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神様は、ちゃんと返してくれたよ

掲載日:2023/01/02

 食べ終わったあとのモルモンの毛皮は、あまりに小さく幼いメスだったから、生まれたばかりのチビの腰巻きにも狩りのためのお守り入れにも使えない。だから、そのまま、肉を取り出した袋口の格好でうっちゃらている。

 

 ヨーテは砂を(つか)んで中を洗ってみた。

 父さんは一番のナイフ使いだから、腹の内側からいれた刃先は手足の食べられそうな先の先までこそげ落としているから、さっきまで中に詰まっていたものがあったなんて信じられないくらいお日様にかざしてみても血肉の茶色や赤の斑はみつからない。

 それでも、雨が降らずに水気のない砂は、革の中に潜んでいた生き物だったときのモルモンに残っていた最後の血の気や水気までを、綺麗にこそげ落とした。

 ムナジは、父さんが新しく連れてきた女だ。

 そして、膨れた腹から三日前にチビを産んだ。うちに来た時から猛烈に食い意地がはっていたが、チビを産んだ後でも食い意地ははっている。非常用とペットの両方で可愛がってたモルモンだって、半分はあの女が食ったのだ。

 ナイフでこそげ落とした肉は、手足や内臓を足しても父さんの両手いっぱいよりも足りなかった。

 すべてを丸めて木の枝に括り付け、塩をふる。貴重な塩をあんなにもたくさんだ。

 塩の旨味を吸って焼いたあとの舳先(じくさき)の肉ダンゴは、半分くらいに小さくなった。

 父さんは「ほうら」と、後ろに何本も肉の付いた棒切れが控えているみたいに、女に渡した。

 そのままなら、父さんの後ろにもっとたくさんの肉ダンゴがあったなら、全て腹の中に収まりそうなくらいの食い意地だったのに、女は熱々の半分を「ふたりの分だから」とちぎり、渡した。

 父さんは、予定したようにその半分をちぎって、オレに渡す。

 「ヨーテは、もともとがオレたちのモルモンなんだ」と無性に言いたくなるのを嚙み殺し、分け与えたのは父さんで女ではないと言い聞かせ、モルモンを頬張る(ほおばる)

 塩の溶けた肉汁が、口の中いっぱいに広がった。

 思い出すくらい久しぶりの、肉の味だった。


 

 父さんは、いまは神様が近くに寄ってきてくれないから、生まれたてのやせっぽっちな鹿の子どもさえ仕留められずにいると、長老のカシムさんは言う。

「ヨーテ、お前はまだ小さくて幼いのに苦労ばかりだな。母のターシャは神様がお連れになったばかりなのに、アボリはすぐに女を連れてきた。女を連れてこなければ、神様だってお前たちからターシャを連れて行った申し訳に鹿の子のひとつやふたつ、お前たちに恵んでくださるのに。それなのに連れてきた女の腹が膨れていて、すぐにチビを産んだりしたら、神様だって同情よりもお怒りの方が先に立つだろうて。なにしろ、わしらの神様は女だからなぁ・・・

 しかしなぁ、ヨーテ、チビをいじめてはならん。可愛がってやれ。そのうちにアボリがチビに名前を付けるだろう。そしたら、お前はその名を呼んで可愛がってやらねば、名前がつけば、チビはお前の弟のなるのだからな」

 モルモンの目玉に、カシムさんの話を黙って聞いていたときの自分の顔が映る。大人たちと違い、カシムさんの長々しい話を黙って大人しく聞いてくれるいい子のヨーテの顔が映る。

「ヨーテ。お前は、ホント、聞き分けのあるいい子だよ」と言って、いつも頭をなでてくれる母さんの掌は、もうない。

 カシムさんは長老ではないのかもしれない。長老なら、もっと大人たちが敬っていいはずだし、何度も聞いた長い話だからって、あんなあけすけに迷惑な顔を向けるはずはない。やっぱり、カシムさんだけが自分のことを長老だと名乗っているだけなんだ。

「オレっ、そんなにいい子じゃない。だって、大食いのあの女を憎んでる、チビだって嫌いだ」

 

 平べったくなったモルモンにいろいろ試してみたが、中に詰めるのは、秋に枯れたどんな大人よりも背ぃの高い(あし)の葉をグルグルしたものが一番だった。だんだんと生きて動き回っていたときのモルモンの膨らみに近づいていく。

 父さんのナイフが入る前の、真っ先に頬ぼるあの女の口に入った焼きたての肉がまだお腹の中に収まっていたときの、可愛く動き回る小さくて可愛かったモルモン。

 それは、早い呼吸を上下させながら眠るクントの小さな丸い腹と同じ膨らみに見えた。


 チビに名前が付いた。クントだ。父さんも女も、お喋りの初めと終わりに、クントと付ける。

「クント、雨が上がったわ。ほうら、暖かで眩しいお日様が出てきた」

「寒い季節が終わったんだ、甘くて白いレンゲの咲いたら、ミューレの丘に連れてってやるぞ、クント」

 抱き上げようが話しかけようが、泣いてるか眠ってるかだけじゃないか。笑いもしなければ返事だって返したりしない。だけど、父さんも女も、好き勝手に「笑った」とか「うんうん言った」と楽しそうに頷いている。

「ヨーテ、お前も抱き上げてごらん。どんなに冬の神様が冷たい吹雪を送ろうと温かなものに包まれるから、幸せな気持ちに包まれるから、お前にとってクントは初めてのたった一人の弟なんだから、笑いかけてあげなければ、抱き上げなければ、可愛がってあげなければ」

 そう言って、女が両手にもったクントを手渡す。

 暖かくて、柔らかい。

 持たされるまでは「こんなもの」と思っていたのに、そんな硬い心根などすぐに横に追いやられ、大切なものを渡さたのをしってる心臓が両手に乗り移ったように緊張する。

 何も言わず、笑わず、ただ穴から顔だけ出してる貝虫(かいむし)のような唇をモグモグさせながら、とても早い呼吸を岩穴いっぱいに響かせ、眠っている。モルモンよりも小さなクセして、温かで柔らかなものが掌をとおしてヨーテの身体全体を包んでいく。女の言った「笑いかけてあげなければ、抱き上げてあげなければ、可愛がってあげなければ」が何度も一緒に回り、呪文だと思っていたものが歌へと変わる。


 ヨーテ、わたしの可愛い子

 いつまでも、見えなくても、わたしの可愛い子

 クント、わたしの可愛い子

 いつまでも、見えなくとも、わたしの可愛い子

 ふたりは兄弟、この世界のふたつの存在


 声は、神様が連れて行った母さんなのに、歌っている顔は女の顔だ。ムナジの顔だ。

「ヨーテ、もういいだろう。ムナジを母さんと呼んでおあげ」

 父さんが、写った自分の顔を覗くように、(さと)した。

 そして「ムナジはお前のたったひとりの弟のクントを産んだ女なのだから」と続けたあと、ムナジも心の声で伝えてくる。心の声は「ムナジはお前のたったひとりの母さんなのだから」と、母さんの声で伝えてくる。

 神様が連れて行った母さんが再び現れたんだ。今度カシムさんが話しかけてきても、大人たちのように、あけすけに迷惑な顔を仕向けてやろう。きっと、びっくりするだろう。

「オレっ、クントにこれあげる」

 はじめからそのために準備よくつくってきたような気持ちで、ヨーテは母さんの腕に戻ったクントに、肉の代わりに(あし)の葉をグルグルにして腹に納めた生き生きと可愛く戻ったモルモンを渡す。

「クント、良かったねぇー。ヨーテお兄ちゃんが可愛らしいもの、くれたよ」


「ヨーテ、・・・・ぉにいちゃん」

 もうじき、クントは(あし)の詰まったモルモンにではなく、オレをそう呼んでくれる。

 ひとがひとを慈しむためのぬいぐるみは、こうして始まった。

 





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― 新着の感想 ―
[一言] 想いを込めたものがぬいぐるみになるんですね♪
2023/01/02 14:28 退会済み
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