89 リアーナのお茶会2
ポーションのお陰かじんわりと回復し再び社交に向かおうとすると低木の陰からひょっこりと男の子が顔を出した。
「リアーナ姉様!ここにいらしたのですか」
濃い茶色の髪にキラキラと光る薄い茶の瞳で私を見つけ嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ゲイル、久しぶりね!」
私が手を差し伸べると目の前でピタリと足を止めマジマジと見上げる。
「姉様、凄く綺麗です……」
まだ幼さを残す顔の頬を少し赤らめた、たった一人の弟の言葉を嬉しい気持ちで受け取った。
「まぁ、見ない間にお世辞が上手くなったわね」
「私はお世辞は下手なので上手く聞こえたということは本音なんですよ、姉様」
可愛らしいことをいうゲイルをむぎゅっと抱きしめる。
「わぁ!姉様、もう子供ではありませんから止めて下さい」
私の腕の中から逃げ出そうとジタバタとする。
「生意気になったわね、まだ私より背が低いのだから子供なのよ」
抱きしめていた腕を離したが頬をぷにっと摘む。ちょっと嫌そうに恥ずかしがっているがいつものことだ。私の手をグイッと払いのけると一歩後ろに下がった。
「姉様こそ子供みたいだ、そんなことじゃ立派な王になれませんよ」
そう言ってハッとし少し俯いた。今まさにその王位を争っている最中なのだと思いだしたようだ。
「姉様……」
急にさっきまでと違い笑顔を曇らせるとおずおずと私を見た。本人の意向とは別の、知らないうちにライバル関係になってしまった姉の私を悲しそうな顔で見つめる。
私はゲイルのふんわりとした柔らかい髪に触れ整えるように指で梳く。
「何をしようがどこにいようがゲイルが弟であることに変わりはないわ」
きっと周りの大人達から私と馴れ合うなとでも言われているのだろう。
「こんな事すぐに終わるわ。そしたらまた一緒に剣の訓練をしましょう。お互いに誰が王になっても恨みっこなしよ」
出来るだけ軽い感じで明るく話した。
下手にここで仲良く過ごしても周りも混乱するだろう。もしかしたらマクシーネが余計なことを吹き込んでいるかもしれない。今日はマクシーネの弟としてここに来ているのだから。
そういえばまだマクシーネとは会っていない。どこぞで支持を集めようとしているのかも知れない。
「わかりました。もう少し話したいですけど行かないと。今日はマクシーネ姉様と一緒にいなければいけないから」
寂しそうに微笑むとゲイルは来た道を戻っていった。
あまり突っ込んだ話は出来なかったがやはりマクシーネがゲイルに付いたというのは本当の事のようだ。
カワイイ弟に会って緩んでしまった気を引き締めると、再び庭園に向かった。
「ご機嫌よう、リアーナ殿下」
早速数人の御婦人に囲まれにこやかに話をしていく。
お茶会は順調に進み、心配していた派閥による混乱もなく和やかな感じだ。流石に父兄のいる成績がかかっている場でお茶会の進行を妨げたい輩はいないらしい。
交代で護衛にゴドウィンが付いていても誰も下世話な話は聞いてこないし、アーネストがどうとかも言って来ない。
あくまで貴婦人コースの王族である私のお茶会という体を保っている。この中で支持を増やすのは中々大変だがチラリと世間話に紛れ込ませて自分たちの不満や支持を含ませる者もいた。
「はぁ……そろそろかしら?」
誰にもわからないようにため息をつくとローラに尋ねた。
「そうですね、ヴィヴィアン様を探して来ましょうか?」
「えぇ、お願……」
「「うわぁーー!!」」
突然、庭園の奥からドォーンという音がし、叫び声があがると遠くでバラバラと何かが吹き飛び煙が上がった。
「なんですの!?」
「キャーー!!」
「逃げましょう!!」
招待客が次々と悲鳴を上げ右往左往する。
「姫様!避難して下さい!!」
ゴドウィンが私の腕を掴んだがそれを拒んだ。
「駄目よ、皆を誘導しないと。サンドロ!!皆を建物内へ避難させて!!」
少し離れた場所にいたサンドロに声をかけ誘導をさせる。私はすぐに爆発が聞こえた方へ向かって走り出した。
「姫様!お待ち下さい!」
「貴方は下がって!命令よ!」
私を止めようと付いてきたローラが泣きそうな顔で建物の方へ行くのを振り返りながら確認しそのままドレスを掴んで走った。
「あぁあ、アーネスト様が見たらなんと言うか」
ゴドウィンが嘆く。足が丸見えだがこの際仕方がない。
「うるさい!黙ってて。それよりなんなの?」
最初は火事かと思ったがそれほど多く煙が出ていない。最初の爆発音の他は何も聞こえず何かの事故かと思っていた。
逃げようとする人達に建物の中へ向かうよう言いながら進んでいたが、流れに逆らう事になるため中々思うように行かず、数分後やっと庭園の奥が見えてきた。
そこは沢山の低木が植えられてあり、この向こうにある騎士コースの訓練場を隠すように生い茂っている。前に私が逃げ込み泣いてしまった所だ。そこへ一歩踏み込むとガサリと木々が鳴る。
「ヒィッ!」
急に横手から声が聞こえ、ゴドウィンが剣に手を添え私に待つよう合図して慎重に木々を掻き分け近づいていった。
「誰だ!」
「きゃあ!」
「……マクシーネ殿下。ご無事ですか?」
ゴドウィンの嫌そうな声を聞き後を追うとそこにはへたり込んだマクシーネが独りで震えて泣いていた。
「リアーナ!助けて!」
よっぽど怖かったのか私を見るなり更に涙をこぼすと手を伸ばししがみついてきた。
「姉様、何があったのです?ゲイルは一緒じゃないのですか?」
「私は知らないわよ、お、男が……とにかく早くここから連れて行って!」
全く話を聞かない姉様に困っているとエミリオが駆けつけてきた。
「エミリオ、いいところへ来たわね。私達は向こう側を確認してくるから姉様をお願い、それから騎士コースにもこちらから入っていくと一応知らせて」
不満そうなエミリオが私からマクシーネを剥がすと抱き上げ建物の方へ走っていった。
どうやらゲイルとは合流していなかったようだからあの子はここにはおらず無事なのだろう。
「ゴドウィン、剣」
手を差し出すと嫌そうながらも予備のショートソードを腰から抜くと手渡した。それでスカートの一部を縦に切り裂きスリットを入れて足が開くようにし少し裾を短くした。バラバラと飾りの宝石が落ちていったが仕方ない。
さっきマクシーネが男がどうとか言っていたから賊が侵入したことは間違いないようだ。
「行くわよ」
「はぁ……せめて姫様は後ろからついてきて下さい」
止めるのは最初から無駄だと諦めているのか、ゴドウィンは腰を落とし私の前に出ると低木を掻き分け騎士コースの方へと近づいていった。
ガサガサと音を立てながら進んでいくと見覚えのある鉄柵の一部が見えて来たが、側まで行くとゴドウィンの背よりもかなり高い柵がグニャリと曲がりこちら側へ倒れ込んでいる。
鉄柵の向こう側には三棟ある大きな倉庫の一部が吹き飛び残骸が散らばっていたが他は無事なようだ。ここからは倉庫が邪魔で騎士コースの訓練場は隙間からしか見えず向こう側に人がいるかはわからない。
すると急にゾワッと覚えのある感覚がした。
「これは……何か向こうからこちらへ侵入したようですね」
折れ曲がった鉄柵をかがんで調べるゴドウィンに小さく囁いた。
「いる……」
背筋を冷たい汗がつたい鳥肌が立つ。
「なんです?」
かすれた小さな声が聞き取りにくかったのかゴドウィンが振り返る。
「あ、あいつが……近く、にいる……」
私は金縛りにあったように身体が動かず目だけをキョロキョロと動かし浅く呼吸していた。
ただならぬ様子にゴドウィンは素早く私を肩にかつぐとまた低木を掻き分け来た道を戻ろうとした。
「どこにいる?!」
ゴドウィンの叫びと同時に横手から巨大な身体をうねらせたオロギラスが姿をあらわした。
「目を閉じろ!!」
ゴドウィンの叫びを遠くに聞きながら意識を失った。




