68 カベナリス領
国境へは直ぐに到着し、エミリオが手続きが終わっている事を確認してくれ、私達は馬車から降りることなくそのままイーデンバッシュ国へ入っていった。
「やっとここまで来たわね」
思わず本音が出てしまう。
「急な来訪であったからな、イーデンバッシュ国の王族へのご挨拶までは流石に調整出来ず、今回は城へは行けない」
「その方がいいわ、ベルトナ国でも面倒なだけだったし」
お馬鹿な第二王子に誘われた事をローラが告げ口するとアーネストがひんやり冷たい空気を出した。
なに怒ってるんだ?
ピリついている事に嫌な感じがしてずっと継続して握られている手を離そうとしたが、返ってグッと引き寄せられ寄りかかってしまう。ピタリと肩が触れ合い彼の体温を感じる。
「カベナリス領の城へついた後、一人でうろつくんじゃないぞ」
「どうして?」
別にうろつくつもりは無いけど駄目だと言われれば気になってくる。
「カベナリス領はグランフェルト領と親密に繋がっている。城での行動は全てグランフェルトへ筒抜けだと思え」
「それくらいはわかっているわよ。グランフェルト領のアーネストとずっと一緒にいるんだもん。それくらい当たり前でしょ?」
一瞬アーネストはぐっと口をつぐんだ。
「わ、私は別に君のことをいちいち報告したりしない。それは父上だって承知している」
「ふ〜ん」
そうは言っても個人的な話の内容は話さなくても、私がここへ来る事やどこへ行ったか、誰と会ったか等が細かく知られていると思っていたほうがいいだろう。
密着していた身体を離したが繋がれていた手はそのままに、また窓から外を眺めていた。
国境を越えてイーデンバッシュ国内を移動する転移装置へ向かい、今度は一旦、カベナリス領地の城の環状囲壁に転送され、そこから馬車でエベリーナが待つ城へ向かった。
馬車が城の門をくぐりアプローチから正面玄関へ進む。大領地カベナリスは砂漠が広がる乾燥した地域で、城は時折襲われる砂嵐に備えた強固な建物らしく、華やかさは欠けるものの機能美のある整然とした城だった。
玄関前に馬車がつけられゴドウィン、ローラに続きアーネストが馬車から降りるとすかさずエベリーナの感激の声が響いた。
「ようこそ、アーネスト様!」
私が一緒にいることは既にわかっているだろうが、気が付かないふりで無視しようとしていることがありありとわかる。
ゴドウィンはエベリーナに捕まっているアーネストを放っておいて私に手を差し出すと、エスコートして馬車から出してくれる。
玄関前にはエベリーナの他に領主モージズと長子で次期領主ニコラスが出迎えてくれていた。
アーネストの手を握り歓迎しているエベリーナを他所に領主モージズは私の方へ来ると令息と共に慇懃に礼を取った。
「リアーナ殿下、ようこそ遠路はるばるカベナリス領地へ。領主モージズでございます。こちらは愚息のニコラスです」
「王女リアーナです。こちらこそ突然の訪問でご迷惑をお掛け致します」
「いいえ、大変光栄なことでございます。どうかごゆっくりご滞在ください。あぁ、エベリーナとは面識がおありになるようで。非礼な態度をお許しください、申し訳ございません」
王族に挨拶もなしにアーネストに食いついている娘を、申し訳ないと口では言っているがどうにも本心とは思えない。どうやら親バカが過ぎているようだ。なるほど、それでこれまでの態度が窺えるものだ。
「エベリーナ様はどこにいても無邪気でいらして」
オホホと笑って年上のエベリーナの愚行を見過ごした。アーネストが彼女を抑えきれずちょっと困った顔で私をチラリと見ている。きっと早く恋人と二人になりたいだろうと思いそのままモージズの案内で建物の中へ入っていった。
「殿下は騎士コースを取っておられるそうですね?」
次期領主であるニコラスが隣に並ぶと爽やかな笑顔を向けられた。金髪が美しいエベリーナと違い兄は焦げ茶色の髪で整った顔立ちだ。
「えぇ、最近辞めてしまったのですが」
「そうですか、ですがそれならば馬にもお乗りになれますね。よければ馬で領地をご案内いたしますよ。ここは乾燥地帯ですがリアーナ殿下のお国にはない珍しい景色がご覧いただけますよ」
「はぁ……そうですか」
ここに来たのは景色を見るためでなくオロギラスを倒す為だ。全く興味を持てない提案に曖昧な答えをすると後ろからいつの間についてきていたのか、エベリーナがアーネストの腕を取りながら嬉しそうな声を出す。
「まぁ、それがいいですわ。お兄様とリアーナ殿下なら馬でしか行けない所へも行けますものね。私は馬に乗れませんからアーネスト様と城でお留守番しておりますから」
ニコニコと賛成されてどう答えればいいかわからない。放って置けばいいかと返事をせずに廊下を進んだ。
「では殿下はここをお使いください」
案内された部屋はやや華美な装飾が施された豪華な部屋だった。さすが大領地だけあって置いてあるテーブル一つとっても一流のものばかりだ。
「ありがとうございます」
にっこり笑って満足していると頷いた。
「では夜会までごゆっくりお過ごしください」
モージズがニコラスと共に下がろうとすると、エベリーナがこっちですよとアーネストをそのまま引っ張り連れ去った。
「……誰も注意しないのですか?」
エベリーナのあまりの行動にローラは怒ることも忘れているようだ。
「でもおかげでアーネストと離れられたわ」
やっと四人だけになると夜会の後、どうやってアーネストと別れここを抜け出し、クイムカ湖へ行くかを話し合う。
「でもこの調子だと意外とあっさりアーネスト様は出し抜けそうですね」
ゴドウィンが面白そうに言う。
「今回ばかりはエベリーナ様に感謝かもね」
「あの方頭がおかしいんじゃないですか?」
ローラがお茶を用意しながら言う。
「ですけど、断りもなく居なくなる訳にはいかないでしょう?」
細かい性格のエミリオが心配そうだ。
「そうね、冗談のつもりだったけど喧嘩でもして飛び出すって感じが一番良さそうだけど」
「あの調子なら、すぐに喧嘩出来ますよ」
ローラがお菓子をのせた皿をテーブルに置いた。
「どうやって?」
「簡単ですよ、エベリーナさまとイチャイチャするアーネスト様に『いい加減にしてっ!』って怒ればいいんです。姫様は婚約者なのですから」
私にお茶を勧めながらローラが言う。
「でもエベリーナ様とイチャついているところを責めるのはなんだか気が引けるわ」
好きあってる二人を引き裂く悪役にはなりたくない。
「どうしてですか?婚約者は姫様なんですよ!?」
ローラが不思議そうな顔で聞いてくる。
私はいい加減決心すると思い切って話した。
「それは……本当はずっと考えてた。
この婚約は親同士が決めたことでアーネストの意思とは関係無いんだって。今は仕方ないけど呪いが解ければこちらから破婚してあげればいいと思ってる。やっぱり恋人と一緒になる方がいいでしょう?」
言い切った後、カップを手に取りお茶を口へ運ぶ。温かいお茶が喉を潤しホッとひと息ついた。
「姫様!ど、ど、どうしてそんな事を仰るのですか!?」
ローラが動揺を隠せず驚いて言う。
二人が恋人だって知らなかったのかな?あぁ、私が知ってるって事を知らなかったのか。
「大丈夫よ、ずっと前から知ってるから」
私はローラを安心させようと笑顔を作って大丈夫だとアピールした。
「知ってるっていつからですか?」
ゴドウィンが真剣な顔で聞いてくる。




