれない。
「いいんですか?」
「何が?」
「100億円」
「ああ、良くなければ言わないよ」
米崎にとってはもう気にも留めていないことらしい。それぐらい金銭に対する頓着がなくなってしまっているようだ。俺はこれ以上余計なことを聞いても米崎の機嫌が悪くなるだけだと判断した。だから、話題を変えた。
「いくつか聞いておきたい事を聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「まず人工レベルアップを研究しているということですけど、実用段階にもう到達しているんですよね? どのレベルまで上げられるんですか? それと一度ダメになったステータスを再生することはできますか?」
もしそれができるのならば、してほしい人たちが二人いるのだ。
「一つずつ答えていこう。まず実用段階に入っているよ。現在レベル10までなら量産体制に入ることができている。これにより警察官と自衛隊は順次レベルアップを開始しだしている。上官に関してはレベル20への調整をしている。これもかなり安定して成功するようになってきたね」
やはりもうレベル20まで目処を付けているか。米崎はまずそれを日本に対して行っているようだ。当然といえば当然だ。自国の防衛が滞れば自分が一番困る。天然でレベルがどんどんあげられる人間は国の束縛を受けてないものばかり。
そういう意味でも警察や自衛隊をレベル20まで上げられるということは、国にとって相当大きいことだ。
「失敗することもあるんですか?」
「あるよ。失敗した場合は筋肉が肥大化したり、知能のステータスがアップしすぎて頭が爆発したりするね」
「そ、それはまた悲惨ですね」
「炎の魔法を使う過程で、体が燃えてしまったり、【二連撃】を使って腕を振っただけで、腕が千切れ飛んでしまった人もいるね。まあ実験過程で300人ぐらいは死んでるかな? 回復不能な傷を負った者の人数はちょっと分からないな。まあ面倒なんで失敗作は全員殺処分したしね」
「それでよく実験が続けられてますね」
米崎はそれを『実験動物のマウスが300匹死んだ』ぐらいの感じでしゃべっていた。
「実験体の提供は結構あるんだよ。アメリカ、中国、日本いずれも死刑囚を提供してくれている。勿論、非公式だから内緒だよ」
そんな厄ネタ誰にも言えるわけがない。俺がドン引きしていると、桐山さんがコーヒーをテーブルに置いてくれた。俺はそれを一口飲んだ。でも死刑囚か。よかった。さすがに何の罪もない人間が300人も死ぬような実験。国が全面的にバックアップしているとは考えたくなかった。
「でも日本が実験体に死刑囚を出せるんですか?」
たしか日本では法務大臣がハンコを押さないと死刑が執行されないんじゃなかったか?
「陰で殺される死刑囚だよ。今の時代は結構そういうのがいるんだ。でも一番困るのが中国でね。千人規模で送ってきたりするんだよ。罪が曖昧なものまで送られてきているみたいで、僕は良くてもほかのものが動揺しちゃってね。実験動物のように扱えばいいんだけど、それもできなくてさ。反対運動みたいなものを起こそうとした輩までいる始末だ」
「それ、どうしたんですか?」
「運動に参加したもの全員の記憶を“調整”した」
「調整? そんなことが出来るんですか?」
「残念ながら、僕はそんな能力ないんでね。スキルを持っている探索者に頼んだんだけど、まったくもっていらない出費だった」
『それは大変でしたね』と言っていいものかどうかわからなかった。ともかくずいぶん難儀したようで、思い出すのもうんざりな様子だ。それにしても米崎は軽い感じで喋ってるけど、やはり凄い厄ネタを持ってるな。
「君の次の質問だけど、一応“レベル200”まで人工的に挙げられるところまで来ているんだ」
「200……」
それは俺が考えていたよりも遥かに高い数字だった。
「本当に?」
「うん。成功したのはまだ一人だけどね。そこの彼女さ」
そういって示されたのは桐山さんだった。彼女がペコリと頭を下げた。
「彼女が?」
「本当ならもっと綺麗になれたはずなんだけど、魅力のステータスは一切あげないでほしいと言われてね。当時の顔のままなんだ。ただまあレベル200に関しては正直まだまだ実験段階だね」
「実験……桐山さんは死刑囚ってわけじゃないですよね?」
「もちろん違いますよ」
桐山さんが口にした。
「それなのに実験段階のレベルアップをしたんですか?」
「そうだよ。というか、この件は死刑囚は使用してなくてね。レベル200まで上がれるなら死んでもいいと、たくさんの人が志願してくれた。その人たちを実験に使ってなんとか成功したんだ」
「じゃあ、まさか、もうすでにたくさんレベル200の人が創れるんですか?」
「いいや。最終的に100人が検体として選ばれ、その100人のうち、彼女以外すべて死んだ」
「……それで問題ないんですか?」
米崎は善人ではない。俺はそれを分かった上でここにきて、そして反対しないでおこうと決めていた。ただ米崎が何をしている人間なのか、よく理解した上で仲間にしておきたかった。
「本人たちが望んだことだ。死刑囚を使うことも考えたけど、レベル200の死刑囚なんて創ったらどんな被害が出るかわかったもんじゃない。忍神様が常に監視してくれる体制を作れるならともかく、そんなの無理だしね」
「そりゃそうだろうけど……」
「この研究に関しては、警察、自衛隊、研究者などに募集をかけた。かなりの高確率で死ぬという募集だったんだけど、千人以上の希望者がいたね」
「それで生き残ったのがあなただけ?」
俺は思わず桐山さんを見ていた。100人のうち99人の死亡。それは普通にダンジョンに入るよりもはるかに多い死亡率だ。
「玲香くんはそうするしかなかったのさ」
「どうして?」
「ふふ、まあ、理由は君にはとても理解できない不合理さだろうね」
米崎にそう言われて、桐山さんが口を開いた。
「私はダンジョンが出来て一年目の段階で、ダンジョンに入ってしまったんです。もちろん危ないので、間抜けにも"銃を持って"」
「ああ……」
デビットさんたちを見ている俺には結果がどうなったかは聞くまでもなかった。
「気付いた時は手遅れだった。私のステータスは壊滅的になってた。なんとか修復しようかと思って、果実狙いのコイン集めをしてもみました。でも、コインのドロップ率で計算して、まともな数値に戻すのに100年かかるとわかった。私はそれがわかってここ数年ずっと絶望していた。このまま凡人に成り果てて生きて行くのか。それとも……」
「命をかけるのか?」
「ええ、二ヶ月前、選択を迫られた時、私は、米崎博士に身売りしてレベル200になる道を選んだ」
「身売り?」
その言葉が妙に気になった。レベルを上げてもらうだけなら身売りとは言わないはずだ。実際、あの水槽に浮かんでいる自衛隊の人間は別に米崎に身売りしたわけではないだろう。桐山さんはその答えを言い淀んだが、米崎が答えた。
「ゴールドガチャから出てくる契約書だよ。レベル200の人間を創るのはいいけど、僕と同じレベルの人間をそばに置いて裏切られては困る。でね。僕の計算上99人は殺さないと成功しないとわかってたんだよ。だから、実験体となるうちの99人は死んだ」
「……はあ」
思わずため息が漏れた。それでも何も言わないと決めていたから言わなかった。
「実験体に選んだのは、すべてすでにステータスをもっているものたちだった。僕はそのステータスを全員に見せてもらい、玲香君のステータスが一番期待できると思った。何しろ銃を使っているにもかかわらず魔法とスキルが一つずつあったんだ。これはとてもレアなケースだ」
「でしょうね」
「彼女は契約書にサインすること了承していたし、レアケースの彼女を生き残りのひとりに選ばせてもらった。契約内容はレベルアップ処理をしてあげる代わりに、僕のパーティーメンバーに入るというものだ。そして僕に対して逆らうことも許さないといった内容だ」
「じゃあ、あなたが米崎のパーティメンバー?」
米崎自身が全員を用意できると思ってなかった。おそらく一人か二人のはずだ。そうでなければ米崎は三階層であんなことはしてないだろう。桐山玲香さん。偶然にも俺の最初のパーティーメンバーと同じ名字だ。
「私はあまり闘うのが得意じゃないといったんですけどね」
「それでも君が唯一生き残った。戦いが得意な者達を差し置いてね。誇りたまえ。それは君がダンジョンから選ばれたということでもある。それにスキルと魔法もかなりの数追加されたおかげで戦うこと自体は問題ないはずだ。実際、そうだっただろ?」
「はあ……」
桐山さんはため息をつくと、何を言っても無駄なのだと諦めたようだ。
「米崎さん。言っておくけど、俺はあなたと契約書を交わす気はないですよ」
「安心してくれていいよ。君に関してはそんな気はない。僕も自殺願望はないんでね」
「それって南雲さんのことですか?」
伊万里の話では南雲さんが米崎に対してかなりきつい脅しを入れているというのは確実だ。俺を裏切ったら米崎は殺されるぐらいか? いや、ここまで頭の良い人間にそれだけで安心するのは軽率だろうか?
「ふっ。それで最後の質問だけど、ダメになったステータスの回復は可能なのかということだったね。玲香君の話からもう分かっていると思うけど、可能だ。全くレベルが上がっていないものをレベルアップさせるよりも簡単なほどだよ」
「ステータスを再生できるとして、数値は自由に決められるんですか?」
「無理だ。そのものの可能性の値以上にはならない。ステータスとは"人間の価値を表記したもの"でしかないんだよ。だから、例えば銃などの明らかな初手でのミス。それがないもののステータスを再生させようとしたところで不可能だよ」
「クリスティーナさんたちの数字をよくするのは無理だと?」
「数字だけいじったところで仕方がない。彼女たちはゴブリンに負けるべくして負けた。まあ抜け道はあるのだが、今はその話はいいだろう。で、六条君、誰か再生してほしいものでもいるのかい?」
「二人います」
頭に浮かんだのは、デビットさんとマークさんの姿だった。あの2人のステータスを再生することができたら、榊とクリスティーナさんとアンナさんとともに5人パーティーを組んでもらうことができる。
「ふむ、僕のパーティーメンバーの候補と考えていいのかな?」
「ええ、そのつもりです。最終的には5人のうちの2人を選んでもらおうと思います」
「なるほど。悪くないね」
5人のうち、この提案を断るものがいるとは思えなかった。潤沢な資金を用意できる米崎のバックアップのもと、レベルアップができる。ガチャ運が俺みたいに高い人間は滅多におらず、新人探索者が一番最初に困るのがお金なのだ。
資金面の援助は新人探索者にとって何よりも助かる。それにレベル200まで行った後、米崎に選ばれなかったとしても、そこまで上がれば、後の道もまた自分で見つけることができる。
「一つ確認したいんですが、これから先。もっと人の技術が進めば、人工的に簡単にレベルアップができるようになるんですか?」
じゃあ、みんななんのために命を懸けてダンジョンに入っているのかという話になる。俺がそれを聞くと米崎はとても楽しそうに笑った。
「六条君。君はレベルアップというものをなんだと思っている?」
「レベルアップが……」
「ああ、本来使うことが出来るはずのないような力。魔法。スキル。知能。これらはなぜステータスという形で示されてレベルアップすることによって上がるのだろうか? 君はその答えを考えたことがあるかい?」
「それは……、考えたことはあります」
「考えて、答えを見つけられたかい?」
「いえ……でも、何かこう、すぐ隣にあるような。それほど遠くじゃない。考えというほどのものじゃないけど、そんな気がしたことはあります」
「ふむ。僕がこの質問をした中では、玲香くんの次にいい答えだ。彼女は僕がこの質問をしたとき」
『炎や水が物理法則を無視して、そして空間を捻じ曲げて、急に近くにあらわれるなんてことがあるとは思えません。ですから、ステータスからなる力は最初から近くにあったのではないかと考察しています』
「そう答えた。彼女はそれを理論によって考察し、君はそれを直感によって考察した。どちらも僕が大好きな人種だ」
米崎に好かれてもなと思いながらも、俺は彼の次の言葉を早く聞きたいと思ってしまっていた。