69 恋人
いつ知ったかがそんなに重要なのかと不思議に思ったがエミリオも含めて三人共がジッとこちらを見ている。
「いつって、その……私が学院に入った頃に……」
詳しくは話さなかったが私の言葉にローラはあの三年前の夜会の時だとピンと来たようだ。
「あぁ!!それであの時……あぁやっとわかりました。そうですか、何か見聞きされたのですね。それであのように、承知いたしました!私にお任せ下さい」
急に一人で納得しはじめ、ローラは握った拳をブルブルと手を震わせ何かを決意した顔をする。
「いや、ちょっと待て。今は駄目だ、オロギラスのこともある」
「一体何を待つというのです!すぐに問い詰めてハッキリさせればいいじゃない!」
ちょっと暴走気味のローラをゴドウィンが抑え、エミリオが冷静になるように話す。
「とにかく落ち着いて下さい。今ヘタに動けば余計な注目を浴びかねません。ゴドウィンの言う通り一度国に帰ってから改めて話を聞くほうがいい。
姫様、確認ですがアーネスト様とエベリーナ様がお付き合いしているということで間違い無いですか?」
どうして今更そんなわかりきったこと聞いてくるんだろうと不思議に思ったがコクリと頷いた。
「「「はぁ……」」」
三人が同時に深くため息をついた。
まさか知らないはず無いよね?あんなにも噂になっているのに。
どんよりした空気の中、隣の部屋に移動し夜会に出る準備を始めていた。ローラは不機嫌に黙々と作業し、あちらではゴドウィンとエミリオの二人が脱出方法について話し合っている。
流石に夜会が終わってすぐは無理だろうから早朝にここを出るよう進めていくようだが準備は整えて置くようだ。
「やっぱり問題はどうやってアーネストを振り切るかね、きっとこのままエベリーナ様が引っ付いてるなんて都合よくいかないでしょうし」
夜会の準備を終え、ゴドウィン達のいる部屋に戻り私がボソリと溢すとゴドウィンがこちらを見て眉間にシワを寄せた。
「……姫様、いっそ一芝居打ちましょう。アーネスト様にエベリーナ様とばかり仲良くするなんて酷いって言って走り去って下さい」
はぁ?
「そんな事をしてもなんにも響かないと思うけど、ただ面倒くさいって思うだけじゃない?」
「そうだとしても、多少は放って置いてもらえるでしょうし、違えば違ったでひと悶着起こって姫様が怒って飛び出したと思えるでしょうから」
はぁ……よく分からないがそうかな?
「わかった、とにかく機会を狙ってそうしてみる」
ローラはまだまだ不機嫌だしエミリオは困った顔をしているがゴドウィンだけが嬉しそうだ。
コイツがこういう風な時はろくな事を考えて無いが今回は他にいい手が思いつかないから仕方がない。
夜会の時間が迫るとドアをノックする音がし、アーネストがやって来た。
「準備はいいか?」
ちょっとため息を漏らしながら俯き加減でやって来たアーネストが、立ち上がり振り返った私を見て固まった。
ゆっくりと淑やかに見えるように彼に近づくとすっと手を差し出される。
「問題ないかしら?」
彼の手にそっと自分の手をのせた。
彼がプレゼントしてくれたドレスは仮縫いの時と違い更に豪華な仕上がりだった。
アーネストの燕尾服とお揃いの蒼と銀色で統一されたドレスは、胸元のレースや控え目に広がる裾には宝石があしらわれ動くたびにキラキラと光を反射する。光沢がある深い蒼の生地と銀糸の細やかな刺繍も相まって輝きを纏っているように感じる。
「これは……大問題だな」
真剣に言われて驚いた。
「なに?どこかおかしい?」
焦ってひと回りし、ドレスを確認する。
「いや、素晴らしく綺麗だ。きっと今夜、一番輝いている」
彼は満面の笑みで満足気に頷く。
「そうよね、宝石なんてちょっとやり過ぎかもしれないけど確かに綺麗だわ、アーネストってセンスいいよね」
私はドレスを褒められた事を素直に喜んだ。まぁプレゼントしてもらったんだしこれくらいは持ち上げておかないとね。
「いや、綺麗なのは……」
「さぁ、お早くどうぞ。遅れてしまいますわ」
ローラが眉間に縦じわをいれてズバッとアーネストの言葉を遮った。
「もう、そんな時間?」
私の準備をローラが一人で行った為、少々遅れ気味のようだ。
アーネストは私を廊下へ連れ出し、エスコートしていた手を自分の腕に掴まらせようとした。
私はふと思いついてそれを拒否すると驚くアーネストと手を繋いだ。ゴドウィン達が離れて後ろからついてくる。
「昔はよくこうやって図書室へいったわね」
イーデンバッシュ国へ同行すると決まった時から、何だか昔に戻ったような感じで接してくる彼が少し懐かしくてそう言った。馬車の中のでずっと繋いでいた手が暖かくて嬉しかった。
「昔はこんなに淑やかに歩いていなかったがな」
アーネストが意地悪そうに笑う。
図書館へ行っていた頃はまだ四、五歳くらいで、はしゃいで駆け回り地面に足がついている時間は少なかった。
「酷い、でもそうかも。あの時は本当に毎日楽しくて……」
一心に彼を追いかけていた頃を思い出して少し胸が痛くなる。あの頃へ戻れたらと思う日も、いつの間にか過ぎ去っていった。
夜会の会場へ続くドアの前で繋いだ手を離し彼の腕に掴まった。
「アーネストはいつでも私を妹のように可愛がってくれたものね」
彼にしてみれば幼い私を邪険に出来ず困っていた事もあったろう。
「妹!?」
アーネストが一瞬驚いたような顔をして私を見る。
「コホン!」
後ろでゴドウィンが咳払いをすると夜会の会場へのドアが開かれた。
「エルデバレン国、リアーナ王女殿下、アーネスト様でございます」
既に来賓客で熱気が溢れ、もわっとした空気が押し寄せる。
会場全体を見渡せる高い位置から、顔が引きつりそうになるのを必死で我慢し、笑顔を作るとアーネストの腕に掴まりながら優雅な足取りで階段を降りていく。
予備知識も無しにいきなり飛び入りに近い夜会への参加は、やはりかなり無謀だったかもしれない。
アーネストは流石に何度かイーデンバッシュを訪れているらしく知人も多くいるようで数人から声をかけられているが私には誰が誰だか全くわからない。
「アーネスト様、お久しぶりですね。是非殿下へご紹介ください。初めてまして、私はカールトンと申します」
アーネストの知り合いなのか、すっと手を取られると手の甲にキスをされた。
「はじめまして、王女リアーナです」
それを切っ掛けに立て続けに挨拶を受け次々と手にキスをされていく。こんな状態は初めてで、動揺しつつ反射的に挨拶をしていくが誰一人顔を覚えられない。
最後の一人が皆と同じく手にキスをしたあとそのまま離さず、ダンスを申し込んできた。
「是非、私に殿下と踊る栄誉を授けて下さい」
お決まりの誘い文句だろうけどそんな事を初めて言われてちょっとびっくりした。
「えぇ!?えぇっと、これって」
私はアーネストを振り返ると彼がかーなーりー機嫌悪くこちらを見ていて更に驚いた。
「申し訳ないのですが最初のダンスは婚約者である私が踊りますから」
ちょっと睨みつつ断ってくれた。その男はアーネストの勢いに押されビビり気味に去っていく。
「はぁ、ありがとう。助かったよ、外国の王女が珍しいのかな」
ここにも王族はいるんだからそれほどでも無いだろうに。
「もう少し自衛しなさい。無闇に触れさせるんじゃない」
「アハハッ、ごめんなさい。慣れなくて」
これまでこんなに攻めて来られたのは初めてだ。自国での夜会はもっとゆったりとした雰囲気だったのに、お国柄ということだろうか。
「だから連れて来たくなかったのだ」
嫌そうに低く溢す声を聞いてチクリと胸が痛くなり俯いた。
「ごめん、迷惑かけちゃって」
きっとエベリーナなら上手く社交をこなすに違いない。騎士コースにばかりかまけて社交を怠けていたことがこんなところで露呈してしまうなんて、我ながら情けない。
「あ、や、違う!君は悪くない、ただ奴らが」
私に聞かれていると思っていなかったのか彼が焦っている。
「ちょっと疲れちゃった。向こうで休んでくる」
気まずいかと傍を離れて人がいない方へ行こうとすると後ろから腕を掴まれた。
「こちらへ来なさい」
すまなさそうな顔で人気がないバルコニーへ連れていかれた。
「ここにはあまり誰も来ないからゆっくり出来る。飲み物を取ってくるから座って待っていろ」
なれた感じでつれて来られたそこは、会場とはカーテンで仕切られ人目に晒されない場所だ。こんなところを知っているくらい何度もここへ来ているのだろう。
そして何度もここでエベリーナと会っていたんだ。




