第百一話 Sideエルフさん
「Dランについて御指示通りに処理しておきました」
「了解。ご苦労だったね」
Dランが出来て二年。ほとんどの生徒がレベル10を超えないという状態だった。滅多なことでは人が死なないのはいいが、Dランで安全重視を教えられて、下の階層へと降りられなくなる探索者が続出しているそうだ。
平時ならばそれでいいだろう。なにも人が死ぬリスクを冒してまで前進をする必要はない。しかし、今はそうではない。探索者が軍事力と直結し、各国ともに争う時代である。
以前、Dランで話した高レベル探索者は、自分たちが支配者になってとか考えていたようだが、そんな悠長なことを言っていたら、あっという間にほかの国に追い抜かれて終わりである。単一民族で味方を作りにくいお国柄である。
自国が強くなければ、あっという間に外国の勢力に飲み込まれる。早めに手を打とうということで、私の傘下にいる高レベル探索者に改革を進めさせて、最近ようやくそれが完了した。来年度からはDランの教育システムもかなり変わる。
「ご苦労だったね」
「いえ、いつでもご命令ください。あなたの手足になることが私の喜びです」
それほど慌てていないときに利用しているプライベートジェットに乗っていた。改革を主導してくれたのは鴉天狗に転生を果たした男だ。私の都合のいいように動いてくれる男で、南雲の坊ちゃんと同じように、こいつも転生後の姿が気に入らないのか、元の人間の姿に鴉天狗の黒い翼だけを生やしている。
高レベルになれば、必ずしも見た目が良くなるわけではない。南雲の坊っちゃんは見た目が良くなっているのに、嫌がっているが、この男はカラスの頭になってしまったのだ。しかし、皮肉な事に苗字はその転生先にぴったりで烏丸時治という名だ。
「制度変更の概要をそちらにまとめておいたので、一読しておいてください」
「はいよ」
知能が上がって使えるようにはなったが、どうも苦手意識が抜けないパソコンを立ち上げた。私がこういうのを嫌いだとわかっている烏丸は一番最初のホーム画面にファイルを表示させてくれていた。
【Dラン改革詳細】
というファイルを私は開いた。細かく事実を漏らさないように書いていたけど、要約すると、
1:本気で探索者をする気が無いもの。つまり就職に有利になるためにDランに入学したものを【就職課】生徒として振り分け、三年間でレベル10になるようにする。死亡予想は全体の10%。ノウハウが積み上げられれば、5%以下の死亡率に抑えることも可能。
「ふむ……」
最初はこれからのDランのほとんどの生徒になるはずの【就職課】についてだった。【就職課】生徒は一階層のゴブリン達だけなら誰も死なないぐらいにできるかもしれない。
でも、レベル10になろうと思うと、二階層のゴブリンライダーを倒さなければならない。これがかなりのネックになりそうだ。
「しかし、有利な就職条件を得るのに、ゴブリンをブッ殺さなきゃいけない世の中か」
「それと引き換えに、一生分の健康が手に入ると思えば安いものです。余計な医療費もかからなくなるので、国の負担もずいぶん減るでしょう。生き残った90%が100歳まで健康で生きられるのです。長い目で見れば死亡率は減っているほどです」
「100歳ぐらいまで健康だとやることに困る奴らが出てくるだろうね」
私はお爺さんの介護でずっと忙しかったけど、それがなくなってから急にボケた。
「それ以前にレベル10になれたものとなれなかったもので、差別問題が起きることがまず間違いないと思われます。現在でもかなり選民思想が広がっており、探索者がどの暴力機関よりも強いために歯止めをかけるのが非常に難しい状態です」
「度しがたいね……」
ゲンナリする事実だ。レベル10になって頭も良くなるんだからいい加減そういうことから卒業できるようにならないかね。考えながらも私は次の項目に目を落とした。
2:探索者を生業としたいもの。その中でもレベル200までを目指す者を【探索課】生徒として振り分ける。三年間で最低レベル90を目標とする。死亡予想全体の60%。ノウハウが積み上げられれば40%以下に抑えることも可能。
「ううむ。これはちょっと無理じゃないかい? レベル90ってことは10階層まで挑むってことだろう?」
「はい」
「8割は死ぬと思うけどね」
「そこはお任せください」
「うん。ふむ……」
11階層以降の大八洲の一歩手前……。そこまで学校教育で教えられるのか? しかし、まあどのみち半分以上の人間が死ぬ教育機関っていうのはありなのかね?
「現在日本には1万9242人の低レベル探索者がいます。世界では30万人前後と言われています」
「今の世界人口って何人だったっけ?」
「40億人ほどです。滅びた国も多く正確な数字はわかっていません」
「やはり日本は世界的に見ても探索者の数が多いね」
「楽観視はできません。Dランが出来て以降その制度に足を引っ張られて、世界と比べた低レベル探索者の割合比率は減っています。この状況が続けば、少なくとも10年以内には世界的に日本の国力は衰退していくことになるでしょう。しかも現在世界では、人が減った影響でベビーブームが到来しています。しかし、日本は相変わらず少子化傾向のままです。皮肉なことに我々が頑張りすぎたせいで、日本は局地的な情勢不安はあっても、マクロ的には平和すぎるのです。この状況に対する改善も必要になります」
「まあ、その辺は気にしなくていいよ」
「いいのですか?」
「ああ、いい」
「かしこまりました」
私が言えばそれで納得する。烏丸はそういう男だった。それに本当に心配はいらないのだ。そのうち平和など吹き飛ぶに決まっている。それに備える意味でも、少し位人が死んでもことを急ぐ必要がある。
3:それ以上の探索者を目指す者。中レベル以上を目指す場合、教育でできる範囲を超えているため、Dランへの入学を拒否するものとする。
「これだと4月からDランに入らずに普通にダンジョンに入るやつも増えるだろうね」
「というよりも、ようやく正常な状態に戻るのです。Dランのダンジョンは人が溢れて、キャパシティを超えてます。その割に外のダンジョンは10階層までガラガラという話です。私の意見としては学校教育で可能なのは低レベルまでだと思っています」
「まあ確かにね」
中レベルになるとそれぞれのビルドがかなり特殊で独自色が強くなる。それに低レベルとはまた桁違いに命がけの行為に及ばないと辿り着けない領域である。三年でレベル100ですら半分以上は死ぬだろうという予想なのだ。
それ以上を教育で教える等、無理に決まっていた。そしてそれがわかっていながら、今までダンジョンに入りたいものすべてをDランに集めていたのが、すべての間違いなのだ。
おかげでよほどの幸運に恵まれない限り、Dラン以外でダンジョンに入ろうとするものは、一階層で死んだり、その道を諦めたりすることになっていた。Dラン以外でダンジョンに入る新人に対するケアが杜撰すぎたのだ。
「今入学している者達の中で、成績優秀者の全員に対し、Dランを辞めるように勧告しています」
「レベルは?」
「現状で三年生でレベル100以上の者が全国で50組います。いずれも学校のカリキュラムを完全に無視した者たちです。ですが、Dラン制度がかなり足を引っ張っていて、かなり少ない。レベル50以上は300組います。各校に1組はいる感じですね。レベル25以上の者は1000組。これらの者のほとんどが中退しました」
「二年間あったんだ。レベル300まで到達した子たちはいないのかい?」
「レベル200以上が5組。レベル300以上は2組だけいます。この2組はあなた方の再来だとも言われている子達で、いずれも4人組。池袋と大阪に移籍予定ですね。会われますか?」
「ふん。まあ顔ぐらい見ておくか」
二年でそこまで来たのなら、いずれどこかの支配者層に必ず組み込まれる。そういう輩と面識を持っておくのは大事なことだ。昔は考える必要もなかったことだが、探索者として実力を持ってしまった今、猥雑なことをないがしろにするのはよくないと分かってきた。
「面倒をおかけします」
「ダンジョンショップにおける、新人の受け入れもちょっと考える必要があるね。現行のままだとあきらめさせるのが主体だ」
死ぬものも増えるだろう。しかし、もはや仕方のないことだ。まだ緩いやつらがDランに行くだけマシだろう。
「今はかなり高確率で、新人はタチの悪い探索者に絡まれているようです」
「あの子は……」
ふと南雲が気にかけていた男の子を思い出した。いかにも冴えない感じの男の子だった。今頃ほかの探索者の食い物になってるか?
「我々が低レベルダンジョンを見回れば、そういう状況も改善すると思われます。どうされますか?」
「あまりこちらが手を出して甘やかすと碌な探索者が育たなくなる。探索者同士のもめごとも越えなきゃいけない壁の一つ。あまりに悪辣な場合は始末するけど、現状は様子見だね」
「かしこまりました」
「4月からは死ぬ奴がいっぱい出るよ。その辺の批判の覚悟はしておきな」
「批判のすべては改革を行った我々に向くようにしております。あなた様はそのようなつまらぬ事には一切とらわれず、ご自身の思うままに動いてください」
「すまないね」
「その言葉だけで十分です」
ダンジョン自身は人が死ぬことに頓着がない。輪廻の輪に還るとしか思っていない。だからダンジョンのクエストはかなり難しく設定されているし、いつもギリギリを求めてくる。そしてそれが人の為になるということもまたわかっていた。
「到着しました」
「ああ、やっぱり時間掛かったね」
プライベートジェットから降りると、空港から出て車が迎えに来ていた。飽くほど金があるので、空輸させたリンカーンという高級車だ。お金がある人間はお金を使うのも仕事だそうだ。仕立ての良い服を着た男が扉を開ける。
探索者で、私に仕えたいと言ってそのまま小間使いしている。こんなババアに仕えたいとは変わった男だ。レベル1000を超えてからこういう輩が増えた。自分の人生を捧げたいという輩。来るもの拒まずに受け入れていたら、木森派閥と呼ばれるようになってしまった。
全員若くて男ばっかりだから逆ハーレムなどとも言われ、どの子も可愛く見えるのでつい面倒を見てしまっている。
「お爺さんに怒られるね」
「何か?」
「ああ何でもないよ。出しとくれ」
烏丸とはここで別れ、ゆっくりと車が走り出した。乗り心地はいいのだが、自分で移動したほうが速いだろう。それでもいつの間にか立場というものができてしまって、こういうことも必要になってしまった。
「はい。かしこまりました」
余計なことは一切言わない。そういうふうに仕込んである。こちらの体にも一切触れてこない、そういう関係でもなかった。この子たちは私を神様かなにかとでも思っているみたいだった。
中身はババアのままだ。ここまで対応が変わったことに疲れも感じる。南雲はまたアメリカかね? ふとすると、あの坊ちゃんの姿を見たくなる。まあ、どうせダンジョンではよく見るのだが、同じところに立っている人間が、自分一人なら、きっととっくの昔におかしくなってた。
「仲間か……」
この年でそんなものができた。坊っちゃんはずいぶんと私に助けられたと思っているみたいだが、むしろ私の方が坊っちゃんの存在に助けられた。あの日、あの子に出会ってなきゃ、私は……。
『お婆ちゃん、僕ね。いらない子なんだ』
そんな寄る辺もない顔をしていた子。今でも鮮明に思い出せる。
「あれからまだたったの五年……」
目的の場所が見えてきた。もともと自分の連れ合いが入所していた老人ホームだ。100億ほど渡してやったら、全ての施設が高級化した。私の唯一の大事な男が今も居る。
「お爺さん……」
この男だけが私を今もただのお婆さんに戻してくれる。もちろんお爺さんの世話を見る人間には、かなり気を使っていた。万が一にも裏切ることがないように、ゴールドアイテムの【契約書】を交わしている者達ばかりだ。
「こんなことしてるってバレたら怒られるんだろうね」
本当はお爺さん一人のほうが良いのだけど、常に一緒にいてあげるわけにもいかないから、お爺さんが寂しくないようにと思って他の住人も入れてる。入居代は他の施設と同じだ。
職員の教育は金を渡しているだけあって、かなり行き届いている。完全な赤字だが赤字の老人ホームを一つ経営するぐらい、ポーションを量産できる私にとっては大した問題でもなかった。私が帰ってきたのがわかって周囲がざわめき出す。
私が一番ここを訪れることもあって、私の傘下の探索者も自然とここら辺に住んでいる。わたしが帰ってきたとなると、そいつらが一列に並んでいた。車から降りると一斉に頭を下げてきて迎えられる。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ようこそお越しくださいました!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「いいよ、そういう仰々しいのは」
私が手を振ると忍者みたいに散っていく。150人いるスタッフの全てが探索者と言うのだから笑えることだ。ジジババの面倒を喜んで見てる探索者とか意味がわかんないね。
「恵まれてるんだろうね」
普通のジジババでは考えられないほど恵まれた人生なのだと思う。それもこれも運の天秤が少し私の方に傾いた。ただそれだけのことだった。それだけのことで、こんなことができるようになってしまうクソババアもいれば、独りで虚しく死んでいくクソババアもいる。
「全く不公平な世の中だよ」
老人ホームの中へと入っていく。ここからはもう誰もついてきていない。一番奥にお爺さんの部屋があった。贅沢を嫌う人だから、六畳の和室で一人部屋だった。自分たちが住んでいた部屋をそのまま再現させていたから、他の入居者の部屋の方が豪華なのが笑える。
「また寝てるんだね」
「はい。変わらずお休みです」
世話を見てくれている探索者がこちらに気づいて声をかえしてきた。低レベル探索者の女性10人が、お爺さんの世話のためだけに雇われていた。いずれも私の量産したポーションで、大事な誰かの命が助かったという子たちである。
【契約書】にサインすることも嫌がらず、少しでも私の役に立ちたいと言ってくれた若い女の子たちだ。お爺さんが女好きだったからそうしていた。
「まあ起きるわけないんだけどさ」
もう長く目を覚まさないお爺さん。一度死にかけたときにエリクサーを飲ませた。お爺さんは肺癌で自分が長くないとわかっていた。でも『延命治療の必要はない』と言い、『自然のまま死にたい』と言っていたのに私は与えたのだ。
そうしたら元気になって、喜んでくれるかと思ったのに、エルフになったこの綺麗な顔を初めて叩いた男になった。
「変わらず男らしい人だね、あんたは」
こんな綺麗な私を叩くんだから。
「『余計なことをするんじゃない』だって?」
俺は自然のまま死ぬと言って元に戻せと叱られた。だからエナジードレインで精気を吸い取り意識をなくした。でも今の私はそんな状態の人間ですら、永遠に生き長らえさせることもできる。
「氷漬けにしてしまいたいよ」
お爺さんの枕元に行って頭を撫でた。
「あんたたちは出てな」
若い女二人が礼をして出て行く。
「あんな若い子たちに気づいてもいない。贅沢なお爺さんだよ」
私の我が儘だった。
「ねえ、お爺さん。本当に私の我が儘に付き合わせてごめんね」
自分の顔。驚くほど綺麗になった顔。変わらずに引っ張叩かれたことが嬉しかった。でも、お爺さんが死ぬことへの覚悟がまだできない。意識不明で寝ているだけなのに、それでもそれでいいと思ってしまう。ふと電話が鳴った。
【卯都木健児】
息子からだった。私は声帯を変えた。
「ああ、もしもし。文子です」
と耄碌した婆さんの声を出す。
『ああ、婆さんか。まだ生きてるか?』
「はあ。どなた様ですかね」
『俺だよ、俺。健児だよ』
「ああ、忠勝さんですか?」
『チッ、婆さん、前よりボケたな』
「すみませんね。なんだか私よくわからなくて。ところで、息子の健児はどこに居るんですかね?」
『俺だよ、俺。明日ちょっと様子見に行くから爺さん、まだ生きてるのか?』
「ああ? 私、よくわからないんですよ」
『もういい。ああ、もうあんなボケ老人のためになんで俺が動かなきゃいけないんだよ』
「すみませんね、すみません」
いつからこうなったのだろう? お爺さんは昔やり手の企業家で、結構な額の資産を築いていた。しかし、気のいい人でよく人に金を貸していた。その中の一人にとてもタチの悪い男がいて、多額の借金を背負わされて会社を倒産に追い込まれた。
律義なお爺さんは迷惑をかけた人たちに少しでもお金をと、あちこち奔走して、従業員の再就職先や、借金返済の目処だけはなんとか立てた。しかし、無理が祟って、体を壊し、働くことができなくなった。
『すまん』
71歳で寝たきりになり、そんなふうに言われたけど、私は全然いやじゃなかった。忙しく、いつも家に居ないお爺さんが常に家に居るようになってくれて、逆に嬉しかった。でも90にもなると私の体もガタがきてお爺さんを施設に預けるしかなくなった。
子供たちはお爺さんが会社を潰してから苦労したことを恨んでいるのか、連絡がほとんどこなかった。それでもなんとか連絡を取って、一番安い老人ホームにお爺さんを入れた。あの日が私の人生の中で一番情けなかった。
『二人ともさっさと死んでくれよ。世間体考えて、そっちに様子見に行く俺たちの身にもなってくれ。もうこっちだって70なんだぞ』
「あー、そうですか。70ですか?」
『もういい。まあ、明日行くから待っててくれよ』
「はいはい、分かりました分かりました」
電話を切った。今死んだことにして、遺産を全部残してやったら息子たちはどんな顔するだろう? 驚くと共に喜ぶんだろうか。でも、きっと扱いきれずに破滅する。息子たちの器は知ってる。大金を残したからって、それを使いこなせるような子供は誰もいない。
「お爺さん、もう潮時だよね」
お爺さんを施設に預けた後、一人でぽつりと家の中にいたら私の頭はボケた。靄がかかったみたいになって、何も分からなくなった。そして気づいたらダンジョンの中で、お爺さんが残してくれた日本刀を持ってゴブリンを殺していた。
【高齢ボーナスを加算。卯都木文子は90歳でのゴブリン討伐三体を単独達成。加齢による体の衰えを消去。レベル2に上がりました。スキル【堅牢】魔法【木棺】を付与します】
あの時のダンジョンから聞こえた声が、今の私の始まりだった。酷い怪我をしたみたいだったが、それも治っていた。靄がかかったようになっていた頭の中がスッキリしていて、そこから私はダンジョンの中にずっと居た。
一月ほど居ただろうか? そこで南雲の坊ちゃんと出会い。今にいたるまで腐れ縁となった。
『でも坊や、帰らないとここは危ないよ』
『ううん。お婆ちゃん。僕ね。帰るところなんてないんだ』
『じゃあ私ん家に来るかい?』
「懐かしいね」
あれから本当にいろんなことがあった。ただ、死んでいくはずだったババアが何の因果か日本を裏で牛耳っているとか言われるようになってしまった。
「お爺さん。たくさんたくさん話したいことがあるよ。あの世なんてものが本当にあるのならさ。そこでたくさん聞いておくれよ」
私はお爺さんの前に手をかざした。長くこの人の命をつないでいた魔法。
【永遠の眠り】
それを解除した。バイタルを計っていた計器がすぐに乱れ始める。
「自然のまま死ぬのが人だよね」
最後だけはお爺さんの希望を叶えてあげようと見守った。
『文子。もう俺なんぞに囚われず、自由に生きろ。そしてそんなに綺麗になったんだ。存分に人生を楽しめ』
あの日。私を引っぱたいたお爺さんが言ってくれた言葉を思い出した。涙がポロポロと流れてきた。お爺さんは少し苦しんでいた。それでもゆっくりと脈拍がなくなっていき、最後は眠るように息をしなくなった。
「なんとなくわかるんだ。私だって1000年も生きないさ。そんなに長く待たせないから、あっちで待ってておくれ」
最後の転生を果たしてから、奇妙なほど勘が冴える。自分の寿命もなんとなく見えてくる。きっとそう遠くないうちに私は死ぬ。だから、その前にお爺さんのことだけはちゃんとしとかなきゃいけなかった。
『す、すごい! 転生した人だ!』
なぜか不意に頭の中に二ヶ月ほど前に見た男の子の姿が浮かんだ。頼りなくて、今すぐにでも死んでしまいそうな男の子だった。普通に行けばダンジョンで生き残るはずもない男の子だった。
《この子だよ》
ダンジョンの声。いや……。
「ふふ、そうか」
今の声はダンジョンのシステム音じゃなかった。きっと“あの子”の声だ。
「確か名前は何と言ったか……。いや、私は名乗ったけど向こうは名乗ってなかった」
《六条祐太》
「六条祐太?」
《そう》
「はは、こんなに“あの子”がはっきり答えるとはね。六条祐太。あんたも好かれちまったかい。なら、早く強くおなりよ。ダンジョンにはあまり時間がない。急がないと……」
お互い嫌なものに目をつけられたね。“あの子”は目的の為ならあらゆる手を使ってくるよ。
「世界が終わるその前に、その子はここまでこれるのかね?」
《きっとたどり着ける》
「そうかい」
まあ、その前に私は、お爺さんとの葬式を上げるとしよう。ちょうどいいし、表側の私ももう死んだことにしておこう。お爺さん、そんなに遠くないうちにちゃんと一緒のお墓に入るから、待ってておくれ。





