86 訓練再開
うつろな感じのままフルールは私のブラウスのボタンを外し胸をはだけた。
「……ホントだ。乳がある」
そう言って両手で掴んでむにゅんと確かめてくる。
「姉様止めて下さい、それは診察じゃないでしょ」
ヴィヴィアンの時と違いじかに揉まれるとくすぐったくてすぐに手を払った。
「あ……ごめん。話に聞いてたたわわな胸に驚いたの」
完全にオスカリからの報告だよ。
改めてフルールは鞄から前にも使った水晶を取り出すと私の胸の間に押し付けた。水晶の中にはまた靄のようなものが浮かびゆっくりと渦を巻きふわっと消えていった。
「ふんふん、まだ油断は出来ないが命の危機は脱したみたいだな。体力もそのうち回復するだろう」
「本当ですか?だったら訓練を再開してもいいですか?」
「あぁ、軽いところから始めるといい。じゃあ私はこれで」
フルールはそう言うとそのまま後ろに倒れてしまった。
「姉様!?」
また何か無茶をしていたであろうことは一目瞭然だったがどうやら気絶するように眠ってしまったらしい。
「はぁ……またですか。姫様、服を先に整えましょう」
ローラはフルールを放置し私の身支度を優先したあと護衛達を部屋へ入れた。
「またフルール殿下は眠られたのですか?」
ゴドウィンがうわぁ〜って感じで顔をしかめた。
「客室へお連れすればいいですか?」
サンドロがサッと姉様に近寄り抱き上げようと手を出しかけた。
「私がお運びします」
サンドロをグイッと脇へ退かすとエミリオがフルールを抱き上げそのまま何も言わずに連れて行った。
……えっと。
何となくらしくないエミリオの行動が気になったがそれより主治医の許可がおりたのだから先ずは訓練の再開を果たしたい。
「ゴドウィン、オズウェルに訓練したいって伝えておいて」
屋敷の護衛隊長オズウェルには前にも頼んであった。
「いつからですか?」
ゴドウィンがパッと笑顔を見せると嬉しそうに言った。
「午後にでも」
頷くと早速知らせに向かったのかそのまま部屋を出ていった。サンドロも嬉しそうに笑顔を見せる。
「殿下、体調が回復されたようで安心いたしました」
「ありがとうサンドロ。早速訓練に付き合ってね。まだ軽くしか始められないから隊には混ざれないと思う」
「畏まりました。お任せください」
サンドロは快く引き受けてくれまたドアを守るため廊下へ出ていった。ドアが閉まった事を確認しローラが心配そうに私の顔を見ている。
「姫様……」
「大丈夫よ、無茶はしないわ」
いきなり訓練を再開しようとするの止めさせようと口を開こうとするのを遮って言った。
「ですけど」
「だって全く身体を動かしていないのよ。もうなまっちゃって仕方がないわ。それに王位継承の決戦だってどんな方法になるかわからないのよ。もし武力対決だったらどうするのよ」
これまでの歴史を振り返っても決戦は武力を試される事が多かった。
「もしそうなっても代理でゴドウィンを出せばいいではないですか」
武力決戦には何も王女、王子が出る必要はない。信頼出来る部下で挑めばいいのだ。優秀な臣下を従えているということも王としての力とされるからだ。
「まぁ、そうだけど。でもとにかく身体は鍛えないと体力が落ちては健康にもかかわるでしょう?」
何とか健康を全面に押し出しローラを説得すると、無事に午後からの訓練に向かうことになった。
数日はラニングを中心とした訓練を行い、体力回復につとめた。
慣れてくると剣での打ち合いもサンドロと始め、近くでオズウェルとゴドウィンがこちらを見ながら私の訓練のメニューを話し合っていた。
「姫様、そろそろご休憩なさってください」
毎日ローラがハラハラしながら傍にいて、訓練場の脇に設置された私専用のテーブルへお茶を用意してくれる。
「もうそんな時間?」
サンドロとの打ち合いが楽しくて決められた休憩時間が来たことに気づかなかった。
高揚した気分のまま椅子に座りカップを手にするとプルプルと震えてお茶を溢しそうになる。
「まぁ、姫様もう今日は訓練をお止めになってください!」
慌ててローラが私からカップを取り上げる。
「大丈夫よこれくらい。力を使った後はいつこんな感じだもん。ねぇ、サンドロ」
「そうですよ、リアーナ、殿下はいつも訓練が終わった後はヘタれて座り込んでいましたから」
危なかったね、サンドロ。
サンドロは久しぶりに一緒に訓練して昔の感覚に戻ってしまっていたようで、名前を呼び捨てしそうになりギリギリ耐えていた。
「毎回倒れ込んでいたのですか?」
騎士コースの訓練には顔を出したことがなかったローラが目眩を感じたように手で頭を押えて目を閉じた。
「そうね、今から思えば本当に私は騎士に向いてなかったのね……」
訓練についていくのがやっとだったが諦めたくなくて必死になっていたが、騎士団なんて夢のまた夢だったのだ。
「殿下、騎士団に入ることだけが騎士ではありませんぞ」
私の言葉を聞いてオズウェルが難しい顔をしてのしのしと近づいてきた。
「それ前にも聞いたことあるんだけど……」
アーネストが私に言ってくれた事があったがあまり理解できなかった。オズウェルはほうっと感心したように軽く頷く。
「誰が言ったのかは知りませんが殿下にそう申し上げた奴を褒めてやりたいですな」
「どうして?」
「其奴は騎士団の存在意義を正確に捉え、また騎士の有り様も理解できているからです」
「騎士の有り様って?」
力をつけた騎士は騎士団に入るのが当たり前で、騎士団に所属することこそが騎士の誉れだと思っていた。
「王立騎士団は王族を御守りするのが一番のお役目です。高貴な方々を必ず御守りするためには一定の評価をうけた優秀な人材を集めた集団が必要だからです。ですから国家には騎士団が必ず必要です。
しかし、騎士は違います。騎士は自分で主を定め、忠誠を捧げ、己の身を賭して守り抜く者です。その心根は強く強靭でないといけません」
オズウェルの真剣な眼差しは私を見据え何かを問うているようだ。
「肉体の強さや技の巧みさだけが騎士の価値じゃないってこと?」
ガッシリとした体格の、逞しい見た目のオズウェルは私の前に膝を付き顔をあげる。
「殿下、私は殿下は立派な騎士になれると思っております」
「騎士団に入れなくても?」
「勿論です。騎士とは何が何でも護ると決めたものを護る者の称号です。決して騎士団に入るための階段の一つではありません」
オズウェルの言葉を、すぐに理解し納得出来たわけではない。
ただ、その後訓練をしている間、暗闇にボンヤリ光る小さな星のようにずっと頭の隅に残っていた。
訓練を再開した頃から学院へも通いだした。
どうやって私が再び通いだした事を知ったのか、初日から廊下の両サイドにはズラリと女生徒達が二人ずつ並び私が向かう教室まで列が続いていた。
「王位継承するためにはこれでいいはずよね」
ちょっと不安になってきて後ろにいるゴドウィンに訪ねた。
「勿論です、こんなに面白い事をやっている候補者は姫様だけですよ」
ゴドウィンに聞いたのが間違いだった。
経理コースの教室につくとナザリオが先に来ていて私を見るなり隣の席へ座るよう手招きした。
「やぁ、おはようリアーナ」
なんだか様子が変だ。いや、ナザリオはいつも変だが今日はいつもと方向が違うおかしさだ。
「どうしたの?なんだか、気持ち悪いよ」
私がそう指摘するといつも文句を言ってくるナザリオが爽やかに笑った。
「何言ってるんだよ、リアーナは相変わらずだな」
何か変なモン食ったか?
理解できなくて首を傾げるとナザリオの前の席に座っていた女生徒がパァッと顔をほころばせた。
「まぁ、ナザリオ様。本当にリアーナ殿下と親しくしていらっしゃるのですね」
小柄で可愛らしいその娘は立ち上がり、ナザリオがまた爽やかに微笑むと紹介し始めた。
「こちらは最近エルデバレン国に留学してきたエストリナ国のポーシャ様だ」
紹介されたポーシャは慇懃に礼を取る。
「リアーナ王女殿下、お初にお目にかかります。エストリナのポーシャでございます」
急なことで驚いたがビシッと王女仕様に切り替え挨拶を受けた。
「はじめまして、王女リアーナです。ナザリオのお友達ですか?」
ポーシャは可愛らしくニコリと微笑みチラリとナザリオを見た。
「はい、留学して自分が向かう教室もわからず困っていた所をナザリオ様に助けて頂いのです。聞けば殿下の御学友だとか、僭越ながらご挨拶させていただきたくこうして参った所存です」




