92 リアーナのお茶会5
久しぶりに騎士の制服に着替えて気を引き締める。
これから招待客達を相手に立ち回らなければいけないと思うとうんざりするが、学院でのお茶会にオロギラスが現れるなんて起こってはいけない事態だ。
身支度を整えアーネストの部屋から出るとそこにはサンドロとゴドウィンが立っていた。
「リアーナ殿下!本当にご無事だったのですね」
どうやらゴドウィンから私の無事は知らされていたが半信半疑だったようだ。
「えぇ、心配かけましたね。それより現場はどうなっていますか?」
二人を連れて歩きながら私がアーネストと逃げたあとの事を尋ねた。
「アーネスト様があの猿を引き付けてくれたお陰であれ以上の被害は出ませんでした。何故か倒されたはずの猿の死体が見つかりませんが、目撃情報も無く行方はわかりません」
猿じゃなくて大猿ね。
「そうですか、オロギラスの方はどうです?」
話しながら後ろを振り返り、ローラと並んで歩くヴィヴィアンをちらりと見た。彼女は私が真っ裸だった事を何も言わない。いくら戦ったからって真っ裸なんてありえないとわかるだろうに。
こちらとしては助かるがちょっと不気味でもある。目があるとにっこり微笑んでくるし。
「オロギラスは特殊な能力があるタイプでは無く、通常の大蛇で中型というところでしょうか?ゴドウィンとエミリオが倒したということですが殿下はどこにいらしたのですか?」
アーネストは上手く私を見られないように運んでいたらしくサンドロは私が部屋へ移動する前の事はわかっていないらしい。
「その、オロギラスと戦っている時にドレスが破れてしまって、人前に出られる状態じゃなかったから着替えていたのよ」
私は恥ずかしそうにサンドロから顔をそむけると、彼はゴドウィンに蹴りを入れられ慌てて謝罪してきた。
「はっ!?ご、ごめん、あ、申し訳ありません」
「お陰で私は眼福でしたわ……」
ヴィヴィアンがほぅ……っとうっとりため息をつき頬を染める。自分の欲望が満たされるなら多少の疑問は放置出来るタイプなんだな。
招待客が避難している部屋の前についた。箝口令を敷いている為、ここにいる客達はオロギラスが侵入してきたことを知らない。もちろん大猿のこともね。
どうやら避難するにも身分で分かれたらしく庭園から一番離れた安全そうな場所は上位貴族のようだ。
ま、丁度いいか。
私は一番手前の平民や下位貴族がいる教室に入ることにした。
入口に立っている騎士がここは下位貴族がいるところですと声をかけてきたがにっこり微笑み無視した。彼は私が先に上位貴族の所へ行くのが当たり前だと思っていたようだ。
「皆さま、お怪我をなさった方はいませんか?」
入るなり尋ねるとそれぞれ顔を見合わせ大丈夫ですと口々に話す。平民も半数くらい混じっていて、お茶会に来た人以外の生徒も多くいるようだ。
「そうですか、それは良かったです。足止めをしてしまって申し訳ありませんが、お茶会へいらした外部の方は後ろのドアから出て騎士の指示に従い名簿に確認が取れた方はお帰り頂いて結構です。
お茶会にでていらっしゃらない方と生徒の方は前方のドアから、生徒名簿で確認出来ましたら同じくご帰宅なさってください。
本日は講義は行えません。明日以降、学院の再開がいつになるか不明です」
賊が入り込んだ以上、捜査は徹底的に行うだろう。
「それから何かおかしいなと感じた事や気になることがありましたら些細な事で構わないのでお知らせ下さい」
みんな大人しく指示に従いゆっくりと移動しながら帰宅していった。
ここは騎士たちに任せても大丈夫そうなので担当の者に頼むと、奥にある上位貴族の部屋へ向った。
ドアを開けるとざわざわとしていた部屋の中が静まり返り一斉にこちらに視線が向けられた。視線を引き連れながらゴドウィンとエミリオを連れ教卓に立つと教室を見渡した。
「お待たせして申し訳ありません。これから身分を確認した後に少し事情を伺ってお帰り頂きます」
静かだった教室内がざわつき不満の声があがった。下位貴族や平民達より上位貴族の方が何か企んでいる可能性は高い。状況的にも今後の王位継承に関係ありそうだし、とにかく話は聞かなければ帰せない。
「いくら王女殿下のご命令でもこの扱いは納得いきませんわ。見れば下位の者や平民は先に帰らされているではありませんか!」
「こういう場合は優先していただかなくてはいけません。我々は上位貴族です、このままでは間近に迫る王位継承にも影響を及ぼしますよ」
「何故、リアーナ殿下が仕切っておられるのですか?」
思った通りヤジが飛ぶ。内心緊張で震えそうだがこういうときは毅然とした態度で接しなければいけないといつも母上が言っていた事を思い出す。
「まず最初に、私がこの場にいるのは講義とはいえ今回のお茶会の主催としての責任があると思ったからです。
こちらには上位貴族の方が大勢いらっしゃいますから王族である私が仕切る方が皆様の心情としても指示に従い易いと思ったのですが、ご不満がある方はどうぞ」
ヤジを飛ばしていた輩は王族という言葉にぐっと押し黙る。本来なら九番目の王妃の子などやや軽んじられそうだが表立って口には出来ない。
すると教室の隅にいる一人の女性が静かに立ち上がり緊張した面持ちで口を開いた。
「お、王族であることが条件であるならマクシーネ殿下の方が年長ですから、マクシーネ殿下にお願いしたほうが良いのではありませんか?」
女性の言葉に教室内が少しざわつく。後ろにいるエミリオがその女性が数少ないマクシーネ派の家のものだと教えてくれた。ここで少しでも注目を集め支持を増やせないかと考えての言葉だったようだ。
彼女の後ろにひっそりとマクシーネが座っており、少し顔を引きつらせている。珍しく大人しいのが気になる。
「姉様、ご無事でしたか。良ければその方の言う通り姉様にこの場を仕切っていただいても構いませんわ」
私は教卓から離れて場所を開けた。
指名されたマクシーネはすっと立ち上がりゆっくりとこちらへ向かってきた。
「宜しいのですか?」
再びエミリオが耳打ちしてくるが私は頷いた。
「まぁ見てなさい」
マクシーネはなんとか体面を保つように少し顎を上向かせ教卓に立った。
「では今から私の指示に従ってもらいます」
ゴクリと喉を鳴らす音がこちらにも聞こえる。
「そこの貴方、まず事情を話して」
目の前の女性に視線を向けて言い放つ。
「えっ!?私ですか。事情と言われましても……」
急に指名されオロオロとして戸惑って他の人の顔を見たりしているが何をどう話せばいいかわからないようだった。
「姉様、まずは名前をお伺いしませんと」
私は小声だが他に人にも聞こえるくらいの大きさで話す。
「わ、わかってるわよ。コホン、あなたお名前は?」
「私はスーザンです」
エミリオが素早く資料に名を書いていく。
スーザンは名前を答えたきりまた黙っている。マクシーネは目で合図して先を促しているがスーザンはどうすればいいかわからないようだった。
「姉様、まず爆発があったときにどこにいたかを聞いたほうがいいと思いますが、皆が話を合わせては正しい検証に差し支えますから別室へ連れて行ったほうがいいと思いますよ」
また小声だが他にも聞こえるように話した。
「私も今そう思っていたところよ。誰か場所を用意してちょうだい」
マクシーネ付きの二人の護衛が顔を見合わせて一人が慌てて教室を出て場所の確保に向ったようだ。教室内が少しざわつきヒソヒソとはなす声が聞こえる。
「姉様、一人ずつ聞いていっては数日かかってしまいますから幾つか部屋を用意しなければいけないと思います。私が前もって用意していた部屋を使ってもいいですか?」
それを聞いた招待客達が少しホッとした顔をする。
「え、えぇ、気が利くじゃない」
「ありがとうございます。
エミリオ、質問票を担当の者に渡して皆に同じ質問を出来るようにして、抜けが無いようにお願い。それから御婦人方に質問する場合は女性騎士が必ず一人はつくように、お茶も用意して。まだお茶会用の物があるはずだから、ヴィヴィアンお願い」
控えていたヴィヴィアンに頼むとすぐに部屋から出ていった。
「あ、姉様、申し訳ありません。勝手をしてしまって、これでいいでしょうか?」
皆がキビキビと行動し、話が進んでいく。
「えぇ、構わないわ。貴方の、やりやすいようにして」
場違いさを感じたのかマクシーネは教室の隅に戻るとさっき余計なことを言った女性を睨みつけ席に座った。




