67 馬車の中
馬車へ戻り屋敷までの道を揺られながらさっき買ったアクセサリーを取り出して眺めていた。
「これ可愛いよね」
一番最初に手に取ったネックレスを広げてローラに見せた。
「そうですね、こんなに凝ったデザインを上手く作りあげるなんて素晴らしい腕ですね」
素材を変えれば貴族がつけても見劣りしない品になるだろう。お揃いのイヤリングも取り出し耳元にあてるとローラがお似合いですよと褒めてくれた。
「そっくりそのまま作り直せばいい」
アーネストが横からイヤリングを取り上げようとするので取られる前にサッと箱へなおした。
「駄目よ、ジャンに作り直してもらうから」
「契約まで時間がかかるぞ」
「待つ楽しみがあるから良いの」
箱をローラに預けまた外を眺めていると馬車の揺れに合わせてアーネストに封印されているイヤリングが揺れるのがわかる。彼がそれにそっと触れる。
「外したいか?」
軽くツンツンと引っ張られ慌てて振り向き手で押えた。
「これは……別に今はいい。夜会のドレスにもあってるから」
なんだか恥ずかしくてまた外を見た。
「君はさっきのやり取りをしている時とても楽しそうだったな」
「えぇ、楽しかったわ。前にも街で色々な物を見て、良いなと思ったドレスのデザインが後から貴族の間で流行った事があって。だから時々街へ出てみたいと思っていたの。こんな風に外国へも行っていずれ領地へ戻った時にまた何か見つけられるように勉強しておかないとね」
バルバロディア領が栄えたのはワインが最初だがその後も様々な試みを進めて今がある。この先もずっとそれを続けていきたいと思っている。
「だが王位につけばそれはかなわないぞ。簡単に街など行けなくなる」
急に現実を突きつけられふわふわと浮かぶように楽しかった気持ちが一気に冷めていった。
「そうね……これが最後かも」
王族であるのと王とはやはり大きく隔たりがある。王となれば気軽に出かけるなどあり得ない。
「それでもやるのか?」
「やるわよ」
背を向けたまま答えた。呪いを解きたくて王位を狙っているが王となれば自由が奪われる。呪われたまま過ごすのとどちらがマシかなんてよく分からなくなりそうだが、少なくともオロギラスの呪いは解かなきゃ命にかかわる。
「あぁあ、せっかく楽しかったのに……」
予想外にアーネストと街を歩けて浮かれていた自分の馬鹿さかげんに落ち込みなんだか疲れてしまった。
翌朝、いよいよイーデンバッシュへ向けて移動する時間が来た。
「次にここへいらしたときには必ず街を案内させてくださいね」
屋敷の前で見送ってくれるジェロームがそう言って私の手を取り手の甲にキスをした。
「また会える日を楽しみにしてるよ、リアーナ」
「えぇ、今度はヴィヴィアンも一緒が良いわね」
そう言うとジェロームはそっと私の耳元に囁いた。
「私は二人きりがいい」
ドキッとして微笑むジェロームを見ていたら急に腕を引っ張られた。
「行くぞ、リアーナ」
機嫌悪い顔で私を馬車へ押し込み、ジェロームへ滞在中の礼を言うと馬車の中の私の横へ座った。
クスクスと笑うジェロームに手を振りながら馬車は転移装置があるところへ向かう。
不機嫌なアーネストの隣は疲れるが今回は仕方がない。とにかくイーデンバッシュ国へ入るまでの辛抱だ。
屋敷から直ぐの転移装置はベルトナ国とイーデンバッシュ国の国境までしか行けない。国境での手続きを終えた後、馬車で国境を越え、そこからまた転移装置でイーデンバッシュ国にあるエベリーナのいる大領地カベナリスへ向かう予定だ。
「私が同行することは伝えてあるのよね?」
一応、王女だ。まさか断られる事は無いと思うが。
「あぁ、あれからすぐに伝えた。王族の移動だから手続きが色々と複雑で我々が国境についても終わっているかまだわからないがな」
夜会へ出るという目的も伝えているだろうから、無理にでも間に合わせてくれるだろうとアーネストが言った。
私としては夜会のことはどうでもいいので間に合わなくても入国だけはさせて欲しいと言いたいが今は黙っておこう。
転移装置で国境へついたがやはりまだ手続きが終わっておらず、国境がある街でしばらく足止めされていた。
昼を過ぎても手続きは終わらず、こんな急に泊めてくれる知り合いもなく、今夜は街の宿で一泊することになった。
ローラは不満気だったが私もアーネストも文句を言わないので口には出さなかった。国境で待ち疲れて食事もそこそこにベッドに入るとあっという間に眠りについた。
あまりに早く眠ってしまったせいか真夜中に目を覚ましてしまった。何度か寝返りをうったが眠れず、諦めて起き上がるとベッドの横へ移動し、分厚いカーテンをそっと開き窓を開けた。昼間は喧騒が絶えずうるさかった街も流石に深夜は静かなものだ。
見上げると薄雲がかかった空では星が輝きをひそめ、上弦の月が鈍く光を放っている。
月を見るとアーネストの顔が思い浮かぶ。世間では『月冴ゆる君』などと呼ばれているがそのせいではない。
幼い頃、一緒に遊んでいても空に月が見えるとアーネストは帰る時間になった合図だった。どんなに楽しくても月が登ると帰ってしまう事が悲しくて、私は月が嫌いだった。
「はぁ……」
ため息つきつつ空を見上げていると不意に隣の部屋の窓が開きアーネストが顔を出した。隣の部屋だとは知らず驚いたが、彼は私が起きていることに気づいていたのか直ぐにこちらを見る。
「眠れないのか?」
雲間から顔を出した月明りに照らされた彼の美しい銀髪がサラリと揺れる。
「うん」
少しボンヤリした頭で素直に答えた。
「疲れて過ぎているのかもな」
「そうねぇ……」
私は彼の顔をじっと見つめる。昼間、人目がある場所では取り繕っている彼とは違い今は柔らかな表情だ。
するとアーネストが少し言いにくそうに視線を外す。
「そっちへ……行こうか?」
一瞬、言葉の意味が理解できず思考が停止してしまう。意味を理解するとじわじわと頬に違和感を感じ赤らむのがわかる。
「いえ、いや、だ、大丈夫。もう、寝るから」
私の慌てようが可笑しかったのかアーネストがクスッと笑う。
「別に何もしないぞ……君の許しがない限り」
余裕そうに紳士を気取る彼を見てると何だかムッとしてしまう。
「嘘よ、あの時勝手にキスしたじゃない」
自分で言っておきながら、アーネストのちょっとびっくりした顔を見て更に恥ずかしくなった。
「もう寝る、お休み」
窓を閉めるとベッドに潜り込んだ。
変なこと言わなきゃ良かった。
翌朝、何となくアーネストと顔を合わせづらかったがお互いに昨夜の事には触れず、改めて国境へ向かうため準備を整え馬車へ乗った。
昨日と同じくアーネストが隣に座る。私の前にローラ、その横にゴドウィンが座りエミリオは御者台だ。
ガタガタと揺れる馬車の中の、無言でいるのにゴドウィンだけがちょっとニヤついている。
私は居心地が悪く窓から外を見て、ふぅとため息をついた。
「寝不足か?」
アーネストが尋ねながら私の手を取った。
「いえ、大丈夫……」
振り返って返事をし、取られた手を一瞬無意識に握ってしまい彼と目があった。
慌てて目をそらし手を離そうとしたが今度はアーネストがぎゅうっと握り離してくれない。ちょっと手を引っ張ったが離すことは許されず、一瞬の攻防のあと諦めて握られたままにした。
きっとニヤついているであろう前の席に座る二人に顔を向ける事なく頑なに外を眺めていた。
絶対にゴドウィンは見ない。




