85 儀式の準備
まずは物騒な事を言い出すヴィヴィアンを抑えなくてはいけないだろう。
「ほらほらそんなに興奮しないの」
私は彼女の頬にそっと触れた。
「はぁん、お姉さま♡」
触れた瞬間ヴィヴィアンがふらりと私の胸に倒れ込みひしと抱きしめてきた。
まぁ、これくらいはいいか。
「あっ、お姉さま!」
ヴィヴィアンは急に顔を埋めていた私の両胸に両手を乗せるとむにゅんと掴んできた。
えっ、なに!?
「ちょ、ちょっと」
私は焦ってヴィヴィアンの腕を掴んで胸から離した。
「お姉さま……お戻りになられて本当に良かったですわ」
そう言ってニコリと笑った。
「えっ!えぇ……」
今の『お戻り』って帰国したって意味だよね?まさか男の身体から女に戻ったってことを知っているはずないんだし。
顔が引きつらないように気をつけながらヴィヴィアンと一緒に馬車へ乗り込み屋敷へ向かった。動揺を悟られないよう当たり障りのない話をふる。
「よく私が今日帰るとわかりましたね、学院の方は大丈夫なのですか?」
今は午前中でまだ講義のある時間のはずで、一緒に貴婦人コースの補習を受けていたヴィヴィアンは結構崖っぷちなはず。前回の補習もちゃんと取れていたか疑わしい。
「勿論です。私はお姉さまに合わせて履修しておりますから。それよりお茶会の準備の進捗状況をこちらにまとめておきました」
それって私が補習を受けるから同じ様に補習をうけようと成績を調整してるってこと?まぁ、もう、なんでもいいか。それよりお茶会だ。
差し出された数枚の紙をパラパラと捲っていると横からヴィヴィアンがあらましを話してくれた。
「今回のお姉さまのお茶会はあくまで講義の一環としてですので『リアーナ王女殿下の素晴しくも美しいお茶会』などというお題もつけることは出来なかったのですが、(仮)という形で私達『リアーナ・リトルシスターズ』の中では密かに呼ばれております。
ちなみにグループの代表は僭越ながら私、ヴィヴィアンで副代表はパトリシアです。
それからですね、お茶会におけるカップの選定ですが……」
冒頭部分で既に意識が遠のいていった。
私が不在の間に止める手もなく『リアーナ・リトルシスターズ』なんてド恥ずかしいグループができている……どうしてこんなことに……
馬車に揺られていたはずが気がつけば屋敷の自室のソファに座らされていた。
「姫様、大丈夫ですか?気を確かになさって下さい」
ローラに肩を揺さぶられハッと我に返った。
「ご、ごめんさい。あれ?ヴィヴィアンは?」
「姫様はお疲れでしょうからと資料を置いてお帰りになりましたよ」
意識が飛んでいっている間にヴィヴィアンはいなくなってしまいもう『リアーナ・リトルシスターズ』は公認されたって事になっているだろう。あの娘は抜け目ないから。
「いや、凄い方ですね。ヴィヴィアン様は」
ゴドウィンが机の上の資料を手に感心したように唸る。
ヴィヴィアンは資料の他にお茶会の会場の飾りのデザイン画とカップのサンプル、招待状のサンプル数点、テーブルセッティングのサンプル等を置いていってくれていた。
既に数点に絞ってくれてありそれぞれに良い点、悪い点もあげて、私はそこから幾つか選ぶだけになっていた。
「そうね、まだ数回しかお茶会を仕切ったことがないみたいだけど、この規模のお茶会をこなせるならもう間違いないわね」
学院の庭園で行う大規模なお茶会は現時点で既に二十人以上の学生が来ることが決まっている。ここから学院関係者の家族限定だが外部の人間を招待するのだから恐らく六十人以上はかたい。
「お茶会の菓子はガルムに頼んであるんでしょう?」
「えぇ、既に注文済みです。後は三種類か四種類か決めかねていると言っておりましたが……あぁ、四種類で決まりそうですね」
エミリオもざっと資料を確認し内容を見て感心しながら所々チェックを入れている。
私も最後の決定を任された所を三人に相談しながら決めるとヴィヴィアンに返事を持って行かせた。
数日はゆっくりと身体を休め、フルールの診察を受けるよう母上からきつく言い渡されている為仕方なく自室にこもっていた。
学院に顔を出して皆でお茶会の打ち合わせなどをしたかったが、もうすぐ『確かめの儀』もあるため準備をしなくてはいけない。
儀式を行う上で私がすることは祝詞をおぼえる事と衣装を用意することだ。それほど信仰厚い国家ではないが王位継承に関しては伝統を重んじ昔からの儀式に法って行われる。
まず王城の最奥近くにひっそりとある神殿へ向かう。身を清めるため中にある神聖なものとされる円形のプールに湛えられた水に、薄衣一枚で将来の伴侶と共に頭の上までとっぷりと浸かる。
男の身体だとここでバレてしまう恐れがあったがもうその心配はない。バッチリ本物の胸だから透けようが捲れようがキチンとした本物の胸が見えるだけだ…………見せないけどね!…………もう見られたけど………
その後、着換えそのまま神殿の寝所で伴侶と共に静かに一晩過ごす。何もしないよ、神聖な場所だからね。
各自行われる儀式後に上位貴族だけが持つ特権によって投票が行われ、複数の候補がいる場合は上位二人が最終決選へ向かう。
決戦投票で過半数を獲得すれば間違いなく王位につけるがそうでない場合は改めて決戦が行われる。
それは投票ではなく法典には明記されていない色々な方法が取られて来たようだが、今回に関してはまだ公開されていない。
選出方法の決定権は前王にあるが今回は王が崩御されているため、残された第一王妃のマリアナに決定権がある。
王妃の権力の大きさは基本的には嫁いだ順に反映されるが領地の大きさや勢いも大きな影響がある。
母上はいま最も勢いのあるバルバロディア領出身のため王室内でも確固たる地位があるがそれでも序列は九番目だ。
第一王妃のマリアナは大領地エッケンブルー出身で安定した権威を誇っているが決して前に出ることがない控え目な方だ。
王に静かに寄り添い支えるという印象のマリアナ陛下と、好戦的で押しが強い母上とは何故か仲が良かった。性格上ハッキリと断ることが出来ない王に変わり決断力がある母上はマリアナ陛下にとって意思を代行してくれ矢面に立ってくれる頼りになる部下もしくは同僚なのかもしれない。
それほど仲が良くてもマリアナ陛下は最終決戦にもつれ込んだ場合の選定方法は教えてくださらないようだ。もつれ込んだ時に残った候補者を見てから決めるようだが、それって自分の贔屓したい方に有利な方法を選ぶということだろうか?だったら少しは望みがあるかもしれない。
自室で静かに過ごしていると突然フルールがドアを開け入ってきた。
「リアーナ、診察するから脱いで」
とても王女とは思えないほど疲れてボロボロの出で立ちでふらふらと私に近づいてくる。
「ちょっと、姉様。大丈夫ですか!?どうしてそんな格好で」
私が座っていたソファの隣にドスンと座るとおもむろに私のブラウスのボタンに手をかけた。
「待って待って!まだゴドウィンもサンドロもいるから!」
外でドアを守っていたはずのサンドロがまたもやフルールに突破されて部屋の中でゴドウィンに説教されているところだった。
「早く出て!」
存在を気にしていなかったがエミリオも一緒に部屋から追い出されローラが慌ててドアを閉めた。
エミリオには見られても大丈夫な気がする。綺麗なせいで異性を感じないからだろうか?




